帰途
「20時間足らずで地上に着いちゃうなんて、昔は凄かったんだね。私たちは2ヶ月もかけてよちよち昇って来たのに」
2人だけで使うには勿体ない広大な空間に並ぶ座席の1つに腰掛けたアリューは、隣の座席に座っているカイムに言った。
「そのためのものだもんな。理論上はもっと早くも着けるんだろう?」
カイムはベルトを締めながら言った。
「そう。塔の中央まで加速して、そこで減速に切り替えると、1時間くらいで着いちゃうらしいよ。万一事故が起きても対応できるように、ゆっくりにしているみたいね」
アリューの言っているのは、天井で知った知識ではなく、地上で探検家たちの集めた情報の1つだ。カイムは旅に出るまで知らなかったが、アリューは街に住んでいる時から天井に想いを馳せて、いろいろ調べていたようだ。天井から落ちたと見られる構造体を発見したのが、彼女の祖父ディルクであることと無関係ではないだろう。
「それじゃ、出発するよ」
「ああ、そうだな」
カイムはアリューとは逆の隣の座席に、浄化槽がしっかりと固定されていることを確認してから頷いた。アリューがホロパッドに触れると、僅かにベルトが身体に喰い込む感触が伝わる。
「思ったほど加速は強く無いね」
「ほとんど感じない程度だな。身体を固定していなければ、浮くんだろうけど」
「このまま1時間半くらい経ったら等速移動になるって」
「減速までは『自由時間』か。展望室みたいな場所もあるんだよな。そこにでも行ってみるか」
「そうだね。ここだと外見えないし、太陽を映してきたから昇る時と景色変わってるだろうし」
2人はこの後の計画を決めて、エレベーターの加速が終わる時を待った。
しかし、2人が展望室に行くことはなかった。
街を出てからおよそ半年、天井に着くまではずっと自動車の座席で眠っていたし、天井に着いてからは宙を漂ったままの睡眠だった。周りは未知の領域であり、危険には会わなかったものの、それは結果論でしか無い。無意識のうちに、いつも気が張り詰めていたのだろう。
何千年も地上と天井を往復した、安全のほぼ約束された場所で、座り心地の良い椅子に身体を預けた2人は、エレベーターが動き出してから30分も経たないうちに、深い安らかな眠りに包まれていた。
たった2人の乗客を乗せて、エレベーターのケージは素晴らしい速度で地上の軌道エレベーターステーションを目指して行く。




