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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第二十九話「姉と弟」

第二十九話「姉と弟」


「姉さん、久しぶり!」

「え、マリウス!?」


 期限まで残り三日。


 ヴェルニエへと長期依頼に出ていたマリウス(うちの弟)が、最後の仕入れに便乗して戻ってきた。


 でも、肝心のハルくんが、乗っていない。


「……ハルくんはどうしたの!?」

「ここが勝負どころだから代わりに姉さんを頼むって、今日と明日の二日、四グロッシェンで雇われたんだよ」


 マリウスが預かってきた手紙によると、エーデルガルトさんにも無事に会うことができたし、代官屋敷の料理長や、西通りの『銀杯の足』亭も買ってくれたので、合計三本のガルムが売れたらしい。


 また、ちょっといい話が耳に飛び込んできたので、もう少し頑張ってみると書かれていた。


『また勝手して、ごめん。期限には必ず戻るから、心配しないで』


 ……本当にわたしの試練のこと、気に掛けてくれてたものね。


 護衛というか、下働きも確保してくれたようだし、本気で期待してるよ、ハルくん。


「マリウス、手伝って。【魔力よ集え、浮力と為せ】」

「はいよ。【魔力よ集え、浮力と為せ】」


 二人で荷運びをさっさと終わらせ、お昼にしましょうと食堂に座らせる。


 今日のお昼はチーズを炙ってとろかせたパンと、炒めタマネギで甘みをつけた小早鱒の焼き干しのスープだった。


「さあ、召し上がれ!」

「いただきまーす!」


 このひと月の成果は、ハルくんにこそ味わって貰いたかったんだけど、希望をつなごうと頑張ってくれてるだろう彼のこと、そして、早速美味しそうにスープを味わうマリウスを見ていると、わたしの気持ちよりも、わたしの事を心配してくれる誰かの気持ちを優先するのが正解に思えた。


「ほら、スープのお代わり」

「ありがと」


 うちの弟は、体の大きさ通りによく食べる。


 明日、シャルパンティエに向かうとしばらくはこの貸家にも戻れないので、明日のお昼の軽食で使い切れなかった食材は、お隣のコリンナさんにお譲りするつもりだったけど、全部なくなるかなあ。

 試練の期限と相談しながら買っていたから、もうそんなに残ってないけどね。


「あのさ、姉さん。……料理、上手くなった?」

「ふふ、さあ、どうかしらね」

「大昔は包丁があるから台所に行くのも嫌って、そりゃもう――」

「マリウス、余計なことは言わない」

「うぐっ!」


 小早鱒のスープには、もちろんガルムを使っていた。


 スープの下味に使うのか、具材と一緒に入れて煮込む方がいいのか、食べる直前の香り付けにするのか……。


 見かけこそ、こちらに来た頃とほぼ変わらないけれど、これも努力の結晶だ。

 ハルくんにも、飽きるほど味見をお願いしている。


 そのお陰で、試練後半にお買い上げいただいたガルムには、どうにかレシピを間に合わせることができていた。


「ね、マリウス。あなたのお仕事はどうだったの?」

「それがさあ……ああ、代官屋敷改装の依頼はもちろん無事に終えられたけど、改装の理由がマリーの到着に合わせて、ってところがね」

「……ああ、そういうことね」


 なるほど、隣国の王女様のご逗留は、ヴェルニエのような地方都市にとって十分な箔付けであると同時に、公邸の修繕や新築の理由になるわけだ。


 けれどマリーを良く知っているわたし達は、お姫様もご苦労様だなあという気分だった。


 たぶん、いつものように竜で飛んでくるんだとは思うけど、正式な訪問では素通りも出来ない。


 で、逗留するってことは、歓迎の宴ぐらいはあるわけで、気の抜けない公務になってしまうはずなのだ。 


 わたしが呼び戻されないってことは、舞踏会や夜会までは行われていないと思うけどね。


「姉さんの試練はどう? たまに噂になってたけど、変な汁売ってるんだって?」

「変じゃないよ! ……あなたも飲んだでしょ、そのスープ」

「え、これに!? いや、確かに美味しかったけどさ……」


 驚くマリウスに、ガルムの味見を押し付ける。


 ……マリウスは、アンネッテと同じような顔をした。


「うーん……」

「ハルくんが言うにはね、ガルムは奢侈品の部類になるんだって。マリウスも風味を覚えておいて損はないよ。もしかしたら、レーヴェンガルト領の特産品になる可能性もあるし……」

「え、そんなにすごいの!?」

「ふふ、ハルくんのご実家を訪問すれば、食道楽のお爺様やお父上が喜んで指南してくれるらしいわ」

「いやいや、ハルのお爺様やお父上って……。俺、王都はあんまり行きたくないなあ」


 マリウスは、心底ご勘弁という表情で天を仰いだ。


 去年王都へ連れて行かれた時、わたしは珍しいお茶やお菓子に囲まれてそれなりに楽しんでいたけど、マリウスはあまりの堅苦しさに、どうにかして逗留させて貰ったお屋敷から出ないで済むよう頑張ってたものね。


 マリウスには貴族院と王国に嫡子称号を認めて貰うというお仕事があり、行事や挨拶回りに引っ張りまわされていたから、まあ、仕方がないんだけど……。




『お嬢にも、一度来て欲しいな』

『あ、うん。……そのうち、本当にお伺いしないと駄目よね』

『絶対だよ! 父上や母上も、喜んでくれると思う!』




 わたしももちろん、ハルくんから遊びにおいでと誘われていた。


 ……ま、まあ、そのうちにね。


 今すぐは、色んな意味で敷居が高すぎる。


「でもさ」

「なーに、マリウス?」

「本当に近々、王都まで行くことになりそうだよね」


 さっきの態度はどこへやら、わたしとガルムを見比べてにやにやとするマリウスが、やたらと小憎らしかった。

 


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