おまけのお話「降誕祭の広場にて(上)」
おまけのお話「降誕祭の広場にて(上)」
シャルパンティエの聖神降誕祭は、昼と夜に分けられていて、昼間は子供達の為のお祭りとされていた。
その昔、魔族襲来なんていう大騒ぎの直後にお祭りを強行した名残だそうで、夕方早めに返される。
お爺様は広場に張られた天幕で全体の指揮、お父様は特別に相場の倍額で集められた冒険者を率いて、鳴子罠の点検を兼ねた見回りでやはり忙しい。最近は、マリウスも見回り組に加わっていた。
っていうか、本当に大変なのだ。
みんなが楽しみにしている聖槍をかたどった粉砂糖たっぷりの焼き菓子を、ルラックやフロワサールの分まで焼かなきゃいけない『猫の足跡』亭は数日前から仕込みと焼きに入ってもまだ忙しいし、『魔晶石のかけら』亭と『小鳥の羽根休め』亭はお祭り中の飲食を全て引き受けるから、お婆様やお母様を筆頭に、ゲルトルーデら領主家の女性陣全員総出で応援に向かう。
わたしも半人前の試練を終える前は料理のお手伝い、終えてからは広場でジュースやお菓子を振る舞う係として頑張っていた。
「ハルくんはシャルパンティエの降誕祭、二回目だよね? 去年は確か……」
「大旦那様の傍らに控えて、伝令係をしてたよ。こちらに来たばかりだったし、場所と人の顔を憶えるのに丁度いいからって」
「ふふ、お疲れ様でした」
「今日はお嬢のお手伝い、かな。マリーにも言われたし」
「うん、お願いね!」
今年は色々あって出遅れちゃったので、さてどうしようか、なんて……悩む必要はないし、そんな暇も、たぶんない。
ハルくんと二人で頷き合って屋敷の門を出ると、ヴィリ達が待ち構えていた。
「お嬢!」
「エーベルハルトさん!」
「おっそーい!」
屋敷の門前には、木箱を並べた屋台があってジュースや祭り菓子が並べられ、大勢の子供達が集まっている。
聖神降誕祭では、領主や代官や村長が聖神に食べ物飲み物を捧げ、民への振る舞い物にするのがお決まりだ。
レーヴェンガルト家の場合なら、ひと月ほどかけて必要な品々を集め、お祭りに間に合うよう商工組合やギルドに依頼して人手を都合し、当日は足りないところを埋めるために走り回るのが常だった。
これも領主家の背負う義務であり、同時に権利に他ならず、お陰でこれだけ沢山の笑顔が見られるのだなんて、お爺様お婆様は笑ってらっしゃる。
誰も住んでいなかったこの土地が、活気溢れる大きな領地となるまで五十年。
そのお気持ちは察するしかないけれど、お爺様もお婆様も、どこか優しく、それでいて誇らしげなお顔だった。
「今日のこの良き日、聖なる神、現世に生まれ来た日、この者が父祖より受け継ぎし命、また、紡ぎゆく命を言祝ぎ――」
屋敷の斜め向かい、うちの店の前あたりでは、神官のアントンさんやシスター・イーダが聖杖を掲げていて、こちらにも言祝ぎを授けて貰う人の列が出来ている。
去年より人が増えてるし、こればかりはしょうがない。
「そりゃあオーク鬼は大きい。大きくて強い。だけどよ、こっちだって討伐隊を名乗ってんだから、退くわけにゃいかねえ」
「準備もきっちり整えてるしな!」
「どんな準備をするの?」
「おう、まずはギルドで依頼を受ける時の確認、これが一番だ。大抵は受付で相手の数と特別な注意ぐらいは教えてくれる」
「次に、装備や消耗品を揃えて現地に向かうが、依頼人に会ってから、もう一度話を聞かなきゃならねえ」
「……依頼を出した時は一匹だったのに、後から群れも現れたなんてことは、ありすぎるほどあるからな」
「うわ、こわーい!」
その他、どうしても警戒が手薄になってしまう夜のお祭りの為、夜警組に名乗りを上げてくれた冒険者パーティーや、今日はお仕事にならない『兎の後ろ足』貸し馬車商会のアルヌルフさん達が、子供相手にあれやこれやと現役時代の冒険譚を語っている。
護衛も兼ねているのでお酒は入っておらず、引退冒険者達も腰に剣を差していたり、手元に槍を置いていた。
時折、子供達を楽しませるついでに鋭い視線を送りあい、舞台の上で息の合った殺陣が繰り広げられることもあって、祭りを盛り上げてくれる彼らなのである。
……それらはともかく。
「こらー! 順に並びなさい!」
「はい、どうぞ!」
「ありがとー、ヴィリおねえちゃん!」
屋敷前の屋台は、特に込み合っていた。
今日は本当に特別なお祭りで、小さな子達も多い上に領主家の振る舞いものは全て無料だ。行儀良く並ぶなんてこと、大人にだって出来るはずがない。
露店の店先に特売のお品を見つけた奥さん方のごとく、わあわあと賑やかにお菓子や飲み物をねだる声が響き渡っている。
屋台を仕切っているのは幼なじみ達だけど、去年はその手配もお母様の助けを借りつつ差配したわたしだった。
今年も同じく、臨時ながらギルドを通して名指しの依頼を出し、レーヴェンガルト家家人としてきちんと契約を結んでいるはずだ。
本来なら、わたしのお仕事なんだろうとは思うけど、今年は試練があったからね。
「こら、クラーラ、オトマール! ちゃんと小さい子の分も持ってってあげなさい!」
「はーい!」
「お嬢、こっち!」
「はやく手伝って!!」
「はーい!」
屋台裏の手桶ですばやく手を洗い、ロートラウトから投げ渡された手ぬぐいで髪をまとめる。
「ハルくんも!」
「うん!」
手を洗ったハルくんにも少しかがんでもらい、同じく手ぬぐいを頭に巻きつけた。
顔が近づいて、照れくさいかって?
そんな気分を楽しんでる暇なんか、あるわけない!
「ヴィリ、お待たせ!」
「お嬢、そろそろジュース樽がなくなりそうなの! 私が取ってくるから!」
「はーい! えっと……ハルくんは、そっちの煮込みと鳥肉を取り分けるお仕事ね!」
「了解!」
「ヘンリエッテお嬢様!」
「はい、ごめんごめん。こぼさないようにね!」
「うん!」
ヴィリと入れ替わって蜂蜜とレモンとベリーを混ぜた特製ジュースの前に陣取り、空のコップを差し出してくる子供達に、次々とジュースを注いでいく。
お金の受け渡しがないからこれで済んでるけれど、夜になるとギルド前に出される有志の屋台のように有料だったとすれば、倍の人数が応対しても間に合わないだろう。
もちろん、屋台は有料の代わりに遠方から取り寄せた魚介の干物や銘入りのワイン、珍味の塩漬けなど、ちょっと上等であったら嬉しいお品が盛りだくさんで、そちらは大人たちが人だかりを作った。
ふふふ、一部は『行商人ヘンリエッテ』から仕入れて貰っていたりして。
お買い上げ、ありがとうございます!
「ハルさん、そっちの鳥の煮込み頂戴!」
「はい、まだ熱いから気をつけて!」
「ありがとー!」
ハルくんは、祭り菓子の他、数種のお菓子や料理の取り分けを一人で引き受けていたロートラウトの補助だ。
慣れないながら……って言っても、この勢いなら慣れざるを得ないだろうね。頑張って、ハルくん!
「ほーい、追加のたまねぎパンと薄巻きパン、お待ち!」
「リーゼル、こっち!」
「あ、お嬢! やっと来たんだ!」
リーゼルはもちろんお店が忙しく、追加の焼き菓子やパンを届けるのに走り回っている。
パンの入った籠をよいしょと置いたリーゼルが、腰に手をあててわたしに向き直った。
「ね、お嬢」
「なーに、リーゼル? あ、こら! 走っちゃ駄目!」
「試練、どうだったの?」
「合格よ! それどころじゃなくなっちゃったけどね!」
「あ、ちゃんと婚約出来たんだ!」
「ちょ!?」
「心配してたんだよ。お嬢って、時々変なところで頑固になるし!」
今日は忙しくも楽しみな聖神降誕祭。
わたし達をからかって遊んでる暇なんて、なかった。
「婚約!?」
「誰が?」
「ヘンリエッテお嬢様とエーベルハルトさんが婚約だって!」
……その、はず。
なのに。
「おめでと、お嬢、エーベルハルトさん!」
「ねー、こんやくって、なあに?」
「どうしたどうした?」
「お嬢とハル坊が婚約だとよ!」
「おう、やっぱりハルがお相手か! そいつはめでてえ!」
その噂は一瞬で広場中に広まってしまい、わたしとハルくんは、とんでもなく恥ずかしい思いをさせられてしまった。
噂のお陰で、普段なら夜まで広場に出てこない大人達まで集まってしまい、お祝いの言葉、もとい、からかいの言葉を掛けられつつ給仕をするという、収拾がつかない状態が続いた広場である。
だ、か、ら!
こんな時だけわたしに並ぶ列が長くならなくていい!!
「せー、えー、の! おめでとうございます、ヘンリエッテお嬢様!」
「えっと、ありがとう」
「エーベルハルト、肉をくれ。ついでに幸せの大盛りで頼まあ!」
「あ、はい……」
ああ、もう。
どうせ、夜になってもこの調子なんだろうなあ……。
広場の端っこ、用意された天幕でお祭りの指揮を執られていたお爺様まで、わざわざジュースを飲みに来られたぐらいである。
「……」
流石に人の波が割れて、その一瞬だけ、広場が静まり返った。
「ヘンリエッテ、エーベルハルト」
「はい、お爺様」
「はい、大旦那様」
普段の倍増しで、恐いお顔が更に恐くなっていた。
超一流の冒険者にして元領主のお爺様でも緊張することがあるのかなあと、目をそらさずにしっかりとそのお顔を見据える。
そのお爺様は、しばらく無言でわたしとハルくんを交互に見比べた。
その沈黙が、少し重くなってきた頃。
「……二人とも、今日でなくてもいいから、『孤月』とパウリーネ殿にもきちんと報告しておくようにな」
「は、はい!」
我がレーヴェンガルト家の初代はもちろんユリウスお爺様だけど、『孤月』ことアロイジウス様と『夜風』のパウリーネ様は、その先代に数えられるお二方である。
血は繋がっていないと聞いている。でも、ジネットお婆様がパウリーネ様のことをお義母さんと呼んでいたのは、その優しいしわくちゃの笑顔と一組で、かすかに覚えていた。
「それから、おめでとうだ」
お爺様はそれだけを口にすると、注がれたジュースを持ってのっしのっしと天幕へ戻られた。
「……お嬢」
「……うん」
掛けられた言葉はそれだけで、ご先祖様にも婚約の報告をしなさいという、至って普通の内容だ。
考え込むことなんて、ないんだけど。
お爺様にとっては、とても大事なことだったのかなと、その後姿を見送る。
「今日中に行こうか」
「うん、ありがと」
わたしの気持ちをすぐに察してくれたハルくんに感謝しつつ、振る舞いものの給仕を再開する。
「さあ、次の人は! まだまだ煮込みもジュースもあるわ!」
「鹿肉入りの薄巻きパンは残り三つだよ!」
夕暮れまでには、まだ少し間がある。
お二人のお墓は、村はずれにあるオークの大樹、村を見下ろすその根元にあった。
▽▽▽
夕方近くになって子供達が広場から帰され、夜の準備が始まる直前の一瞬を見計らう。
わたしとハルくんは、ヴィリ達に頼み込んでお墓参りを済ませることが出来ていた。
年に一度か二度、何かの節目にお参りするけれど、家族以外の誰かと行くのは初めてだなあと、ハルくんの横顔を見る。
「『弧月』様のお話なら、僕もお爺様から聴いたことがあるよ。現役の頃は当代最高の弓使いにして、王国を影から支えるほどの知恵者だった、って。もちろん、その奥方様、『夜風』のパウリーネ様のこともね」
「……そうなんだ」
ハルくんは気軽にお爺様と口にしているけれど、当然ながらそのお方は我らが国王陛下のことであって、わたしの未来の義祖父様でもあられた。
でも、我が家のご先祖様の事が王家で伝わっているなんて、少し不思議だ。
そりゃあ、うちのお爺様も半ば伝説のお人であるけれど……いや、まあ、今更かな。
「ねえ、ハルくん」
「なんだい?」
「ハルくんのご実家へご挨拶に行くのは、もう少し待ってね。せめて、お作法のおさらいが済んでからじゃないと、ハルくんに恥を掻かせてしまうんじゃないかって、心配なの」
「気にしなくていいと思うけどね。お嬢なら大丈夫だよ」
「そうかなあ……」
……数日後、政務の骨休めついでにレーヴェンガルトへ遊びに来られた摂政王太子夫妻にしてハルくんのご両親、ジギスヴァルト殿下とコンスタンツェ殿下に、大慌てしたわたしである。




