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第六話「親友の帰還」

第六話「親友の帰還」


「あーあ……」


 フレイム・ワームの討伐で街中が盛り上がった数日後、わたしは丸薬を入れる小袋をちくちくと縫いながら、カウンターでため息をついていた。




『ヘンリエッテ、突然だけど、貴女に試練を与えるわ』




 シャルパンティエの街で試練と言えば、一番有名なのは『三つの試練』だろう。


 レーヴェンガルト領に住む子供には、十歳から十五歳ぐらいの間に試練を与えられる伝統があった。


 その時々に応じて、大人の仕事のお手伝いだったり、遊びにしか思えないようなものだったり様々だけど、どの試練も、後で振り返ると大人への入り口になっているのだ。


 その試練を乗り越えると、男の子ならバックル(留め具)に動物の横顔が描かれたベルトを、女の子なら裁縫道具の入った小箱が贈られ、正式に半人前と認められた。


 でも、試練を与えられるのは、別にいい。

 当人には大変だけど、お祝い事でもあるし、みんなも協力し合うからね。


 問題は、大人達が何かと試練を持ち出すことだ。


 特に、今のわたし達ぐらいの歳、半人前から今度は一人前になる世代に向けて、もう一つの試練が用意され、大人への入り口になっていたりする。


 ヴィリは正式な魔法使いと認められる為の試練として、『今から出す問いは、試練の為にわざと教えていなかったの。自分で調べて取り組みなさい』と、魔法媒体を取り上げられた上で、彼女のお婆様が結界で封じた小部屋へ、魔導書と一緒に閉じこめられた。

 ……三日ほどして試練が終わった時には目つきがおかしくなっていて、口調もどこか変だったように思う。


 ロートラウトは女の子だったのに、ギルドにお勤めするなら必要だろうと男の子向けの試練を課され、泥だらけになりながら領内を引っ張り回されている。リーゼルは何の前置きもなく、三日ほど『職人も徒弟もなしに』、ただ一人でお店の切り盛りをさせられていた。


 わたしは……他の三人に比べれば、ましな方だろう。

 冒険道具を知るには冒険者の事も知らなきゃいけないわねと、『シャルパンティエ山の魔窟』に十日ほど放り込まれただけで済んでいた。


 その時は恐くて仕方がなかったけれど、今考えればわたしが寝泊まりしていたのは第四階層への降り口付近にある休憩所で、その近辺で稼ぐ手練れの冒険者の誰かが必ず常駐していたし、そもそもお爺様がわたし専属の護衛として側にいてくださったからね。


 時折、魔物の咆吼や冒険者の振るう剣の音も遠く響いてきたけれど、最終日あたりには慣れてしまって、休憩する誰かの話を聞きながら食事の準備が出来るぐらいには、度胸がついたように思う。


 でもね、この試練にはオチがあって……。


 お婆様もお母様も、ダンジョンには一歩も入ったことなかったんだって!!


 試練が終わって数日後、お爺様が『皆には内緒だぞ』って教えてくれたから、間違いないと思う。


 やっぱり大人は、一枚上手だったよ。




 お婆様は、試練の中身を教えてくれなかった。


 幾つかの案はあるけれど、今は王都にいるお母様が戻られてから相談して決めるそうで、しばらくは心の準備をしていなさいと、質問さえ封じられてしまっている。


 もやもやした気分というか、どこか不安な気持ちがわき上がってきて、それさえも試練の一部なんじゃないかなと、胸元から聖印石の首飾りを取り出す。


 わたしの大事な、守り石だ。


 青く済んだ宝玉が美しいこの首飾りは、お爺様からお婆様へと結婚に際して贈られた、とても大事な物だと聞いていた。

 去年、十七になった誕生日……そして同時に、『地竜の瞳』商会の店主を受け継いだその日、お婆様から授けられたお品である。


 なんでも、金勘定にうるさい――もとい、お金には一家言あるお婆様になんとか受け取って貰おうとお爺様が知恵を絞り、工房には一ペニヒも支払わずに仕立てさせたそうだ。


 もちろん、お爺様が悪事を働いたってわけじゃない。


 加工用とは別に持ち込んだ宝玉で工賃を相殺してもらっただけだから、特別な事情は全くなかった。うちのお店でも、素材買い取りの代金でお買い物をして貰うと、同じようになる。


 でも、この首飾りは、お婆様が肌身離さず身につけ、わたしから見てさえ心から大切にしていらしたものだ。

 いくら孫でも、わたしへと贈ってもいいのかなと思ったりもしたけれど……それこそが大事なのよと、お婆様は笑顔でいらっしゃった。


『今渡せば、思い出話も一緒に受け継いで貰えるでしょ。形見分けじゃ、そうはいかないわ』


 お爺様からも、お婆様がこれこの時と決めて誰かに首飾りを託すなら、こんなに素晴らしいことはないと、その場でお墨付き……というか、口説き文句まで貰ったそうだ。


 まあね、お婆様の金勘定というか商才については、シャルパンティエに暮らす誰もが知っているほど特別だった。


 大きな戦役の裏方仕事で活躍して貴族に列せられたり、軍隊の補給を一人で手配してみせた上にその予算を余所の街の組合に喜んで負担させたり、かと思えば、教えを受けてうちのお店を巣立っていった商人達があちこちで活躍していたりと、伊達に『洞窟狼の懐刀』なんて二つ名を語り継がれてるわけじゃない。


 そのお婆様から見習い店主と認められて、ようやく半年。

 足りないものばかりなのは自分でも気付いているけれど、肩書きから見習いの文字を取り去るための試練なのかなと、想像がついた。


 もちろん、お婆様やお母様も、最初から一人前の店主だったわけじゃない。


 お婆様は雑貨屋の娘だったけど、それならわたしも半分ぐらいは雑貨屋の娘だ。


 お母様なんて商売とは関係がない領主家の娘で、最初は慣れない接客に大変苦労されていたと聞いている。……今じゃお婆様の実の娘と間違えられるぐらい、お店に馴染んでらっしゃるけど。


 でも……時に偉大すぎるお婆様と比較されるわたしにしてみれば、もうちょっと手心を加えて欲しいかなと、思わなくもなかった。




 ▽▽▽




 そんな思いを抱えて気分の晴れない日々の中、幼なじみで一番の親友、ヴィルヘルミーナが久々にシャルパンティエへと帰ってきた。


「いらっしゃ……あ!」

「お嬢、ただいま」

「おかえり、ヴィリ!」


 家に帰るより先にうちの店に寄ってくれたようで、まだ旅装のまま大荷物を背負っている。

 乗り合い馬車は広場に止まるから、ついでなんだけどね。


 街に残ったわたし達と違い、彼女は冒険者の道を選んでいた。

 今回は長期の護衛依頼を受けていて、王都と往復だったかな。


「どうだった?」

「退屈と油断が最大の敵、としか言い様がなかったわね。……でも平穏無事こそが護衛仕事の本領だから、文句まで言わないわよ」


 ヴィリは同世代じゃ一つ飛び抜けた赤銅のタグ持ちで、魔法については既にシャルパンティエでも五番手――彼女のお婆様、お爺様、お母様、ギルドのメーメットさんに次ぐ腕前と噂されていたりもする。


 まあつまりは、白銀どころか黄金のタグ持ちさえいるシャルパンティエの現役冒険者の中で、先輩方を差し置いて一番という評判だ。


 でも、魔法以外の部分で全然経験や知識の足りていないことが浮き彫りにされて逆に苦しいのよと、ヴィリはため息をついていた。

 出来る人には出来る人なりの悩みが、しっかり存在するらしい。


「そうだ。はい、お土産」

「わ、ありがと! ……えっと、これはお茶?」


 差し出された小袋を開けてみれば、中には乾燥した茶色くて丸い葉っぱが沢山入っている。さわやかな甘酸っぱい匂いが漂ってきたけれど、見たことのない種類だった。


「お茶じゃないわ。髪の毛を洗う時に使うと、つやつやになるの」

「じゃあ、大事に使うわね」


 ついでに香りもいいわよと示された彼女の銀髪は、確かにいつもより光っていて、ほどよい香りがした。

 うん、たまのお洒落にはとてもいいかもしれない。ありがたく頂戴しておく。


「ね、今度はいつまでいられるの?」

「しばらくは、こっちにいるつもりよ。久しぶりにシャルパンティエ山の魔窟にも入って、カンを取り戻しておきたいし……」

「おーお、カンだって。流石は『銀のハヤブサ』殿!」

「もう! その名前で呼ばないで!」


 若いながら目立つ実力に、美しい銀髪の美人とあって、彼女には既に二つ名が付いていた。


 本人は恥ずかしがっているけど、ちょっと格好いいなあと思う。




 せっかくヴィリも帰ってきたし、早速今夜はお茶会を……と思ったら、ロートラウトがギルドの夜当番で、翌日に持ち越しとなってしまった。


 代わりにお店のオーブンで、胡桃入りのお菓子を焼く余裕もある。


「お嬢ー、蜂蜜借りていいー?」

「窓際の戸棚の上から二番目だよー」

「ほーい!」


 ……わたしじゃなくて、お昼休憩でうちに来たリーゼルが、だけどね。


 同世代の幼なじみ同士じゃ、お料理の腕前は似たり寄ったりでも、こと、お菓子と焼き物料理に関しては、パン屋の娘で日々オーブンを使い慣れている彼女が飛び抜けて上手かった。


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