帰還
2人が歩けるようになるまで、10日ほど掛かった。街で暮らしていた時よりも疲労の蓄積は早いが。完全に回復するにはある程度の時間がかかるだろう。
移動が可能になった2人は、浄化槽を持って自動車の置いてあるエレベーターの貨物室へと移動した。そこで、天井に昇るために施した改造を、元に戻す。天井にいる間は洗えなかったタオルも洗濯槽で綺麗にして、2人は久し振りに小ざっぱりした。
「慣れてて気付かなかったけど、このまま街に帰ったらみんなに嫌がられそうだったね。すごい臭ってそう」
「身体を拭いた後のタオル、ヤバかったもんな」
地上に戻ってから何回目かに身体を拭いながら、2人は笑った。臭いに気付かないほどに慣れていた2人がそうなのだから、他人にとってはより酷いものだったろう。
自動車を元に戻すのに、4日を擁した。最初は改造と同じく1日で終えられると思ったのだが、2人ともすぐに疲れてしまい、なかなか果が行かなかった。それでも、何とか作業を終えた2人は自動車に乗り、久し振りにハンドルを握った。
「行くぞ」
「うん」
久し振りに、自動車はそのタイヤで走行を始めた。ゆっくりとエレベーターの貨物室を出て、軌道エレベーター基部の中を出口に向けて走ってゆく。ここは、片付けられているだけで構造自体は変わっていなかったから、アリューがホロパッドに入れていた情報で迷いなく進むことができた。
外まであと一歩、と言うところで問題が発生した。外に出るシャッターが閉じているのだ。ここまではレザーも思いが至らなかったようだ。それも仕方がない。彼は生まれてからずっと、天井から出たことはないのだから、地上の施設がどうなっているかなど知りようがない。むしろ、カイムやアリューが気付くべきだった。
しかし、その問題も程なく解決した。最初に人用の入口を無理矢理こじ開けたように、探し出したシャッターの制御盤に自動車から電力を供給することで動かすことに成功したのだ。制御盤の前に立つカイムの横で、僅かに開いたシャッターの隙間から光が射し込む。アリューも自動車から下りてシャッターの前に立った。
光の帯が少しずつ幅を広げてゆく。腰の辺りまで開いたところで、2人はシャッターをくぐって外に出た。
常世の領域に、光が満ちていた。街で見る、夏の太陽に比べると、ずっと弱い光。それでも、ずっと遠くまで見渡せる。
目の前に真っ直ぐに伸びる、ここに来る時に渡って来た灰色の橋。その上にどこまでも広がる青い空。光り輝く太陽。
「帰って来たね」
「ああ、そうだな」
街まではまだ遠い。距離的にも、時間的にも。しかし、2人は帰って来たのだ。2人を育んできた、地上に。
明るい空の下を、爽やかな風が吹き抜けていった。




