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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第四話「日常のお仕事」

第四話「日常のお仕事」


「大奥様、こんにちは!」

「いらっしゃいませ、お婆様」

「はいご苦労様、ヘンリエッテ、レナーテ」


 午後になって、お婆様がお店にいらして下さった。


 入れ替わりにレナーテを行商へと送り出し、店番を代わって下さったお婆様にカウンターをお任せして、裏に建てられている大倉庫の片づけに向かう。


 時期には少し早いけど、夏物の古着の山に手を付けておきたかった。

 お母様かお婆様がお店にいらっしゃる時でないと、なかなか大仕事まで手が回らない。


「……うへえ」


 流石に冬場は売れないと分かっているので、夏物はとても香りの強い虫避けの香草と一緒に麻袋へと詰め、奥の方にしまい込んである。


 基本的に、うちは古着しか仕入れない。

 これを一度洗ってから点検をして、繕いが必要なら繕って、値付けに頭を悩ませてからお店に出した。


 そもそも新品の服は、仕立屋さんの領分なのだ。……シャルパンティエの街にはないけれど。


 うちのお店も新品を仕入れる時は、誰かに注文を受けた頼まれ物か、古着では困る下着の類、そして装備品にも分類される冒険着やマントだけだった。


 手間ばかり掛かって大して儲かるものじゃないけれど、これはうちのお店の重要なお仕事でもある。


 もちろん馬車でヴェルニエまで降りれば、新しい服どころか、注文すれば舞踏会用のドレスだって手に入った。


 でも、他のついでがあるならともかく、その分の馬車賃や時間が余計に掛かるわけで、古着一着、下着一枚の為に馬車を仕立てていたら、幾らお金があっても足りない。

 そこで、逗留する冒険者や街に暮らす人が困らないように、うちのお店がその手間を引き受けているのだ。


 我が家は領主家で、その辺りまできっちりと考えて、お店を営業しなくちゃいけない。……と聞かされているものの、もう少しシャルパンティエに人が増えれば、仕立屋さんや古着屋さんがお店を出しても無理なく営業できるかもしれなくて、お婆様でさえ早く古着販売の権利を譲り渡したいわねと、ため息をついていらっしゃった。


「袋は四つ、身体は一つ、っと」


 小分けにして明日から少しづつ洗濯するか、依頼を出して人手を集めるか……。

 どちらにせよ、わたし一人で一気に片付けてしまうには、流石に量が多すぎた。


 昔は冒険雑貨専業だったけど、最近は街の雑貨屋さんになりつつあるうちのお店である。

 お陰で忙しいのはありがたいものの、もう一人雇うと今度は利益を出すのが難しくなるという、困った状態でもあった。


「夏物の時期を考えると、依頼を出した方がいいかなあ……」


 今日明日中ってこともないけれど、来月には降誕祭も控えているし、間際に慌てるよりはましだろう。




 古着の麻袋を荷運びの魔法でどうにか引っ張り出し、ついでに風の魔法で倉庫の埃を外に追い出してからお店に戻ると、お婆様から手紙をお預かりした。


「フェーレンシルトの大旦那様宛でよろしくね」

「王都の貴族様、でしたっけ?」

「そうよ」


 今日のうちに手紙を出しておけば、翌日には馬車便に乗ってヴェルニエのギルドに届けられ、そこからはギルドの郵便専用馬車にお任せだった。普通の馬車よりも早いから、王都なら二週間かからないで届く。


 ついでに、洗い物の依頼を出しておこう。

 日取りは明後日以降でいいかな。予定通りなら、お爺様やマリウスも戻ってるだろうし……。


「ではお婆様、お預かりします」

「ええ、お願い」


 お爺様もお婆様も、方々にお知り合いがいらっしゃるせいか、そう安くもないお手紙を結構な数お出しになられる。

 春先、雪が解けて外界との道が開通する日など、それこそ束にしてギルドに持って行くぐらいだ。


「あ、ヘンリエッテお嬢様だ!」

「こんにちはー!」

「おー、ご苦労様。お手伝い、がんばってね!」

「はーい!」


 手桶で水を運ぶ子供達に手を振り、ギルドへと入る。

 街の広場はまだ静かな時間だけど、もうそろそろダンジョンや森から帰ってくる人もいるかな。


「こんにちはー」

「あれ、お嬢?」

「ロートラウト、お手紙の配達をお願いしたいの。お婆様が、王都宛てにって。それから、『地竜の瞳』商会の依頼が一つ」

「はい、畏まりました。少々お待ちくださいませ」


 お仕事の時は、流石にロートラウトも態度を切り替える。わたしもだけどね。

 線引きは、とても大事だ。


 手紙を預け、彼女が配達の料金帳をめくる間に、奥から受付主任のアデーレさんが出てきた。


「こんにちは、アデーレさん」

「おはよう、お嬢。……お手紙?」

「ええ、お婆様から預かってきました。王都宛てです」


 アデーレさんの『おはよう』は、たぶん夜当番のせいだろう。随分と眠そうだ。


 ダンジョンを抱えるシャルパンティエのギルドでは、夜も必ず誰かが受付に常駐していた。

 昨日今日は救助隊もダンジョンに入っているし、マスターもお留守なので、うちの屋敷と同じく居残り組に負担が行くのは仕方ない。


 ほんと、ご苦労様です。


「ああ、ロートラウト。そのお手紙、別扱いね」

「アデーレさん?」

「宛所のフェーレンシルト家って、男爵様なのよ。『重要! ヴェルニエの事務長直送!』って、注意書きを添えておいて頂戴」

「はい、分かりました!」


 じゃあよろしくと配達の依頼書にサインしたわたしは、もう一つの依頼を切り出した。


「お嬢、お洗濯の依頼は、孤児院を名指しでよかったよね?」

「うん。数は多いけどそれほど急ぎじゃないから、数日掛かっても大丈夫よ」

「はーい。じゃあ、シスター・イーダに直接お話しておくわね」

「ええ、お願い」


 料金は売り掛けの後払いで、月末に相殺して過不足をどちらかが支払う形式になっている。


 もっとも、『シャルパンティエの魔窟』――ダンジョンの貸与料金は月額二百ターレルという高額で、我が家が不足分を支払うことは、余程の一大事しかありえなかった。




 ……昔は時々、あったらしいけどね。


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