到着
カイムが気付いた時には、すでに減速が始まっているようだった。隣でぐっすりと眠っているアリューに呼びかけると、ゆっくりと目を開いた。
「ふぁ、おはよ、もう出掛けるの?」
寝惚けているようだ。彼女の脳内では、まだ天井の探索を続けているらしい。
「おはよう。もうそろそろ地上に到着しそうだぞ?」
「地上・・・あ、帰りのエレベーターの中だった。って、もう着くの?」
「身体にかかる力の感じだと。時間は?」
「待って」
アリューはホロパッドを取ってパネルに触れた。
「あ、本当だ。あと1時間もかからないで着いちゃう。私、18時間以上も寝てたの?」
「俺もだよ。ついさっき起きたところだから」
「そっか。あーあ、外の様子、見逃しちゃったね」
「加減速中は席を立つなってルール、守る必要もないけどな。今から行ってみるか?」
「うーん、やめとく。安全に配慮してそのルールがあるんだろうし、ここで怪我してもつまらないし。それに、すぐに着いちゃうし」
「そうだな」
残りの時間も過ぎ、エレベーターが止まった。はずだ。しかし、まだ力を感じる。重力だ。ここしばらく無重量状態の世界で過ごしていたから、どこか懐かしい。しかし、すぐに懐かしんでいるような状況ではないことに、2人は気付く。
「か、カイム、立てない」
「俺も、だ」
しばらく重力という枷から解放された状態で過ごしていた2人に、地上の重力は余りにも強すぎた。慣れるまで、しばらく時間がかかりそうだ。
「それより、おしっこしたいんだけど」
アリューが尿意を訴えた。
「え? おい、我慢しろ。俺が浄化槽を下ろすから」
「うん。早くして」
カイムは椅子から立ち上がろうとして失敗し、仕方なく床を這いずるようにして、浄化槽を置いてあるアリューの隣の椅子に行く。椅子で身体を支えながら上体を持ち上げ、浄化槽を固定しているロープを外して何とか床に下ろすことに成功した。
それをアリューの前まで引きずってゆく。
「アリュー、下、脱げそうか?」
「うん、やってる」
アリューも何もしていなかったわけではなく、排尿のために下半身を裸にしようと悪戦苦闘していた。何とか尻が半分ほど覗くくらいには脱げているが、腰を持ち上げながら脱ぐことができないようだ。
「腰を少しで良いから持ち上げろ。俺が脱がすから」
「うん」
肘掛に両手をついて、辛うじて腰を上げるアリュー。カイムは力を振り絞って服を脱がせた。
「やった。あ、まず、漏れそう」
「浄化槽に座るまで、頑張れ」
2人の努力は実り、アリューは排泄物をなんとか浄化槽に流し込んだ。
「はぁ、良かった。水が減るとこだった」
「立てるくらいには回復しないと、街に帰るのもままならないな」
「うん。しばらくは体力回復だね」
天井に向けて昇っている、ただ待つだけの2ヶ月間に比べれば、体力回復の期間など大したことはないだろう。2人はエレベーターの外に出られる時を心待ちに、しばらくその場で生活する準備を始めた。




