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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第五話「いつもより驚きに満ちた午後」

第五話「いつもより驚きに満ちた午後」


「ただいま、お婆様! あ、ブルーノくん、昨日ぶりだね!」


 お店に戻れば、『魔晶石のかけら』亭の跡取り息子ブルーノくんが、見積もりの走り書きを持ってきてくれていた。


 彼ももちろん幼馴染だけど、幼い頃は近所をまとめていたガキ大将で、今もわたし達世代の兄貴分として何かと頼りにされている。


「お帰りなさい、お嬢。頼まれ物、持ってきましたよ」

「ありがと! ふっふっふ……」

「ヘンリエッテ、何を頼んだの?」

「来月、『マリー』がお忍びで来てくれるのです、お婆様。でも、うちじゃ全員は泊まれないから、護衛の人が泊まる部屋を三つ予約して、見積もりを出して貰ってたんですよ」


 わたしはマリーと気軽に呼んでいるけれど、彼女の正式な名前はマリエル・コンスタンス・ド・ラ・クラルテ、お婆様の実家がある西方の小国アルールの王女様だ。


 幼少の頃からよくシャルパンティエへといらっしゃるし、最近は特に頻繁だった。

 夜のお茶会を通して、わたしの幼なじみ達と軽口を叩き合う程度には、この辺境に馴染んで……というか、幼なじみの一人に数えてもいいくらいである。


「じゃあ、歓迎の準備をしなくちゃ」

「お婆様、マリウスにはまだ内緒ですからね。せっかくだから、驚かせようと思ってるんです」


 彼女に加え、時々は、お父上のアルール国王リシャール二十六世陛下やお母上の『マリー』王妃陛下――マリアンヌ・ラシェル様も、この辺境にお忍びでいらっしゃる。


 困ったことに、『マリー』はアルール王家のお姫様の通し名で、代々の王女殿下は愛称が必ずマリーになるようにお名前が選ばれている。だから、お二人もマリー様を存じ上げていると、少々複雑だ。


 でも、マリー陛下はジネットお婆様だけじゃなくて、お婆様の妹、アレット大叔母様とも大の仲良しでほんとによく遊びにいらっしゃる。

 そして、わたしがよく知っている方のマリーにも、このシャルパンティエに度々来なきゃならない理由があって……。


 またかららんと、戸鐘が鳴った。


「はい、いらっしゃい。……あら、お帰りなさい、ユリウス、マリウス」

「うむ、ただいま戻った」

「ただいま、お婆様。姉さんとブルーノも」

「お帰りなさいませ、お爺様。おかえり、マリウス」


 今度はうちのユリウスお爺様と、弟のマリウスだった。……ちなみにマリウスこそ、マリーがシャルパンティエにやってくる理由である。


「ヘンリエッテ、こちらは変わりなかったか?」

「はい、大丈夫でしたよ、お爺様」


 お爺様は白髪頭に白い髭……までは普通だけど、見上げるような大きな体をしていて、笑うとすごく恐い顔になった。


 現役時代は『洞窟狼』と呼ばれた超一流の冒険者で、もう引退して五十年だからなと笑いながら、八十を過ぎた今も、浅い階層なら余裕だぞと、マリウスやハルくんをはじめ、駆け出し冒険者を引き連れてダンジョンに潜られている。


 けれど、わたしにはとても優しい……というか、甘やかしすぎてお婆様やお父様によく怒られてもいるお爺様だった。


「あれ? そう言えばマリウス、あなた、明日の戻りじゃなかったの?」


 マリウス――マリウス・フォン・クラウスは今年で十五歳、普段は真鍮持ちの駆け出しの冒険者として、ハルくんと同じく依頼に奔走している。


 お父様譲りの細面にお爺様譲りの大きな体をしていて、魔法も使えれば剣の腕もそこそこいいという、その歳にしては優秀な期待の新人だった。

 自称ってこともなくて、ほんとに期待されてる。……ふふっ、特にわたしの幼馴染達や、マリーからはね。


「それがさあ、姉さん。『英雄の剣』が大物仕留めて往生してたんで、お爺様と一緒に手伝って村まで持って帰ってきたんだ」

「あらら……」


 弟だけ家名が違うけれど、正真正銘、わたしの実の弟だ。

 彼の『フォン・クラウス』は王国勲爵士にしてレーヴェンガルト家の嫡子称号で、国からレーヴェンガルト家の正式な世継ぎと認められた証でもある。もちろんお父様も、爵位を継ぐ前はその名を名乗られていたそうだ。


 お爺様がレーヴェンガルトの家名のついでに得たのかと思えば、クラウス卿の初代はなんとお婆様で、王家から直接賜ったと聞いている。このあたりは、流石『洞窟狼の懐刀』としか言い様がなかった。


「そうだ、ハルくんが戻ってきてたよ」

「ああ、ルラックで討伐の依頼って言ってたっけ」


 お婆様がお茶の用意に立たれたので、そっとカウンターに入る。


 ダンジョンからお帰りになったお爺様へとお茶を淹れるのは、お婆様の大切なお楽しみだからね。わたしが出しゃばっちゃいけない。


 でも、そのうちわたしも……特別な誰かのためにお茶を淹れるのかなと、少し羨ましい気分でお婆様を見送った。


「ふあーあ……」

「どうしたの、マリウス?」

「交替で運んだんだけど大物すぎてさ、お陰で寝不足だよ」

「ふふ、お疲れ様」


 やれやれ顔のマリウスを労い、『英雄の剣』の顔を思い浮かべる。

 

 このパーティーはシャルパンティエを代表する冒険者パーティーで、時々人が入れ替わりながらも五十年間ずっと活動している伝説的な存在だ。


 初代のヨルクお爺ちゃん達なんて、『今じゃただの口うるさいジジイだぞ』と自分じゃ口にするけれど、現役時代はあの大英雄フランツさんの全盛期を脇から支えてたぐらい、本当にすごい人たちだった。


 今はおじさん二人に若者二人の四人組だけど、その名に相応しく、第四階層で荒稼ぎしてくるほどの手練れで、周囲からも一目置かれている。


「お待たせ、ユリウス」

「うむ、すまん」

「ほら、あなた達も」

「いただきまーす!」

「どうぞ、ブルーノくん」

「ありがとう、お嬢」


 お婆様がお茶を配られるのを手伝い、店先にローゼルの香りが満ちるのを楽しむ。

 お店にたくさんの人が居て賑やかなのに、どこかのんびりとしたこの空気が、わたしは大好きだった。

 

「ねえマリウス、大物って、『英雄の剣』は何を仕留めたの?」

「かなり大きなフレイム・ワームですよ、お婆様。ベアルの中くらいのと同じぐらい大きかったように思います」

「へえ、久々じゃない?」


 このフレイム・ワーム、ワームと名前が付いているけれど、見た目は寸胴のヘビだった。


 毒の代わりに火袋があって口から炎を吐く魔獣で、硬い鱗と強い筋肉を持った第四階層の難敵としてシャルパンティエじゃ有名、かな。


「すぐこっちに運ばれて来るはずです。『英雄の剣』は、『魔晶石のかけら』亭に荷物置いてから店に来るって言ってました」

「はーい、じゃあ、わたしの出番ね!」


 わたしは懐から、魔法の眼鏡『質屋の見台』を取り出した。

 これは『地竜の瞳』商会の店主に代々伝わる秘宝で、なんと、魔物や魔法の道具だけでなく、魔法薬や鉱物、魔獣まできちんと鑑定をしてくれるのだ。


「お婆様、交替します」

「ふふ、ヘンリエッテも一端の店主になってきたかしら?」

「んー、まだまだかも?」


 笑顔で誤魔化したけれど、初代店主でお店のことなら何でもご存知のお婆様にそれを聞かれても、すごく困る。


 堂々と胸を張って、店主ですと言えるようになるのは、一体いつのことやら……。


「いらっしゃいませ! 『英雄の剣』さん、お帰りなさい!」

「おう、ただいま!」


 しばらくして、かららんと勢い良く扉を開けて入ってきたのは、件の『英雄の剣』さんだった。

 早速来てくれたらしい。


「大奥様、ごきげんようです!」

「お嬢、表のあれを見てくれ! なかなかの大物だぞ!」

「はーい、すぐ行きます!」


 表に出ればお店の前にフレイム・ワームがどーんと置かれ、もう野次馬の人だかりが出来ていた。

 ついでに、疲労困憊のクルトさんとエミールさん――『英雄の剣』の若手二人も、獲物にもたれて座り込んでいる。


「あはは、お疲れさまです……」

「……よ、よう、お嬢」

「うっす……」


 この大きさなら、荷運びの魔法で軽くしたとしても、街まで持って帰るのは大変だっただろうなあ……。


 でもフレイム・ワームはお肉も結構なお値段になるので、その場で解体して皮と火袋と魔晶石だけ持って帰るというのは、とてももったいない。


「お嬢、俺、親父に報せてくるよ」

「うん、お願いブルーノくん!」


 大概の獲物は、皮や牙、角などの素材をうちが引き取り、お肉は『魔晶石のかけら』亭か『渡り鳥の羽根休め』亭でお料理にされる。

 ブルーノくんのお父さんルーファスさんは、魔獣も動物も綺麗に解体しちゃう凄技の持ち主で、狩人の見習いさんが修行に来るぐらいの達人だった。


「さあて……」


 早速『質屋の見台』を掛けてフレイム・ワームに触れ、心の中で【解析せよ】と念じれば……。


<固有名称『中炎蛇・洞穴種』。

 対象の種別は魔獣、相対価値七十・四四。

 主な生息域はティエンリン。中級魔獣としては飼育も容易で――>


 この『質屋の見台』が告げる相対価値こそが、わたしでも見習い店主が勤まる理由の一つになっている。

 ほとんどあらゆる物のお値段が魔法ですぐに分かってしまうという、商売人なら誰もが目の色を変えそうなほど便利な魔導具なのだ。


 使われているのが古代の魔法なので、物の名前がちょっと違ったりするのは些細なことだし、本当に便利すぎて手放せない。


 相対価値七十・四四は、えっと……売値で金貨三十五枚なら半分にして十七ターレル半で、半ターレルは二十グロッシェン、そこに端数を足して……。


「『英雄の剣』さんが持ち込んだフレイム・ワームの買い取り値は、十七ターレル二十九グロッシェンです!」

「おおっ!」

「今年一番の獲物じゃねえか!?」


 相対価値の『一』は今の半金貨と同額で、『質屋の見台』が告げた数字を半分にすると、そのままターレル金貨で売値が出る。


 同時に、その半分が同じく買値ということになるけれど、解体の手間賃をうちとルーファスさんで折半する約束になっていた。


「おう、無事に帰ってきやがったか!」

「どうだ見てくれ、ルーファス親父!」

「いいねえ、こりゃあごつい! 腕の振るい甲斐があるってもんだ!」


 野次馬冒険者達も盛り上がっているけれど、本当に久々の大物だし、今日は『英雄の剣』さんがみんなに一杯づつエールを奢って宴会かな。


 そもそも、この十七ターレル二十九グロッシェンという値付けは、そう滅多に出るものじゃない。


 パーティー四人が『魔晶石のかけら』亭の個室に食事付きで泊まっても、半年は余裕で暮らせてしまうぐらい、大きな金額だった。




 その夜。

 街の喧噪が僅かに聞こえている中、わたしは珍しくお婆様に呼び出された。


「ヘンリエッテ、突然だけど、貴女に試練を与えるわ」

「……はい!?」


 にっこりと微笑まれたお婆様だけど、反論が許される雰囲気じゃなかった。


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