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第23話『ジェノサイド&デストロイ』

 ハーヴィー半島に攻め込んだ1万の『聖天の騎士団』だったが、陸上生物である人間たちが水没都市である水の都(アクアポリス)を移動することは困難だった。

 彼らは暴力衝動の勢いに任せ、腰まで水に浸かりながら進軍しているが、後列が(つか)える事態は避けられなかった。


 入りきれない者たちは、必然的に別の場所へ流れることになるが、このハーヴィー半島で水の都(アクアポリス)以外に金目の物がありそうな場所はここ火山工房(ラヴァトリエ)しかない。


『敵、火山帯に侵入します。数およそ2百』


 精神通話石(テレパストーン)を通じて物見からの念話が入る。


「微妙な数じゃな……」


 この時のエルルルは冷徹な魔王の貌だった。確かに2百は鉄火族の防人たちで防ぐのは辛い数だ。だが、こちらの手の内を見せてまで一網打尽にするには少なすぎる。


「ウルスラ。2百がそちらへ向かった。鉄火族と共に奴らを叩け」

承知(イエス・ユアグレイス)


 さて、とエルルルの目が俺を見た。


「打てる手は打った。あとは信じて見守るのみじゃ


 一瞬、エルルルの瞳に幼い少女の顔がよぎった。子竜を抱く腕にきゅっと力が入る。今の俺にできることは、この少女の側にいてあげることだけだった。




 ◇ ◇ ◇



 火山工房(ラヴァトリエ)へ向かう騎士団の足取りは軽くはなかった。どう考えても、都に比べこちらには解り易いお宝があるとは思えなかった。ただ、律儀に順番待ちをして先人たちが荒らし尽くした都に入るより、こちらへ乗り込んだ方がマシかと思っただけに過ぎない。


 だが、物の価値というのは見る者の視点によって大きく変わるもので、魔族たちにとってはこの火山にこそ死守するべきものがあるのだった。


 騎士団の前に立ちふさがったのは、20匹ほどの鉄火族だった。各々、自分の身長を遥かに超える長い柄のついたハンマーを持っている。


「ちっ、鎧ネズミめ……」


 男たちは毒づいた。鉄火族のハンマーは攻撃が大振りのため気を付ければ当たることはない。しかし彼らの装甲は厄介だった。単純に固い。ひたすら固い。加えてその小さな体に貯め込まれた持久力も凄まじい。


 鉄火族の強みは、高い防御力と持久力の相乗効果によって生み出された異様なまでの耐久性(タフネス)である。


 しかも、倒してもあまり金にならない。装甲を剥いでも加工が極めて難しいため売り物にならず、せいぜい剥製や生け捕りにしたものが一部の貴族令嬢に好まれるくらいである。


「面倒だ。とっとと片付けるぞ」


 宗教に依存し、思考を停止させて自ら脳を委縮させた彼らでも、抵抗者に対する最低限の対策を用意するくらいの知能は残っていた。

 過剰とも言える耐久性を持つ鉄火族への対策は2つある。1つは毒煙などを発生させて外気から攻める方法。もう1つは拘束具による無力化である。今回、彼らが選んだのは後者であり、拘束具とは投げ網であった。


「せーのっ!」


 縁に重りをつけた網が大量に投げつけられる。

 一方で、鉄火族たちもまた自分たちがどのように対策されているかを知っている。彼らは投げ網の存在を察知するや、ぴょんぴょんと跳ねながら拡散する。


「くそ、やってらんねぇ!」


 網にかかったのは20匹ほどのうちほんの2、3の不運な者たちだけだった。


「しょうがねぇ、こいつらだけでも殺っとくか」


 身動きを取れなくした鉄火族は、鎧の隙間から刃物を通すことで致命傷を負わせることができる。

 まとめ役と思しき男が短剣を取り出し、網に絡まってもがく鉄火族に向かって行こうとしたその時だった。


「君たち! 鉄火族の皮を剥ぐより美少女の服を剥いでみないか?」


 砂っぽく蒸し暑い火山帯を、爽やかな涼風が吹き抜けた。


「おっ……」


 彼らの前に立っていたのは、自分でそう名乗るだけのことはある長い黒髪の美少女だった。頭を百合の花をあしらったカチューシャで飾り、彼らが見たことのない仕立て方をしたシャツとスカートを身に着けている。その半身を覆う黒い的には眼球と炎の意匠をした魔王軍の旗印が赤く染め抜かれていた。


「僕は魔王様配下の五将軍、ウルスラ・斬屠(ざんと)! そして世界の敵である招喚者の1人でもある。どうだい、僕を斃して英雄になってみないか?」


 ばさりとマントを脱ぎ棄てる。服の上からでもはっきりとわかる抜群のプロポーションが男たちの目線を釘付けにした。


 ……そのため、太ももに装着した魔道具に気付いた者はいたが、脛から下の異形と化した両脚に気付いたのはやや特殊な性嗜好を持つ一部の者に留まった。


「面白れぇ……」


 男たちの目に生気が(みなぎ)った。


「まずはボコボコにぶちのめして、その身体を切り刻みながら俺たち全員の相手をさせて、さらし首にしてやるぁ!」

「え、それはちょっと引く。僕的におじさんは……」


 ウルスラは走る。走るというよりは真横に跳ぶと言った方が近い。彼女が直前に蹴飛ばした岩石が砂と化して吹き飛ぶ様に気付いた者はいなかった。


「速――ッ!?」

「生理的に無理だ!」


 強烈な蹴りが男の顎に炸裂した。


「ぱォッ――!?」


 奇声を残して男の身体が消えた。


「え、何が起――!?」


 それを見ていた者たちは、疑問が疑問の形をとる前に意識を飛ばされた。ウルスラの鞭のような回し蹴りが5、6人をまとめて吹き飛ばしたのだ。


「ヤロウ!」


 男たちがウルスラを取り囲み、一斉に襲い掛かった。


「美少女に向かってヤロウはひどいよ!」


 ウルスラは身をかがめて攻撃を躱す。地面を舐めるような回し蹴りで敵の足をまとめて刈ると、その勢いのまま両手を地に付けて倒立し、脚を180度開いて高速で回転した。


「「「うおあああああああ!?」」」



 残念ながら、彼らは大きく開いたウルスラの脚に見とれるヒマすら与えられなかった。

 蹴撃を免れた者たちも、直後に発生した衝撃波に巻き込まれ、紙屑のように上空へ舞い上げられた。

 ぼたぼたと落ちる男の雨。


「ふっ」


 尖った足を地面に突き立て、一礼するウルスラ。その背後に、一番最初に上空へ蹴り飛ばされた男が降ってきて頭から地面に突き刺さった。


「おお、流石は五将軍……」


 鉄火族たちから歓声にウルスラは微笑みを返すが、すぐに貌を引き締める。


「さて、()()()()は終わりだ」


 ウルスラがなぎ倒したのはほんの数十人に過ぎない。敵はまだまだ残っているし、じわじわと増え続けている。


「気を付けろ、この女、ただ者じゃない!」

「舐めてかかるな! 弓兵と魔術師も呼んで来い!」


 敵もどうやら、これが狩猟ではなく戦闘なのだと気付いたようだ。本当はそれを自覚させないように戦わなければならず、ウルスラもそれなりに努力はしたつもりだったのだが……。


「男の人に媚びる気はないけどさ……。僕、そんなに魅力無いかな……」

「そんなことはない。貴殿の舞うような動きは実に美しい」


 鉄火族の1人が話しかけてきた。


「ウルスラ殿が敵を引き付けている間に、我らが1人ずつ始末していくというのはどうでしょう?」

「わかった。こうなったら、せいぜい派手にやらせてもらうよ」


 実際のところ、ウルスラの手の平はぐっしょりと濡れるほど冷や汗をかいている。呼吸を整える。大丈夫。自分ならできると言い聞かせる。


 自分に自信を持てなかったウルスラは、か弱い身体で必死に虚勢を張るエルルルに惹かれ、彼女を護ると誓った。そしてようやく魔王の守護者にふさわしい力を手に入れた。


黒の神殺魔剣(シルエット)白の竜殺聖剣(リクイデイター)、その力、みんなのために貸してもらうぞ!)



  ◇ ◇ ◇



「にゃおッ!」


 パメラの爪が騎士の身体を切り裂いた。


「ぬぅ!?」


 男の顔が驚愕と恐怖に歪む。爪は白銀に輝く鎧をバターのように切り裂き、内側の肉を抉っていた。


「大丈夫か!?」


 仲間の声に、男は「かすり傷だ」と返す。だが……


「う゛ッ!? おっ、がッ!?」


 男の顔がみるみる青紫色に染まっていく。


「もう手遅れだね。お祈りでもしてなよ」


 黒い爪をベロリと舐めるパメラ。その爪には魔術的な刻印が施されている。彼女が得意とするのは大地の魔術であり、その中には植物や菌類、土中の微生物に働きかけることで毒素を操るものも数多く存在する。


「死ぬよォ……。あたしに黒爪に触れた者は、みんな死んじゃうよォ……」


 そんな死を運ぶ黒豹に背中を合わせて、槍を携えた風の申し子が立つ。


「やるじゃないか」


 風の民ベイニャの吐く息が荒く熱を帯びる。


「この戦いが終わったらどうだ? 俺と一発やらないか?」

「ごめん。発情期は先月で終わっちゃった」

「勘違いするな。手合わせのことだ」

「にゃっ!? やだ、すっごい恥ずかしい勘違いしちゃった!」


 軽口を叩くのは余裕の表れではない。彼女たちが敵を何人屠り、何度敵陣に穴をあけようと、後から後から湧いてくる敵がその穴が塞いでしまう。

 敵の攻撃も徐々に密度を増している。パメラもベイニャも流石に無傷ではいられない。軽口でも叩いていなければやっていられないというのが正直なところだった。


(正直、もういつやってくれてもいいんだけど、何してんのかな、ドクター……)


 白い布に落ちた1点の染みのように、パメラの心にかすかな不安が芽生えていた。



  ◇ ◇ ◇



 上空にいる物見の兵の目が告げる。騎士団の全てが半島に侵入した。


「よし! ドクター、疑似噴火開始じゃ! ドクター! ドクター?」

『すみません、魔王様。問題発生です!』

「何!? 何があった!?」

『吾輩たちにもわからん!』


 ドクターの代わりにドーザーの念波が入ってきた。


『いきなり火山が活動を始めたのだ! こんなことは吾輩たちにも初めてだ!』

『今火山を刺激したら、疑似噴火どころか本当の噴火を誘発しかねません!』

「バカな!」


 エルルルの拳が椅子のひじ掛けを殴りつける。


「神に嫌われていることは知っておるが、よもやこのような仕打ちを受けるとは――!」


 少女のすがるような目が俺を見る。


「刀夜殿は、何か知っておるか?」

「ごめん。専門的なことは何もわからない。自然は気まぐれだとしか……」


 俺とエルルルの間を静寂が横切る。


「1万、か……」


 幼い少女のつぶやきの中には、恐ろしい葛藤があった。


 パメラ、ドクター・フロスト、ウルスラ、ベイニャ、ドーザー、アイスクリーム、エドワード、ロルフ……

 彼女を慕い、彼女が友と呼ぶ者たちの命と、1万人の敵の命。

 エルルル・ディアブララという少女の中でなら答えはすでに決まっているだろう。だが、クインゼルに残している魔族たちの未来を守る魔王としてはどうか?

 ここで魔王が1万の人名を殺戮したら、教会をはじめ人間と魔族の関係は不倶戴天という表現すら生ぬるいものになるだろう。その先にあるのは魔族の滅亡だ。その先には世にも残忍な迫害と虐殺が繰り広げられるだろう。


「エルルル」


 俺は、エルルルの小さな手を握った。


「刀夜殿……」


 エルルルの目に涙があふれた。


「すまぬ……ごめんなさい……」


 この地を捨てる。そしてクインゼルに逃げ帰る。だが、戦う力を失った俺たちの未来は餓死への抵抗のような悲惨なものになるだろう。


「いいさ。何度でも、どこまでも逃げよう。それがクインゼルの誇りなんだろ?」


 こくんと頷くエルルル。そしてすくっと立ち上がり、撤退命令を下そうと大きく息を吸ったその時だった。


「おや、お困りですか魔王様? よろしければお手伝いをいたしましょうか?」

「何!?」


 こつ、こつ、と足音が響く。入ってきたのはウルスラだった。


「ウルスラ!? なぜお主がここに来る!?」

「待て、エルルル!」


 俺はウルスラの足を指さす。そこにはニーハイソックスと革靴を履いたすらりとした美脚があった。


ZZ(ズィズィ)か」


 ウルスラの形をした者がにっこりと微笑んだ。


 ウルスラの身体が水銀のような銀色に変わる。表面がどろりと融け、銀色の骨格が一瞬むき出しになるがすぐに流動する金属に覆われ、新たな形を作り出す。

 やがて、そこには鈍色の髪をお団子(シニヨン)にまとめた秘書風の女性が立っていた。


「お久しぶりです、魔王様、ご主人様」

「その呼び方やめろ」


 それは残念、と言いながら、ZZは胸の谷間からサングラスのような青いバイザーを取り出して目元に装着した。


「……なるほど。確かに情報通りですね」

「何を言っている?」

「こちらのことです。では私は任務遂行中ですので失礼いたします。あとのことはマスターが対応いたしますので」


 そう言うとZZはまた胸の谷間から何枚かの木の葉を取り出し、はらはらと地面に撒いた。


「術式『|PYROKINESISパイロキネシス』をロードします」


 ZZの指先から極細の銀色の糸が流れ出、虚空に恐ろしく複雑な魔法陣を編み出していく。


「実行」


 魔法陣が激しい光を放つ。するとばらまかれた木の葉が高圧ガスが噴き出すように激しく燃え上がった。


「お前、魔術を使えるのか!?」

「頑張って勉強しました」


 無表情でピースサインを見せつけるZZ。


「ではマスター、後はお任せします」

「待て!」


 だがZZは一礼すると疾風のように走り去り、代わりに炎の中からZZがこの世界でマスターと呼ぶ唯一の存在、白衣の少女が現れた。


「久しぶりだな、オッサン」

幡随院(ばんずういん)……」


 白い学帽に白い学ラン。大きな丸メガネの奥に光る獰猛な金色の瞳。


「そして初めまして、魔王ちゃん。幡随院 (のぞむ)だよ。つってもあたしは初めて会った気は全然しないけどね」

「お主……」


 エルルルが眉を吊り上げて幡随院を睨む。腕の中の子竜フェルカドも牙を剥きだして威嚇する。


「このくだらぬ戦を仕掛けたのはお主だな! 教会を操り、騎士団共をけしかけおったな!」

「おおー、ご明察。どうしてわかった?」

「勘じゃ!」

「あっはははは! 結構結構」


 ぱん、と扇子を開き、口元を隠して(わら)う幡随院。言い知れない嫌悪感が背中を這い上がって来る。


「何を考えている、幡随院!」

「嫌だなぁ。あたしらが考えることはいつだって1つだろ? どうやって元の世界に帰ろうかってそればかり考えてるさ。あ、せりなあたりヤバイね、考えすぎてそろそろ胃に穴が開くころじゃなかろうか」

「せりな……」


 彼女たちの精神も追い詰められているということか。


「今、可哀想だと思った? 思ったね? そうなんだよ、とっても可哀想で見ていられない。な、せりなのためにもここはあたしらに協力してくんない?」

「……なぜ、初めからそのように殊勝な態度を取らなんだ? お主たちがこの世界にケンカを売らなければ――」

「あれあれあれ? 魔王ちゃんならその辺わかってると思ってたけどなぁ?」


 扇子がエルルルに向けられる。


「人間って生き物が、頭を下げた相手にどんな態度をとるか。まーあ舐めてかかってくる。どんな自称善人でも、人間は自分より頭を低くした相手に優越感を抱いて、自分より一等下に見る。それは拭い去れない本能ってやつだ。あたしらはそれを嫌っていうほど経験している。なぁオッサン。バーバレラ姫がちょっとした頼みを聞いてもらうために何度お使いイベントをやらされたか、あんたも一緒に体験してるよなぁ?」

「……」

「ま、バーバレラ姫は口が裂けても言わねぇだろうがな。『今になったら暗黒騎士の気持ちがよく解る』なんてことは」

「もういい幡随院! 答えろ。お前は今、何を企んでいるんだ? 元の世界に帰ることとこの戦いに何の関係があるんだ?」


 幡随院のメガネがキラリと光った。


「竜王オメガを呼び覚ます。1万の穢れた魂を半島ごと海の中にぶち込んでな」

「何だと?」

「あれ? 聞こえなかった? 虐殺(ジェノサーイド)アーンド破壊(デストローイ)って言ったのさ!」

バーバレラの元ネタとなったゲームを再プレイしているのですが、いわゆるお使いイベントがほとんどなくて、当時のシナリオの完成度の高さに感服している今日この頃。

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