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忘却の天井  作者: 夢乃
第二部 ~天井への道~
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侵入

 自動車のライトに照らされた、目の前に聳える白色とも銀色とも見える壁は、天に向かってどこまでも続いている。自動車の強くない光では、せいぜい上方10数mしか届いていなかったが、それでもその威容にカイムもアリューも圧倒された。

 2人はしばらくの間、言葉も無く天井へと繋がっているはずの塔を見上げた。これほどに巨大な建造物を見るのは、もちろん、2人とも初めてのことだった。


「・・・それで、これをどうやって昇るんだ?」

 数分が経過してから、カイムはアリューに尋ねた。

「え? あ、昇る方法だよね。えーと、昔はエレベーターの籠が中にあってそれで昇れたらしいんだけど、今は動いてないから、この橋の横の整備用のレールを昇っていく計画だよ」

 アリューは橋の側方を指差しながら言ったが、闇に閉ざされた先にはほとんど何も見えない。

「そういや、前にもそんなこと言ってたっけ。だけど、橋の横に昇って行けそうな場所、あったか?」

 カイムは闇に目を向けつつ、橋に入る時に見た側壁を思い出しながら言った。

「えっと、ここの1キロくらい手前から昇れるようになってるみたい」

「なるほどね。確かに、橋の入口まで戻ってたら時間の無駄だもんな。じゃ、行くか」

「ちょっと待って」

 自動車に戻りかけるカイムをアリューが引き止めた。


「何?」

「昇る前に、宇宙服探さないと」

「宇宙服?」

「うん。昇っている途中で何かあったら外に出ないといけないかもしれないし、昇り切った後も、天井に入る時にそのまま入れるかわかんないし」

「それで、宇宙空間に出るための服が必要、か。でも、地上側のここに、あるかな? ここでは要らないものだろ?」

「エレベーターの籠が降りて来ていれば、その中にあるはず。緊急用のが。籠が無かったら・・・運を天に任せて宇宙服無しで行ってみるしか、ないね」

「そうか。なら、まずはこの中に入る方法を探さないとな。入れるところ、あるかな?」

「ちょっと待って。図面見てみる」


 アリューは自動車へと駆けて行く。カイムも歩いてその後ろを追った。カイムがアリューに追いついた時には、アリューはホロパッドに塔の基部を映していた。

「本当は、あの壁がそもそも無いはずなのよね。って言うか、あれって多分、扉なんだと思う」

「あの、一面の壁が? 継目があるようには見えなかったけど。暗いから見落としたかもしれないけど」

「多分、壁全体が扉なんだよ。どっちに開くかは判らないけど」

「そうか。人間って凄かったんだな。こんなものを造ってしまうんだから。この塔や天井があるんだから、今更だけどな」

「そうだね。・・・端の方に人用の出入口があるみたい。行ってみる」


 駆け出そうとするアリューをカイムが止めた。

「おい、端まで行ったら結構距離あるだろ。車に乗れって」

「あ、そうだね」

 照れたように笑いながら、アリューは自動車に乗った。カイムも。キャノピーは閉めずに、そのままカイムの運転で自動車は進み始めた。上のライトを横に向けて、塔の壁に沿ってゆっくりと進む。

「あ、そこ、かな?」

 アリューの声に、カイムはブレーキを踏んだ。開いたままのキャノピーからアリューが降りて、駆けて行く。カイムも降りて、その後を追った。アリューの前に、扉らしきものがある。しかし、把手やその類のものは無い。

「どうやって開けるのかな?」

「手で開けるんじゃない、よな」

 引くことはできないので、カイムはそこに両手を開けて押してみた。びくともしない。反対側の隅でも試すが同じだった。


「だとすると、電動だと思うけど・・・だったらどこかに操作盤か何かが・・・」

 カイムは扉と思しき場所の右側の壁を探った。アリューも左側に懐中電灯の光を当てる。

「これ、かな?」

「あった?」

 右側に、掌よりは大きめの長方形の窪みがあった。

「開きそう?」

「解らない。おっと」

 色々試していたカイムがその窪み全体に掌を載せ、強く押すと、その窪みの部分だけ開いた。

 中にはタッチパッドらしいパネルがある。

「これをなんとかすれば開くかな」

「でも、電力来てないみたいね」

「だけど、この塔も橋も、これだけ綺麗なのは例の自動修復素材でできているからだろう? だったら、機構は維持されているはずだから電力さえあれば・・・ちょっと待ってろ」


 カイムは自動車まで戻ると、自分のバックパックを持って戻って来た。

「どうするの?」

「このパネルをひっぺがす。それで、プルトニウム電池から電力を供給する」

「そんなので上手くいくかな?」

「いかなかったらまた考える。兎に角やってみないと」

「それもそっか」

 バッグから工具を取り出し、パネルを取り外しにかかる。しかし、なかなか外れない。最後は無理矢理開けた隙間からバールを突っ込み、抉じ開けた。


「そんな開け方して大丈夫かなぁ?」

「元々こっち側から開けるようには造られてはいないみたいだからな。仕方ないよ」

「そうなんだけどね。それで、どうにかなりそう?」

「どうかな」

 カイムは引き剥がしたパネルを引っ張り出し、繋がっているコードを辿った。

「うーん、普通はこれが電力線だと思うんだけど・・・アリュー、塔の図面はあるんだよな。これの回路とか、ないか?」

「物理的な構造はあるけど、回路はあったかな・・・ちょっと探してみる」

「頼む」

 アリューはホロパッドに、カイムはパネル裏のコードを追うことに、しばらく専念した。


「・・・うーん、駄目、ない」

「なかったか」

「うん。いくつかはあるけど、扉の開閉制御みたいなのはないね」

「じゃ、これに賭けてみるしかないか」

「解ったの?」

「あんまり自信はないけどな。ここが扉の主電源系で、このパネルからの信号線で制御してるんだと思う。とすると、信号線は無視して電力の供給線に電池を繋げば」

「開く?」

「はずなんだけどな。この扉、両側にあるのか?」

「うーんと、うん、そう」

 ホロパッドの映す映像を見ながらアリューが答える。


「橋は3本あるんだよな。だったら、これで失敗しても、少なくともあと5箇所はあるわけだし、駄目元でやってみるか」

「大丈夫かな。失敗したら、全部の扉がロックされたりしないかな」

「そうなったところで、状況が今より悪くなるわけじゃないよ」

「それもそうね。じゃ、やってみよう」

「ああ。ちょっとここ、照らしてろ」

 カイムは剥がしたパネルの奥から引き出したコードから2本を選んで切断すると、被覆を剥がして金色に輝く金属線を剥き出しにした。

 アリューに手元を照らさせておいて、自分の懐中電灯から外したプルトニウム電池にコードを繋ぐ。片側をパネルから伸ばしたコードに結び付け、もう一方のペアを両手に持つ。


「よし、やるぞ」

「うん」

 剥き出しになった2本の電線をゆっくり近付け、触れ合わせる。

 一瞬、火花が散った。駄目か?とカイムが思った瞬間、扉がゆっくりとスライドし始めた。

「あ、開いた」

「よし。このまま、通り抜けられる幅まで開けるぞ」

「うん」

 微かな音を立てて、隙間がゆっくりと広がってゆく。奥は闇だ。

「もうちょっと速く動かないかな」

「電力が弱いからな。自動車の電池を使えば、もっと速かったと思う」

「そうか。今から自動車の電池を外してたら・・・外し終わる頃には通れるようになってるね」

「うん、多分」


 数分後、扉が2/3ほど開いたところでカイムは手を離した。

「これだけあれば通れるだろ」

「宇宙服も大丈夫かな?」

「そう思って少し余計に開けたんだけど。通れなかったら、もう一度開ければいいさ」

「それもそうよね。じゃ、行こうか」

 アリューは開いた隙間を懐中電灯で照らした。

「なんだか外より暗い気がする」

 その呟きが闇に吸い込まれるような気がして、アリューは身を縮こませた。


「カイム、まだ?」

 カイムは、扉を開けるのに使ったプルトニウム電池を外して懐中電灯に付け直していた。

「もうちょっと・・・よし、できた」

 カイムも中を覗き込む。

「中は割と・・・綺麗だな」

「自動修復されているんじゃない?」

「だけど、修復だけだろう? 塔以外の道具とか、散らかっていても良さそうだけどな」

「言われてみると、そうだね。でも、歩き易くていいじゃない」

「まあ、な」

「じゃ、行こう」


 アリューは塔の中へと一歩を踏み出し、「ちょっと待った」カイムに止められた。

「まだ何かある?」

「目的地は解っているのか?」

「うん。今ここで、ここら辺が籠のあるはずの場所」

 ホロパッドに塔基部の構造図が浮かび上がっている。目的地までのルートも。

「少しは改装とかされてるかもしれないけど、そんなには変わらないと思う。こんな大規模な施設だし」

 それはどうだろう、とカイムは思ったが、もっと別の懸念があった。


「それよりも、これだけを頼りに進んで迷わないか? 頼りはホロパッドのセンサーだけだろ?」

「そう言われると、確かに、ちょっと不安かな・・・」

 その言葉はアリューの表情にも表れた。

「だろう? だからさ」

 カイムはバックパックの中を探り、何かを取り出した。

「これを使うよ」

 細いワイヤーを巻いたリール。それが2巻。

「これを繰り出しながら行こう」

「カイム、準備がいいね」

「何が起こるか判らなかったから、兎に角使えそうなものは持てるだけ持ってきた。それで、目的地まではどれくらいある?」

「えーと」


 アリューはホロパッドが映し出す経路に距離を表示させた。

「だいたい、1.5キロくらい」

「ワイヤーが一つ500mだから、足りないな。うーん」

「どうしようか・・・あ、車をここまで持ってきて中を照らしておけばいいんじゃない? 入ってしばらくはまっすぐのはずだから、ライトの光が見えなくなるの所からワイヤーを引けば」

「そうしてみるか。それでも足りなかったら、ロープを繋いでなんとかしよう」

「あ、電力受電所で使ったやつね」

「そう」

「それでなんとかなるかな。じゃ、あたし、車持ってくる」


 アリューが自動車を扉の前に移動する間に、カイムも装備を整えた。

 と言っても、バックパックから出したワイヤーリールとロープを小型のバッグに移して腰に巻いただけだが。他に、メジャーも持ってきていたので、それも腰のバッグに入れた。その作業をしている間に、一度横に逸れた自動車のヘッドライトが向きを変えて扉を照らし出す。

「これでいいかな?」

 自動車から降りてきたアリューが言った。

「大丈夫そう。上のライト、もうちょっとだけ、上げるといいかな」

「りょーかい」


 アリューが自動車に戻って光源の角度を調整する。扉の奥、だいたい40~50mほどの場所までは光が届いている。

 奥から光源を見つけるだけなら、数百m先からでも可能だろう。

「しばらくはまっすぐって言ったけど、どれくらい?」

「えっと、800mくらい」

「だったら、ワイヤー2本でなんとか足りそうだな」

「そうだね。それじゃ、行こうか」

「ああ」


 二人は、塔の中へと踏み込んだ。

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