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忘却の天井  作者: 夢乃
第一部 ~塔を目指して~
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旅の始まり

 ガラガラガラ・・・


 暗闇の中、ガレージのシャッターが上がってゆく。腰の辺りまで上がったところで一度止まると、それから一気にすべて開いた。中には、外の街灯に掻き消される程度の小さな灯りが1つ。次の瞬間、4つの強烈な照明が内側から外を照らした。

 中からゆっくりと出てくる変わった形の自動車。ガレージから出ると、5mほどを進んで停止した。ガレージの隅に立っていたカイムは外に出ると、シャッターを閉じる。それから、用意しておいたプレートを入口の扉にかけた。


『修理工場は都合により閉鎖します。

 電気製品の修理は街の反対側の

 もう一つの修理工場へ』


 それが済むと、アリューが顔を出している自動車まで歩き、空いている右側の座席に身体を納めた。グラスメタルのキャノピーが閉まる。

「さあ、出発ね。私が運転していい?」

 アリューが隣の座席から聞いてきた。

「いや、最初は俺が運転するよ」


 カイムは4点式のシートベルトを締めると、自分の席のハンドルを握った。

「そう? それじゃ、私がナビゲートするね」

 アリューは左座席のハンドルを跳ね上げると、ホロパッドを手に取った。ダッシュボードから電源・通信用のケーブルを引き出して接続する。

 ホロパッドにタッチすると、周辺の地形図が浮かび上がる。連動して、運転席中央のダッシュボード上にも同じホロ映像が浮かび、カイムも地形を確認できた。


「それじゃ、行くか。目的地は?」

「とりあえず、この間言った電力受電所ね」

 カイムはハンドルを握る手に力を込めると、アクセルを慎重に踏み込んだ。自動車がゆっくりと走り出し、徐々に速度を上げてゆく。バックミラーに写る家々が小さくなってゆく。

(半年か。しばらくお別れだな)

 遠くなる街を見ながら、カイムは思った。


「カイム」

 バックミラーから前方へと視線を戻したカイムにアリューが声をかけてきた。

「ん?」

「お家の人たちには言ってきたの?」

「言ってない。言ったら反対されるのは判ってるから。手紙は置いてきたけど」

「それでいいの?」

 心配そうな視線を向けるアリューを横目に見て、カイムは顔に笑みを浮かべた。

「俺が決めたことだ。アリューが気にすることじゃないよ」

「カイム・・・ごめん」

「何を謝ってるのさ。気にすることじゃないって言ったばかりだろ?」

「でも・・・いつ帰れるか判らないのよ?」

「上手くいけば半年なんだろ? だったら、二人で上手くやっちまえばいいじゃないか。アリューと俺がいれば、半年もかからないかもな」

「・・・そんなわけにはいかないのよ・・・」

 アリューの声が小さくなった。


「だけど、半年もかかるかな? その電力受電所って、ここから200キロくらいなんだろ? 道の状況が悪くても、明日か明後日には着くんじゃないか? それからそこを動かすのに半年もかかるかな?」

「カイム、そうじゃないよ・・・」

「そうじゃないって、何が?」

「・・・なんで電力『受電所』って呼ばれてたのか、知ってる? 送電所でも発電所でもなくて」

「さあ・・・知らないな。って言うより、これまで考えたこともなかった」

「そうだよね・・・私だってお祖父ちゃんから聞いてなければ知らなかったし」

「それで、何で受電所って呼ばれてたんだ?」

「うん」


 アリューは手にしたホロパッドに手を滑らせた。地形図が消えて別の画像が表れる。立体表示されたそれを、カイムも目の隅に捉えた。

「それは?」

「これから行く電力受電所。そしてこれが」

 アリューの操作で画面がスライドする。遥か南へと。そして現れる巨大な建造物。そこから縮小していく画像。地球の全貌。先ほどの建造物はずっと上空まで続いている。そして突然、表示されている地球を覆う壁。

「天井・・・か」

「うん」

 角度が変わり、地球と、その遥か上空に巻かれるように浮かぶ天井を俯瞰する表示になる。


「頭では知っていたけど、こんな立体映像で見るのは初めてかもな。でも、それが受電所とどう関係するんだ?」

「受電所はね、天井で発電した電力を地上で受信するための設備なの。受電所には発電する機能なんてない。ただ、送られてくる電力を受信するだけ。だから発電所じゃなくて受電所」

「ちょっと待てよ」

 カイムは思わず、ブレーキを踏んだ。

「それじゃ、電力受電所を復活させるって」

「うん。今は停まっている天井からの送電を再開させるっていうこと」

 アリューがホロパッドの画面にタッチすると、天井から橙色の線が地上へと伸びる。何本も。何本も。地上に届いた光線は蜘蛛の糸のように周囲に広がり、地球が明るく輝く。


「それじゃ、今、なんで受電所に向かう必要があるんだ? 天井じゃなく」

「天井から送電が再開されても、受電所が壊れていたら意味がないから。だから、天井に昇る前にきちんと受電できそうかどうか、確認しておこうと思って」

「そういうことか・・・」

「・・・今ならまだ、街に帰れるよ?」

 カイムは動きを止めた。けれどそれは、ほんの数秒に過ぎなかった。

「いや、行くさ。受電所が動けば、今より暮らしが遥かに楽になるには違いないんだ。いや、今から行く受電所が動かなくたって、別のどこかの受電所が動けばそれでもいいんだ」

 そう、自分に言い聞かせるように言うと、カイムはハンドルを握り直し、アクセルを踏み込んだ。停まっていた自動車は再び目的地に向けて進みだした。


「・・・ありがとう」

 アリューが言った。

「気にするな、俺が決めたことだ」

 カイムはアリューに笑みで答えた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 旅はしばらくは順調に進んでいたが、街から離れるに従って道路状態が悪くなってゆき、時には大きく迂回しなければならないような場所もあった。

「方角はだいたい、合っているよな?」

 ヘッドライトに照らされる狭い範囲に目を凝らしながら、カイムは隣のアリューに聞いた。

「うん、多分。車のセンサーが狂ってなければ」

 アリューも暗い外にも目を向けつつ、ホロパッドに表示した地図に引かれてゆくフリーハンドで描かれたような線を追いながら答えた。

「近くの街とかプルトニウム鉱山に行く道なら、もうちょっと整備されてるんだけどね」

「そうだよな。街灯も点いてるし。おっと」

 カイムは前方に突然姿を現した比較的深い穴の手前で車を停めた。幸い・・・かどうか、あまり大きくはない。カイムは右にハンドルを切ると、再びアクセルを踏んだ。


「太陽が出れば少しは進みやすくなるかな」

「だね。それもあって急いだの。8月になったら1日中真っ暗だもんね。まぁ、このまま南に進んで行けば太陽の出ている時間はどんどん短くなっちゃうけど」

「そして、ずっと南は常夜の領域、か。でも、何でだろうな」

 注意深くハンドルを操作しながら、カイムが言った。

「ん? 何が?」

「これから行く電力受電所が、さ。昔の受電所って言えば資源の宝庫だろ? みんながそこに殺到して、道だってもっと整備されててもいいのに。親父さんが見つけてからだって10年以上経っているんだろ?」

「ああ、それね」


 アリューはホロパッドと外を見ながら続けた。

「なんかね、やたらと見つけにくいところにあるみたい。お父さんの日記とか記録とか見ると。場所は記録にあったけど、どう行けばそこに辿り着けるのかは判らないのよ。お父さんも記録に残してなくて」

「なんだって?」

「多分、皆が受電所の部品を取ってっちゃうのを警戒したんじゃないかな」

「それなら、俺たちもそこに入れないんじゃないか?」

「場所は判ってるんだから、なんとかなるわよ。それに、私はお父さんの娘よ? お父さんが見つけたなら、私だって見つけて見せる」


 アリューの声には自身が漲っていた。隣で慎重にハンドルを操るカイムはアリューほどには楽観的にはなれなかった。場所が判っていても見つけられるか判らない。いや、その場所には辿り着けるだろう。街から直線距離にして200km程度でしかないし。

 ところが、それから10余年、そこが“鉱山”になっていないことから考えても、アリューの父以降、そこへ入る道は誰も見つけられていないということになるんじゃないか。そんなところを、俺たち2人だけで見つけられるんだろうか。

 けれど、すぐにそんな考えは止めた。そもそも、探検家とはそういうものだ。永い時の彼方に忘れ去られた遺産を求めて未踏の地をさ迷い歩く。探検家として活動することに決めたアリューに付き合う以上、俺も探検家だ。見つけてみせるさ。カイムはハンドルを握り直した。


「ちょっと停めてもらっていい?」

「ん? どうした?」

 カイムはブレーキをかけて、車を停めると、隣のアリューを見た。

「うん、その、ちょっと・・・おしっこ」

「えっ」

 カイムは慌てた。

「えっと、それじゃ、俺、外に出てるよ」

 カイムはキャノピを開くスイッチに手を伸ばした。

「あ、待って」

 その手をアリューの華奢な手が止めた。


「せっかく暖まってるのに窓開けたら冷えちゃうよ。このままでいいよ」

 その頬が微かに紅く染まっているように見えるのは恥じらいか、それともカイムの気のせいか。

「いや、だけど」

「それに」アリューは視線を僅かにカイムから逸らしたままで続けた。「塔を昇り始めたら窓開けられなくなるから。今から慣れておかないと」

「それはそうだけど・・・それじゃ、俺、外を見てるから、手早く頼むよ」

「うん」

 アリューは頷くと、シートベルトを外して狭い車内で苦労して外着のズボンを下ろした。カイムが目を逸らしているのを確認してから、下着もおろして下半身を曝け出し、座席の蓋を開いて吸引機を下半身に当てる。隣を気にしながら、用足しにかかった。


「・・・もういいよ」

 アリューの声を背に受けて、カイムは振り返った。もっとも、外は暗い。グラスメタルに歪んで写るアリューが気になってしかたがなかったのだが。

「いいのか」

「うん。すっきりした。緊張して出せないかと思ったけど」

 えへ、とアリューは照れ隠しのように笑った。

「カイムはしなくて大丈夫?」

「え? あ、俺はまだ、大丈夫」

 へどもどしながら答えるカイムを見て、アリューは笑った。その頬にはまだ少し赤味が残っていたが。

「折角だし、運転変わろうか」

「うん? ああ。そうだな。大丈夫か?」

「平気平気。ルート確認はよろしく」

 そう言ってアリューはダッシュボードに置いていたホロパッドをカイムに渡すと、自分の座席のハンドルを手前に倒した。

「それじゃ、行くよ」


 ハンドルを握ってアクセルを踏み込む。

 車は再び、ゆっくりと静かに動き出した。カイムはホロパッドに地形図を表示させる。

「気をつけろよ。地面の状態が悪いから」

「うん、解ってる」

 アリューは慎重にハンドルを操作した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 旅の初日は順調、と言えた。昼食も車内で交代で食べた。天井の端から太陽が顔を覗かせ、気温も上昇する正午過ぎに外で食べようか、とも考えたが、その時間帯は貴重な明るい時間でもあるから、暗闇をヘッドライトの灯りだけで進むより、遥かに高速で進むことができる。

 2人で相談した結果、纏まった休息を取ることよりも距離を稼ぐことを優先した。


 車の時計が18時を過ぎたところで、ホロパッドを見ていたカイムはアリューに言った。

「今日はこの辺にしておくか? あまり最初から急ぎすぎると後で体にきそうだし」

「う~ん、カイムがそう言うなら、今日はここまでにしておこっか。もうちょっと進んでおきたい気もするけど」

 アリューはブレーキを踏み込み、自動車が停止する。

「街からどれくらい離れたかな?」

「そうだな、ざっと150キロ弱、ってところだな。走行距離は300キロを越えてるけど」

 アリューも一緒にホロパッドを覗き込む。

「まぁまぁ順調、かな」

「でも、12時間くらいほとんど走り続けてたのに、これしか走れていないんだな」

「仕方ないよ。道の状態も悪いし。って言うより、途中から道なんてほとんどなかったけどね」

「そうだな。それに、外が暗いってこともあるしな。太陽の出ている時間がもっと長ければいいんだけれどな」

 カイムは上を見上げた。その視界には黒々と天井が広がっている。視線を北に向けると、途中から星空が顔を覗かせる。

 漆黒の空と星空の境界線、そこが天井の端。天を横切るその境界に沿って、カイムは目を動かした。


「だけど、これからはその時間もどんどん短くなっていくからねぇ。明るい時間にスピードを出せるのも今のうちだけだよ」

「ん? まだ1ヶ月くらいは昼の時間が伸びていくんじゃないか?・・・あぁ、そうか、俺たち、南に向かっているからか」

 カイムは座席の下からペーストと水のチューブを取り出しながら言った。

「そ。南に行けば行くほど、太陽を見られる時間は短くなっていくからね。赤道近辺は1年中、一度も太陽が出ないわけだし」

 アリューもホロパッドをダッシュボードに置くと、自分の座席の下からチューブを取り出して吸い口を咥えた。


「だからこそ、“常夜の領域”ってわけか」

「そういうこと。う~ん、お昼のときも思ったけど、このペースト、家で食べてたのとちょっと味が違うかな」

「浄化槽が違うからな。調整すれば多少は味も変えられるけれど、どうする?」

「いいよ、このままで。変わるって言っても、そんな劇的に変わるわけじゃないでしょ。気分が変わって、却って良いかも。昨日までの生活から変わったんだ!って感じで」

「そうか。じゃ、俺もこのままでいいか。気になる程じゃないし。すぐに慣れるだろ」

 その後も言葉を交わしながらゆっくりと食べ、飲んだが、簡素な食事はすぐに終わった。時間的にはまだ早かったが、翌日に備えて、2人共椅子を倒し目を閉じた。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

 2人の言葉が重なった。

 こんなに早い時間に、こんな環境で眠れるだろうか? カイムは思ったが、椅子を倒したベッドは長期の移動に備えられていて意外に寝心地がよく、それに、慣れない1日に思いのほか疲れていたらしく、すぐに眠りに付いた。意識が途切れる寸前に聞こえたのは、隣のアリューの寝息だった。

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