第3話『国王登場! 明かされる使命!』
「アーサー・グラスゴー陛下! 御入来!」
荘厳な玉座の間で、整列していた騎士たちが一斉に跪く。俺もあわてて跪いて頭を垂れた。だが、驚いたことに、俺と同じようにしているのは、すたぁ☆ポラリスこと喜屋武 せりなだけで、他の面々は跪くどころか礼すらしなかった。
機能停止しているZZに至っては床の上に糸の切れたマリオネットよろしく無造作に寝っ転がっている状態である。
なんだこの地味なカオス。
「……面を上げよ」
国王陛下の声はちょっと震えていた。
言われるままに面を上げたチキンな俺の目に入ってきたのは、まさに『王!』な感じの壮年の男だった。
遠目にも大柄であることがわかる、がっしりとした体格。金色の髪に口ひげ、顎ひげを蓄えた、威厳という言葉が擬人化されたような容姿である。
金色の豪奢な鎧を身に着けているが、この国はどこかと戦争中なのだろうか?
……戦争中なんだろうな。異世界から人を呼び出すくらいなのだから、さぞ絶望的な戦争をしているところなのだろう。
「よくぞ、我が求めに応じて馳せ参じてくれた。異世界の猛将、智将たちよ。そなたたちを呼んだのは他でもない。我が国の領土を侵略せんとする悪しき魔王を、そなたたちの力で討伐せよ」
……何というか、すごくベタだった。そのせいか、『そなたたちを呼んだのは他でもない』って前置き、何の意味もなくてとても頭悪そうとか思ってしまった。
とりあえず色々と突っ込みたいのだが、どうもあの国王の背格好が上司に似ていて躊躇してしまう。
それ以上に俺の口を塞いでいるのが、この重苦しい空気だった。
具体的には、ユキレイとバーバレラ姫、そして幡随院の3人の意図的な沈黙である。日ごろ職場で空気が読めない男として陰口を叩かれていた俺でさえ、ここは一言も発してはいけないと本能でわかる。
ちなみに、ポラリスはおろおろし、グウェンはびくびくし、ZZは機能を停止している。
「しょ、招喚者たちよ! 返答は!」
国王に最も近い場所に立っている大臣らしき初老の男性が叫ぶ。それでも、彼女たちは黙している。
「お前たち! 陛下に対して無礼であるぞ!」
今度は武官の長っぽいハゲ頭の大男が吼える。俺とポラリス、グウェンは思わず「ひぃ」と小さな悲鳴を上げて体を固くしてしまうが、それでも他3人は動かない。ただ国王をじっと睨みつけているだけだ。
ついに、国王が自ら口を開いた。
「招喚者たちよ! そなたらに魔王討伐を命じる! 行――」
「お断りだバカ野郎!」
耳をつんざく轟声だった。発したのは反抗的な3人の中で一番小柄な幡随院である。しかもその顔にも声にも、含まれていたのは怒りではなく嘲笑だった。
「貴様! 陛下に対しバカとは何事か!」
「はぁ? そちらにとっては陛下かもしれないが、あたしらにとっちゃただの偉そうなオッサンなんだよ!」
「無礼者め!」
「無礼はお互い様でしょう」
次に声を発したのはバーバレラ姫だった。こちらはあくまで静かに、それでいて聞く者の魂まで凍らせるような冷然とした響きの声だった。
クリスタルフォークロアVでは、優しさと慈愛で時に海賊を改心させ、時に敵将を味方につけた彼女がこんな冷たい声を出せることにショックを隠せない。彼女のイメージが――子供の頃の淡い想いが、音を立てて崩れていく。
怯えたグウェンが俺の後ろに隠れてシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
「このお方はバーバレラ・カイン・バニシュウィンド! バニシュウィンド王国の第2王女にして父王の名代として一国を預かる身! そのお方の風上に立ち、厚かましくも命令を下す貴様こそ無礼であろうが!」
再び、独裁生徒会長たる幡随院の雷鳴のような大音声が響き渡る。雷鳴といっても、遠雷のゴロゴロではなく、落雷が近いときのバリバリという音の方である。要するに、すごくうるさい。
「衛兵! あの無礼者共を捕らえよ!」
ハゲた大男の命令で、兵士たちが槍を構えて俺たちを取り囲んだ。
「あ、あの! ここは皆さん穏便に――」
言いながらもちゃっかり俺たちの周りにハートマークのバリアを張る魔法少女すたぁ☆ポラリス。だが、そんな彼女に――
「お下がり」
と言い放ったのは最後まで沈黙していたユキレイだった。
俺たちを庇うように前に立つユキレイが、やおらはだけた胸の谷間に手を突っ込んだ。男たちの視線が彼女の胸元に集まる。どうやらこの世界でも女性の乳房は尊いものらしい。
ユキレイが胸元から何かを引っ張り出す。それは3本の朱塗りの棒だった。棒は筒状で3つが鎖でつながっている三節棍だった。彼女の手がくるりと翻る。すると三節棍は一瞬で合体し一本の長い棒に変化していた。
騎士たちが一斉に槍を突き出す。だが、それよりも速くユキレイの棒が槍衾を薙ぎ払っていた。
「あら、体が軽いわぁ」
にやりと笑うユキレイに、バーバレラが優雅に微笑み返す。
そう言えば、ゲーム本編におけるバーバレラの初期の職業は白魔導士。回復と強化のエキスパートだった。
2人はこうなることを予期して、あらかじめユキレイにバフをかけて備えていたというのだろうか?
予想外の速さと力で槍を弾かれた騎士たちの足並みが乱れる。ユキレイはそんな彼らの間を舞うように動き、ある者の足を払い、ある者の鎧の隙間から急所を突き、1人また1人と打ち据えていった。
まさに蝶のごとく舞い、蜂のごとく刺す。だが、水城殲鏖流古武術の師範代というやたら物騒な肩書の蜂に刺された者たちの被害は尋常ではなく、うめき声をあげて床に転がる彼らの腕や足はあらぬ方向にねじ曲がっていた。
それは、ユキレイが壊れた棒を捨て、相手の槍を奪ってからさらに悲惨なものとなった。
腕が飛び、足が飛ぶ。
豪奢な玉座の間が血飛沫と悲鳴に満たされていく。
敵対者に躊躇なし。そこに俺は生身のゲームキャラの恐ろしさを見た気がした。
惨たらしくも美しい血煙の乱舞に見惚れている間に、騎士たちはハゲも含めて全員戦闘不能となり、国王の鼻先には騎士の槍が突き付けられていた。
「国王陛下、返答や如何?」
バーバレラの氷の微笑に、国王は大量の冷や汗で答えた。
「わかった。余が無礼であった。そなたたちは、余の対等で重要な客人である」
ちなみに、ユキレイの背後ではポラリスが「あわわわ……」と言いながら負傷した騎士たちをせっせと魔法で治療していた。
女児向けアニメではこんな描写は無かったが、千切れた体も元通りにくっつけてしまうあたり、魔法少女の魔法は半端ない。
「ふー……」
治療を終えたポラリスが流れる汗を手の甲で拭う。
「疲れたんじゃないか? もう変身を解いてもいいと思うが」
確か、彼女たち『まじかる☆すたぁず』は変身しているだけでも魔力を消費する。人々の喜びの感情、聖援が変身の維持に不可欠だったはずだ。
俺の心配に、ポラリスは笑顔で「ありがとうございます」と返してきた。いい子だ。
「でも、今翻訳魔法を解くわけにはいきませんから」
彼女の目線の先には、玉座を降りた国王とバーバレラ姫、そして幡随院が何やら話し合っている。
どうも前途は多難だが、俺の周りは頼りになる少女たちのようで助かった。そんなことを考える年長者であるはずのオッサンのシャツを、くいくいと引っ張る小さな手。
「グウェン……?」
振り返ると、グウェンの涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった泣き顔があった。
――そうだった。彼女は他者の感情を敏感に感じ取ってしまうテレパシー体質の持ち主。ユキレイに打ちのめされた騎士たちの痛みや恐怖を、この子の小さな体は本人の意思に関係なく受け入れてしまうのだ。
「怖い……」
「大丈夫。もう誰も傷つかないよ」
頭を撫でてやると、グウェンは一瞬きょとんとした後、ふにゃっと表情を崩して笑いかけてきた。
守りたい、この笑顔。
少女の頭を撫でながら、俺はふと思った。
このグウェンは、何話の時点のグウェンだろう、と。
彼女の元いた世界、『機巧偽神ルシフェル・マキナ』では、2クール目序盤、15話あたりからグウェンは戦場で散っていく数多の兵士たちの負の感情や死の間際の精神を受信しすぎて、彼女自身の心を崩壊させていく。
彼女はやがて、頭の中に入ってくる怨嗟や悲嘆の声を止めるため、単機で敵軍に突撃して大量殺戮を繰り広げるという矛盾した――彼女としてはある意味で一貫した――行動を取り、一時は恋仲になった主人公とも決定的に決別してしまうことになる。そして最期には……。
(この世界でも、戦いはあるんだよな)
俺がそう考えた瞬間、グウェンの肩がびくんと震えた。しまった。伝わってしまっただろうか。
「おトイレ……行きたい……」
まだ、大丈夫。そう思いたい。