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第三話「街の幼なじみ達」

第三話「街の幼なじみ達」


 かららん。


「はい、いらっしゃ……おはよ、リーゼル」

「お嬢、おはよー!」


 程よくおなかがすいてきた頃、勢いよくお店に入ってきたのは『猫の足跡』亭の看板娘、幼なじみの一人リーゼルだった。


 パン屋さんは早朝の焼き仕事と夕方に行う翌日分の仕込みが忙しいけれど、昼間は時間があるから、彼女はお茶を目当てにほぼ毎日やってくる。


「今日のは新作だよー」

「へえ、上に散らしてあるのは……タマネギ?」

「うん。中にも入ってるの」


 代わりに、パン焼き竃の隅を借りてお試しで作るという朝のおやつを持ってきてくれるから、わたしも心待ちにしていた。


「……うぇ」

「どうかしたー?」


 台所に行って灰を掛けておいた炭を掘り起こし、朝淹れたカミツレにお湯を足す。


 カミツレはお安い上に、頑張れば三番ぐらいまで色のついたお茶が淹れられる。お小遣いがそう多くないわたしの、心強い味方だ。


「はい、お待たせー。……どうしたの?」


 店先に戻れば、リーゼルはすごく微妙な顔をしていた。

 無言のまま、タマネギ入りのパンを半分、そっとわたしに差し出してくる。


「……」

「……」


 こ、これは……!


「……塩加減、間違えたね?」

「……そうみたい」


 しょっぱすぎるパンをかじりながら、二人で顔を見合わせる。


 まあね、お試しなので、月に二度三度……いやもっと多いかもしれないけれど、たまにはこういう日もあった。




 リーゼルとお茶をした後は、拭き掃除に掃き掃除、前日届いた商品の仕訳と個包装をしていると大抵お昼過ぎで、見習いのレナーテがやってくる時間になる。


「こんにちは、ヘンリエッテさん!」

「はいご苦労さま、レナーテ」


 もちろん、十二歳になったばかりの見習いの子に無理はさせられないけれど、彼女にはいつも助けられている。


 うちの店だけでなく、近所のお店では何処も教会付属の孤児院から見習いさんや徒弟を取っているけれど、うちだけは特別な扱いだった。


 どうしてか、女子のまとめ役たる姉御格の女の子が、代々うちのお店の見習いをする決まりになっているそうだ。


 ……孤児院の子供達が楽しみにしている午後のおやつの手配は、うちの見習いさんの大事なお仕事だし、広場に面しているうちの店だとあちらで問題が起きてもすぐに連絡が付く上、本当に重大なことなら同時に店主――領主家の誰かも、それを知ることが出来た。


 自然にそうなっていったにしては、うまいこと考えられてるなあと思う。


 代わりに男子のまとめ役は大抵孤児院から動かず、薬草畑のお世話をしながらみんなの家を守っていた。

 その反動なのか、卒院するとそのまま冒険者になることが多いかな。噂では、畑仕事は冒険に必要な体力と根性がつくらしい。


 シャルパンティエ孤児院の出身で、伝説の大兄貴にして新辺境の英雄フランツさんの影響は、とても大きいんだろうなあ。


 もちろん、フランツさんも希にシャルパンティエへと里帰りすることがあって、その時は必ず大きな宴会になった。


「お店番、代わります」

「うん、ありがと、レナーテ」


 彼女に店を預けると、ようやくわたしはお昼にありつける。


 エプロンもそのままに、『魔晶石のかけら』亭を挟んだもう一軒隣、軽食堂『渡り鳥の羽根休め』亭へと向かえば、店の手前からもういい匂いがしていた。


「いらっしゃい、お嬢!」

「こんにちは、カーリンおばさん!」

「今日は羊の挽肉を煮たやつと、晒しタマネギだよ」


 シャルパンティエの街でお昼の定番と言えば、『渡り鳥の羽根休め』亭名物の薄巻きパンだ。


 ガレットのように薄く焼かれたパンに具材を乗せて、くるっと巻けば出来上がり。

 具は日替わりで大抵は一種類しかないけれど、たまにおばさんが気まぐれで作ってくれる果物がいっぱいの甘い薄巻きパンは、男性も含めて奪い合いになった。


 お手軽だけど美味しくて、一つならおやつ、二つならお昼に丁度いい。

 もちろん、わたしは毎日食べている。……屋敷まで食べに帰る余裕もないし、お店にも台所はあるけれど、自分で用意するとなると時間がとられ過ぎてしまうからね。


「はいおばさん、二つで四ペニヒ」

「毎度あり!」


 これが一つ二ペニヒ、銅貨二枚とお安いのは、とても助かるけれどきちんと理由があった。

 駆け出し冒険者のお財布だと、これでもぎりぎりなのだ。


 同じく商工組合の取り決めで、冒険中の主食では定番の堅焼きパンや、『魔晶石のかけら』亭のお任せ朝食と日替わりの夕食も、やはりお安くされている。


 それでも昔ほどの心配はなくなったのよと、お婆様は仰っていた。

 以前は領地に麦畑の一つもなくて、みんなが食べる食料はほとんど全部、ヴェルニエを通して余所から買っていたそうだ。


「さて……」


 食べやすいように、そして持ち歩きしやすいようにと藁紙で包まれた薄巻きパンを手に、ギルドへと向かう。


 シャルパンティエのギルドは、この近隣では下の街ヴェルニエの次に大きなギルド支部だった。

 もちろん、そこそこ名の知られたダンジョンのある街だから、逗留する冒険者も常駐するギルド員も随分多い。


「こんにちは。失礼します、『地竜の瞳』商会です」

「お疲れ、お嬢」

「やっほー、ロートラウト」


 挨拶をして中に入れば、受付のロートラウトが手を挙げてくれた。

 彼女も孤児院の出身で、わたしの幼なじみの一人だ。


「何か御用はございませんか、っと」

「今日のところは大丈夫ですわ、っと」


 お決まりのやり取りをして、ぱんっと手を合わせる。


 本当に急ぎの用事なら広場を挟んだすぐそこだし、誰かが行き来するけど、数日遅れても問題のない書類などは、ロートラウトの顔を見るついでに回収していた。


 張り出されている依頼を眺めつつ、いつもより静かなギルドの様子に小首を傾げ、すぐに理由を思い出す。


「今日はギルドも人が少ないんだっけ?」

「マスターはヴェルニエで会議だし、救助隊は魔導具の点検でダンジョンに入ってるからね。大旦那様とマリウスくんも同行してるでしょ」

「うん。荷運びの依頼だよ」

「みんなお留守だね」

「わたし達がしっかり留守を守らないとね」


 じゃあ午後も頑張ってとお互いに励まし合い、ギルドを後にする。


 仕事が終わった後、彼女達と示し合わせてお茶会をすることもあるけれど、ヴィリ――ヴィルヘルミーナがお留守なので、しばらく先になるかな。


 パン屋のリーゼルにギルドのロートラウト、そして、護衛仕事の最中で今は街にいない冒険者ヴィルヘルミーナ。

 幼い頃から四人で一組の、大事な幼なじみ兼親友同士だった。


 一人欠けると、どことなく張り合いがないんだよね……。


「……よし!」


 ともかく、薄巻きパンを食べて今日の午後も頑張ろう。


 夕方までに片付けてしまいたいお仕事は、まだまだあった。


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