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第八話「レーヴェンガルト家」

第八話「レーヴェンガルト家」


 ダリウスお父様とマルガレーテお母様が王都からお帰りになられたのは、初夏になろうかという花咲きの月の終わり頃だった。


「おかえりなさいませ、お父様、お母様!」

「やあただいま、ヘンリエッテ」

「ただいま。お店番、頑張ってね」


 大抵の場合、馬車が到着する時間はお店が営業中で、ご挨拶は軽く済ませてしまうことになるけれど、我が家の伝統のようなものだ。

 隣街ヴェルニエを朝に出た馬車が、ルラック村を通ってシャルパンティエに到着するのは夕方で、お店が一番忙しい時間と重なっていた。


 だからお店を閉めて帰ってからの夕食は、土産話と報告と質問と……とにかく、賑やかになる。


「父上、陛下は近々、王太子殿下を摂政に任じられ、(まつりごと)より退かれるそうです。今回の会議は、その内示と調整でした」

「ふむ……俺と大して変わらぬお年であられるからな。まあ、仕方のないことか」

「マルガレーテ、王都の市場はどうだった?」

「いつもとさほど変わらない様子でしたわ、お義母様。金の装身具が流行していて、金地金(じがね)の値が上がり気味だとか、色布の流行がそれに合わせて青に移ったと聞きましたが……辺境に大きな影響のある話は、耳にしておりません」


 余所のお屋敷にお邪魔した時なんかは、作法に従ってもう少し静かな食卓になるけれど、家族ばかりだとこんなものだ。


「そうだ、姉さん」

「なーに、マリウス?」

「俺、しばらくの間さ、ヴェルニエ泊まりになるんだ」

「依頼?」

「うん。代官屋敷の改築工事で、本当に人手が足りないらしいんだよ。募集は工事人足だけど、魔法持ちは特別手当が出るからって、ロートラウトがあちこちに声掛けてた」

「あなた、魔法もそこそこ行けるもんね」

「姉さんもね」


 下から数えて、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫とある魔力の強さで言えば、マリウスの魔力はわたしと同じ黄色で、専業の魔法使いを目指しても苦労なく食べていけるぐらいだった。


 但し、魔法についてはわたしとマリウスでは方向性が違いすぎて、比較出来ない。


 師匠は同じディートリンデ先生だけど、わたしは炎の矢や氷の槍のような飛ばす魔法が得意で、魔力の配分も褒められている。


 マリウスは細かく魔力を操るのが苦手な代わりに、剣に炎や冷気を纏わせる付与魔法や、空気の盾のような防御魔法――色々と種類がありすぎる戦うための魔法の中でも、個人で使う魔法については、ヴィリが対抗心を燃やしてこっそりと鍛錬に励んでるぐらい上手かった。


「ねえ、ヘンリエッテ」

「はい、お母様?」


 いつの間にか、お母様がわたしの方を向いていらっしゃった。


 ……どこか嬉しそうなその笑顔に、危機感を覚える。


「マリー様から、『我が家』宛てにお手紙が届いていたのだけれど……」

「えーっと?」

「今度のシャルパンティエ訪問ね、お忍びじゃなくて、公務の扱いになるそうよ」

「あらら……」

「母上、マリーが来るのですか!?」

「ええ。お義父様お義母様に、建国六百年祭の招待状をお持ち下さるのですって」


 マリウスが驚いてるけど、びっくりさせようと思って内緒にしてたからね。


 でもお忍びならともかく、公務でいらっしゃるなら、秘密ってわけにはいかない。


 それなりの歓迎準備をしないと、マリーも我が家も困る。


「それから……聞いたわよ、試練のこと」

「は、はいっ!」


 気を抜いたところで、お母様がもう一度微笑まれた。こっちが本題かあ。


「明日の夜、話し合いましょうね。そうそう、あなたの幼なじみ達とマリウスと……そうね、エーベルハルト君も呼びましょうか」

「……はい?」


 幼なじみ達は、まあわかる。

 彼女達が試練っぽい物を受けさせられた時、同じようにわたしも呼ばれていた。


 力添えは駄目でも、愚痴を聞いたり励ましたりするのは、幼なじみの大事な役目だからね。


 でも、どうしてマリウスやハルくんまで呼ばれるんだろう?


 その日は結局、中身も教えて貰えずじまいだった。




 ▽▽▽




 翌日夜、遠来のお客様との会食ぐらいにしか使わない大食堂にランプの明かりが灯され、関係者だという大勢が集められていた。


 お父様達が帰ってきたのは昨日なのに、随分急だなあと思ったら、既にお婆様が根回しをされていたらしい。……わたしに知られないよう、こっそりと。


 飾りつけはないけれど、用意された食事は珍しく豪勢で、じっくり熟成させたベアル肉のステーキや遙か北海から運ばれてきただろう干しニシンの煮戻しだけじゃなくて、銘入りのワインさえ準備されている。


 もちろん人手が足りないときのお約束で、我が家の本職メイドに加え、レナーテをはじめとする孤児院年長組の女の子達も給仕に駆り出されていた。


 メイド長ゲルトルーデの指導はとても厳しいけれど、この仕事はお給金が出るだけでなく、余った料理や茶菓子がお土産として貰える上、ひらひらとしてかわいいメイドのお仕着せも着られる。次の宴席や会合はいつですかと聞かれることも多い、人気のお仕事だった。


「ほんとに、何の集まりなの? ……って感じね」

「ねえ、お嬢の試練のお話じゃなかったの!?」

「わたしもこれは予想外だってば……」


 上座には現領主夫妻のお父様お母様がいて、次の席にはレーヴェンガルト家当主夫妻としてのお爺様お婆様と、初代シャルパンティエギルドマスターのディートリンデ先生と元ギルド副総帥クーニベルト先生のご夫婦。


 どうしてか、商工組合の大旦那カールお爺ちゃんとユーリエお婆ちゃん夫婦、湖の村ルラックのヘンリク村長夫妻や、レーヴェンガルト家の所領でシャルパンティエ領と対を為すもう一つの領地、フロワサール領を預かるラルスホルト大叔父さまとアレット大叔母さま、おまけに現ギルドマスターのジギスムントさんまでお越しだ。


「……ねえお嬢、心当たりは?」

「ないよ。……うん、ない」


 ジト目で脇腹をつっついてきたラルスホルト大叔父さまの孫、再従妹(はとこ)のアンネッテを取り押さえつつ、小さくため息をつく。


 たかが半人前の試練に、これだけの人を集める理由が分からない。

 前の時なんて、幼なじみ達と執務室に呼ばれて中身を言い渡されると、そのままダンジョンに放り込まれている。


 ただ……わたし達若手は隅のテーブルで小さくなっていたけれど、大食堂の雰囲気だけ見れば、春先の会合の後に行われる食事会のような感じで、集まった皆さんも楽しげだった。


「失礼いたします」

「ありがと、レナーテ」


 出席者が揃ったのを見計らって各々の酒杯にワインが注がれ、大食堂は静かになった。


 う、ちょっと緊張してきたかも……。


「どうぞ、父上」

「うむ。皆、忙しい中、集まって貰ってすまん」


 爵位を譲って引退したお爺様が、こういった場を仕切られるのは、少し珍しかった。


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