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第25話『招喚者たちの葛藤』

 龍脈――水脈、溶岩流、地殻変動といった大地を巡るエネルギーの流れ、そしてこの世界独自の『魔力』の流れ。それを利用した人工的な火山噴火がハーヴィー半島を襲おうとしていた。


 その余波は断続的な小地震として大陸全土を揺さぶっており、地震をあまり経験していないこの地の人々は『神の怒り』『ドラゴンの暴走』『破滅の前兆』などと言っては不安に(おのの)いていた。


 そして彼女たちも。


 これは、聖ラザラス教会の聖天の騎士団が刀夜たちとぶつかり合う前夜のことである。


「では、ここにいる皆さんに心当たりは無いと?」


 グラスナック城の一室。円卓を囲む少女たちを、バーバレラは氷の矢のような目線で見回した。その細い指先は、ペンダントに加工された手首の骨を無意識にいじっている。


「あらへんよ」

「ありません」

「グウェンも。知らない」


 この場にいる少女たち――ユキレイ、せりな、グウェンがおれぞれ頷いた。


「デュラン様は、何かご存知ではありませんか?」


 視線が風の民の青年に集中する。彼は現在、この城に囚われている魔術師たちのまとめ役を担っていた。


「知らぬ。我が神ミステリシアの名に賭けて」


 美貌を固く引き締めた風の民の族長は静かに宣言した。


「では、ここにいない方に直接お伺いするとしましょう」


 バーバレラは立ち上がった。ユキレイと視線だけで短く会話をし、2人は揃って部屋を出て行った。

 この断続的な地震が単なる自然災害である可能性を、彼女たちはまったく考慮していなかった。彼女たちには共通して『大災害は人為的に起こすもの』という先入観があり、不幸なことに今回はそれが正解であった。


「もう!」


 せりなが円卓を激しく叩いた。


「どうして!? みんな勝手なことばかり!」

「せりな……」


 せりなの震える背中に、グウェンはそっと手を添えた。


「グウェンも、帰りたい……。なのに、みんなひどいよね……」

「そうですよ。今はみんなで力を合わせて、帰還の術を完成させるべきなのに」


 言いながら、はあっと大きく息を吐く。少しだけ苛立ちも一緒に吐き出された気がした。だが少し頭が冷えると同時に、今度は恥ずかしさがこみ上げて来る。

 彼女が求めていたのは助言や慰めではなく、ただ単に(かたわ)らにいて感情を共有してくれる存在だった。


 グウェンは、それを的確に感じ取ってくれたのだ。自分と同じか、もしかしたら年下かも知れない少女にここまで気遣われたことが、嬉しい反面ちくりとした焦燥を感じてしまう。


「帰ろうね、絶対」


 照れたように、にへらっと笑うとグウェンは部屋を出て行った。普段は巨大機動兵器サイコ・キャナリーのコックピットを自室代わりにしてほとんど出てこないグウェンの、意外な一面を見た気がした。


「グウェンさん……」


 ふと、視線を感じた。風の民であるデュランが、自分をじっと見つめていた。


「……何か?」

「お前たちは変だ」

「はい?」


 鋭い視線がせりなの瞳をまっすぐに貫く。


「お前たちにとってこの世界は敵のはず。世界を『焼滅(しょうめつ)』させようとしているお前たちがなぜ地震なんかを気に掛ける?」

「言われてみれば不思議ですね」


 そういいながらも、どこか納得している自分もいる。

 せりなの中には敵を『絶対に許せない』自分と、敵であってもなぜか憎み切れない自分がいて、2つがせめぎ合いながらも共存している。この矛盾とは一生付き合っていくのだろうという確信がある。


 それは、血も涙もない悪と戦う者が、人質を取られ弱みとなる可能性を承知の上で恋人を作り家族を作ってしまう矛盾に近い。


 もしかしたら、それはヒーロー、ヒロインのサガであり呪いであるのかも知れない。


 不意にデュランが立ち上がり、無遠慮に近づいてきた。

 じぶんよりはるかに背が高い、鍛え上げられた肉体が接近してくることに対する本能的な恐怖が、せりなを後退らせた。


「あ、あの……?」


 閉ざされた扉が背中に触れる。取っ手を掴もうと手を伸ばすが、それよりも前にデュランの優美で力強い手がせりなの手首を掴んでしまった。


「えっ……」


 彫刻のように端正な造形に鋭い目つきを搭載した美貌が、せりなの顔に近づく。


「あ……ぅ……」


 か細い悲鳴を上げるせりなの耳元で、デュランは囁くように告げた。


「お前のことをもっと知りたい。お前の世界のことも。話せ」



  ◇ ◇ ◇



 聖ラザラス教会の旧ウェイン王国支部、通称『礼拝塔』。王城よりも高く建設された巨大な塔へ向かって、黄金の王笏を携えたバーバレラを肩に乗せた白い人型起動兵器が飛翔していた。


『乗り心地最悪やろ。堪忍な』


 機体の中からユキレイの声が聞こえる。


「ええ。でも、祖国の飛竜よりずっと速い」


 叩きつけるような気流の中を、バーバレラは桃色の髪を激しくはためかせながら立ち上がった。


「――来る!」


 月の光が遮られ、巨大な異形の影が2人を覆った。


「貴女がおいでになるとは意外です、ミステリシア様」


 バーバレラが仰ぎ見る視線の先には、美しい女性の上半身に刺々しい蜻蛉(とんぼ)の胴の下半身をした神なる竜の姿があった。

 空を支配する蟲竜(こりゅう)ミステリシア。その6本の手の1つに、小さな白い人影が腰掛けていた。


「これはこれは、最近仲睦まじいお2人ではないですか。この先はあたしの根城ですが何か御用で?」

「ええ。貴女に用がありますの、幡随院(ばんずういん)様」


 バーバレラの内心に冷たい悪寒が吹き抜ける。自分の嗅覚の鈍さが呪わしい。いつもそうだ。自分が邪悪な意志に気付いた時、事態はすでに取り返しのつかないところまで進行している。

 数多の悲劇が起きるまで自分はいったい何をしていたのかと思うと、身をねじり切られるような後悔と恥ずかしさに襲われる。


「幡随院様は、ここ最近の地震について何かご存知ではなくて?」


 その目はすでにご存知か否かを問うてはいなかった。すでに神なる竜を手懐けている以上、この妖しい少女が何かを企み、実行していることは明白だった。


「何て言うかさ、気付いちゃったんだよねぇ」


 細い脚を空中にぶらぶらと揺らしながら、少女は(わら)う。


「あたし、お姉さま方ほど元の世界に未練が無いんだわ。あたし1人消えたところで誰かが困るワケでもなし、世は全てこともなし、ってね」

「……」

「だったらいっそ、この世界の頂点で好き勝手生きるのもありかなーって思ったわけよ。ああ、もちろんお姉さま方には元世界にお帰りいただくよ? この世界でTUEE(つえぇ)のはあたし1人で十分だからさ。だから大人しくしていてくれねぇかな? 姫にとっちゃ、この世界と同じくらいあたしもどうでもいいだろ?」

「それはできません」


 バーバレラは頭上で不敵な笑みを浮かべる幡随院を睨み上げる。その指は首から下げた白骨に添えられていた。


「名ばかりとはいえ、わたくしは(エイト)世界(・ワールド)同盟(・アライアンス)の盟主です。わたくしには我々がこの世界で犯す罪に対する責任があります」

「真面目だねぇ」


 少女は肩をすくめた。高貴なる者の義務(ノブリスオブリージュ)か何か知らないが、名ばかりとわかっていても責任だけは負おうとするバーバレラの、ある種の自己犠牲の精神に虫唾が走る。


「初めて会った時からさ……」


 丸メガネの奥にある金色の瞳に獰猛な光が宿る。


「お姫様のそのナチュラルに傲慢な感じ、いけ好かないと思ってたんだよねぇ」


 蟲竜が大きく上昇した。刹那、鼓膜を突き破るような強烈な耳鳴りと共に、足元の機体がガクガクと振動した。


巨大な4枚翅を振動させて発する怪音波攻撃だった。


「くっ」


 聴覚から脳を激しく揺さぶられる感覚に、たまらずに膝をつくバーバレラ。耳を塞がなければ10秒ともたずに意識を奪われそうだが、今は武器を手放すわけにもいかない。そこで彼女は躊躇(ためら)うことなく中指を自身の耳に突き込んだ。


「わお」


 幡随院の感嘆の声はバーバレラには届かない。

 中指を血に染めた手で黄金の王笏を持ち直し、もう片手で無傷の耳を塞ぐ。


「プロテクション!」


 自身の声を遥か遠くに聞きながら、バーバレラは魔法を唱える。3角錐型の魔法障壁が自身と魂刈(たまがり)を包み込む。


「流石は、神なる竜……」


 バーバレラの魔法をもってしても、ミステリシアの音波攻撃を完全に防ぐことはできなかった。それどころか、細かく揺さぶられた魔法障壁はじきにひび割れを生じ、ほどなくガラスのように砕け散った。


「耐えなさいユキレイ! トルネード!」

『え? ちょ、何を――うわっ!?』


 バーバレラは王笏で足元――魂刈の肩部装甲を突くと、そこに向けて竜巻を発生させた。竜巻の風圧で気流に抗うとともに、その身体を大きく飛翔させる。


「そう来たか」


 霧散した竜巻の中から現れたバーバレラ。その身体は自身の生み出した竜巻の風刃によって無数の切り傷が刻まれている。


「メテオストライク!」


 厚い雲を突き破って、燃え盛る流星群が飛来した。隕石1つ1つは拳大の大きさだが、内包する熱量と音速を超えた速さから生じる破壊力は想像を絶する。


 赤熱する流星は紅い光の矢となってミステリシアに襲いかかった。


 AAAAAAAAAAAAAAAA!


 ミステリシアが女性の歌唱(うた)のような咆吼を上げた。見えない鉄の壁のような空圧が発生し、流星群を片っ端から迎撃していく。空気の壁に触れた隕石は灼熱の砂と化して一瞬にして燃え尽きてゆく。


「――ふ」


 だが、バーバレラは密かに嘲笑(わら)った。

 流星群のほとんどは目くらましである。本命は4つ。いずれも見た目や大きさは他と同じだが、桁違いの質量と密度を誇る。


 4本の光の矢は空気の壁を突破し、ミステリシアの翅を刺し貫き、燃え上がった。


「ちっ!」


 蟲竜の飛行能力は依然衰えない。だが、翅から発生していた怪音波は止めざるを得なかった。


「さあ、話してもらいます。貴女の()っていること、企んでいること、全て!」


 王女の身体が眩い白に灼熱する。光が収まった時、彼女の身体は青い軽鎧を纏い、王笏は白銀に煌めく騎士槍(ランス)に変わっていた。


「ホワイトグリント!」


 槍の先から、真っ直ぐに伸びる白い光。そのか細さとは裏腹に、圧縮されたエネルギーは触れる全てを()き尽くさんとするかのような殺気に満ち満ちている。


「はいはい、わかりました、しゃべりますよ」


 幡随院は両手を上げて降参のポーズをとった。少女の眼前で、光線は光る粒子となって飛散する。


「ったく、その肉を切らせて骨を断つ発想、恐いわ」


 2人は蟲竜の手の平の上に立つ。少女は語った。神なる三竜の能力を使って帰還の術を完成させる方法を。そのために、火山を噴火させて竜王オメガを目覚めさせようとしていることを。

 だが、1万人の命のことは話していない。

 そして、後日刀夜たちと相対したときにも語っていないもう1つの秘密も。


「まだ、話していないことがありますね?」

「あ、やっぱわかる?」

「その程度のことなら、私たちに秘密でことを進める必要はありませんから。貴女はもっとおぞましい方法で帰還の術を完成させようと――」

「おっとそこまで」


 幡随院の手が、バーバレラの口元に触れた。


「時間切れだ」


 その手が、枯れた木の葉となって散っていく。


「偽物!?」

「いけないな。あたしら招喚者同士は共犯であってそれ以上になるべきじゃあない。住む世界が違うんだから」


 少女は木の葉となって風に消えた。


「しまった――」


 バーバレラは慌てて足元を見る。遥か下方を飛行する霊子機関甲冑『魂刈』の上に、幡随院が立っていた。


「いくらユキ(ねえ)でも、この状態じゃ手も足も出ないだろ?」


 幡随院の手が、何かを握り潰すような動きをする。


『あああああああーーーッ!』


 刹那、バーバレラの片耳にユキレイの悲鳴が突き刺さった。


「ユキレイ!」

「言っとくけど、こっちのあたしも偽物だ。これ以上戦っても、ユキ姉が犬死するだけだぜ?」


 学帽のひさしに隠れてその表情は見えないが、少女の足元からは魔道に堕ちた者特有の淀んだ瘴気が漂っていた。


「あたしからの要求はただ1つ……」



  ◇ ◇ ◇



 礼拝塔の屋上に蟲竜は降り立った。その腕には2人の女性と胸部ハッチを破壊された魂刈が抱きかかえられていた。

 屋上に降ろされた2人は気を失っている。にもかかわらず、無意識に互いを庇い合うように抱き合っているところに、彼女たちの精神力の凄まじさがにじみ出ていた。


 幡随院がぱちんと指を鳴らす。しばらくすると、うつろなうめき声と共に数人の男たちが階段を上ってきた。

 皆、一様に首や胴体に荒く縫合された痕があり、口は締まりなく開かれ、あさっての方向を向いた目には何も映っていないようだった。


「連れてけ」


 男たちは2人を取り囲むと、ずるずると階下へ引きずり込んでいった。


「あたしからの要求はただ1つ。せいぜい、良い夢を」


 再び指がぱちんと鳴る。枯れ葉が舞い、誰もいなくなった塔の屋上を、ミステリシアは憐れむように見つめていた。



 ◇ ◇ ◇



 おぼつかない足取りで自室に戻ったせりなは、みゅう、みゅう、と鳴きながら全身で喜びを表す白い子竜に出迎えられた。


「あ、こら!」


 最近、急激に増えた体重の全力タックルを受け止める形になったせりなは、ドアを閉める間もなく廊下まで弾き飛ばされ、尻もちをつく羽目になった。

 胸の上に、のっしりとした子竜の重みと温もりを感じる。


「イルドゥンは甘えっ子さんですね」


 何とか自室のベッドにたどり着くと、子竜と共に倒れ込んだ。押し寄せる疲労の波。すり寄って来る獣竜の柔らかな体毛が疲れた体を包み込む。


(矛盾してるなぁ……)


 イルドゥンの背中を撫でる。これも矛盾だ。すぐに元世界に戻るつもりなら、せりなはイルドゥンの母親代わりになるべきではなかった。


 そして先刻も。

 デュランの言葉に負けて、自分の身の上を洗いざらい吐き出して、()の腕の中で子供のように泣いてしまった。この世界のことがどうでもいいなら、彼に対してもそっけなくあしらってしまえばよかったのに。


「何やってるんだろう、私……」


 部屋の中に積み上げられた魔術書に手を伸ばす。少しでも帰還の術のヒントを得なければ。こうしている間にも、仲間が、家族が、大切な街の人々が、傷つき、怯え、助けを求めているかも知れない。


 本が重い。


 イルドゥンの手触りが心地よい。


 部屋の隅に追いやられたボロボロのぬいぐるみが、恨めし気にこちらを見ている。


 ――せりな。


 デュランの言葉が耳に残っている。


 ――俺は人間も招喚者も嫌いだが、せりな、お前のことは好きだ。お前の助けになるために、俺はここにいる。


「どうして……」


 目の前にイルドゥンのつぶらな瞳がある。自分をまっすぐに見つめる無垢な視線に、デュランの鋭いがやはりまっすぐな目が重なる。

 本が落ちた。


「どうしてそんな目で私を見るの?」


 イルドゥンを抱きしめたのは、せりなの全てを、矛盾したところも弱いところもありのままに見つめて来るその視線に耐えられなかったからだった。

幡随院の名前を間違えていました。もういや。

誤)めぐむ→ 正)のぞむ

ごめん。本当にごめん、幡随院。

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