表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の天井  作者: 夢乃
プロローグ ~残された地上にて~
1/28

前夜

「ただいま」

「おかえり。じきに御飯の支度もできるから」

 家に帰ってきたカイムを迎える母の声が、奥から聞こえた。

「うん、着替えてから行く」

 カイムはそう言って玄関脇の衣着室に入った。扉をしっかり閉め、外着を脱いでハンガーにかける。外よりもマシとはいえ、寒いことに代わりはない。カイムはブルッと身を震わせると、洗面器に少しだけ溜めた湯にタオルを浸してきつく絞り、下着も脱いで裸になると全身を丁寧に、けれど素早く拭いて、新しい下着と部屋着を手早く身に着けた。


 一息つくと、タオルをもう一度湯に浸して絞り、洗面器の湯をこぼさないように注意して浄化槽に落とす。それからタオルで手を拭って、脱いだ下着と一緒に洗濯籠に放り込み、衣着室を出て母が食事の支度をしている部屋に行った。これでやっと帰ってきた気分になる。食卓には、すでに弟のリックが着いていた。


「農場の仕事の調子はどうだい?」

 カイムは椅子に座りながらリックに聞いた。

「まあまあ、かな。電気ショックのパターンを去年を参考にして設定したら、今のところモグラや鼠の被害もないし」

「それじゃ、今年は少しは期待できるかな。ペーストだけじゃ飽きるからなぁ」

「ま、これから先2ヶ月くらいが勝負だね。父さんが帰ってきて畑を拡張できればいいんだけれど」


「そう言えば」

 カイムは母に顔を向けて聞いた。

「父さんは明日帰る予定だっけ?」

「今日、無線が通じてね」

 食卓に皿を運び終えた母は椅子に座りながら応じた。

「プルトニウム鉱山の作業が予定より1日遅れてたらしくて、明後日になるって」

「そうか」


 浄化槽で作られたペーストと、ガド芋を使った簡単な料理。それからこれも浄化槽から出した一杯の水。いつもと代わり映えのない質素な食卓。食事前の短い祈り。一時、沈黙が落ちた。

「さ、食べましょ」

 母の声で食事が始まった。


「カイムの方はどう?」

 食事をしながら、母が聞いてきた。

「うん~、部品がね、もう少ないから、修理にちょっと苦労してる。日に1~2件くらいしか依頼はないから、古い機械から部品を外してなんとかやってるけど」

「電撃装置はできてる?」

 今度はリックが聞いてきた。

「ああ、そっちはOK。父さんがプルトニウムを持って帰ってくれればいつでも使える。出力の調整は必要だけど」

「それなら、畑の拡張も今期にぎりぎり間に合うかな。蒔くのが遅い分は、実が小さくなると思うけど」

「そっちも苦労してるんだな」

「まあね」


「それよりカイム」

 母が食事の手を止めてカイムを見た。

「ディルクさんは相変わらずなの?」

「親方? うん、相変わらず、よく解らない車を造ってる。もうほとんど出来ているように見えるけれど」

「仕事はカイムに任せきり?」

「まぁ、俺で大抵のことは対処できるから」

「そう」

 母は溜息をついた。

「前から変わり者だったけど、昔はもうちょっときちんと仕事してたのにねぇ」

「今だって、俺の手に負えないような仕事は、頼めばちゃんとやってくれるよ」

「それでもねぇ、皆が生きるのに精一杯なのに、趣味で訳の分からないことをやってたら」

「親方も、何か考えあってやってるんだよ。唯の趣味で役にも立たないことをやる人じゃないから」

「それならいいんだけどねぇ」

 母はまた溜息をついた。

「やっぱり、息子さん2人が亡くなったことがショックだったのかねぇ。あれからだもんね、ディルクさんがああなったのは」


 カイムは何も言わなかった。確かに変わり者で偏屈で愛想がないかもしれないが、カイムにとっては尊敬する親方だった。電気回路や機械の製作・修理の腕は確かで、カイムの腕はその足元にも及ばないのを承知している。

「言っても仕方ないわね。さ、御飯が済んだら、寝ましょう」

「ああ」

「うん」

 少ない食事は程なく終わった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 床について、カイムは半透明の屋根の向こうの空を見上げていた。雲のない空の北半分は降るような星空が霞むように、そして、南側には真っ黒な“天井”が見える。今は短い夏。昼には天井から陽が覗くけれど、夜は冬と変わらない。

 カイムは目を閉じた。今日までと同じ生活が明日からも続く。今のカイムは、そう思っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あらすじでワクワクしたので立ち寄りました! これから何が起こるのか? 引き語まれる導入だと思います! 応援でブクマと評価入れてます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ