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忘却の天井  作者: 夢乃
第二部 ~天井への道~
17/28

天井へ

 警告音が車内に鳴り響き、警告灯が灯った。カイムもアリューも、身体をぴくりとさせたが、慌てはしない。カイムはT字ハンドルを慎重に握り、アリューは警告の種類を確認する。

「あ、もうすぐ天井に到着みたい。残り20キロを切ったって警告だ」

「やっとか。長かったな」

 カイムは心底ほっとした表情で言った。そろそろ、何もすることがない、という状況に耐えられる限界が近いと感じていた。


「うん、でも何キロか、もしかすると10キロ以上誤差があると思うけど」

「それでも、長くみて、あと二時間くらいで到着ってことだな」

「うん」

 カイムに返事をするアリューの声も弾んでいる。

「どうする? そろそろ速度落とすか」

「うーん、そうだねえ、あと30分くらいこのまま進んでから、5キロくらい落とそう」

「そうだな、まだ20キロあるなら、そんなもんでいいか」

「タイマーかけとくね」


 アリューはホロパッドを操作してタイマーをかけた。カイムは上、自動車の進行方向を見上げた。相変わらず、先は漆黒の闇しかない。黒くないのは、ライトが照らす数m先までの塔の外壁──今、進んでいる軌道──だけ。もう目の前だというのに、天井は影も形も見えない。

 それでも近付いていることは、北、あるいは南の方角を見ることで、判断できる。地上を出発した頃に比べると、開口部の位置と見かけの形が随分と変わっていることが、そこから覗く星の光で判るからだ。しかし、その程度では、あとどれくらいの距離が残っているのか、判然としない。


 今は、車輪代わりの歯車の回転数をひたすら数えてきた、センサーの精度を信じるだけだ。資料が正しければ、そして、塔の構造が変わっていなければ、この軌道は天井側も地上側と同じように、塔から外側へ向けて緩やかな弧を描いている。

 多少速度が出過ぎていようと、ブレーキが間に合わず天井に激突するようなことはない筈だ。それでも、慎重を期すに越したことはない。30分が経過し、ホロパッドが発するアラームの音を合図に、カイムはT字ハンドルを操作して自動車の速度を落とした。

 天井まで、残すところ、あと10km。相変わらず真っ黒な進行方向を、2人は見上げている。


「あれ?」

 先に気付いたのはアリューだった。

「どうした?」

「なんか、重力、って言うか、力のかかる方向、変わってない?」

「・・・確かに」

 今までは、身体にかかる力をほとんど感じていなかった。しかし、今はごく僅か、言われても気のせいと思ってしまうほどだが、自動車の後方、軌道に接している側に力がかかっている気がする。

「速度を落としてからそれほど進んでいないけど・・・いよいよ、か」

「うん、そうだと思う」

「だとすると、今の速度であと5分強、かな」

「その筈。もうちょっと速度落としてもいいかも」

「そうする」


 自動車の速度を時速10kmまで落とす。その間に、アリューは外部カメラを動かして軌道、塔に向けていた。

「ねえ。塔が見えなくなってる」

「え? ああ、確かに。軌道の外は真っ暗だ」

「塔から離れてるってことよね」

「そうだな。これはいよいよ本当に、天井に到着、か」

「うん。あ」

「どうした」

「ちょっと待って」

 アリューはホロパッドに塔の図面を表示した。

 天井との接続部分が浮かび上がる。

「あんまり先に行くと入口が遠くなりそう。止まった方が良いかも」

「わかった」


 カイムはT字ハンドルを操作した。徐々に遅くなった自動車が、止まった。振動が無くなる。しかし、目的地に着いたという実感は少ない。

 塔に辿り着いた時には、目の前に聳える巨大な建造物が、照らす弱い光の中に現れた。しかし、天井は真っ暗で、何かあるようにはまったく見えない。

「どこから入るんだ?」

「えーと、今いるのが多分この辺りで、ここの塔と天井が合わさる所に非常用の出入口がある筈」

 アリューはホロパッドが映す映像を拡大して説明した。


「だとすると、ざっと5~600mは歩いて、って言うか、泳いで行かないといけないな」

「うん。この場所によっては、もうちょっとあるかも」

 それくらいなら、なんとかなりそうだ。

 宇宙服を着ると動き難いとはいえ、ここでは重量がないから服の重さは問題にならない。身体を動かしたり止めたりするのに結構な力が必要だが、既に一度経験しているから対処できるだろう。


「じゃあ、準備しないとな。その前に、外に出てからの行動計画を練ろう」

「うん。それに、非常用っていってもロックされているだろうから、それも何とかしないといけないし」

「何とかできるのか?」

「多分。下と違って電力はあるだろうから。あと、これ作っておいた」

 そう言ってアリューがダッシュボードから何かを取り出した。

 平面のパネルからいくつもの短い突起が飛び出したもの。良く見れば、パネルは一枚というわけではなく、突起物ごとに分割されている。それに、横に大きな円盤。


「これは?」

「塔の下の扉、操作パネルがあったでしょ。上も多分同じじゃないかな、って思って作っておいたよ」

「・・・ホロパッドに繋いでパネルの数字を順番に押していくわけか。いつの間にそんなもの作ったんだ?」

「カイムが寝ている時間に。たまに計器とか外を眺めるだけで暇だったからね。それでも、1ヶ月くらいしか暇潰しにはならなかったけど」

「大きさは大丈夫かな」

「下のパネルのサイズの目測と、あと、上のは宇宙服前提だろうから、下のより大き目と想像して作った。あとはここのダイヤル回せば、ある程度はサイズ調整効くから」

 アリューは横の円盤を回して見せた。


「何も無かったのに、良く作れたな」

「カイムほどじゃないけど、私もある程度は工具とか準備してきたからね」

「なるほどね。流石は親方の孫だな。じゃ、準備を済ませたら外に出よう。上手く開けられるといいけどな」

「うん」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 コンパクトに纏めた荷物を身体に括り付け、2人の身体もワイヤーで繋ぎ、空気を抜いてキャノピーを開いた自動車から、2人は外に出た。地上と同じように、幅広い橋の両側にある整備用の軌道の上に、2人は浮いた。最早、上や下という言葉は意味を持っていないが。

 2人は、軌道の外側の壁に掴まり、それを押さないように注意しながら天井側へと移動してゆく。壁には結構な凹凸があり、移動するのに苦労は無かった。特にカイムは、分断された軌道を渡る時に車外作業を経験していたので、無重量状態での身体の動かし方にすぐ慣れた。

 それでも、動き難い宇宙服を着ての動作は、かなりの体力を削った。休むにしても、宇宙服のままでは飲食もできない。2人はただひたすら、天井に向かって壁を頼りに進んだ。


 2人は、一度真っ直ぐに天井まで昇り──降り?──てから、塔へ向かって壁沿いに進む計画を立てていた。真っ暗闇で何も見えないところを、目標も定めずに漂い進むのは無謀だと考えたためだ。推測した自動車の停車位置から真っ直ぐに壁を這い昇る。重力を感じないこの環境では、真っ直ぐに進めているかどうか怪しかったが、来た方向を時々振り返ると、付けっ放しのライトは徐々に遠のいている。

 少なくとも、見当違いの方向に進んでいるわけではないことを心の糧に、2人は深淵へと向かって行った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あっ」

 アリューを気遣いつつ、常に先を進んでいたカイムが声を上げた。しかし、大気のないここでは、その声はアリューには届かない。壁を這い進んで来たアリューは、これまでしてきたようにカイムの隣まで来たところで動きを止めた。

 ヘルメットの中のアリューに見えるように指で進行方向を指差し、それから手を開いて前に伸ばす。これまでと変わらないように見える漆黒が、宇宙服を通して確かな質感を伝えてくる。その動作でアリューも察したようだ。ゆっくりとカイムの前に出て、同じように手を伸ばす。

 カイムを振り返ったヘルメットの中の少女は、その顔に満面の笑みを浮かべていた。

 塔を昇ること、およそ35,800km。2人は、身体の向きを変えて漆黒の平らな人工の地面を踏みしめる。

 昇ってきた、あるいは降りてきた壁を背に、前を見る。どこまでも続く、真っ暗な闇。しかし、それは確かな実体を持って見渡す限り、広がっているはずだ。2人はついに、天井──オービタルリングへ、自分たちの力で昇りきったのだった。



 第二部・完

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