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忘却の天井  作者: 夢乃
第一部 ~塔を目指して~
8/28

橋の守り人

「街ないね~。コルバスの街、だったっけ、あそこを出てから結構経つけど、灯りも見えないね」

「地上に残っている人は少ないからな。寿命も昔よりも短くなっているって言うし」

 火山の街・コルバスを後にしてから12日、2人が旅立ってから18日が経っていた。

 二人の前に広がるのは、何もない荒野のみ。それも、見えるのは太陽が天井から顔を覗かせている僅かな時間だけ。太陽が隠れたときには、自動車のヘッドライトが照らす数十mの視界だけが、2人の目に映る世界のすべてだ。街を出て暫くは道もあったが、今はそれもほとんどない。


「太陽の出ている時間も短くなってるね。南に来ているんだから当たり前だけど。あと何日太陽を見られるかな」

「天井から降りてきて街に戻れば、夏の間はまた太陽を見られるさ。その前に、天井からも太陽を見られるんじゃないか?」

「そういえばそうか。天井に行けば太陽が見えるはずだよね、考えてみれば。電力のことしか考えてなかった」

「地上を離れたことなんてないからな。毎日の生活で精一杯だし。考え付かなくても当然だよ」

 カイムは荒れた地面の上で、慎重にハンドルを操作しながら言った。


「でもカイムはそれが判ったんだよね。凄いな~」

「この旅に出てから、いろいろ想像を巡らせていたからな。塔や、天井について。アリューが天井に行くなんて言い出すまで、そんなこと考えたこともなかったけど。自分に関係あるものとも思えなかったから」

「でも、そういう想像力も探検家には必要よね。・・・うーん、考えれば考えるほど、私なんかよりカイムの方が探検家向きって感じだよね・・・」

「俺の方がアリューより長く生きてるってだけだよ。何しろ、お前より5年も早く生まれてるんだからな」


 アリューの見るカイムの横顔は、いつもとほとんど変わらなかったが、彼女の目には、かすかに照れたように見えた。それを見てアリューは口元に笑みを浮かべると、手許のホロパッドに視線を戻した。そこには、浮かび上がった地図上に、自動車の現在地が点滅している。

 もっとも、彼らの街の探検家はこんな遠くまで来ることはほとんどないし、このあたりに住んでいる人が彼らの街に来ることもない。そもそも、これだけ南下すると、人がどれだけ住んでいるのか。だから、使っている地図は遥か昔のものなので、あまり当てにならない。


 自動車の位置も、自動車に搭載されているセンサーから送られてくる走行速度と進行方向から、位置を計算しているに過ぎない。コルバスの街までですら、結構な誤差が出ていた。その誤差情報も入力したからそれからは減っているはずだが、それでもゼロになることはないだろう。

 目印になるものがあるといいんだけどな。川はあんまり当てにならないけど、大きな山とか。そう思いながら、アリューはホロパッドの画像と、カイムが操る自動車の外の景色とを見比べていた。目印があったら、それを見落とさないように。


「そろそろのはずなんだけどなぁ」

 座席でホロパッドに表示した三次元の地形図を見ながら、アリューは自動車のライトに照らされる外を見た。けれど、その光で見えるのは、せいぜい100m程度。暗闇の中、目標を探すのは難しい。

「そろそろって、何かあるのか? 常夜の領域はまだ先だと思うけど」

 ゆっくりと自動車を操っているカイムが聞いた。その瞳は油断なく自動車の外に向けられている。道なき道を進んでいる今、一時(いっとき)も気を抜けない。大きな穴に落ちたりしたら、ひとたまりもない。

「うん、そろそろ塔のある大陸に渡るところがあると思うんだよね。データが正しければ」

「また誤差があるんじゃないか? 誤差を補正する機会もほとんどないし」

「うーん、その可能性は大きいなぁ」

 アリューは頭を掻いた。

「そんなに大きく間違ってはないと思うんだけど」


「この間も、昔の海を渡ったよな。干上がってたけど。あれは違うのか?」

「あれは、内海の海峡を渡っただけだから、今も同じ陸の上だよ。あれは、えーと、昔の資料だと、ボスポラス海峡ってところなのかな。多分」

「ちょっと頼りないな」

 カイムは口に笑みを浮かべた。

「まぁね~。何千年だか昔の地図だからね。海岸線は後退してるし、そもそも地形そのものもどう変わっているかわからないし。でも、他に使える情報なんてないし」

「そうだな。仕方ないか。何もないよりマシ、だしな」

「ほんとに、ないよりマシ、程度にしか役に立たないけどね」


 そのまま暫く無言で進んだ。途中、運転をアリューに代わり、さらに南へと向かう。大小の岩が転がる荒野は、自動車を走らせるのに適しているとはお世辞にも言えない。速度をそれほど上げることなく、大きな岩や地面に空いた穴を避けながら進んで行く。


「ん? ちょっと待った。灯りを消してくれ」

 カイムの声に、アリューはすぐに反応した。自動車を止め、ライトを消す。カイムは右前方を注視していた。

「何か見える?」

 アリューもカイムと同じ方向に視線を向けると、目を凝らした。

 カイムは座席の後ろのバックパックから双眼鏡を取り出すと、それを使ってもう一度外を見た。

「アリュー、窓を開けてくれ」

 アリューがキャノピーを開く。途端に流れ込んでくる外の冷たい空気に、アリューは思わず身を震わせた。


「何か見えるの?」

 もう一度、アリューは聞いた。

「何かある。銀色の棒みたいだ」

「棒?」

 アリューはもう一度目を凝らす。

「うーん、わかんない。カイム、それ貸して」

 カイムは黙ったまま双眼鏡をアリューに渡した。それを使ってアリューは三たび、カイムの言う方角を見つめた。その双眼鏡の視界の中に。

「あ、あった。あれね。光ってるみたいだけど、近くに灯りがあるのかな」

「多分。行ってみるか」

 そう言ったときには、カイムは自分の座席側のハンドルを手前に下ろしていた。

「うん、行ってみよ」

 アリューもキャノピーを閉め、ホロパッドを手に取った。


「あれだな。随分と長いな。何のポールだろう?」

「なんだろうね。もうちょっと近付かないと判らないね。近くに行っても判るかどうかわかんないけど。あ、家があるみたいだね」

 アリューの言葉のとおり、窓から漏れる灯りらしき光点がいくつか見える。

 それに、街路灯らしき、少し高い位置にも光が灯っている。カイムは、街のメインストリートと思しき通りへ、ゆっくりと自動車を進めた。と、人が家の中から現れた。カイムは自動車を停めた。ヘッドライトの光を避けるように腕を上げて顔を隠している。カイムはヘッドライトを消した。


「開けるぞ」

 そう言うとカイムは、アリューの返事を待たずに暖房を切ってキャノピーを開けた。暖まった車内の空気が外に出る代わりに、外の冷たい空気が入り込んでくる。この寒暖差には、いつまで経っても慣れることがない。かといって、暖房を入れないわけにもいかないし。

 カイムは身を震わせると、懐中電灯を手にして外に出た。自動車の前で呆気に取られたように立ち尽くしている人物に近付く。


「すみません、よろしいですか?」

 カイムが話しかけると、その人はそれまで注視していた自動車からカイムに視線を移した。

「あ、ああ、なんでしょう」

 立っていたのは、年の頃はカイムより少し年上と見える青年だった。

「旅の者なのですが、常夜の領域に向かうために大陸を渡りたいんです。古い地図だと、この辺りに渡れるところがあるはずなのですが、何かご存知ありませんか?」

「常夜の領域?」

「はい。そこの塔を目指しています」

「塔? それはまた大変な所まで。それで暗黒大陸に渡りたいわけですか」

「暗黒大陸?」

 遅れて自動車から出てきたアリューが首を傾げた。


「ええ、向こうの大陸をこの辺りではそう呼んでいるんですよ」

 青年はアリューに答えると、カイムに向き直った。

「この子も一緒に行くんですか?」

「はい。と言うより、こいつが言い出したんですよ」

「ほんとに?」

 青年はアリューをまじまじと見つめた。

「うん、本当よ。私が行くって決めたの」

「はぁ、それはまた。・・・ああ、それで暗黒大陸への渡り方でしたね」

「ご存知なんですか?」

「勿論。この道を」青年は道を振り返った。「真直ぐ進むと、橋があります。橋を渡れば、暗黒大陸ですよ」

「え? 本当? じゃ、ここってスエズ?」

「さあ? 自分たちはここを単に『橋の街』と呼んでいますが。大昔にはそう呼ばれていた時もあったのかもしれません」


「なるほど。その橋なんですが」カイムは後ろに停めた自動車を指し示した。「この車でも通れそうな橋でしょうか? 結構重量があるのですが」

 青年は暗がりの中、街路灯の薄暗い光の中に浮かび上がる自動車に目を向けた。

「どうでしょう? 多分大丈夫だと思いますが。整備はしているのですが、長い橋なので部分的に耐えられないかもしれません。ご自身の目で確かめられては?」

「解りました。行ってみます。ここを真直ぐですね?」

「ええ」

「ありがとうございます」


 カイムは礼を言って自動車に戻った。アリューも慌てて相手に頭を下げてカイムに続いた。自動車に乗ってキャノピーを閉めると、アリューが早速文句を言ってきた。

「橋のこと聞いてみたかったのに、なんで話を打ち切っちゃうのよ」

 カイムは自動車のハンドルを握り、アクセルをゆっくり踏み込んだ。先の青年が道の端によけて自動車を見送っている。

「今聞くより、直接見た方が早いよ。それに聞くなら、橋にも人はいるだろうし」

「そうかもしれないけどさ。まあ、いいや。行けば判るのは、確かにそうだし。あ、あれかな」


 ほどなく、橋が見えてきた。その手前、橋の入口の右側に、ここを見つけるきっかけになったポールが立っている。

「あのポール、橋の場所を示しているみたいね」

「ああ。昔は両側にあったみたいだな」

 カイムの言うとおり、橋の左手にも、ポールがあった。ただ、こちらは3mほどの長さを残して折れてしまっている。ポールとポールの間は15mほどだろうか。カイムは橋の手前まで自動車を進め、左脇に停めた。

 自動車から降りた二人は、懐中電灯で橋の路面を照らした。それだけでは足りず、腰を落として路面をよく見る。


「かなり頑丈そうね。これなら楽に渡れそう」

「ここだけ見ても解らないけどな。見ろよ」

 カイムは立ち上がって懐中電灯の光を先に向けた。

 橋に沿って、暗い灯りが点々と伸びている。橋の右側に目を向けると、反対の端は暗くて見えない。かなりの幅がありそうだ。カイムが向けたその光の中から、人影が現れた。

「すまんが、その光を下に向けてくれんかね。眩しくて仕方がない」

 いきなりかけられた声に、カイムは懐中電灯を下に向けた。アリューも橋の先に向けていた懐中電灯を一瞬その声の方へ向け、慌てて地面を照らす。


「すまんな。強い光には慣れてなくてな。おまえさんたち、街の外からきたのかな」

 2人に声を掛けたのはそろそろ老人になろうかという男だった。

「はい。旅をしています。向こうの大陸に渡る場所を探してここまで辿り着きました」

 カイムが答えた。

「この橋で、あっちの大陸まで渡れるんですよね?」

 アリューが聞いた。

「渡れるとも。わしらが補修しているからな。と言っても、人も資財も充分とは言えんから、昔の通りの状態を維持できているとは言えないが」


「俺たち、あの車で旅をしているんだけど、あれで渡れますか?」

 カイムは振り返って懐中電灯で自動車を照らした。

「あの車で? 随分と変わった形をしている車だな。見たところ重そうな感じだが、どれくらいの重量かね?」

「3tはありません」

「ふむ。それくらいなら大丈夫だろう。そんな重いもので渡ったことなぞないから、確かなことは言えんが」

「歩いて渡ってみてもいいですか?」

「構わんよ。自分の目で確かめるのが確実だろうしな」


「おじさんたち、ずっとこの橋を直しているんですか?」

 また、アリューが聞いた。

「うん? ああ、わしも子供の頃からこの仕事に携わっておるよ」

「どうして橋を直しているんです? そりゃ、私たちにとっては好都合なんですけど」

 その男は、くっくっ、と笑った。

「お嬢さん、明け透けにモノを言うねぇ。それで、橋だがね。『橋を守れ』と言われているんだよ。昔からね」

「それだけの理由で、直しているの?」

「おい」

 カイムはアリューの頭を軽く小突いたが、男は気にしていないようだった。


「まあ、それもあるがね。この街は橋のこっちとあっちの両方に住居があるんでね。連絡のためにはこの橋が必要なんだよ」

「それなら、どっちかに固まって住んでもいいんじゃないの?」

「なかなかそうもいかなくてね。この街にも街灯があるだろう? その電力は橋のこっちで作っているんだがね。食料は向こう側で作っているんだよ。この街は、橋の両側で1つなのさ」

「両側を繋ぐ橋があるから、ここの街は成り立っている、っていうことなのね」

「おい、アリュー、あんまり失礼なことばっかり言うなよ」

 またカイムが言った。

「はっはっ、気にすることなないさね。事実だからな。何か聞きたいことがあれば声を掛けてくれ。わしはその辺にいるから」

 それを最後に、その男は2人から離れて行った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大陸と大陸を繋ぐ橋の4km、往復で8kmという長さは、2人にとって思った以上に遠かった。

「はー、疲れた」

 自動車に戻るなり、アリューは空になっていた水のチューブを座席の下の浄化槽に戻すと、水が充填されるのを待ちかねたようにまた取り出して口に含んだ。

 カイムはそれに苦笑いしながら、自分はまだ残していた水を飲み干してからチューブを浄化槽に戻すと、ホロパッドに表示した橋の状態に目を向けた。何千年前に造られたかもすでに判らないその橋は、しかし思ったほど傷んではいなかった。

 というより、ここの住民たちが整備しているから、かろうじて今の状態を保っているのだろう。この自動車で渡るのに支障はなさそうだった。ホロパッドの上に浮かび上がっている橋の全体像を、アリューも覗き込む。


「これだけしっかりしていれば、問題なさそうだね」

「ああ。危ないところは、こことここの2箇所かな。それにしたって橋のごく一部だから、そこを避ければなんの問題もないな」

「幅の広い橋でよかったね。狭かったら、危ない所があったら避けようがないもんね」

「ここの人たちのおかげでもあるな」

「そうだね」

 橋を往復する間、橋を補修する人々をそこかしこで見かけた。橋を渡る荷車も何度か見かけた。まさにここは、橋を利用し、橋と共に生きる“橋の街”なのだ、ということがよく解る光景だった。


「この街があって本当によかったよ」

「本当に、そうよね。もしなかったら、向こうの大陸に渡るのに別の手段を見つけないといけないところだったもん。それだって、見つかるかどうか判らないし。それじゃ、行こっか。運転は私でいいよね」

「ちょっと待った」

 カイムは自分のバックパックを探って工具を取り出した。

 ホロパッドに自動車の図面を出して暫く眺めると、それをアリューに渡して座席を一番後ろにずらし、狭いフロントパネルの下に潜り込む。

「何してるの?」

 ごそごそと何かしているカイムにアリューが聞くが、返事はない。ほどなく、カイムがパネルの下から顔を出した。


「よし、これだ。痛て」

 顔を出すときにパネルにぶつけた頭を撫でながら、カイムは引き出した1本のコードをアリューに示した。

「これが、何?」

「うん。ヘッドライトのコード。ここに抵抗を付けて光量を落とせるようにしようと思ってさ」

「何で? あ、そっか。ここの人たち、私たちよりも明るい光に弱いみたいだもんね」

「かといって、無灯火であの橋を渡りきるのも無理があるし。突貫でやるとしたら、ここに抵抗を付けるくらいしか思いつかなくて。他に良い方法あるかな?」

「ううん。私もそれでいいと思う。でも、抵抗器なんて持ってきてるの?」

「数は少ないけどな。バッグに適当にジャンクを突っ込んできたから」

 カイムはバックパックをごそごそと漁ると、目的のものを取り出した。

「これだ。じゃ、ちょっと待ってろ。すぐに終わらせるから」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アリューの運転で、自動車は橋を渡り始めた。

「きちんと整備しているだけあって、走りやすいね。外は荒れ放題で道もまともにないし」

「そうだな。ここの人たちの技術力がそれだけ高いってことだよ」

「これだけのものを維持しているっていうの、すごいもんね」

「まぁ、技術は他の街にも残っているけどな。俺たちの所じゃ電子機器関係だったろ」

「あー、そっか。そうだね。街ごとに特色ある技術が残ってる感じかな。全部の街が協力したら、今でも結構すごいことできるのかもね」

「生きるのに精一杯だから、無理だろうけどな」

「だけどさ、エネルギーに余裕ができたら、それも出来るんじゃない?」

「余裕ができれば、な。だけど、そんな余裕ができる見込みなんて・・・ああ、そうか。それがアリューの目的だったっけな」

「うん、そう」

 アリューは前を注視しながら、顔一杯に笑みを浮かべた。


「私たちでさ、電力受電所への送電を再開できたら、エネルギーにも余裕ができるでしょ? 何しろ、前は何億人っていう人が使うエネルギーをそれで賄おうとしてたくらいなんだから。そしたらさ、街と街の交流も今よりは活発になるんじゃないかな」

「そうかもしれないけどな。何しろ人口が少ないからな。街と街との距離がありすぎるから、それもどうかな。例えば、俺たちの街と、この、橋の街との間で交流ができると思うか?」

「うーん、直接は無理だろうけど、いくつかの街を経由すれば、できないかな」

「どうだろうな。俺たちの街は北の方にあるからな。街もそれなりにあるけど、南になればなるほど、街も少ないだろう? 交流を持つのは難しいと思うよ」

「・・・もう。否定ばっかするんだから。天井からの送電が復活すれば、私が正しいことが解るもんね」


 アリューは、先ほどの笑顔を消して前に集中した。が、それがポーズであることはカイムにも解った。長い付き合いだ。カイムにしても、他の街との交流が活発になれば良いと思う。カイムとアリューの住んでいる(いた、か)街は、他に3つの街とは頻繁に交流している。

 けれど、それ以外とは皆無と言っていい。それが、他の街とも交流するようになれば、生活も豊かになるだろうことは想像に難くない。そうなれば良い、とカイムも思う。けれど、今はそんなことを考えても仕方ない。今は橋を渡り、塔を目指すことに注力しよう。


「それにしても、暗いね。もうちょっと明るくしてもいいかな」

「あんまり明るくすると周りの人に迷惑だぞ」

「でもさぁ、暗すぎて。フロントパネルの照明を点けてないのにほとんど見えないんだもん」

「仕方ないな。少しだけだぞ」

 カイムは急造の光量調整ツマミを少しだけ、回した。前方を照らす光が少しだけ強くなる。

「うん、少しはマシになった」

「さっきまでが暗かったからな。少しでも明るくなれば、かなり明るく感じるさ」

「もしかして、それで暗くしてたの?」

「そういう訳じゃないけど」

「この調子なら、すぐに渡りきるね」

「そうだな。整備された道ってのは、走るのも楽だな。おっと、この先気をつけろよ。ちょっと危なそうだったところ」

「わかった。憶えてるつもりだけど、ずれてたら言って」


 歩くよりは速い程度の速度で、自動車は橋の上を進んで行った。

 2人の乗った自動車が近付くと、橋のそこここで補修作業をしている人々がその手を止めて、珍しいものを見るように走ってゆく自動車を眺めた。実際、珍しいのかもしれない。コルバスの街でもプルトニウム電池はなかった。ここにもないだろう。

 ということは、必然的に自動車を見る機会も少なくなる。もしかすると、まったくないかもしれない。珍しくて当然だ。


「なんだか注目浴びてるみたいね。暗くて顔は見えないけど、みんなこっち見てるみたい」

「街の外に出ることがないと自動車は要らないからな。珍しいんだろ」

「私たちの街でも、外に出るときしか自動車って使わなかったものね。この辺は近くに別の街もないみたいだし、探検家とか旅の商人とか来ることがないとぜんぜん見ないかもね」

「この街に入るまでは、道も整備されてなかったしな」

「橋は整備してるのにね」


 30分以上の時間をかけて、二人の乗る自動車は橋を渡りきった。橋のこちら側には家は数えるほどしか建っていない。その向こうには平坦な土地が広がっている。歩いて橋を往復したときにはここまでは来なかった。そこここで、小さな暗い灯りが揺れ動いている。

「あの光、人かな?」

「そうみたいだな。暗くてよく判らないけど、ここって、畑かな?」

「かな? 道を外れないように気をつけないとね」


 橋から続いている道を、ここもゆっくりとアリューは自動車を進めた。

「あそこ、人が集まっているのかな?」

 カイムが指差した先には、ほのかな灯りが数個、かたまっていた。方向からすると、道をこのまま進むとその近くを通りそうだ。

「ほんとだ。何かあったのかな?」

「もしかしたら、灯りをまとめて何かにくくりつけてあるだけかもしれないけどな」

「そんなことないんじゃない? 揺れ方がばらばらだし。どうする? ちょっと止まってみる?」

「そうするか。何か困っているなら、俺たちで何かできるかもしれないし」

「雑談してるだけだったりしてね」


 その光の塊に近付いて、アリューは自動車を停めた。

 キャノピーを開けると入り込んでくる冷気に身を震わせて、カイムは懐中電灯を手に外に出た。その、ここでは明るすぎる光を真下に向けたまま、カイムは光群に向かって歩いて行く。やはり、人が集まっているらしい。

「何かありましたか?」

 カイムはそこに向かって声をかけた。

 光の群れが揺れた。灯りを持つ人々が、カイムたちに注意を向けたようだ。


「あんたらは?」

「旅の途中で立ち寄ったんです」

「旅の人か。話は聞いたよ。これから、ここを抜けて先へ行くのかい?」

「はい、そのつもりです。それで、ここを通りがかったら皆さんが集まっているようだったので、何かあったのかな、と思いまして」

「何があった、というわけでもないんだがね・・・」

 光が揺れた。

「土を取りに行った連中が、帰ってこないんだよ」

「土?」

 思わず、カイムは聞き返した。


「ああ。暗くて判りずらいかもしれないが、この辺りは畑になっててね。畑で使う土を採ってくるのさ」

「わざわざ、別の場所から運んでくるんですか?」

「この先に細い川が流れててね」

 光が動いて、2人が行こうとしていたのとは別の方角を示した。

「上流から流れてくる肥えた土が、ここから行ったところに溜まるんだよ。まぁ、肥えた土といっても、ここのよりはマシ程度だがね」

「その土を採りに行った人が戻ってこないんですか」

「ああ。そろそろ戻ってこないとおかしい時分なんだがな」

「そうですか・・・。土はどうやって持ってくるのですか? 桶か何かに入れて?」

「ん? いや、荷車で運んでいる。2人で。1人が曳いて、1人が押してな」

「そうですか・・・」

 カイムは顎に手を当てて考えた。


「ね、カイム、何考えてるの?」

「うーん、なぁ、アリュー、先へ行くの少し遅くなっても平気だよな」

「うん? うん、どっちにしろ時間掛かるし、何日か潰しても全然平気」

「何日も、は掛からないだろう」

 カイムは集まっている光に向けて言った。

「皆さん、その土を採りに行った2人、俺たちで様子を見てきます」

 光の群れが一斉に振り返った。ように見えた。

「そうしてもらえるのは有難いが・・・いいのかね?」

「ええ、橋を渡らせて戴きましたし。アリューも、いいだろ?」

 カイムはアリューを振り返った。


「うん、もちろん」

「連れもそう言っていますので」

「それなら・・・頼んでも良いかね?」

「はい。道はこの先へ真直ぐ、ですよね?」

 カイムは腕をその方角に向けて上げた。明るい光が一瞬、道を照らす。轍の走る道が見えた。

「ああ、道なりに行けば、川に出る。荷車の轍を頼りに行けば、間違えることもないだろう」

「解りました。それでは、ちょっと見てきます。アリュー、行こう」

「うん」


 2人は自動車に戻った。ゆっくりと走り出すと、前の光が左右に動いて道を空ける。

「何があったんだろうね」

「さあな。行けばわかるさ。荷車を押して、ってことはそんなに速度も出せないだろう。出たのは起きてからだろうから、もう帰ってきているはずってことは、そんなに遠くではないはずだし。車ならすぐだろうさ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ほどなく、荷車は見つかった。何度も行き来しているのだろう、続いている轍を頼りに進むこと数十分、暗闇の中に動く2つの小さな光が見えた。

「あれじゃない?」

「みたいだな。光量、落とすぞ」

 暗めにしていたヘッドライトを更に絞る。

 その光に近付いて止まった自動車から、カイムは降りた。電灯の光を注意深く下に向けて。


「どうされました?」

「・・・あんたは?」

「旅の者です。橋の街を訪れたときに、土を採りに行った人が戻らないと聞いたので、様子を見に来たんです。あなたたちが?」

 相手の2人は顔を見合わせたようだ。暗くてよく判らないが。

「ああ。そうだよ」

「何かありましたか?」

「どうもこうもね。こいつさ」

 光が動いた。荷車を指し示したらしい。

「ちょっと失礼」


 カイムはしゃがんで懐中電灯の光を向けた。

 4輪ある車輪の1つ、右側前方のそれが車軸から外れていた。空荷であれば残りの3輪でなんとかなったろうが、荷台には沢山の円筒形の缶のようなものが積んである。採取した土が詰まっているのだろう。これだけあるとかなりの重量になっているはずだ。

 それを証明するように、車輪の外れた右前方へと、荷車は傾いている。

「なんとか荷車を持ち上げて車輪をはめようとしたんだけれど、2人だと持ち上げるのもかなり無理があってね。助けに来てくれたのは有難いが、3人になったところで、ね」

「いや、なんとかなるかも」


 カイムは立ち上がると、自動車に向かって懐中電灯を振った。待つほどもなく、自動車から光が離れて近付いてくる。

「どうしたの?」

「これから、この荷車をこっちの人たちと3人で持ち上げるから、車輪を嵌めてくれないか」

 アリューも、手にした電灯を荷車に向けて様子を見た。

「これを嵌めればいいのね。よいしょっと」

 アリューは倒れた車輪を持ち上げようとした。

「ちょっと、これ重いよ」

「立ててあれば何とかなるだろう。ちょっと待ってろ」

 カイムは電灯を腰に付けて車輪を立てた。

「これを持ってろ」

 アリューに言っておいて2人を振り返る。


「3人でなら、なんとか持ち上げられるかもしれません。やってみましょう」

「あ、ああ、わかった。やってみるか」

 二人は、持ち上げるのに使っていたらしい、荷車から外した手押し棒を、荷車の下に突き刺す。

「じゃ、タイミングを合わせて持ち上げましょう」

「わかった」

 3人が左右に分かれ、手押し棒の下に体を入れる。

「いきますよ。せーの」

 声に合わせて3人が力を込める。ぎし、っと音を立てて荷車が動いた。

「もうちょっと持ち上げて。あ、少し行きすぎ。ちょっと下げて。うん、そこ」

 アリューの指示で、上下に動かす。

「アリュー、早く。あまり長くは・・・」

「ちょっと待って。車輪の向きが・・・これで・・・ごめん、もう一度、少しだけ持ち上げて。はい、嵌った」


 アリューが言うのとほとんど同時に、がちん、と小気味良い音がした。

 一息には力を抜かず、少しずつ手押し棒を下げていく。

「これでよし。アリュー、車から俺のバッグを持ってきてくれ」

「? うん」

 アリューが自動車から戻るまでの間、カイムは懐中電灯で地面を照らした。

「車軸から外れた止め具が落ちていると思うんですけど・・・」

「そのはずだけど、見つかります?」

 男の1人が聞いた。

「望みは薄いですけれど、万一ってこともあるし」

 3人は暗い地面を目を皿のようにして探したが、それらしいものは見当たらなかった。


「お待たせ。何してるの?」

 アリューが戻ってきた。

「ん? うん、車輪の止め具が見つからないかな、と思って。ここで外れたなら、その辺に落ちているはずなんだけど」

「でも、取れちゃってから暫く走ってから車輪が外れたんじゃない? 止め具が無くても走るでしょ」

「そうなんだよな。やっぱり無理か」

 カイムはアリューが持ってきたバッグを受け取った。

「アリューは、車の向きを変えておいてくれないか」

「うん、わかった。やっとく」

 カイムはバックパックを開けると、止め具の代わりになりそうなものを探した。道を探していた2人も傍にやってきた。


「針金じゃ細いし、この杭だと太すぎる・・・」

 加工すれば使えるものはあるが、ここにはその道具もないし、時間もそんなにかけてはいられない。

「あの、これ、使えませんか?」

 かちゃかちゃ音がしてから男が差し出したのは、ベルトだった。

 留金が金属になっている。

「この太さなら大丈夫かも。でも、いいんですか?」

「構いません。ここで立ち往生しているわけにもいきませんし」

 頷いたカイムはバックパックからペンチを取り出すと、ベルトから留金を外した。出来るだけ伸ばしてから、車軸の穴に差し込む。

 心持ち細いが何とかなりそうだ。バックパックに入っていた針金を使って車軸から飛び出した部分を結びつけ、簡単には外れないことを確認する。


「これで、街ぐらいまでは保つでしょう」

「すまんな。わざわざ探しに来てくれた上に修理までしてもらって」

「でも、応急処置ですから、街に戻ったら専門の人にきちんと修理してもらってください」

「わかった。まず、街に戻らないとな。遅れたからみんな心配しているだろう」

「あ、待ってください」

 手押し棒を元に戻した男が押しだそうとするのを、カイムは止めた。

「うん? なんだ?」

「ついでと言っては何ですが、俺たちの車で曳いていきますよ。車輪がこの状態だから、歩くのと変わらないスピードしか出せませんけれど」


 カイムはバックパックからロープを取り出した。バックパックは、自動車の向きを変えて戻ってきたアリューに渡す。

「いいんですか?」

「俺たちも、一度街まで戻ってから先に進みますから。アリュー、俺が合図したらスタートしてくれ。5キロ以上出すなよ」

「うん、解った」

 カイムはロープで手早く、自動車後部の剥き出しのシャシーと、荷車の手押し棒を結んだ。

「これでよし、と。それじゃ、行きましょう」

 荷車の右側に2人、左側に1人がついたところで、カイムは下に向けていた懐中電灯を持ち上げ、前に向けて光で円を描いた。静かに、ゆっくりと、自動車が動き出す。それに曳かれて荷車も。

 3人も、動き出した荷車に合わせて歩き出した。


「すまなかったな。あんたらが来てくれなかったら、せっかくここまで運んできた土を半分以上置いていかなければならないところだった」

「お互い様ですよ。俺たちだって橋を渡らせてもらったわけだし」

「あんたたち、2人で旅をしているのか?」

「はい、そうです」

「どこまで行くつもりだい? わざわざこっちの大陸にまで渡って」

「塔を目指しているんです」

「塔? 塔っていうとあれか。あの、天井まで続いているっていう、あの塔かい?」

「その塔です」

「ほう。そんな塔があるという話は聞いているが、伝説の類じゃないのか」

「古い記録を調べると、存在していることは確かなようですね」

「ほう、途方も無い話しだねぇ」


 その後も途切れ途切れに他愛の無い話を交わしながら、一行は街へと向かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 往路の3倍ほどの時間をかけて、街へと辿り着いた。

「やっと戻ってこれたな。助かったよ」

「いいえ、困ったときはお互い様です。さっきも言いましたけれど、車輪はきちんと直しておいてください。あのままだと、この距離を往復したら、ほぼ確実に壊れますから」

「わかっている。機械工の爺さんに見てもらうよ。何にしても、ありがとう」


 小さな光がぽつぽつと集まってくる。畑で仕事をしていた人たちが気付いたようだ。それはそうだろう。光量を抑えてあっても、自動車のヘッドライトは彼らには明るすぎるほどに強い。

 街の人々は、土を採りに行っていた人の帰還を喜んだ。

「よかったね」

 いつの間にか自動車から降りてきていたアリューが言った。

「ああ。よかったよ。何事もなくて」


 光の群れから1つが離れて2人に近付いてきた。

「どうもありがとうございます」

 暗いので顔は判然としないが、カイムとアリューが荷車を探しに出かけたときに見送った人の1人だろう。

「いえ。いいんですよ。困ったときはお互い様ですから」

 カイムは、さっき男に言ったのと同じ返事を返した。

「それで、少なくて悪いんだけどこれを持っていきなさい」

 彼女が渡してきたのは小さな袋だった。口を閉じている紐を緩めて懐中電灯で中を照らす。小さな丸いものが入っている。


「これは?」

「この畑で取れた豆ですよ。こんなものしかありませんけれど」

「いいんですか?」

「2人を探し出してくれたお礼ですよ」

「でも、橋も渡らせて戴いたし・・・」

 カイムが言いかけたところへアリューが横から口を挟む。

「ありがとうございますっ。何日か前に持ってきたお芋が終わっちゃって、ご飯が味気なかったんです」

 カイムは(少しは遠慮しろ)と言う思いを込めてアリューの足を軽く蹴った。


「こんなものでも喜んでもらえるなら、私らも作った甲斐があるというもんだよ」

「すみません、それじゃ、戴いていきます」

「ありがとうございます」

 アリューも頭を下げた。

「それじゃ、俺たちは先へ行きますので」

「気をつけてお行きなさい」

 カイムとアリューは自動車に乗った。キャノピーを閉めて暖房を入れる。

「運転、変わろうか?」

「まだいいよ。あんまり運転していないし」

「それじゃ、行こう」

「うん」


 ヘッドライトを暗くしたまま、自動車はゆっくりと走り出した。

 小さな光が左右に分かれて空けた道を通り抜け、2人を乗せた自動車は南へと進路を取った。

「お豆もらえて、よかったね」

「芋が無くなったばかりの頃は、アリュー文句垂れてばかりだったからな」

「もー、昔のことじゃないの」

 畑が途切れると、ヘッドライトを明るくしてスピードを上げる。

「方角、合ってるよね?」

「ああ。センサーが壊れてなければな」

「まだ先は長いね」

「距離的には半分近く来ているはずだけど」

「崖とかなければいいね」

「そうだな」


 暗闇の中を、自動車は進んだ。

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