おまけのお話「降誕祭の広場にて(下)」
おまけのお話「降誕祭の広場にて(下)」
「ワインはこっちでーす!」
「おう、ありがとよ!」
「お嬢、エールのジョッキ、まだあった? 洗うの間に合わない!」
「あるとすれば……えっと、うちの屋敷! ゲルトルーデに聞いてみて!」
「わかった、ゲルトルーデさんね!」
シャルパンティエの街の広場で行われる聖神降誕祭は、夜の大人たちのお祭りこそが、本番だった。
わたしは『領主の慈心』として無料で料理やお酒を振舞う屋台の差配を任されていたけれど、ヴィリ、ロートラウト、お店を閉めたリーゼルに加え、何故か街娘姿のマリーまで、お手伝いしてくれている。
「アルールでも、王城前の振る舞い屋台は城勤めの若手が仕切るのよ。うふふ、遠く離れたこの地に嫁がれた大奥様が、その伝統を伝えて下さったのだもの。喜んでお手伝いさせていただくわ!」
その気持ちも嬉しいけれど、何より人手が増えることがありがたい。
「リーゼル! 煮込み料理は乾杯の後でいいから!」
「ほーい! じゃ、先に冷菜取ってくるね!」
「ヴィリはエール樽の追加をお願い!」
「分かったわ!」
マリーはうちの領内じゃそこそこ顔も知られてるはずなんだけど、慣れているのか給仕の手際も良く、お姫様だと気づかない人の方が多いくらいわたし達に溶け込んでいた。
「お嬢、洗ったジョッキはどこに置けばいい?」
「壁のところの木箱に置いて!」
王子様が荷運びをしてくれてる時点で、どっちもどっちなんだけどね。
「今年も無事にこの降誕祭の日を迎えられたこと、重畳である。これも皆のお陰、そのことにも感謝したい」
夕方、日が暮れて篝火に火が灯されると、いよいよ大人の為のお祭りが始まる。
エールにワインにレモンやベリーのジュース、満たされた杯の中身はそれぞれだけど、領主であるお父様のご挨拶を、みんなが待っていた。
給仕も一旦休憩で、わたしもハルくんと並んで舞台上のお父様を見入る。
まずは聖神への感謝を口にして、この一年の出来事を振り返るのがお決まりで――。
「これは今朝の話になるが……我が娘ヘンリエッテの嫁ぎ先が、エルレバッハ家に決まった。相手は『冒険者ハル』としてレーヴェンガルト領にて遊学中のエーベルハルト・フォン・エルレバッハである」
「!?」
いきなり、例年の流れがすっ飛ばされた。
ハルくんと、思わず顔を見合わせる。
居並ぶ皆が、テーブル代わりの木箱を叩き、足を踏み鳴らす音が広場に響き渡り、収拾がつかなくなった。
「……」
「……」
余計なことまで言わなくていいのに、と思ってしまうものの、領主家の慶事を領主であるお父様が聖神降誕祭の挨拶で発表するのは、とても正しいことだ。
……正しいけれど、出来ればわたしのいない時に、こっそりと発表して貰いたかった。
「しかしだ、慶事には違いないが、いざ決まったとなれば、心配事も山のように増えた。……嫁ぎ先でもいつものように振る舞いやしないか、婿殿を尻に敷くのは構わないがそれで夫婦の間は上手くいくのか、商いと混同して嫁ぎ先の領地経営に口を出しすぎやしないか……ふむ、これが娘を送り出す父親の気持ち、というものかもしれぬな」
ちらっとわたしやハルくんを見たお父様の目は、とても楽しそうだった。
わたし……というよりも、ハルくんに聞かせる為に、わざとやってるんだろう。
「……」
領主の言葉を遮る不敬は、国法で重罪とされている。
ぐっとこぶしを握り締め、我慢に我慢を重ねたわたしだった。
お父様の挨拶は、いつもの如く短かったけれど、わたしはものすごく疲れてしまった。
……明日はお婆様やお母様に頼み込み、食料の在庫が足りないとか何とか理由をつけて、ニンジン尽くしの朝食を用意しようと思う。
隣に立っているハルくんは苦笑気味でわたしを見て、ちょこんと肩をあわせてくれた。
恥ずかしいから言わないけれど、ハルくんのそういうところ、好きだなあ……。
「皆、杯を掲げよ! 聖神のご加護を!」
「聖神のご加護を!!」
最初の乾杯は、聖なる神様に捧げられる。
広場の全員が声を合わせ、酒杯を掲げて一気に飲み干した。
「うむ! では皆、大いに飲み、大いに歌い、大いに踊れ!」
「おおー!」
「さあささあさ、酒はあるや肴はあるや?」
もちろんのこと、お父様が無礼講を宣言されると、広場は『魔晶石のかけら』亭の一階酒場をもっと賑やかにしたような喧騒に包まれた。
「年に一度の聖なる祭りと!」
「酒がたらふく飲める最高の一日と!」
「先週狩ったベアルの大物と!」
「鹿肉入りの薄巻きパンと!」
「折れちまった俺の愛しい愛しいオンボロ槍と!」
乾杯の掛け言葉は、ぐだぐだになることが多かった。
ふざけた言葉でも目立ったもの勝ち、笑わせたもの勝ちでこれぞお祭りの醍醐味、お陰で賭け事勝負が始まるどころか大喧嘩になることもあり、極まれに、新しい夫婦が出来ることまであるらしい。
「お嬢の婚約と!」
「照れくさそうに手をつないでいたエーベルハルトくんの幸運と!」
「領地全部を巻き込んだ試練の成功と!」
「二人暮らしで上がったっていうお嬢の料理の腕と!」
「この愛おしい十グロッシェンのガルムと!」
幼なじみ達の掛け言葉は、特に許しがたい。
やめてと言って止まるものじゃないし、誰かの婚約と聞けばわたしも同じように掛け言葉でふざけると思うので、ここはすまし顔でやりすごしておくことにする。
もう! あんた達の時は覚えてなさいよ!
「みんなまとめて、乾杯だ!!」
「乾杯!」
「ハルくん!」
「うん、乾杯!」
魔法の氷を浮かべたレモンのジュースを、ハルくんのそれとあわせる。
あー、つめたい! おいしい!
「ほら、本番よ!」
「魔法使いの二人! 大鍋、取ってきて!」
「うん! ヴィリ!」
「はーい!」
「さあ、もうひと頑張りね!」
「おー!」
大半の人が酔っ払うまで料理やお酒が途切れないようにするのが、わたし達のお仕事だ。
ハルくんもお手伝いを申し出てくれたけど、申し出がなくてもわたしはハルくんを給仕にひっぱり込んでいただろう。
今日は年に一度の降誕祭、大いに盛り上がる酔っ払いの群れに、『降誕祭を祝うのにこれ以上はない、特上のお酒の肴』を差し出すなんてこと、恐くて出来やしなかった。
仕事が滞るとお酒や料理が止まってしまう給仕仕事は、身を守る盾にもなるのだ。
……たぶん。
「ヘンリエッテ、あなた達もそろそろ上がりなさい」
お祭りも中盤になった頃、お母様が振る舞い屋台にいらっしゃった。
お母様は料理の差配だけでなく、実際の調理にもお忙しかったはずで、まだまだ敵わないなあと、心の片隅でため息をつく。
「はーい、みんなお疲れ様! ありがとね!」
「なんのなんの!」
「さ、お嬢、さっさと片付けちゃお!」
「後は手酌でよろしくです、っと!」
大鍋の前にお皿を積み上げ、焼き物や乾き物は小皿に取り分けて並べておく。
後は時々、品切れがないか見回ればいい。
「というわけで!」
「今年も無事に乗り切ったよ!」
「ふふ、お疲れ様! 楽しかったわ!」
「それで、ねえ……お嬢」
「な、なに!?」
にやにやとした顔を隠そうともせず、幼なじみ達がわたしの腕を取った。
わたしを助けようとしたハルくんも、いつの間にか現れたマリウスに肩を押さえつけられている。
「本日の主賓のお二人さんには、特等席を用意してあるわ!」
「い、いらないって!」
「領主様、先代様!」
「ああ、もうそんな時間か。約束どおり、席は確保しておいたぞ」
「ありがとうございます!」
わたしとハルくんは、舞台のまん前という一番いい席に座らされ、あっと言う間に『降誕祭を祝うのにこれ以上はない、特上のお酒の肴』にされてしまった。
っていうか、お父様はともかく、お爺様まで何を……。
お父様とお爺様がお婆様お母様のいらした隣のテーブルへと動かれると、マリーとマリウスがわたしとハルくんをがっちりと席に押さえ込んだ。
「マリウス、放してくれ!」
「いやあ、流石にここでハルを逃がしたら、俺はこの領地で生きて行けなくなるって!」
その間に、ヴィリがエールのジョッキを取りに行き、リーゼルが焼き菓子を、ロートラウトが煮込みを運んでくる。
見事なまでの連携に、野次馬冒険者達が歓声を上げていた。
「なあ、ハルってさ、姉さんの何処に惚れたんだ?」
「ここで言えるわけないだろう!」
「じゃあ、お嬢の方は?」
「い、言わないよ!」
「あらまあ、答え方まで一緒! 仲良しさんねえ」
「ちょ、お婆様!?」
今年の降誕祭は、ここ数年でも最高の盛り上がりを見せ、レーヴェンガルト家も大いに面目を施していた。
けれどそれは、娘を酔っ払い達への捧げ物にしてまですることじゃ、ないと思う。
周囲のにやにや顔も相まって、なんだかとてもくやしいので、わたしは反撃に出ることにした。
「そう言えばさあ、マリウス」
「なんだい、姉さん?」
「ふふ……」
意味深に言葉を切り、ヴィリ、ロートラウト、リーゼル、マリーと、順に顔を見てから、再びマリウスに目を向ける。
「あなたの方こそ、婚約の話とか、出てないの?」
「え、別に聞いてないけど?」
「ふうん、そうなんだ」
鈍感なのは本人ばかりなり、ってね。
もちろん、周囲の幼なじみ達には緊張が走り、マリウスだけには見えない、牽制のこもった視線が忙しく交わされた。
多少、警戒がゆるくなったところで、ハルくんの手を取る。
「ハルくん、踊ろう!」
「あ、ああ、うん!」
ふっふっふ、ハルくんは正式な婚約者なんだから、真っ正面から誘ったところで、誰に憚ることはないのだ!
ついでにもう一つ、特大の爆発魔法をどかんと落としていくことにする。
……ほんとにもう、今日はさんざんにからかってくれたものね。
「マリウス、せっかくの降誕祭だし、あなたも誰かを誘ったら?」
「え!?」
「ちょ、お嬢!?」
俄然、騒がしくなったテーブルを背に、広場の中心へと歩く。
もちろん、誰か一人の背を押したりするのは、淑女協定の調停役として失格だと思う。
でも、公平な機会を作るのは、いいんじゃないかなあ?
「……マリウス達は放っておいていいの?」
「うちの弟も、もうちょっと冒険以外に目を向けていいと思わない?」
「まあ、少しはね。……よし、踊ろう、お嬢!」
「はあい!」
とびっきりの笑顔でハルくんの腕にしがみつき、篝火で照らされた踊りの輪へと飛び込んでいったわたしだった。




