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第10話『魔族たちの決断』

 (エイト)世界(ワールド・)同盟(アライアンス)。招喚者の少女たちによる世界蹂躙宣言は、当初誰からもまともに信じられていなかった。

 人は自分に興味のない情報と自分に都合の悪い情報は認識することを拒否する生き物だが、彼女たちの宣言はそれらの条件を両方満たしてしまっていた。


 ――これより、我々はひと月に1度、諸国の中から一国を選び、そこを焼き尽くします。

 ――皆さんの()()()道は2つに1つ。自ら奴隷として我々に尽くすか! 武器を取って抗い、無駄で無様な死を遂げるか!


 まあ、そんな人間の本質云々とは関係なく、単に話が突拍子もなさ過ぎて現実感が無かっただけという可能性も高い。

 人々はバーバレラの言葉を黙殺したくてそうしたわけではなく、ただ反応に困っただけかもしれなかった。


 それは、王都グラスナックで暮らす人々――城の炎上を目の当たりにした人々ですら例外ではなかった。

 その日のうちに王都を脱出したのはごく少数のみであり、大多数はバーバレラ姫の演説を聞いた後も普通に夕飯を食べ、風呂に入り、明日もこれまでと同じ朝が来ると信じて、または信じようとして眠りについた。


 そして彼らが目を覚ました時、朝日と共に現れたのは、首輪をつけられた国王が指揮する死んだ魚のような目をした王国騎士団だった。

 王都とその周辺の農村の人々は1人残らず徴集された。田畑も工房も接収された。集められた人々は能力に応じて最適な場所へと編成された。ある者は魔法石の採掘、ある者は農耕、ある者は服飾などに割り当てられた。


 魔法石の採掘に向かった者たちは、そこでかつて聖ラザラス教会の聖騎士として横暴の限りを尽くしてきた男たちが過酷な重労働に従事させられている姿を見ることになった。


 これらは、魔法石採掘場から脱走してきた商人がもたらした情報である。


 その後、大陸全土にウェイン隷属国からの使者が走った。

 旧ウェイン王国に併呑されていた属国の領主の元へ、妙にへりくだった態度の使者が訪れ、不平等な条約を結んだ条文を焼き捨て、王の側室にされていた娘や人質となっていた息子が返還された。


 だが、諸侯は自国の独立を手放しで喜ぶわけにはいかなかった。

 それは同時に、にわかに現実味を増した招喚者たちによる蹂躙宣告の対象となることにつながったからだ。また、領主の大半はウェイン王国から土地をもらった貴族たちであり、彼らはかつての王やその他ウェイン王国に恨みを持つ者たちからの反乱に備えなければならなかった。


 当然と言えば当然だが、招喚者たちによる世界の再編はこの地に住む人々にとって迷惑以外の何物でもなかった。


「当然、あ奴らもこれを善行とは思っておるまい」


 クインゼル自治領――通称、魔王領の主である幼き魔王様、エルルル・ディアブララ嬢は会議の席でそう分析した。


 会議には多くの人々が出席していた。もっとも、彼らを『人』と表現するのは少々語弊があるかもしれない。

 ドラゴンの混血と言われる、頭に大きな角を生やしたエルルル様をはじめ、ここにいいるのは獣人、小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)、魚人、鳥人、吸血鬼(ヴァンパイア)不死人(アンデッド)といった多様な種族の集まりだったからだ。


 魔王様とその配下の五将軍、クインゼル自治領に住む各集落の(おさ)、その数合わせて30人余りである。

 俺、月代(つきしろ) 刀夜(とうや)も、魔王様のアドバイザーとして会議に出席させられた。


「招喚者たちの目的はそれぞれの元世界への帰還じゃろう」


 魔王様は一呼吸置き、続けた。


「それも、早急に、かつ確実に、じゃ」


 むしろ、この点こそが彼女たちの目的の要所と言える。


 ――刀夜さん。私は、帰りたいんです。帰らなければならないんです!

 ――私の世界には、私でなければ戦えない敵がいて、私が支えてあげたい仲間がいて、私が守りたい大切な人たちがいるんです!


 招喚者の1人、喜屋武(きゃん) せりなの言葉を思い出す。

 日曜朝に放映されるTVアニメ『まじかる☆すたぁ・ぷろじぇくと』から次元を超えて招喚された魔法少女。彼女は普段はご当地アイドル、影では悪と戦う魔法少女として人々の笑顔を守っていた。


 愛する故郷の人々の生活を背負い、かけがえのない仲間と共に命をかけて戦っていた彼女にとって、縁もゆかりもない異世界への招喚はそれこそ迷惑以外の何物でもなかっただろう。


 いや、それ以上に。

 彼女たちはこの世界を使命を妨害する障害、間接的とは言え愛する人々の命を脅かす『敵』と認識しているのかもしれない。


 特にバーバレラ姫は。

 彼女が背負っていたものは、他の招喚者と比べても頭抜けて重い。彼女の戦いには祖国の民のみならず、彼女の生きていた世界の生きとし生ける者すべての命がかかっていたのだ。

 そんな戦いの最中に、()()()いち宗教の権威のために異世界へ呼び出されたとあってはその怒りは想像を絶する。


 思えば、彼女は初めから元世界『クリスタルフォークロアⅤ』とはイメージが違っていた。ゲームの中で見せていたしとやかさや優しさなどこちらでは微塵も見せず、あろうことかぞっとするような冷たい声と眼差しで国王と俺を震え上がらせていた。


 あの時点ですでにバーバレラ姫ははらわたが煮えくり返る思いをしていたに違いない。


 そして同時に、俺には想像もつかない焦燥にかられていたことだろう。自分が()()()()()()で油を売っている間に、自分の世界の人々が、かけがえのない仲間が、暗黒騎士によって滅ぼされているかも知れないのだ。


 他の招喚者たちも、思いは同じだったろう。

 だからこそ、彼女たちは『ウェイン王国と魔王領が停戦協定を結び、軍事に従事していた人材を帰還の術の研究に回す』という魔王様の考えを拒否したのだ。拒否しなければならなかった。そんな悠長な時間は彼女たちには無かったから。


「あ奴らがこの世界のすべての者に隷属を勧告したのは、『帰還の術』開発のための人材集めと見る。この先、あ奴らは優秀な魔術師をかき集めようとするじゃろう。そして月に1つの国を焼き尽くすと宣言したのは、自分たちの力を誇示して人材集めを加速させると同時に、我らに時間制限をつけたかったのじゃろうな」

「……それにしては、やり方がちょっと物騒だな」


 それこそ魔王の所業だろう。


「人は他人の利益のためには本気で動かん。たとえ餌をぶら下げられても、尻に火がついていることを自覚せねば焦らん」


 奴隷を死に物狂いで働かせるための蹂躙宣言だったのか。単なる悪趣味でないことを知ってほんの少しほっとする。


「他にも、あえて戦いという選択肢を与え、相手に自らそれを選ばせたうえで叩き潰す。そうすればより深い絶望を植え付け、奴隷を従順にさせることができるという意図もあるかもしれん。それに相手を戦場に立たせれば優秀な魔術士を見定められる機会もあろうしな」

「一体、一石何鳥を狙ってんだ」


 前言撤回。あいつらやっぱりえげつない。


「厄介じゃ。あ奴ら、目的地に向かって最短距離を突き進んでおる。よほどのネタがなければ交渉の余地など欠片もないぞ」


 使命に燃えて、純粋で、何事にも全力投球。どれもヒロインとなるキャラクターにとって重要な要素だが、それが敵に回るとこうも厄介な存在になるか。


「結局のところ、妾たちの選択肢はあのバーバレラとやらの言う通り2つに1つなのじゃ。隷属か抗戦か。長老たちの考えを聞きたい」


 魔王様は列席者の面々を見回した。


 このクインゼル自治領において、魔王様には政治的決定権はない。彼女の立場は魔王軍――領土を守るいわば国防軍の総司令官である。それ以外のことはここに集った領内で暮らす数多の種族が集まって形成する集落の(おさ)たちが合議して決めるのである。


「戦うべし」


 厳かに告げたのは、ゴリラのような猿っぽい大柄な獣人である。


「我ら、逃亡者の子孫なれど隷属をよしとしたことは1度もなし」

「だが、勝算はあるか?」


 鶴のように細長い首をした鳥人が問う。


「刀夜殿、いかがか?」


 魔王様に水を向けられ、俺は答えた。


「あいつらは強い。全員がウルスラと同等かそれ以上の戦闘力を持っている」


 特に人型光翼殺戮機巧(フォールンエンジェル)サイコ・キャナリーを操縦するグウェンと、武道の達人で霊気機関甲冑『魂刈(たまがり)』を駆るユキレイは桁違いに強いだろう。

 せりなは回復や守りが専門だが、『負けない戦い』に徹されたらこちらに為す術はない。

 ZZも元は戦闘用のフレームと流体金属を搭載したアンドロイドだ。機能はだいぶオミットされているだろうが、油断はできない。

 幡随院(ばんずういん)はどちらかと言えば頭脳労働担当だろうが、原作マンガのバトル路線移行時に独学の陰陽術(おんみょうじゅつ)を使ったことがある。


 問題はバーバレラ姫だ。彼女の場合、元世界(ゲーム)中のどの段階の彼女が招喚されたかで危険度が大きく変わる。

 究極魔法ディバインフレアやメテオストライクを習得していたり、強力な職業(ジョブ)である時空魔導士や竜戦士(ドラゴンウォリア)をマスターしていたら、ある意味グウェンより厄介な存在になるだろう。


「凶暴化したドラゴンを単身で撃破したウルスラ殿よりも、か……」


 魔王様の配下、五将軍の末席に座るウルスラがわずかに身じろぎする。


 ウルスラ・斬屠(ざんと)。彼女も招喚者だが、唯一魔王軍に籍を置く剣士である。元世界はラノベ原作のTVアニメ『底辺学園(コキュートス)禁呪聖士(カースドパラディン)』で、黒の魔剣と白の聖剣を持つ。


 だが、残念ながら、彼女の設定は学生なのだ。将来性があるのは間違いないが、現状では実戦経験バリバリの他の招喚者に比べ出遅れていると言わざるを得ない。

 しかも、彼女の持つ黒の魔剣と白の聖剣の本当の力を引き出せるのは、彼女がこれから出会うはずだった物語の主人公の方であり、彼女自身ではなかったりする。


「ブヒッ、刀夜殿、招喚者たちの世界では、我ら魔族はどのように暮らしているのかねブヒッ」


 言うまでもなく、発言したのは豚鬼(オーク)族の男性である。

 なかなか答えにくい質問だった。

 ほとんどの元世界において彼ら魔族は存在せず、唯一存在する『クリスタルフォークロアⅤ』ではもっぱら経験値稼ぎ(狩り)の対象である。


「ブヒィィ! ならばなおさら隷属はありえん!」

「向こうは6人。こちらも五将軍と刀夜殿で6人。天の利地の利を得ることができればあるいは……」


 待て、俺を戦力に入れるな。


「いよいよとなれば妾が出よう。妾がその気になれば、招喚者の1人や2人!」

「……そうですな」


 会議は抗戦派に支配されつつあった。というより、彼らのつらく悲しい迫害の歴史が隷属を選択させなかった。


「では、戦おう」


 魔王様が立ち上がった。


「我ら魔王軍の魂は、クインゼルの大地と共に!」

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