第七話「久々のお茶会」
第七話「久々のお茶会」
夕方、いつもより多かった仕入れの荷物を仕訳して店を閉め、夕食後にかたづけを手伝っていると、皆が連れ立ってやって来た。
「こんばんは」
「お嬢、来たよ!」
「お邪魔しまーす」
「はーい、いらっしゃい、ヴィリ、ロートラウト、リーゼル。……って、ディートリンデ先生!?」
「ふふ、こんばんは」
ヴィリは彼女のお婆様、ディートリンデ先生まで連れてきたけど、もちろん、わたしじゃなくてジネットお婆様のお客様である。
ディートリンデ先生はシャルパンティエギルドの初代ギルドマスターにして、うちのお婆様の大親友だ。
いわゆる『開拓組』なんて呼ばれるレーヴェンガルト領のはじまりを支えた功労者であり、おまけにわたしやマリウスには魔法のお師匠様でもある。
「夜のお茶会、私達もよくやっていたのよ」
「ええ、それはもう!」
お婆様達の始めたお茶会は、男の人はとりあえず『魔晶石のかけら』亭で飲ませておけばいいから……なんて言葉と共に、わたし達に伝わっていた。
ゲルトルーデにディートリンデさんの案内を任せ、ぞろぞろと巻き階段を登って二階にあるわたしの部屋に向かう。
「お嬢、お茶の用意手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。……ちょっといいものが手に入ったから」
「いいもの?」
「うん。あれだよ」
「あれ? あ!」
「あら、贅沢」
扉を開けてテーブルの上を指さすと、感嘆の声が上がった。
お小遣いを貯めてお茶会用に注文した、炭を使う手提げ焜炉だ。
旅回りや冒険に使われる野営具の一種で、あんまりお洒落じゃないし使い勝手も今ひとつだけど、小さくて軽くてちょっとお湯を温めるぐらいなら十分役に立つ。
どちらかと言うと火力は期待されていなくて、火の後始末が楽って事の方が重要だ。冒険中に火事なんて起きたら困るもんね。
「さあどうぞ、っと」
昼にリーゼルが焼いてくれた蜂蜜入りの胡桃ケーキを菓子皿に取り分け、戸棚から各々の茶杯を取り出す。
ロートラウトは茶色の小さめ、リーゼルは白でソーサー付き、ヴィリはこんな時でも野営用の金属杯だった。
お茶会にはわたしの部屋を使うことが多いから、いつの間にか戸棚の中に居座るようになった彼女達の茶杯である。
家主の特権で、今日はどれにしようかなと、蔦の柄の入った茶杯を手に取る。自分の部屋だから、気分で茶杯の種類も選べた。
「じゃあ、ヴィリの無事のお帰りを祝って」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
「ありがとう」
エールのジョッキのようにお茶を掲げて、いつもの如く近況を交わしていると忘れそうになるけれど、今日は相談事もあった。
「ね、ちょっと聞いて欲しいんだけどさ」
「なーに、お嬢。改まっちゃって」
「んー、一つはね、来月、マリーが遊びに来るの」
「おお、久々ね」
「元気にしてるかな……」
「……元気には違いないと思うけど?」
「それもそうだわ」
わたし達は、マリーが元気で過ごしていると決めつけた。
半ば伝説になっている彼女のご先祖様『マリー』姫――アルール王国初代国王陛下の一の姫、マリー・ブランシュ姫と同じく、彼女は戦うお姫様なのだ。
「もう白銀のタグに手が届いてても、不思議じゃないわね」
「負けてられないわよ、ヴィリ」
「そうね」
「ロートラウト、あたし達もだよ」
同じ冒険者として、マリーと切磋琢磨を誓い合ったヴィリだけじゃない。
彼女達は全員、マリウスを中心に置いた恋敵同士でもあった。
シャルパンティエで生まれ育った幼なじみ達はともかく、マリーまでその気になったのはどういうわけだろうと思うけど、まあ、そういうことだ。
恋の始まりに、理由はない。
うちの弟はまだ十五歳だけど、冒険者として将来有望だし、領主仕事の勉強も疎かにはしていない。顔も悪くない方だと思う。
それに、姉の目から見ても素直ではきはきとした態度は好ましい。
ただ、まあ……彼女達には、淑女協定が結ばれていた。
現状、男爵家継嗣と平民という身分の差があって、マリー以外には手が出せない相手なのである。
でも絶対に無理かと言えば、そんなことはない。
身分差の恋とは言うけれど、その抜け道は確かにあって……。
雑貨屋の次女という、どこにでもいそうな平民の生まれであるにも関わらず、しっかりと男爵夫人に納まってしまった『うちのお婆様』という生きた見本が、彼女達の目の前に存在していた。
そんなわけで、ヴィリなら冒険者としての実力と名声、ロートラウトとリーゼルはお菓子を差し入れたり飾り紐を贈ったりと、直球勝負に出ている。
だから、恋が成就してしまえば……うーん、どうだろう?
マリウスと、誰かも決まっていないそのお相手が正真正銘の本気になれば、並大抵の苦労じゃ済まないにしても、お相手に貴族の身代――勲爵士か騎士の身分を用意して結婚への道筋をつけることは、決して無理じゃなかった。
じゃあマリーが有利かと言えば、身分と距離と年齢というこれまた険しい壁があったりする。
小国の出身ではあれどマリーは王族で、おまけに彼女、我がヴィルトールの国王陛下の王姪として、順位は低いながらも大国の継承権を持ったお姫様だった。
これでは流石に、田舎の男爵家へとそのまま嫁いでくるのは身分が高すぎて無理がある。
高貴なる方々と下々の両方が納得するような理由が、一つ二つは必要だった。
ついでにマリウスの十五歳に対して、マリーは今年二十歳。そろそろお嫁に出ないと、厳しいお年頃でもあった。
更にはヴィリが十八、ロートラウトが十六、リーゼルは十四で、これまたマリーには不利になるかなあ。
そんなこんなで、わたしは淑女協定の調停役を押しつけられてしまったけれど、そこはまあ、仕方がないかと思う。
関係者全員と距離が近すぎて、中立にしても限度があった。
とにかく、今のところはマリウスも冒険一筋で、あまり進展らしい進展も見られないから、わたしもそれほど深刻にならず、様子見に徹していられる。
まあ、それら複雑なようでいて単純な恋愛模様は横に置いて……。
「それでお嬢、一つは、って、まだ何かあるのかしら?」
「うん。お婆様がね、わたしに試練を与えるから、って」
「……あら」
「あー……」
「まあ、あるよね」
試練という言葉に、皆がそれぞれ反応し、微妙な顔つきになった。
内容も決まっていないのよと、肩をすくめてお茶に口をつける。
「ふうん。試練の中身はこれから決まるのね」
「大奥様のお考えだから、簡単なようでいて、何故か難しい課題になるんじゃないかな?」
「あー、ありそう」
「まあ、お嬢なら大丈夫でしょ」
「だといいけどね……」
ああでもないこうでもないと、わたしへの試練の中身を口にしていけば、お菓子とお茶が自然と減っていく。
ただね、この歳になると……試練なんて言葉が冗談半分に被せられていても、与えられる課題はそれぞれに重要なもので、今のうちに経験させておけば将来の為になるだろうという、大人達の気持ちも透けて見えてくる。
ヴィリは最初の試練の後、魔法のキレが格段に良くなった。
ロートラウトはあちこち連れ回されたお陰で領内の方々に詳しいし、リーゼルも大口の注文ぐらいでは狼狽えない。
わたしもダンジョンで過ごして以来、お客さん達の意見や要望がよく分かるようになっていた。
「でもお嬢、いつまでも見習い店主のままってわけにも行かないでしょ?」
「そりゃあ、もちろん」
だからわたし達は、口では文句を言いながらも、与えられた試練へと真っ直ぐ向かい合うのだ。
ふっと笑顔を見せたヴィリが、人差し指を立てた。
「いい機会じゃない。貴女のお婆様やお母様を驚かせるぐらい、本気で頑張ってみてもいいんじゃないかしら」
うん、それもそうだね。
与えられた試練をただの試練と受け止めず、その中で成長して見せるんだ! ……ぐらいの気持ちが、必要なのかもしれないね。