受け継ぐ遺志
ディルクの葬送は次の日、太陽が天井から顔を出している時間帯に行われた。墓穴は、前の日の太陽が見えなくなって間もない時間帯に、カイムが墓地の墓守に話して掘っておいた。
葬送に参列したのはごく僅か、アリューとカイム、カイムの弟と母、それに工場の近所に住んでいて修理を依頼にくる数人だけだった。カイムの父はまだ帰ってきていない。今日の夕方には戻る予定だが、また遅れるかもしれない。
担架に載せたディルクの遺体は、カイムと弟のリックの2人で街の外の墓地まで運んだ。多くない参列者に囲まれて。昨日掘った墓穴の横に担架を降ろし、掛けている毛布を剥ぐと、裸のディルクの体が太陽の弱い光に照らされる。思わず目から零れそうになった涙を無理矢理抑えて、カイムはリックと2人でディルクの体を持ち上げ、穴の中に降ろした。アリューを呼び寄せ、穴を掘るのに使ったシャベルを手渡す。
「さあ、アリュー、土をかけてあげて」
アリューはカイムを見上げてシャベルを受け取ったが、重くて1人では持ち上げられない。カイムが手を貸す。2人で、積み上げられた土にシャベルを突き刺し、土を掬って穴の中のディルクにかけた。それから今度はカイムが1人で土をかけて、リックに渡す。一通り皆が土を掛けると、カイムが残りの土をかけた。墓守も、もう1つのシャベルを使って手伝った。
土をすべて埋め戻すと、墓守が金属製の墓標を立てた。少ない参列者たちで墓を囲んで短い祈りを捧げる。それで葬送は終わった。三々五々、皆が街に足を向ける中で、アリューは1人、墓の前に立ち尽くしていた。カイムがその肩に手をかける。
「さ、帰ろう。あまり外に出てると冷えるよ」
アリューは頷いたが、それでもしばらくその場に佇んでいた。それからようやく足を動かし、街へと向かって歩き出す。カイムもほっと息を吐いてアリューの後について歩き出した。
今日も工場に泊まることは、母と弟には話してある。暫くはそうしなければならないだろう。こんな状態のアリューを1人にはしておけない。せめて、ディルクが倒れる前の快活な少女に戻るまでは。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
工場に戻ると、アリューは祖父の造っていた自動車の脇に腰を下ろして、それをじっと見つめていた。カイムもその隣に座って同じようにその自動車を見た。それにしても変わった形だ。大き目のシャーシに4つのゴムタイヤ。普通の自動車と変わらないのはこれくらいだ。シャーシの前後には、バンパーの替わりだろうか、巨大な歯車が2つずつ、計4個付いている。バンパーにしては頑丈に過ぎるように見えるから、別の用途を考えているのかもしれない。
シャーシの上、比較的前のほうに、球形の運転席が載っている。カーボメタルの半球を斜めに固定し、それにグラスメタルの透明の半球を被せている形だ。カーボメタルの半球は二重構造になっていて、透明のグラスメタルはそこに引き込まれるように1/3ほどを残して収納されている。
球体の中には座席が2つ、横に並べて設置されている。リクライニングする座席の下には浄化槽。透明の半球が閉じて密閉したときに、この車の運転席全体が閉鎖生態系として機能するように設計されているらしい。なんのために自動車にここまでの装備が必要なのか。
ハンドルは両方の座席に1つずつ、合わせて2組が取り付けられている。2人が乗っていれば、座席を交換することなく運転を交替できることになる。浄化槽、密閉可能なキャビンと合わせて考えると、超長期間の車内への滞在を考えているらしい。
座席の後方、運転席内の開いた部分は荷物室として使うらしく、今は何もない。壁に何かを固定するためのベルトがあるだけだ。
前照灯はシャーシの前部に2つ、それに球形の運転席上部にも2つ取り付けられている。他に、長いアームに接続された外部カメラが1つ。2つの座席の間にあるコントローラはこれを操作するための物だろうか。
シャーシの後部には、黄色いボンベが4つ、しっかりと固定されている。それぞれが厚いシートで包まれているのは衝撃対策だろう。ボンベの口から延びたフレキシブルなホースは、球体の上部から半球の外部に取り付けられたカバーの内側に引き込まれている。
いったい、親方は何を目的にして、この変わった自動車を造っていたのだろう? カイムが目の前の構造体を見ながら考えていると、ディルクが亡くなってから、いや、倒れてからほとんど何も喋らなかったアリューが口を開いた。
「カイム、私、街を出ようと思うんだ」
「え?」
カイムは、自動車から目を離して隣の少女を見た。アリューが何を言ったのか解らない。いや、言った言葉は理解できているが、突然そんなことを言い出した理由が判らない。
「何を言い出すんだよ。街を出て行くって」
カイムに映るアリューの横顔は静かだった。その表情は先ほどまでの、祖父の死に悲しむ少女のものではない。いつもの快活なアリューのものに戻っている。アリューは、その目を祖父の残した自動車に向けたまま、同じ言葉を繰り返した。
「私、街を出ようと思うの。お祖父ちゃんの自動車で」
「だから、その理由を聞いているんだ」
カイムの言葉遣いが少し乱暴になった。声は小さく抑えられたままだが。アリューは視線を自動車からカイムに移し、それからまた自動車を見て、言葉を継いだ。
「ウチの家系が元々は探検家なのって、カイムは知ってる?」
「あ? あぁ、聞いたことはあるけど。親方が昔は探検家であちこち旅をしていたけど、脚を傷めてからここで修理屋を始めたとか」
「うん。それに、死んだお父さんと叔父さんも探検家だったし。お母さんも、お父さんが探検中に知り合ったって聞いたし」
「だからって、アリューが探検家になる必要はないじゃないか」
「うん。でも、私、やりたいことがあるの。お祖父ちゃんやお父さんがやり残したこと。私はそれをやり遂げたいの」
「親方がやり残したことって何だよ。アリューがやらないといけないのかよ」
答えはすぐには返ってこなかった。カイムは急かすことなく、アリューが口を開くのを待った。しばらくの沈黙の後、アリューは言った。
「南に200キロくらい行ったとこに、電力受電所があるの知ってる?」
「ん? あぁ、アリューの親父さんが見つけたって奴だろう?」
「うん。お父さんは入口を見つけただけで、あることは前から知られてた、って言うか、伝わってたそうだけど。・・・私、そこをもう一度動かしたいの」
「動かすって・・・それが親方のやり残したことなのか?」
「うん、そう。この車も」
アリューの言葉にカイムはまた目の前の車を見た。
「・・・この車もそのために造ってたんだよ、お祖父ちゃん」
「この車が? この車で電力受電所が動くのか?」
「う~ん、ちょっと違うけど」
それ以上は自動車のことを話すつもりはないらしい。少なくとも、今は。
「それで」
カイムは沈黙を拭い去るように言葉を継いだ。
「受電所を動かしてどうするんだよ」
「だって、受電所が動けば電気をほとんど無尽蔵に使えるんだよ。そしたら今みたいな暮らしを続ける必要もないじゃない。みんなで受電所の側に引っ越せば、今よりずっと豊かに暮らせるようになるよ。寒い思いもしなくて済むし」
「アリュー・・・」
カイムは隣に座る少女を見つめた。
「ん?」
アリューもカイムを見返す。その瞳には一点の曇りも翳りも見出せない。
「・・・親方、最期に何て言ってたんだ?」
「最期・・・」
その表情に少しの悲しみを見出したカイムは重ねて聞いた。
「親方、最期に小さい声でアリューに何か言ったろ? 俺には聞こえなかったけど。『俺の遺志をお前に託す』とか、そんなことを言われたんじゃないか? そうなら、そんなこと気にする必要はないんだ」
「ううん、お祖父ちゃん、そんなこと言わなかったよ」
アリューは立てた膝の上に両手を組んでその上に顎を乗せ、少し悲しみを思い出したような声で続けた。
「お祖父ちゃんは、私の好きなように生きろ、って言った。えーと、『儂のことは忘れろ。お前はお前の生きたいように生きろ。儂のやっていたことに囚われるな』って」
「だったらなんで・・・」
「だから、私は私のやりたいようにやる。やりたいことをやる。それが、電力受電所の復活なの。私がやりたいから、それをやるの。お祖父ちゃんのことを忘れるのはできそうにないけど・・・」
「アリュー・・・」
カイムは自分より5歳も年下の少女を見つめた。言い出したら聞かないのは昔からだ。自分がどんなに言葉を尽くしたところで、その意思を翻すことはできないだろう。
カイムは考えた。電力受電所。以前はそこから、各地に電力が送られ、世界はずっと明るく温かかったという。けれど、そんな時代のことは、もはや伝説に等しい。そこが停止してから、すでに数千年が経っているのだから。今更、それを再び稼働させるなどということが可能なのだろうか。動けば、それに越したことはない。けれど、動かなかったら。そのときアリューはどうなるだろう。動かせないと知ったら。絶望するだろうか。自分のやってきたことが無駄だと知って。そのとき、この少女は立ち直れるだろうか。けれど、それを言ったところで翻意させることは、自分にはできそうにない。それならば、自分はどうすべきか。
「・・・いつ出発するつもり?」
「明後日。明日1日、支度をして、明後日の朝早くにここを出るつもり」
「明後日か・・・早いな」
「うん。それで、カイム・・・」
「なんだ」
アリューはカイムを見て、けれど直ぐには言葉は続かなかった。
「・・・えーと、修理工場任せることになっちゃうけど、ごめんね」
アリューの口にした言葉は、その思いとは別の言葉だった。それに気付いてか気付かずか、カイムは答えた。
「そんなことは気にするな」
そして、カイムの口から出た言葉も、彼の思いとは少し異なっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
修理工場に泊まったカイムは、アリューが目を覚ます前に、一度家に帰ると着替えと食事を済ませてから再度工場に来た。そのときにはアリューも起きてこまめに動いていた。
「あ、カイム、おはよー」
もうすっかり普段の彼女に戻っている。
アリューは奥の部屋から荷物を持ってきてはディルクの造った自動車に詰め込んでいる。
「ああ、おはよう」
挨拶を返したカイムはアリューの様子を横目に見ながら、自分の仕事を始めた。
「あれ? 今日もお休みにするの?」
カイムが臨時休業のプレートを出すのを見咎めて、アリューが聞いてきた。
「うん。今日はやることが多いいから」
そう言うとカイムは、昨晩から隅に置かれている重い箱を作業台の前まで持ってきた。椅子に座ると箱の中の荷物を取り出して作業にかかる。取り上げたものは、昨日の遅くに帰ってきた父が運んできた、プルトニウムキューブだ。これを、用意してあった熱電池に組み込んでいく。個々に異なっているプルトニウムキューブの発する熱量応じて、電池を調整しなければならないので手間がかかる。
時の経つのも忘れて作業に没頭する。いつしか陽が天井の端から覗いていることも気付かなかった。
「そろそろお昼にしない?」
アリューが声をかけたときには、太陽は天の頂上を通り過ぎていた。
「もうそんな時間か」
カイムは手を休めてアリューに従うことにした。
「明日は早く出るのか?」
家から持ってきた、薄切りのガド芋にペーストを塗って口に運びながら、カイムはアリューに聞いた。
「うん。みんなに見つかったらなんか恥ずかしいし」
「俺には教えていいのかよ」
「カイムは家族みたいなものだから」
「そうか。ありがとう」
「ん? 私、何かお礼言われるようなこと言ったっけ?」
アリューが首を傾げる。
「言ったんだよ。気にするな」
「ふーん?」
「どれくらいかかるんだ? その、電力受電所を動かすのに」
「うーん、調子よく進められれば、半年ぐらいかな? 多分、1年くらいかかると思う」
「そんなにかかるのか・・・」
カイムはその期間に想いを馳せるかのように、言葉を切った。
「それより、俺が来るまでは出発するなよ。明日は早く来るから」
「カイム、今日は帰って寝るの?」
「うん。そのつもり」
カイムはアリューの目を真直ぐに見て、もう一度言った。
「明日は、俺に何も言わずに行くだなんて言うなよ。絶対に来るから」
「・・・カイム、何でそんなこと、そんなに真剣に言うの?」
「いいから。俺が来るまで待っていてくれればいいんだよ。約束してくれ」
「・・・うん、わかった」
カイムに圧されたように、アリューは頷いていた。
「・・・さてと、それじゃ、仕事に戻るかな。今日の仕事は今日のうちにやっておかないとな」
少ない食事はそれほど時間がかかることなく終わった。