電力受電所
「今日にはその、電力受電所に着けるかな」
服を捲り上げて出した肌を、堅く絞ったタオルで拭き取りながらカイムは聞いた。
「そうだね。もう近くまで来ているはずだし、調子良くいけば太陽が出る前には着けるかも」
先に身を清めていたアリューは答えた。
「それにしても、小さいとはいえ洗濯槽まで載せていたとはね」
使い終わったタオルを2つの座席の間に設置されたコンパクトな洗濯槽に放るとスイッチを入れた。
「何しろ半年以上だからね。塔まではまだいいけど、塔を昇り始めたら外にも出られないし」
チェックしていたホロパッドから顔を上げて、アリューは言った。
「それじゃ、そろそろ行こうか。朝食は移動しながらでいいよね? 最初の運転はカイムでいい?」
「ああ、いいよ。昨日はアリューの運転で終わったしな」
そう言うとカイムはハンドルを手前に倒した。
「方角は合っているかな?」
「うん、車のセンサーが正しければ」
「誤差はどれくらい出るかな」
「これが初めてだからね。ぜんぜん解らないよ」
「頼りになるんだか頼りないんだか」
「そんなこと言ってて、車をひっくり返したりしないでよ」
軽口を言い合いながらも、旅の2日目は順調だった。地面が比較的安定しており、前日ほどには迂回の必要もなく進むことができた。
「このあたりのはずなんだけど」
アリューがそう言った時には、出発してから2時間以上が経過していただろうか。
「そうなのか? それらしいものは見えないけど。もっともこの暗闇だからな。よほど近付かないと判らないか」
「でも、近付きすぎたらそれはそれで判りにくいだろうし」
アリューはホロパッドに映し出されるデータとヘッドライトに照らされる外を見比べている。
「せめて太陽が出てくれればな。おっと」
ライトの光の輪の中に現れた岩の壁を前に、カイムはブレーキを力強く踏んだ。
「どっちに進んだ方がいいんだろ?」
「うーん、多分、左の方がいいかな」
「よし」
カイムはアリューの言葉に従って、左にハンドルを切った。
自動車の右側に見える壁は、どこまでも続いているように見えた。
「あれ? さっき左に向きを変えたから、今は東に向かってるはずよね?」
「そうだと思うけど。センサーは?」
「だんだん南向きになってる。この壁、丸くなってるのかな?」
「その、電力受電所ってどんなところにあるんだっけ?」
「えーと、お父さんの記録だと、台地の上一帯を占めてるって。・・・え? もしかして?」
「何か解った?」
「もしかして、この壁の上、なのかも」
「この上? でも、登れそうなところないけど」
「えーと、お父さんは登ったんだから、どこかに登り口みたいのがあるはずだと思う」
「もう少し、壁に沿って進んでみるか」
「うん。ゆっくりね」
自動車を、さらに壁に沿ってゆっくりと進めて行く。そのうちに徐々に周囲が明るくなってくる時分になった。
「あれ? ねぇ、あそこ」
「ああ。あそこから登れるかもな。暗かったら見落としていたかも」
そこは、自動車の向きがほぼ真南であることから考えて、恐らくこの台地の東の端に近いところだった。少し先で、岩壁が途切れているように見える。
自動車をそこまで進めると、北向きに登っている斜面があった。
「ここかな」
「ここだな」
「道幅、足りるかな?」
「測ってみるか。寒いけど」
「あ、私、測ってくる。窓開けるね」
答えを待たずにアリューはキャノピーを開けた。道具入れから取り出したメジャーを持って外に出る。
登り口と思しき場所に駆けてゆくアリューの後ろから、カイムはゆっくりと自動車を進め、数mを残して停止した。時間が掛かるようなら俺も降りて手伝った方が良いかな? と思ったとき、アリューが立ち上がって戻ってきた。
「どうだった?」
「うん、行けそう。幅は結構余裕あった。後は、登り道が九十九折になってるだろうから、切り返しができるかどうか、ね」
「それは、行ってみないと判らないな。・・・それじゃ、行くか」
「うん、行こう!」
カイムはキャノピーを閉めると、改めてハンドルを握り直した。
自動車はカイムの運転でゆっくりと坂を登り始めた。道幅は、アリューの言ったように充分にある。しかし、右側も道を隠すように岩の壁がそそり立っているので圧迫感があって、アクセルを思い切って踏み込めない。カイムは慎重に自動車を操った。
それでも、まもなく天井から顔を出すだろう太陽のおかげで、上から僅かに光が届き、岩壁にぶつける心配はしなくてもよさそうだった。
「わりと緩やかだね。下から見たときはもうちょっと急な気がしたけど」
「見た目だけだよ。平地よりもかなりアクセルを踏み込んでる。サイドミラーで後ろを見てみな」
アリューは身体を動かして、今はカイムの座る右の座席に角度を調節してあるサイドミラーを覗き込んだ。
「あ、ほんとだ。後ろを見ると結構登ってるんだね」
「前だけ見てると気付かないけどな。・・・お。ここが最初の折り返しかな」
坂が少し緩やかになり、道が先で大きく左に曲がっているのが分かる。
「曲がった先の道はあそこね」
アリューが左上方を指差した。カーブした先には外側の岩壁がないようで、見上げると南に向かって登っている道を確認できた。
「そうみたいだな」
頷いて、カイムはカーブに沿ってハンドルを切った。向きを変えて登山が続く。
「今度は落ちないように気を付けないといけないな」
「危なくなったら声出すね」
「頼むよ」
2人の顔から笑みがこぼれる。
「あ」
突然の強烈な光に、アリューが声を上げた。
天井の端から、太陽が顔を覗かせたところだった。南向きに登っている自動車から見た太陽は、いつもよりも近く、明るく感じられた。気のせいに違いないのだが。
「いいタイミングでここを見つけられたよな。この真っ暗闇な道を車のライトだけで登るのはきつそうだし」
「この調子で上まで登れるといいね」
「ああ、そうだな」
そのまま自動車は順調に道を進んだ。けれど、次の折り返しを過ぎて暫く進んだとき、カイムはブレーキを踏み込んだ。
「こりゃあ・・・ちょっと進めないな・・・」
「・・・そうね」
カイムの言葉を、アリューも認めた。2人の目の前には崩れ落ちた道路があった。その向こうにはまた登り道が続いており、3つ目の折り返しも向こうに見えている。道の崩落の幅はそれほど広くはない。5mはないだろう。3~4mというところか。それでも、飛び越えるには広い。
「この上には、絶対に行かなきゃいけないのか?」
「どうしても、ってわけじゃないけど、でも、天井を回復させてもこっちが動かないと意味がないから、動くかどうかだけでも確認しておきたいんだけど・・・なんとか渡れないかな」
「見てみないとなんとも言えないな」
カイムはキャノピーを開けて外に出た。アリューも後に続く。カイムは、舗装が崩れ剥き出しになった地面を調べた。アリューが不安そうに後ろから覗き込む。
「どう? 渡れそう?」
「うん・・・見た目ほどは崩れやすくはなさそうだ」
「それじゃ、渡れる?」
アリューは期待を込めた目でカイムを見た。カイムはさらに時間をかけて崩れた崖の状態を調べてから、アリューを振り向いた。
「本当に行くか?」
「え?」
「ここを渡るのは、かなり危ない。踏み外せば下まで転がり落ちるだろうな。そうなったら無事じゃ済まない。ここからしばらく動けなくなるかもしれないし、下手したら命を落とすかも。そうなったら天井になんて行けないし、少なくともかなり遅れることになるだろうな」
カイムは一度言葉を切って間を置いた。
「それでも渡るか?」
アリューはカイムの問にすぐには答えられなかった。カイムの言葉を噛み締めるようにして、迷うように地面を見つめた。けれど、顔を上げて再びカイムを見たときには、その心は決まっていた。
「私は探検家になったの。お祖父ちゃんとお父さんと同じ探検家に。探検家だったら、これくらいの危険を避けていられないわよ。これから天井に行くまでに、これくらいの困難はいくらでもあるだろうし、それに、ここで死んじゃったらそれこそ私はその程度ってことよ」
「・・・そう言うなら、渡ってみるか。でもな」
カイムはアリューを見て笑った。
「何よ」
「アリュー1人じゃここ渡るのは無理だろ? それでよくそんな啖呵を切れるよな」
アリューの顔は真赤になった。
「う~~言わないでよ~~。これからいろいろ覚えるっ」
「悪い悪い。それじゃ、まず、アリューの探検家としての最初の難関を乗り越えるために、なんとかしてやりますか」
「あーん、もう言わないでよっ」
アリューの非難の言葉を背に受けながら、カイムは必要な道具を取り出すために、自動車に戻った。
自分が持ち込んだバックパックを自動車から下ろすと、中から小さいバッグを取り出して腰に巻きつけ、また別の道具をいくつか手に持って崩れた道に戻った。
「アリューも必要なものを纏めて待っててくれ。俺はなんとか向こう側に渡ってみる」
「うん、わかった」
アリューはカイムを気にしながらも、自動車に戻って行った。カイムは、長めの杭を、ハンマーを使って崖の崩れた傍に打ち込んだ。ハンマーを打ち付ける音が響く。深く打ち込んだところで力を込めて引っ張り、簡単には抜けないことを確かめてもう一本を足元に打つ。
自動車から戻ってきたアリューはカイムの作業を見守った。2本目の杭も打ち終えたカイムは、今度は長いロープを取り出して上側に打ち込んだ杭の穴にしっかりと縛り付けた。強く引っ張って緩まないことを見て取ると、さらに2本の杭の穴を通し、逆の端を下に打ち込んだ杭に縛る。
「これでよし、と」
ロープに通した杭とハンマー、さらに別の2本の杭ともう1本のロープを腰に縛って、カイムは崩れた崖を攻略しにかかった。手を伸ばし、引っ掛けられそうな窪みを崖に探す。
「よし」
何とか探り当てたところを手で掴み、今度は足を掛ける場所を探る。
「気をつけてね」
アリューが両手を胸の前で握り締めて、カイムを見守った。その声が聞こえたのかどうか、カイムは崖に集中して慎重に進んだ。その身体は少しずつアリューから離れてゆく。僅か4m足らずの距離が、無限にも思える距離に、見守っているアリューにも思えた。
長い時間をかけて、カイムはやっとのことで崖を渡りきった。
「はぁ」
いつの間にか詰めていた息を吐いて、アリューは胸を撫で下ろした。崖を渡ったカイムはロープに通した杭の2本を、崖の向こう側に打ちつけ始めた。杭を打ち込むと、ロープの余った部分を杭に縛る。
それが終わると、崖にロープの橋が渡されていた。
「アリュー、ロープに掴まってこっちに来られるか? 足は下のロープに掛けて」
アリューは唾を飲み込むと、崖の下を見た。坂になっているし、足を踏み外しても下の道まで滑り落ちる程度で済むだろう。
けれど、無傷という訳にはいかないし、帰りもこちら側に戻って来なければならない。アリューは顔を上げると向こう側のカイムを見、崖のロープを見た。もう一度唾を飲み込むと、毅然として答えた。
「うん、やってみる」
カイムに声をかけてからバックパックを背負い直し、ロープを手で掴む。
足場を探す必要はないとはいえ、揺れるロープの上を渡るのは容易なことではない。アリューは下を見ないようにしながらロープの上を進んだ。カイム以上の時間をかけて崖を渡りきったときには、アリューの外着の内側は、汗でぐっしょりになっていた。
「よし、よくやったな」
座り込んだアリューの頭をポンと叩いて、カイムは残っていた杭を、崖に刺してある杭の穴に突っ込んで先を崖に当て、梃子の要領で打ち込んだ杭を抜きにかかった。
「あれ? それ抜いちゃうの?」
「あぁ。これから先も必要になるかもしれないから、帰りに回収しないとな」
「でも、帰りにここを渡るときはどうするの?」
上側の杭を苦労して引き抜いたカイムは下側の杭に取り掛かった。
「戻るときは、上の道からロープを下ろして降りるよ。ここをもう一度渡るよりは楽じゃないかな」
「そっか。それも考えているんだ」
「まぁね。よっし、抜けた」
カイムは抜いた杭を崖に垂らし、ハンマーと抜くのに使った杭を持ってアリューを振り返った。
「もう、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。それじゃ、行こうか」
アリューは膝に手を当てて立ち上がると、カイムに笑顔で答えた。
2人は歩き始めた。10mも行くと次の折り返しがあった。方向を変えて、さらに歩みを進める。
「でもさ、カイム、あんなこと、いつ覚えたの?」
歩きながら、アリューはカイムに聞いた。
「うん? ああ、俺、小さい頃からたまに親父とプルトニウム鉱山に行ったことあってさ」
「うん、知ってる」
「鉱山だと予定が遅れたりして時間が余ることが結構あってさ、そのときにね」
「へぇ」
「街の外に出るとこういう場所があちこちにあるからな。いざというときに対応できるようにって、覚えさせられた」
「へぇ。私、街から出ないでお祖父ちゃんの手伝いばっかりだったからなぁ。少しは外に出てればよかったかな」
「これから覚えていけばいいさ。しかしねぇ」
カイムはアリューを見て小さく笑った。
「本当に、それでよく探検家になろうとしたもんだよ」
「もう、いじわる。それはもう言わないでよっ」
アリューはぷいっとカイムから顔を背けた。
「あ、あそこで終わりみたいよ。もう折り返しじゃないよね」
アリューは歩みを速めて見えてきた頂上を目指した。
「慌てて転ぶなよ」
カイムも、それを追うように足を速めた。
台地の頂上には、一面に方形のパネルが設置されていた。目の前、5m程先から始まっているパネルの森は、天井から覗いている太陽の光を浴びて、銀色に光り輝いていた。
「・・・すごいね」
「あぁ。壮観だな」
しばし、2人はその光景に見とれた。
「よし、早いところやることを済ませないとな。太陽が隠れる前に終わらせたいし。どこに行けばいいんだ?」
先に我に返ったのは、カイムだった。
「え? うん、えっと、あそこに塔が見えるでしょ? お父さんの記録だと、あそこで制御できるようになってるはず」
「よし。それじゃ行こう。足元、気をつけろよ」
カイムは先に立って歩き出した。すぐにパネル群の間に入り、塔は見えなくなった。カイムは歩きながらパネルを観察した。それぞれの大きさは4m四方程度。1枚が2m程の長さの支柱16本で支えられている。
すべてが無事と言うわけではなく、支柱が折れ地に伏しているものや、折れ曲がったものなど、壊れているパネルも多かった。それでも、8割前後は無傷に見えた。よく鉱山として解体されなかったものだ。入口が見つけにくかったためだろう。道が途中で崩れていたことも理由かもしれない。
「方角は合っているよな? 塔がしばらく見えないけど」
「うん、そのはず。そろそろ、パネルの間から見えるんじゃないかな?」
「そうだな。お、見えた」
パネル群を割るように、広い道が現れた。右方向に塔が見える。結構近い。2人は塔に向けて歩く方向を変えた。
「入口はここか。開けられるかな」
2人の目の前には塔の基部になっている建物の入口の扉があった。
「どうやって開けるんだろうね? この感じだと横にスライドするのかな?」
アリューは、2枚の扉の間に数cm空いている隙間に手を差し込んで、力を込めた。
「う、うーん、ぜんぜん動かない・・・」
カイムも同じように手を隙間に差し込んだ。
「よし、一緒にやるぞ。せーの」
2人で左右それぞれの扉を逆方向に引っ張るが、まったく動かない。さらに力を込める。
「う、うーん」
「んく、くそ」
ぎぎ、と扉が音を立てた。
少しだけ扉が開いた。が、人が通るにはまだ狭い。
「くっそ。これで限界か」
「もうちょっと頑張ろうよ。きっと開くから」
カイムはアリューを見、扉を見た。
「ちょっと待ってろ」
カイムはバックパックを降ろすと、足早にパネルの林に戻っていった。
アリューは呆気に取られたように立ち去るカイムを見送ったが、扉を振り返ると、もう一度腕に力を込めた。けれど、さっき2人がかりで少しだけ動いた扉は、アリュー1人の力ではびくともしなかった。
「ふう。もう、カイムはどこ行ったのよ」
それでも自分でなんとかしようと、体勢を整えてもう一度扉を開けようとする。
「アリュー!」
そこへ、カイムの声が届いた。アリューが振り向くと、カイムが長い棒を引き摺って戻ってくるところだった。壊れたパネルの支柱らしい。
「ちょっと避けて」
カイムが言うのとほとんど同時に、アリューは扉から離れてカイムのバックパックを拾い、1歩下がった。
「くそ、重いな」
カイムは支柱を身体で支えて持ち上げると、扉の間に差し込んだ。それを今度は横に向かって動かすように力を入れる。
「ふんぬ~~」
ぎぎぎ、ぎぎ、っと扉が軋みを上げた。少しずつ、隙間が広がる。
「もう少し! 頑張って!」
アリューも声援を送る。
「うお、りゃあ」
カイムが声を上げるのと同時に、扉が大きく動いた。と言っても、その隙間は50cmほど。それでも、人が通るには充分な隙間ができた。
「やった!」
アリューは手を叩いて喜んだ。
「これでどうにか、中に入れるな」
引き抜いた支柱を放り出すと、カイムは肩で息を吐いた。
「うん、ありがとう」
「お礼はいいよ。それよりさっさとすませよう」
カイムはアリューからバックパックを受け取ると、広がった隙間から中の様子を窺った。
「暗いな」
「あ、ちょっと待って」
アリューは自分のバックパックを下ろすと中を探って、懐中電灯を取り出した。
「これで見えるよ。私が先に行くから」
「気を付けろよ」
とりあえず危険はなさそうだと判断したカイムは扉から離れて、アリューに先を譲った。アリューは扉の向こう側を照らし、唾を飲み込んで、体を中に滑りこませた。カイムもすぐに後を追った。
建物の中は埃にまみれ、その壁に軽く手を触れるだけで表面から何かがぽろぽろと崩れ落ちたが、それほど荒れてはいなかった。懐中電灯の光の中に、埃が舞う。アリューは自分のバックパックに入れて持ってきていたホロパッドを見ながら、薄汚れた廊下を進んで行った。
「どこに行けばいいのか解ってるのか?」
「うん、この建物の中央に制御室があるはず。そこに向かってるの」
「道は解るのか?」
「うん、お父さんの遺してくれた図面が正しければ、こっちで合ってるはず」
周りに注意を払いながら、カイムはアリューのやや後方を歩いた。
「この中の図面を残しておくんなら、ここの場所も記録しておいてくれれば昨日のうちに着いたんじゃないかな。まぁ確かに、場所を明かしていたら、鉱山として解体されていたか、ハンターに荒らされていただろうけど」
「そしたら、天井から送電を再開しても意味ないもんね。あ、ここ、こっちだ」
アリューはホロパッドに立体表示された建物の透視図を見て、十字に交差した廊下を右に曲がった。カイムも後に続いて曲がる。
「その図面、立体図だろ? お前の親父さん、どうやってそれ作ったんだろうな。ちょっと見た感じ、かなり正確だろ?」
「うん。ここまでのところ、図面の通り。レーザー測定でもしたのかな。あ、それとも、後で昔の資料を漁って補正したのかも」
「ああ、それは有り得るかもな。それなら、正確なことも説明できるし」
何度か廊下を曲がり、扉を抜けて進んだ後、1枚の扉の前でアリューは止まった。
「あ、ここだ」
カイムが黙ったまま前に出て扉に手を掛け、横に引く。何の抵抗もなく、扉は開いた。
「あれ?」
先に入ったアリューが驚きの声を上げた。後から入ったカイムにも、その声の理由は解った。制御卓と思われるパネルに、小さな明りが点々と点っている。
「電気があるのか? どこかの発電設備が生きているのかな?」
「そんなことないと思うけど・・・ちょっと待って」
アリューは、制御卓に埋め込まれたディスプレイを見つけるとそこに近付いた。
「えーっと・・・これかな?」
アリューが数個並んだスイッチの1つに触れると、目の前のディスプレイが明るくなった。暫く白い四角が点滅したあと、画面が表示される。この施設の状況を見られるようだ。アリューが画面の1箇所に触れてみる。何も起きない。キーボードもなく、スイッチの数も少ないからタッチパネルになっているのだろうが。
「素手じゃないと駄目なんじゃないか?」
「あ、そうかも」
アリューは外着の手袋を右手だけを外した。息を吹きかける。
「うー、冷たい」
もう一度触れてみる。反応しない。
「どうなってんの、これ?」
文句を言いつつ、指を変えたり掌を当てたりいろいろ試していると、爪を画面に当てたときに変化があった。
「あ、出た」
変化した画面は、この施設の状態を示しているようだ。爪を画面に当てて、画面を変えながら確認してみる。
「・・・今、太陽が出ているから、それで発電しているみたい」
「太陽の光で? でも、外にあったパネルはマイクロ波を受電するんじゃないのか?」
「うん、そうだけど、太陽の光でも効率は悪いけど少しだけ発電しているみたい。この表示が正しいとすると。それとも、もしかしたら、マイクロ波の受電パネルの他に太陽光発電パネルもあるのかな」
「まあ、いっか。それじゃ、ここの設備は動くんだな」
「ちょっと待って」
アリューは画面を次々と変え、ときどきスイッチにも手を触れつつ、その内容をホロパッドに記録した情報と見比べながら確認していった。
「うん、充分な電力さえ供給されれば、機能は動きそう。施設の状態は天井にも送信されるみたいだから上からも確認できそう」
「そうか。それなら良かった。よく、こんな旧いシステムが動いているよな」
「うん、ほんと。それに電力も。予定だと、ここにプルトニウム電池を繋いで置いていくつもりだったんだけど」
「そんなこと考えてたのか。でも、それも必要ないな」
「うん、これなら天井から送電すれば、その電力でここの機能も全部動くと思う」
「よし。それじゃ、太陽が隠れる前にさっさと下りよう。崖を下りないといけないからな。暗くなったら一晩ここで過ごす羽目になる」
「それは避けたいね。じゃ、行こうか」
アリューはバックパックを降ろしてホロパッドを仕舞い、手袋をはめ直した。
「帰り道は・・・来たときの足跡があるから判るか」
「うん、判ると思う。じゃ、戻ろ」
そうして、二人は制御室を後にした。