第二十六話「二度目の市」
第二十六話「二度目の市」
その翌日早朝の暗い中、わたしはもう一度ギルドに赴いて、新たな依頼を出した。
「確かに。ご依頼承りました」
「では、よろしくお願いします」
受付でロートラウトとお互いに一礼してくすりと笑みを交わし、荷物を預ける。
注文品以外の本、その全てだ。
・読み本入荷しました。
ギルド受付にて、絵入りの読み本を販売中。
文字の勉強の初手に最適です。
『シャルパンティエの物語』 ※絵師シュテファンによる新装版
皆が知るここシャルパンティエが舞台の物語。三冊入荷。
『公爵令嬢の使い魔』
とある公爵令嬢とその使い魔が織り成す、愛と勇気と感動の冒険物語。二冊入荷。
『コンタミーヌの物語』
あの大英雄フランツとリシャール王の若き日の物語。二冊入荷。
依頼者 行商人 ヘンリエッテ
担当者 ギルド受付 ロートラウト
ロートラウトにも早起きして貰ったけれど、『シャルパンティエでは貴重なギルドへの依頼、逃すはずないでしょ!』とのことだった。
ありがと、親友!
依頼を取ってきたロートラウトの評価も上がるらしいので、わたしは彼女としっかり握手した。
ふっふっふ、『これ正に正道なり』ってね!
「それにしてもお嬢、考えたわね」
「まあね。買い手じゃないけど、借り手を探してもらう『依頼』なら、普通にあるなあって」
「なるほど。ふふ、大奥様の孫弟子は伊達じゃないって?」
「だといいんだけどね、本当のところはまだまだよ」
ギルドの依頼を張り出す掲示板には、薬草採取の護衛やヴェルニエの街仕事と並んで、貸家の借り手募集の依頼書が張られていた。
わたしはシャルパンティエの街で毎日露天を出せるわけじゃないから、手数料が掛かってもこの方が売れるはずだ。
ギルドの受付が開いている時間が、そのまま営業時間になるからね。
ついでに、ダンジョンへと入る冒険者達は数日続けて潜るのが普通で、出入りの際にはギルドで申告しなきゃいけない。わたしの依頼は、自然と目に触れるわけだ。
「じゃあ、ルラックに戻るわ。えっと、次はフロワサールに向かうから、シャルパンティエに来るのは明々後日かな」
「はいはーい、気をつけてね。エーベルハルトさんにもよろしくー」
「ありがとー」
ふゅあー!
とりあえず、手ぶらでルラックに戻れる幸せを味わいつつ、わたしはギルドを後にした。
「はいよ、到着だ!」
「ありがとうございます、アルヌルフさん! 行くよ、キューレ!」
ふゅあ!
お昼過ぎにルラックに到着すると、急いで『我が家』に駆け出す。
同じ早朝のルラック行きでも、シャルパンティエ発とヴェルニエ発じゃ、ヴェルニエ発の方が距離が長い分、少し到着が遅れるのだ。
その時間を使えば、ハルくんが戻る前に、お昼の用意が……あ、食材はあるけどパンがないや。
「キューレごめん、パン屋さんに行かなきゃ!」
ふぃ!
急遽回れ右して、パン屋『ベアルの足跡』亭へと足を向ける。
「ハンナさん、こんにちは!」
「あら、いらっしゃいませ、ヘンリエッテ様!」
女将のハンナさんが出てきてくれたので、午後の市に出すパンから、大振りのを二つ、分けて貰う。
今日の夕食と明日の朝食、それからお昼の軽食に丁度いいかな。
ハルくん、結構食べるからね。
朝焼いて売れ残った分だけど、値引きして出すからその値段でいいわよと、ハンナさんはお代をおまけしてくれた。
お礼を言って今度こそ我が家に戻り、窓を全部開けてから手桶を持って井戸場へと走る。
「【魔力よ集え、浮力と為せ】!」
お掃除の分まで含めてそれが二往復、続けて竈の消し炭を掘り起こし、新しい薪を足した。
「【小さき火よ、集え】! 【火よ、導きのままに踊れ】!」
一気に火力を上げたいなら、更に風の呪文をつけ足すけれど、そこまではしなくていい。
……お湯だけ出来ても、他の用意が間に合わないからね。
いつもならお昼を食べ終えているかなという時間になって、仕入れた荷物を満載したザムエルさんの馬車が、ハルくんを乗せて戻ってきた。
「【魔力よ集え、浮力と為せ】! ハルくん、小物の木箱は全部、わたしの部屋の前に積み上げて貰っていいから!」
「うん、分かった!」
それら商品を運び入れ、台所にとって返す。
お昼はどうにかこうにか、ハルくんの戻りに間に合わせることが出来ていた。
「いただきます!」
「はいどうぞ、召し上がれ!」
ハルくんの目の前には、チーズをのせて炙ったパンと、腸詰の薄切りと根菜の炒め物、ガルムで味付けした豆のスープが並んでいた。
夜はもうちょっと頑張ろうと思う。
ザムエルさんも誘ったんだけどね、『馬にもハルにも蹴られたくねえから、また今度』だって。
……これはこれで、とても、すごく、たくさん、難しい問題だった。
「お嬢、シャルパンティエはどうだったの?」
「ルーファスさんがまとめ買いしてくれたから、お店は出さなかったの。本はロートラウト預かりで、ギルドの受付が窓口になってるわ」
「なるほどね」
「ハルくんもお疲れ様。ふふ、明日のフロワサール行きが今から楽しみよ」
ハルくんは、今回の仕入れも上手くやってくれた。
どうしてだか不思議なぐらいに、ヴェルニエの商人さん達が良くしてくれたらしい。
『そりゃ、ヘンリエッテお嬢様……じゃねえや、行商人のヘンリエッテさんは、ひと月しか商売しないかもしれんがな』
『これまで売れなかった品が売れる糸口になりそうなのに、黙って見てるのはもったいないだろ?』
『見習いのハルにゃ分からんかもだが、確実に、品物の流れが変わる波が来てるんだ』
『大奥様から試されてんのは、ヘンリエッテお嬢様だけじゃねえってことさ!』
『俺達もここのところの品の流れにゃ、思うところがあってな』
『母ちゃんからも尻叩かれたしよ!』
『ああ、お前の嫁さんは大奥様の直弟子だったな!』
『そういうこった!』
わたしが試練に挑むことになった原因は、確かにジネットお婆様だ。
でも、それは深読みのしすぎなんじゃないかなあと思う。
こんなのはどうだいと、お勧め商品の一覧まで預かってきたハルくんだった。
「追加の商品は今夜じっくり考えてみるけど、ヴェルニエも少しづつ、都会になっていっているのかもね。シャルパンティエの開拓が始まった頃は、本屋さんもなかったそうだし……」
「ああ、読む人がいないと、商売にならないよね」
「うん。……あ、そうだ、ハルくん」
「なんだい?」
「お昼を食べたら、洗濯物出しておいてね」
「……あ、うん」
今更照れなくてもいいのになあと思いつつも、少しだけ困った様子のハルくんを見るのも、楽しくはある。……口にはしないけどね。
さて。
午後の市に出す品物を考えながら洗濯物を片付けて、仕入れた香辛料を小袋に分けてと忙しくしていれば、市には丁度いい時間になるだろう。
「あらまあ! 早速手に入れてくださったんですか!?」
「はい、運良く在庫を押さえられたんです!」
「嬉しいわ! そっちのワインも一緒に貰いますね!」
「ありがとうございます!」
先日奥さん方から聞き取った商品のうち、ヴェルニエで在庫が見つかったお品は優先して仕入れて欲しいと、ハルくんにはお願いしてあった。
例えば、王都に近い中部産の干し葡萄だとか、お花の種だとか、少し難しい読み本だとか。
軽くて日持ちがして、それほど高価でないものなら、ヴェルニエぐらい大きな街であれば商人も多く、誰かが在庫を持っている可能性は高かった。
シャルパンティエが――『地竜の瞳』商会がそこまで大きくなるのは、一体いつになるやらだけどね。
「お嬢、そろそろ追加のワイン取ってこようか?」
「うん、お願い!」
先日ほどの売れ行きは無理だろうなあと思いつつも、ワインはもう二箱が空になっていた。
評判が良かったマサーラの小袋も、残りは少ない。
やっぱり、気軽に買いやすい一袋三ペニヒの値付けは、正解だったと思う。
小分けするのは面倒でも、お客さんに『これなら買ってもいいかな』と思って貰う為には、手間を惜しんじゃいけなかった。
おまけに。
ルラックの市は二回目だし、そうそう売れ行きの見積もりを間違えるわけにも行かないのだ。




