第5話『遭遇! 最後の招喚者!』
超人的な才能の持ち主だと思われていた我ら招喚者だが、ここで思わぬ弱点が露呈した。
考えてみれば、バーバレラ姫も幡随院も、元世界では自分と3人の仲間だけで魔神だの国家権力だのにケンカを売るような者たちであり、言ってしまえば彼我の力量を測るものさしが狂っている連中だ。
そんな輩の頭から考え出された作戦が狂っていないはずがないわけで。それを実行できるのは、立案した本人たちだけである。
そんな彼女たちから下された今回の作戦。
『魔王領に潜入し、剣士を仲間にせよ!』
いやいや、いくら何でも大雑把が過ぎるだろう! ゲームのクエストじゃないんだから! 不法入国した敵国の領内で、内通者もガイドも無く情報収集だの引き抜き工作だのができるか!
バーバレラ姫はやってたけど! 敵国の城に潜入してレアな宝を根こそぎ奪って、ぶん殴った敵の城主は最終的にお助けキャラになりましたけども!
ゲームの常識を現実に持ち込まないでと言いたいが、バーバレラ姫にとってはゲーム世界が現実なので難しい問題だ。
さて、そんな無茶振りをされた俺たちだが、現在の状況はというと、クエストの入り口の手前の地点で詰まっている状態だった。
ウェイン王国と魔王領の国境線を成すピングー山脈。ここを越えなければ魔王領には入れないわけだが、それが出来ずに立ち往生していたのである。
ピングー山脈は広大な森林に覆われているものの地形はそう険しくなく、獣道よりマシといったレベルではあるが道もあり、先人がつけた目印などもあって今のところ迷うことはなかった。ちょっと不安なピクニックといったところだ。
問題は、この森を縄張りにしているドラゴンである。
そう。この世界には生態系の頂点としてドラゴンがいるのである!
この世界には様々な姿のドラゴンがいるとのこと。翼竜、蛇竜、八頭竜などなど。
彼らは1種につき1個体であり、数千年の時を生きる。言語を解する高い知能を持ち、一応広義では魔物に含まれるが魔王の配下ではない、言わばドラゴン一体一体が独立した勢力に近いと考えられている。
つまり、このピングー山脈をはさんでウェイン王国と魔王領があるというよりは、両国の間にもう1つドラゴンの国があると考えた方がよいとのこと。
ピングー山脈を縄張りにしているドラゴンは、王国では『案山子』と名付けられていた。
俺の元居た世界では、案山子と言えば突っ立っているだけで何もできない能無しの揶揄に使われることもある。だが、この世界では案山子とは『見守る者』の意味があり、案山子の人形が子供のお守りに使われていたりもするらしい。
さて、そんなスケアクロウと呼ばれるドラゴンだが、その正体は翼を持たず、茶色の毛皮に覆われた獣竜だった。なかなかに形容が難しいが、シルエットは狼と蜥蜴の中間といったところである。ただ、大きさは狼や蜥蜴の比ではない。
頭胴長だけでもサイコ・キャナリーの倍はある。
スケアクロウは『見守る者』の名の通り、非常に大人しく寛容な性格だと言われていた。
もちろん、他のドラゴン同様に縄張り意識は高いものの、その巨体ゆえに人間2、3人程度なら縄張りを横切っても興味を示さないそうだ。
なぜ、今スケアクロウの性質を伝聞および過去形で述べているかというと、今、俺とせりな、そしてZZの3人はこの温厚なはずのドラゴンに追い回されているからである。
「話が違うぞチキショー!」
初めから、遭遇したというよりは俺たちの気配を察知してドラゴンの方から俺たちの前に現れたように思えてならない。
ヤツは暴風のように木々をなぎ倒し、地響きを立てながら俺たちの前に現れた。一瞬、燃えるような眼光で俺たちを見すえた後、怒りの咆吼を上げて問答無用で襲い掛かってきたのである。
「ドラゴンさん! 私たち、あなたの住処を荒らしに来たんじゃないんです! お願いです! 話を聞いてください!」
必死で逃げながらも、ポラリスがあらん限りの声を出して呼びかけるが、返答は鋭い爪による無情な薙ぎ払いだった。
「ひええ!」
ポラリスは魔法少女の強化された身体能力で大地を蹴り、斜面を転がる。スライスされた大木が大きな音を立てて倒れていく。ポラリスの顔に、アニメでは見たことのない恐怖の影がよぎった。
無理もない。判断が一瞬遅かったら、彼女の体はあの大木と一緒に3枚におろされていたのだから。
「説得は無理だ! 逃げ切るしかない!」
俺たちではあんなのとまともに戦えるとは思えない。グウェンかユキレイ、せめてどちらかでもいてくれたら――!
「熱源反応、進行ルートを変更しました。我々の逃走ルートを想定し、回り込む可能性大です」
ZZが冷静に敵の状態を報告する。
「くそ! 何でだよ!」
どうも見守るドラゴンさんは俺たちを縄張りから追い出したいのではなく、確実に俺たちを葬り去りたいらしい。
こんな謂れのない敵意を向けられたのは、電車で女子高生に痴漢呼ばわりされて以来だ。結構最近じゃねーかチクショウ!
「森林からの脱出は不可能です。戦闘による状況打破を提案します」
「勝率はあるか?」
「逃走成功の可能性に比べれば、0.0000……」
「人はそれをヤケクソと言う」
だが、ZZの言う通り、人が獣から逃げおおせるとはとても思えない。
ちなみに、なぜアラサーのおっさんが今まで息も切らせずに獣竜から逃げ続けていることができるのかというと、ZZにおんぶしてもらっているからである。異世界に行ったら若返ったり身体能力が爆上がったりする他のオッサンが羨ましくて恨めしい。
一瞬、視界が暗くなった。
いやな予感がする。
目の前の木がメキメキと押しつぶされ、ドラゴンの巨体が俺たちの前に出現した。俺たちの頭上を跳び越しやがった。
こうなれば、覚悟を決めるしかないか。
「待ってください!」
ポラリスが俺たちとドラゴンの間に立ちふさがった。
「もう一度、話をさせてください!」
「――否! それは無駄だ!」
知らない少女の声がポラリスに答えた。
「誰だ!?」
答えはなかった。
代わりに、1条の黒い閃光が俺たちの側らを通過し、ドラゴンに激突した。
ガアアアアアッ!
額から血飛沫を上げ、仰向けに倒れる獣竜。
一方、空中でくるりと回転し、華麗に着地したのは長い黒髪をなびかせた少女だった。
「……ドラゴンは数千年に1度、単体で卵を産み、子を作るという。その子が自力で餌を取れるようになるまで、親竜は縄張りの中を狂ったように餌を探し求める」
低い、静かな声だった。
そして俺は、やはりその声を知っていた。
黒髪の少女は剣を構える。
右手にはすべてを灼き尽くさんとする光を放つ白い剣を、左手にはすべてを飲み込まんとする闇を纏う黒の剣を。
俺は彼女を知っている。
白き神剣と黒き魔剣を携える、黒髪の少女を。
だが、一つだけ、少女には俺の記憶と違うところがあった。
少女の細い体の左半分を覆い隠す黒いマント。俺の知っている彼女は、そんなものは身に着けていない。
獣竜がのそりと立ち上がった。その瞳に宿るのは狂気の炎。憎しみのない殺意。それはこれ以上なく絶望的な拒絶の意思でもある。
「こうなってしまった以上、ドラゴンは討伐しなければならない。森の生き物を狩り尽くしたドラゴンは、次は人を喰らい尽くそうとする。それは数千年に1度の災厄だ」
「そんな……」
ポラリスが弱弱しい抗議を試みようとして、だが言葉にはならなかった。
フシュウ!
ドラゴンの口から異様な音が漏れた。むき出した牙と牙の隙間から、暴力的な赤い光がちらついている。
「まさか――」
ガバっと開かれたドラゴンの口から、火柱が真横に噴出した。
「きゃっ!」
さっきの恐怖が抜けきっていなかったのだろう。普段なら率先して障壁を張るであろうポラリスが、ぺたんと腰を抜かしてしまっていた。
「伏せろ!」
黒髪の少女が俺たちを庇うように立つ。少女は2本の剣を交叉させると、炎の柱を真正面から受け止めた。
「くぅぅッ!」
剣に闘気を注ぎ込み、膨張する光と闇をもって荒れ狂う炎に抗おうととする少女。
だが、その表情は苦渋にゆがみ、踏ん張る足はじりじりと後ろへ圧されていく。
「ダメだ!」
俺は思わず叫んだ。
「君では無理だ! ウルスラ!」
言ってしまって、すぐに後悔する。この言葉は彼女の禁句なのだ。
「ふざけるな……」
案の定、彼女は憎悪に満ちた声を絞り出す。禁句を言われた彼女はむきになって冷静さを失ってしまう。そうしてピンチに陥って、主人公に助けられるのが黄金パターンなのだが、今は彼女をフォローする主人公がいない。
「自分の不可能は、自分が決めるッ!」
だが、この時の彼女は違った。
剣で炎を受け止めたまま、大きく体を反らせたのだ。
交叉した剣はまるで鏡のように火柱を屈折させ、上空へと打ち上げた。
「ハッ!」
気合と共に、少女は交叉させていた2本の剣でバツ印を描くように薙ぎ払う。それを最後に燃えさかっていた炎は霧散し、はかなく消え去った。
「止めだ、ドラゴン!」
少女は右手の白い剣を眼前に構える。手元から立ち上る闘気が螺旋を描いて白い刀身を昇っていく。
「食せ! 竜蝕迦楼羅!」
螺旋を描いていた白い闘気が一瞬バネのように収縮し、そして伸びた。その刹那、白い刀身が矢のように飛び出し、ドラゴンの口から頭部を刺し貫いた。
頭を穿たれた獣竜スケアクロウは、ゆっくりと地面に倒れ伏し、2度と動くことはなかった。
「対象の生命活動の停止を確認しました」
ZZの冷静な声に、俺は我に帰った。ZZの背中から降り、飛ばした剣を回収していた彼女に向かう。
「君のおかげで命拾いしたよ。ありがとう、ウルスラ・斬屠」
「……」
少女、ウルスラ・斬屠は無言のまま左手の黒い剣の切っ先を俺に突き付けた。うん。何となくこの展開は読めてた。
「君たちは何者だ? なぜ僕を知っている?」
ウルスラ・斬屠。ライトノベルを原作とするTVアニメ、『底辺学園の禁呪聖士』に登場するヒロイン。
黒の神殺魔剣「シルエット」と白の竜殺聖剣「リクイデイター」を持つサムライ学科1年の首席である。
そして、アニメ第1話冒頭で主人公の軟弱な態度が気に食わないとケンカを売り、オープニング明けであっさり倒されて剣を2本とも奪われ、Bパート冒頭で自分のつらい出生を暴露して泣き落としで剣を返してもらおうとし、直後に主人公に頭を撫でられて恋に落ちる、見事なまでのちょろインである。
だが、一つ気になるのはやはり彼女の身なりである。腰まで届く長い黒髪に白百合の飾りのついたカチューシャ、緑と白の軍服のような学生服を身に着け、脚は剣とは逆で右が黒、左が白のニーハイソックス。ここまでは俺の記憶と一致する。
違うのは、先刻も触れた体の左半分を覆う黒マントだ。アニメではこんなものは身に着けていなかった。マントの中央には、赤いエンブレムが染め抜かれている。
「俺たちはウェイン王国から来た。君と同じ招喚者だ」
「ああ……」
俺たちに敵意がないのが伝わったのだろう。ウルスラの顔から険しさが消えた。だが、依然黒い刃は俺を向いている。
「招喚者のことは知っている。察するに、僕をウェイン王国に連れ戻しに来たんだね?」
「ああ。王国には他に4人の招喚者がいる」
「悪いが、僕はそちらには行けない」
「どういうことだ?」
言いながら、何となく答えは解っている気がした。
ウルスラが、その半身を包むマントを翻す。黒いマントの中央に描かれている赤いエンブレム。その意匠は人魂のような炎に包まれる眼球だった。
「これはクインゼル自治領――そちらで言うところの魔王領の旗印だ。僕はこの世界で、魔王様の配下として生きる!」
☆ ☆ ☆
【追加招喚者】
ウルスラ・斬屠:
出身世界:ライトノベル原作アニメ『底辺学園の禁呪聖士』
学園の首席入学者。サムライ学科所属。黒の魔剣と白の聖剣を持つ剣士。




