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忘却の天井  作者: 夢乃
第三部 ~忘却の天井~
21/28

送電再開

「ここかなり広いけど、パイクは、その、上層からずっと宙を泳いで来たのか?」

 ホロパッドと端末を繋ぐ工作に使った工具を片付けながら、カイムはふと思いついたことを聞いた。コンソール横に貼り付いたままだった布切れは、画面に文字を表示して答えた。


《いや、通路の至る所に通風路がある。

 遠い場所はそこを通って行き来しているよ》


「通風路?」

 そんなものあったかな?とカイムは首を傾げた。


《僕も帰ろうとしていたところだったから、

 部屋から出たら使い方を見せるよ。

 まあ、君たちには使い途はないだろうけれど》


「使い途はないって?」

 アリューがゆっくりと動かしている手を止めずに言った。


《僕たちの体に合わせた通路だからね。

 旧人類の君たちでは体を丸められないし

 そもそも厚みがありすぎる。

 まあ、見てもらうのが早いかな》


「そうだね。『闇を探らば光を当てよ(百聞は一見に如かず)』って言うし」


 宙に飛ばさないよう注意しながら工具をしまったバッグを身に付けた2人は、システム端末に向かって言った。

「じゃ、私たちは行くよ。パイクもでしょ?」


《ああ。そろそろ上に戻らないとな》


 画面の表示がクリアされ、布切れがふわりと浮き上がった。カイムとアリューはコンソールに手を付いて、体を入口へと押し出した。開いたままのドアのところで壁に掴まって身体を止め、布切れが漂ってくるのを待つ。そいつがふわふわと先にドアを抜けるのを待って、その後を追いかけた。

 空飛ぶ布地は、部屋を出てから10メートルほどを進んだところで壁にびたりと貼り付いた。カイムとアリューには他の部分との区別がつかなかったが、布切れには判るらしい。貼り付いた部分に何か信号を送ったのだろう、隣の壁の一部からにゅっと円筒が突き出た。その一部が回転して幅1メートルほどの空間が開く。


 パイクは壁から離れると体をひらひらと振った、ように見えた。

「さよなら」

「また機会があれば」

 アリューとカイムが別れの言葉を告げると、布切れは円筒の中にくるくると身を丸めながら器用に入り込んでゆく。布切れが完全に収まると、蓋が回転して閉まり、円筒が壁の中に引っ込んだ。

 それで終わりらしい。

「あれで上層って言ってたっけ、そこまで行っちゃうのかな」

「らしいな。ローラーで送ってるのか、圧搾空気か、それとも俺たちの知らない仕組みかも」

「うん。でも、人間が布になってるとは思わなかったよ。私たちも行こうか」

「ああ」


 ホロパッドに教えてもらった経路を表示して方角を確認すると、2人は壁の手摺を掴んで身体を宙に押し出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 2週間が経った。

「この分だと、あと3週間くらいで着きそうだね」

 浄化槽が作り出すペーストと水で食事を摂りながら、目の前に浮いているホロパッドの表示を見ながら言った。

「2ヶ月は掛かるようなこと言ってなかったっけ」

 カイムも食事を口に運びながら聞いた。

「一番効率の良い通路を教えてもらったし、初めに思ってたよりも近い場所にあったから」

「そうか。やっぱりいろいろ、変わっているんだろうな。改築もされてるだろうし」

「下層はほとんど何もなかったよね」

「全部片付けられた感じだったな。この間のパイクもそんなことを言っていたし」

「人間がいなくなったから、あ、パイクたちも人間なんだっけ、ややこしいね、私たちみたいな人間がいなくなったから不要になったのを片付けちゃったんだろうね」

「宇宙服は残ってたな。あれが最後かな」

「かも知れないね。あれもそのうち、片付けられちゃうのかな」

「かも知れないし、命に関わることだから、ずっと残してあるのかも」

「そうも考えられるね。でも、どうやってるんだろう?」

「何が?」


 アリューはチューブの水を飲み干すと、それを浄化槽に戻してから続けた。

「パイクたちみたいなここの人たち、手がないから自分で何かできないでしょ? 片付けるのは機械がやってくれるだろうけど、その機械が壊れたらどうするんだろ?」

「多分、全部が修復素材でできているんじゃないかな。ロボットみたいな自律機械も含めて。いや、もう一歩先かも」

 カイムも最後のペーストを水で喉に流し込んだ。

「もう一歩先って?」

「人間が布地になってたろ? 話してみるとあまり齟齬なく意思疎通できるし、その意味では確かに人間だけど、俺たちとはもはや別の生命体とも言えるだろ」

「それはまぁ、確かに」

「それに加えて、天井も自己修復するってことは、天井自体も1つの生命体って見方もできるだろ?」

「そうかも知れないけど、どう見てもこれ、作り物でしょ?」

 アリューは床を軽く叩いて言った。


「人間だって大して変わらないよ。自然が長い間かけて作ってきたってだけで」

「まぁ、そうだけどね。それで、天井が生命体だとどうなるの?」

「つまりだ、そう見た場合、天井に移住した旧人類は、新人類、布人間と天井の2つの生命体を作り出して、今はその2種族が共生している、ってことになる」

「なるほど。それで最初に戻って、パイクたちが細かい作業のできない体でも困らないってことか」

「そういうこと」

「意図したかどうかはわからないけど、そうなってることはあるかもね」

「パイクたちが意識しているかどうかも判らないけどな。それはそれとして、今日はそろそろ休むか」

「そうだね」


 昼も夜も判らないが、それは地上の冬と同じだ。時刻を確認しながら、定期的に睡眠を取っている。明るい場所での睡眠にも、宙に浮かんだまま体を固定せずに眠ることにも慣れてきた。人間、何にでも慣れるものだ。

 部屋の隅に荷物をそっと置いて、そこから少し離れた床に張り付いた。下層では部屋の中は何もなかったからどちらが床でどこが壁なのか判らなかったが、中層の部屋には何かしら物があって、どうやら上下が判る。無重量状態なので、あまり関係はないが。

「おやすみ」

「おやすみなさい。明日も頑張らないとね」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あ、ここ、この部屋、のはず」

 アリューがホロパッドを見ながら手摺を掴んだ。カイムも少し行き過ぎてから体を止める。

 パイクに教えてもらった情報によれば、ここが送電制御室のようだ。入口の扉は、他の何もない部屋と見分けがつかない。知らなければ、通り過ぎていただろう。地上に残っていた資料とは場所が違っているようだったから、正解を知る術がなかったら、この広い天井を延々と彷徨う羽目になっただろう。それこそ、一生かかっても目的地を見つけられなかったかも知れない。


 扉は、他の部屋と同じように簡単に開いた。何もない部屋ならともかく、重要施設の1つだろう、地上へのマイクロ波の送電を制御する場所に簡単に入れて良いのだろうか?という疑問がカイムの脳裏を過ぎったが、自分たちに都合の良いことなので深くは考えないことにした。

 パイクに連れられて入った部屋よりも広く、大きなシステム端末と画面が目の前にある。先に部屋に入ったアリューに続いてカイムもコンソールの前に着いた。

「解るか? 俺はこういうの苦手なんだけど」

 街に住んでいた頃は、カイムは機械の製作や修理ばかりしていて、端末の操作には疎かった。そもそも、必要もなかった。ホロパッドの操作くらいはできるが、基本的なものだけだ。

 アリューは、その頃からホロパッドを使いこなすほどには習熟していたから、カイムよりはこういうことにも詳しい。


「これかな?」

 しばらくコンソールをあちこち見ていたアリューは、スイッチの1つに触れた。正面の、何も表示していなかった画面が明るく光る。2人は思わず手で顔を覆った。

「わ、眩しい。えっと、光度はこれで変わると思うんだけど・・・あ、違う、こっちか」

 光が弱くなり、2人の目も慣れてきて、なんとか画面を直視できるようになった。

「昔はこんなに明るかったのかな」

「この壁だけでも結構明るいのにね。照明器具なんかどれくらい眩しかったのか、想像もつかないね」

「だな。それでどうだ? 解りそうか?」

「ちょっと調べてみる」


 アリューがコンソールに手を伸ばす。横の、多分、布人間用のインターフェースだろう平らな場所にホロパッドを置き、そこに表示した古い資料を参考にしながら操作してゆく。正面の画面には、最初は意味不明の文字らしき模様の羅列が続いていたが、やがてカイムにも読める言語に変わった。アリューが言語表示の変更方法を見つけたのだろう。


 手伝えることもないカイムは、部屋を見回した。システム端末が他にも2つあるが、それ以外は何もなく、がらんとしている。ここも、余計なものはすべて片付けられてしまったのだろう。このコンソールも、やがて、何百年か何千年か先には無くなっているのかも知れない。

 そう言えば、下層はかなりの部分、片付けられていたが、送電設備は残っているのだろうか? 地上にマイクロ波を送ることを目的とした施設なのだから、当然、下層のさらに下、天井の外壁にあるはずだ。無くなっていなければ良いが。いや、“送電制御室”としてこの部屋が存続しているなら、送電設備も生きているか。


「これで良いかな?」

 ここで何時間か、悪くすれば何日もかかる可能性も覚悟していたカイムだったが、アリューは思いのほか早く40分ほどで目的の操作方法を見出したようだ。画面には、カイムも何かの資料で見たことのある世界地図が表示されている。

「ほら、あそこに赤く点滅してるとこ、あれがお父さんの見つけた電力受電所ね」

「なるほど。あの少し北に俺たちの街があるんだな」

「そう。それで、今ここに照準を合わせたから、これで送電できるはず」

「なら、すぐやろう」

「うん、いくよ」


 アリューがコンソールを操作すると、画面の一部に重なるように文字列が流れた。しばらくすると、赤い点滅が緑の点灯に変わった。

「・・・うん、表示が正しければ、これできちんと送電されてるはず」

 さらにコンソールを操作して画面に表示された文字を確認し、アリューは言った。

「これで、当初の目的は達成したわけだな」

「うん」


 長かった旅が、ようやく終わろうとしている。

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