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忘却の天井  作者: 夢乃
第二部 ~天井への道~
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変わり映えのない道程

「ふぁ~~あ、退屈」

 つい出してしまった声に、アリューは慌てて口を塞いだ。それほど大きな声ではなかったから大丈夫、と思いながらも隣の座席をそろそろと窺う。幸い、カイムの眠りを妨げることは無かったようだ。安らかな寝息を立てている。

 アリューは胸を撫で下ろす。この旅は、アリューが言い出し、カイムはそれに付き合っているだけだ、と言う思いが彼女にはある。それなのに、自分の方から『退屈だ』などと言ってしまっては、カイムに申し訳ない。頬を両手で軽く叩いて、気を引き締める。


 すでに2ヶ月以上、昇っている。もう、全体の70%以上は過ぎ去っている筈だが、相変わらず、進行方向には深い闇が広がっているだけ。暮らしていた街では、天の南半分は漆黒に覆われていたが、北側には瞬く星の海が広がっていた。

 それが、ここにはまったく無い。塔を昇り始める前、暗黒大陸に入った頃から星はほとんど見えなくなっていたが、地上を走破している時には意識が地面に向いていた。だから、天の暗さは気にならなかった。しかし、今は塔を昇る自動車に身を委ねているだけで、何もすることがない。


 身体に感じる振動が昨日と違っていないか、空気は漏れていないか、進む先に変わったものはないか、定期的に確認するだけ。1人で起きている時間は、やることが本当にないので、何度も確認してしまう。計器に異常は無く、振動も変わらないことを確認すると、また暇になる。

 アリューは、身体を固定しているベルトを外すと、パンツを下ろして座席の蓋を開け、用を足した。ついでに、タオルに浄化槽から出した水を含ませ、上もはだけて身体を拭く。1日一度は体を拭かないと、臭ってきてしまう。とは言っても、狭い車内で半裸で拭き取るだけだから、限度はあるが。


 それでも、車内の臭いが気にならないのは、こうして毎日、身体を清めているお陰だろう。別の人が、今、ここに押し込められたら顔を顰めるだろうが。それも後少しのはず、と思いつつ、アリューはタオルを洗濯槽に入れて、身繕いをした。


 そうすると、また、暇になる。真っ暗な外、北の方角を見る。天井の開いた空間から、僅かに星が見える。天井に近付いている分、見掛けの開口部が狭まり、瞬く数も少なくなっているが。その開口部からは、太陽の光も射し込んでいる筈だった。秋分が近いから、地上を照らしてはいないだろうが。アリューはホロパッドを出して太陽と地球の位置、それに天井の角度を表示した。それからまた、外を見る。


「あの辺りに、太陽が映っていても良いはずなんだけどなぁ」


 開口部から射し込んだ陽光が天井の内側に反射して、その光が塔に張り付いた自動車からも見える筈だった。しかし、昇っている最中、天井に映る太陽を見たことは一度もない。天井はどこまでも黒いままだ。すべての光を吸収しているように。

 実際、天井は、塔とは違い黒く塗られているらしい。それを、ホロパッドに入れてある昔の資料で、アリューは知っている。塗られているというより、天井は映像用のディスプレイとして機能するようだ。今は、そこに何も表示されていないから、黒く見えている。

 けれど、まったく光を反射しないとは思ってもみなかった。強い光を当てれば、その部分が白く見えると思っていたのだが。


「反射率がほとんどゼロなんだろうなぁ」


 その昔、まだ天井から電力が送電され、地上にも多くの人々が住んでいた頃は、天井に星空が映し出されていたらしい。天井によって見えなくなった星空の代わりに。星だけでなく、太陽や月、また、様々な動画をも映していたそうだ。正に、人類の造り出した最大の表示装置だったわけだ。しかし、過去の資料で知ることのできるのは、そう言った知識だけ。

 アリューはもちろん、天井に映し出される壮大な物語など、見たこともない。天井がそんな風に使われていた、らしい、ということも、塔を昇り始めてから知った。何しろ時間だけはたっぷりとある。ホロパッドに入れてきた資料の、これまで読んだことのなかった箇所まで熟読するようになって知ったことだ。


 空に描かれる様々なドラマ、いったい地上から、どのように見えたことだろう。その光景を想像すると、アリューの心は弾んだ。退屈な旅路にも耐えられる。天井からの電力の供給回復、それが旅を始めた最大の目的だったが、今は、その一番がアリューの中で書き換えられていた。


 地上から見る、空に描かれる天空絵巻、いったいどんなに美しいものだろう。黒く塗りつぶされた天空と僅かな星空、それ以外を知らないアリューの心は、まだ知らない空の光景を想像して、昂ぶるのだった。

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