第2話『邂逅! 5人の招喚者!』
騎士たちの馬に乗せてもらった俺、月代 刀夜と、すたぁ☆ポラリスこと喜屋武 せりな。
ぽっくりぽっくり馬の背に揺られていると、やがて遥か彼方にうすぼんやりとしか見えていなかった尖塔や城閣が徐々にはっきりと形を成してきた。
それは、広大な城壁に囲まれた城塞都市だった。その中心にそびえるのは、まさに西洋のお城という感じの建物だ。
「あれが我が国の王都、グラスナックです」
騎士の1人が説明してくれた。
巨大な城壁の門はすでに開いていた。入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
平らな石を敷き詰めて舗道された大通り。その両脇を人々が埋め尽くしていた。大気を揺るがすような歓声が俺たちを迎える。
「伝説の勇者様!」
「我らに救いを!」
「我らに栄光を!」
無数の手が俺たちに向けて振られる。無数の笑顔と熱っぽい眼差しが浴びせられる。彼らの熱狂が波となって俺たちに押し寄せてくるようだ。
「あわわわ……」
ポラリスは困惑のあまり目を回している。かく言う俺も、生まれて初めての経験に頭の中が真っ白だった。
「いかがです。王都の民、いや、この国のすべての民が招喚者を心から歓迎しているのです。さぁ、着きました。ここが我らが王の居城です」
「わぁ……」
ポラリスの瞳が輝くのも無理はない。俺たちの前に現れたのは、いくつもの尖塔を持つ白亜の美しい城だった。
あれはそう、某ネズミの国の中心部にあるシンデレラの城。あれのイメージそのままだ。
騎士たちの大半とここで別れ、俺とポラリスを乗せた2騎と前を行く隊長格の騎士とで広大な中庭を歩く。噴水を中心に、きれいに刈り込まれた芝生と手入れの行き届いた花壇がある。色とりどりの花は見たこともない種類だったが、どれも美しかった。
その時、俺は中庭の一角に明らかに異質な物体を見た。
真っ黒で、巨大な鉄の塊。その大きさは以前一度だけ見た奈良の大仏(約15メートルくらい)を思い出させる。
この鉄塊にも、よく見ると手足があり、かろうじて人の形をしているようだった。ガーゴイルのような魔除けの像かとも思ったが、それにしてはこの見事な庭の景観からあまりに浮いている。
それに、俺にはこの鉄塊にも見覚えがあった。ポラリス――せりなに出会ったときに感じたものと同じ既視感だ。
うまく思い出せない。まだ、心の芯がふわふわしている。
ともあれ、ようやく城内にたどり着いた。
「意外と暗いんですね」
馬を降り、エントランスに通されたポラリスは興味津々といった体であたりを見回している。
「あの、ここって撮影は禁止ですか?」
「サツエイ?」
「いえ、何でもないです……」
騎士に首を傾げられ、しゅんとしてしまうポラリス。相手に写真の概念がないのをいいことに撮りまくらないあたりに彼女の人柄を見た気がした。
「では、ここでお待ちください。他の招喚者の皆さんもいらっしゃいますので」
「他の?」
俺たちはとある部屋に案内された。そこには大きな長テーブルがあり、5人の女性が座っていた。
その中で、俺たちを見てびくりと肩を震わせた少女に目が向いた。
やや癖の強い、ハチミツのような艶やかな金髪をちょっとワイルドなウルフカットにした可愛らしい少女。不安げに俺たちを見つめる瞳は海を思わせる濃い青色。だが、彼女の最大の特徴はその服装だった。首から下を隙間なく覆う、華奢な体にピッタリとフィットした薄いゴムのような素材のボディスーツ。艶光りする黒にピンク色のラインが入っている。
(まるで、SFの世界から来たみたいだ……)
そこでようやく俺は思い出す。
俺はすでにアニメのキャラクターに会っているではないか。
「そうか、あれは!」
中庭にあった鉄塊、黒い異形。あれは、人型光翼殺戮機巧――
「サイコ・キャナリー!」
俺は思わず叫んだ。途端に、怯えていた少女の顔がぱぁっと輝いた。椅子を倒す勢いで立ち上がり、とてとてと俺のところに近づいてくる。
「ジーク・アルゲアス!」
少女は全身をピンと直立させ、拳を胸に当てて叫んだ。
「えっ……」
一瞬、面食らうが、すぐにピンとくるものがあった。
「すまない。俺はその、アルゲアス人じゃないんだ……」
少女の心情を察して、俺は申し訳ない気持ちになる。彼女はサイコ・キャナリーを知っている俺をアルゲアス人と勘違いしてしまったのだ。彼女が俺たちと同じように何もわからないまま連れて来られたのだとしたら、同郷人に出会うのはどれだけ心強いと思ったことだろう。そんな少女の期待を裏切ってしまった罪悪感が胸を締め付ける。
事実、彼女はしょんぼりとうなだれながら席に戻ろうとする。
「待ってくれ! グウェン!」
再び、少女が驚いた顔で俺を見た。
「グウェンドリン・ローリィ少尉だろ?」
「知ってる、の……? グウェンの、こと……」
そう。俺は彼女を知っている。
グウェンドリン・ローリィ。通称グウェン。
テレビアニメ『機巧偽神ルシフェル・マキナ』のヒロインだ。そして庭にあった漆黒の機体は彼女の愛機『サイコ・キャナリー』。単機で惑星間連合軍を半壊させ、終盤で主人公と死闘を繰り広げた最強の人型光翼殺戮機巧だ。
「あんたら、おもろいなぁ」
優雅に紅茶(?)をすすっていた和服の女性が俺を見た。
「不思議やね。あんたたちが来てから、急に言葉通じるようになったで」
狐を思わせる切れ長の吊目。陶器のように白い肌にまとう菫色の和服を大胆にはだけて、両肩と胸元を露わにしている。前下がりに切り揃えた青みがかった白髪は静かに燃える超高温の青い炎を思わせた。
「これ、うちの勘やけど。あんた、うちの名前も知ってるんちゃう?」
ゆったりと話されるはんなりとした関西弁とは裏腹に、その身体から発する雰囲気は氷柱のように鋭い。
「ユキレイ・水城……」
もう俺は迷わなかった。どうやら俺以外の招喚者はアニメやゲームの登場人物だ。
そして彼女――ユキレイ・水城はかつてメガ・サターンというちょっとマイナーなハードで人気を博した恋愛+戦略シミュレーションゲーム『大昭戦国浪漫譚』のヒロインだった。ちなみに、ゲームじたいは最近良リメイクされてファンを喜ばせた。
「水城財閥の令嬢で、水城殲鏖流古武術の師範代、だろ?」
「あらあら、ほんまに驚いたわ」
だが、武術道場の師範代は仮の姿。真の顔は帝都破壊を目論む魔人と戦うための帝国陸軍の秘密部隊、通称降魔部隊の軍人である。
彼女もグウェンのように鋼鉄の愛機、霊気機関甲冑『魂刈』を持っているはずだが、城のどこかにあるのだろうか?
まあ、このあたりに触れるとポラリス以上にヤバイことになりそうなので黙っておく。
あと、実家が没落していて今は門下生1人の道場を細々と守る貧乏暮らしをしていることは地雷なので触れないでおこう。
「わたくしは、自分から名乗らせていただきますわ」
立ち上がったのは長テーブルの最奥の席にいた、ある意味で非常に異文化を感じさせる格好をした女性だった。
かなりきわどい切れ込みの入った、白いハイレグレオタード。脚には脛全体を覆う革のブーツ、手首には青いクリスタルがはめ込まれた金の腕輪を着けている。横に張り出した白と金の肩鎧から床にこするほど長いマントが下がっている。
明るいピンク色の髪は凛々しいポニーテールにまとめていた。
「わたくしは、バニシュウィンド王国の第2王女、バーバレラと申します」
「バーバレラ姫……、クリスタルに選ばれた光の勇者……」
「わたくしのこともご存知なのですね」
バーバレラ・カイン・バニシュウィンド。往年の名作ゲーム『クリスタルフォークロアⅤ』のヒロインだ。
妙な言い方になるが、ドット絵が現実の人間に忠実に再現されていて、言われてみれば確かにバーバレラ姫だった。
彼女の物語の舞台であるクリスタリス大陸は自然界の摂理を司る4つのクリスタルによって調和が保たれているが、それを破壊して回る狂気の暗黒騎士の野望を食い止めるためクリスタルのかけらに選ばれた4人の勇者の1人がこのバーバレラ姫である。
4つのクリスタルのうち、特に水のクリスタルの寵愛を深く受けており、回復魔法や補助魔法のスペシャリストという設定だ。
「次はあたしかぁ」
立ったのは、おそらく世界観としては最も俺に近い人物だった。
「あたしは小石川――」
「幡随院 望、だろ?」
「ちっ」
少年漫画『独裁生徒会』の主人公にしてヒロイン。狡猾な頭脳と圧倒的な人心掌握術を持つ生徒会長だ。白い学帽に白い学ラン、極めて短いくせに決して下着が見えないスカートという男装しているのかしていないのかよくわからないファッションに、大きな丸メガネと三つ編みおさげというあまりにちぐはぐな格好。だがそれが妙に合っている。そして、メガネの奥からのぞく凶暴で狡賢い本性を隠そうともしていない金色の瞳。
それは実写映画など比較にならない、純然たる幡随院 望だった。
日本純血化計画により国内の天才、鬼才から生殖細胞を集め、造り出されたデザインドベイビー『超子供』たち。そんな彼らが入学する英才校『ジ・アカデミー』に外部から転校してきたために雑種と呼ばれ蔑まれる少女がこの幡随院 望である。
不断の努力と時に躊躇も容赦もなく行うイカサマやハッタリで生徒会長にのし上がった彼女は俺とはいろんな意味で対極の人間だ。
「あとは、そこの死体か」
幡随院が長テーブルの末席に座る少女を見やる。
座るというよりは、座らされているという方が近い。全身に力が入っておらず、光のない目は見開いたまま、口も半開きのままである。
ダークグレーの袖なしブラウスに黒いリボンタイ、黒のフレアスカートと同じく黒のニーハイソックスを履いている。髪は温かみのある白で無造作に伸びたロングヘア、と全体的にモノクロームな色合いの少女である。
「自分じゃしゃべれないみたいだから、兄さん、頼むわ」
幡随院に促され、俺は彼女を紹介する。
その前に、幡随院のブラックジョークが誤解を招きかねないので補足しておくが、少女は死んでいるのではない。ゾンビでもない。ただ、機能を停止しているだけだ。
「彼女はZZ。えっと、アンドロイド……で通じるかな?」
首をかしげたのはバーバレラだけだった。
「そうだな、高度な機械でできていて、人間と同じようにしゃべったり考えたりできる人形だ」
「あぁ、なるほど。ゲド博士があたりが喜んで造りそうですわ」
『クリスタルフォークロア』も中世風のファンタジー世界だが、火力機関船だのプロペラ飛空艇だのが唐突にブッこまれる世界なので案外簡単に説明できた。
そして俺とポラリスも自己紹介を済ませたところで、もっとも説明に困る質問が投げかけられた。
「さて、月代 刀夜様。貴方はなぜわたくしたちのことをご存知なのでしょうか?」
結論から言うと、俺の拙い説明では納得してもらうのは難しかった。俺の世界において彼女たちは様々な娯楽媒体の登場人物である、なんて言われてすぐに信じれる方が逆にどうかしている。
まさか、異世界に来て某アニメの主人公の追体験をすることになるとは思わなかったが、俺には強い味方があったことを思い出した。
――というか、これまでのゴタゴタで完全に忘れていたのだが、俺は胸にリュックサックを背負っていたのである。
そしてその中には、給料日のささやかな買い物の戦利品が収められていたのだ。論より証拠、百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。
すたぁ☆ポラリスこと喜屋武 せりなには劇場版のDVDのパッケージを。
グウェンドリン・ローリィには1/144MGプラモ『サイコ・キャナリー』を。
ユキレイ・水城にはリメイクされたゲームのパッケージを。
幡随院 望にはコミックスの最新刊を。
……ZZにも一応証拠品はあるのだが、今は機能停止しているので問題なかった。
「わぁ、私たち、こんなに可愛く描かれてるんだぁ……」
「わたしの、キャナリー……。ちっちゃい、可愛い……」
「なんやこれ、写真とも絵とも違う……不思議やねぇ」
「ふぅん、あたしが漫画の主人公、ねぇ……」
それぞれ、好意的に受け入れてくれたみたいでよかった。約1名、まずCGの存在に面食らっている人がいるが。
問題はバーバレラ姫だった。彼女にもちゃんと証拠品があるのだが……、それが、その、18歳未満は買ってはいけない薄い本だった。
その時の王女殿下のお怒り様はちょっとここでは述べられない。ただ一つ言えることは、もし俺の世界がまかり間違って異次元からキャラクターを招喚するなんて技術を得てしまったとしたら、クリスタルフォークロアⅤのキャラだけは招喚を禁止する国際条約を締結するべきだと言いたい。次元間戦争なんて俺は見たくない。
しかし、そこは百戦錬磨の姫君だけあって、お茶を一口飲んだらもう冷静さを取り戻していた。
「城壁に風刺画を描かれるのには慣れていますから」
だそうだが、ゲームでは見られないバニシュウィンド王国の裏面を垣間見た気がした。
「お待たせしました。国王陛下がお会いになります。玉座の間へご案内いたします」
俺たちを案内してくれた騎士よりも、さらに豪華な鎧とマントを着けた騎士が入ってきた。
そして俺たちは、ようやく自分たちがこの世界に呼ばれた理由を知ることになる。
☆ ☆ ☆
【招喚者一覧】
月代 刀夜:
出身世界:現代日本
飲食チェーンのアルバイト→正社員。アラサー。
喜屋武 せりな:
出身世界:TVアニメ『まじかる☆すたぁ・ぷろじぇくと』
『守護り』を司る魔法少女、すたぁ☆ポラリス。イメージカラーは黄色。
グウェンドリン・ローリィ(グウェン):
出身世界:TVアニメ『機巧偽神ルシフェル・マキナ』
人形光翼殺戮機巧サイコ・キャナリーのパイロット。
ユキレイ・水城
出身世界:ゲーム(メガサターン)『大昭戦国浪漫譚』
表の顔は水城殲鏖流古武術の師範代。
裏の顔は帝国陸軍の秘密部隊所属の軍人。霊気機関甲冑『魂刈』搭乗者。
バーバレラ・カイン・バニシュウィンド
出身世界:ゲーム(SFC)『クリスタルフォークロアⅤ』
バニシュウィンド王国の第2王女、国王代理。
幡随院 望
出身世界:少年漫画『独裁生徒会』
ジ・アカデミー3代目生徒会長。
ZZ
出身世界:OVA『イドとエロスの境界線』
アンドロイド。