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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第二十五話「行商と試練」

第二十五話「行商と試練」




『試練中は、貴女の思うとおりにおやりなさい』




 お婆様からのお返事は、とても素っ気なかった。


 これもまた試練、ってことなんだろう。


「……」


 まあ、うん。

 悩んでいてもしょうがない。


「よし、切り替えていこうか!」


 ふゅあ!


 私は時間があるうちにと、注文品を届けて回ることにした。




 まずは……狭い街だし何処からでもいいんだけど、木箱からワインを取り出し、広場を挟んだお向かい、『バルドホルト』鍛冶工房に顔を出す。


「こんにちは、バルドホルトさん」

「よう、お嬢! ……っと、それは頼んでた酒か?」


 幸い、鍛冶仕事の途中じゃなかったようで、親方のバルドホルトさんがすぐに出てきてくれた。ちなみにバルドホルトさんはラルスホルト大叔父様の次男で、お父様の従弟にあたる。


 鎚音が途切れていないから、今は徒弟のトーマ君が頑張ってるのかな?


「ご注文通り赤と白、銘ありでそこそこのワイン、お待たせです!」

「おう、ありがたい! 思ったよりも安くついたな。……よし、追加でもう一本づつ、頼んでいいか?」

「喜んで!」


 その場で代金を受け取ったけど、これはお酒の注文だからね、お店の売り掛けにすると奥さんに言い訳できなくなってしまう。

 商人というものは、そういったお客さんの都合にも、気をつけなくちゃいけなかった。


 かあちゃん(カミラさん)には内緒だぞと念を押されてから、今度はヨナタン親方の『西日(にしび)峰』製炭所の事務所兼倉庫へと向かう。


 この『西日峰』工房は、シャルパンティエとフロワサールにそれぞれ炭焼きの工房を持っていて、なかなかに忙しい。


 ……案の定、お留守だった。


 夕方、もう一度訪ねよう。


 そのまま広場を横切って、今度はギルドの裏手、住宅街の方へと回る。


「あら、ヘンリエッテ様」

「こんにちわ、ウルスラさん! ご注文の本、届きましたよ!」


 ウルスラさんはシャルパンティエギルドの初代受付嬢で、その後、方々のギルドで受付主任やマスターの秘書を勤め上げ、冒険者と結婚後、シャルパンティエに戻ってきたと聞いている。


 いつも朗らかなお婆ちゃんで、街の子供達からだけでなく、冒険者にも慕われていた。


「あら、もう見つかったの!?」

「地元の物語だけあって、ヴェルニエの本屋さんも常に在庫を持ってるそうですよ」

「そう、ありがとう。……さて、この本はどんな風に書かれてるかしら」


 ウルスラさんからご注文いただいた本は『シャルパンティエの物語』だった。


 お孫さんの手習いに使うとお聞きしていたので、絵入りで語り口が簡単なものを注文している。


 ウルスラさんも開拓組の一人で、物語の中にも登場するんだけど、その描写は……。


「あはは! わたし、『魔晶石のかけら』亭の扉は壊してないわよ!」

「あらら……」


 ウルスラさんの見せ場は、お薬が届いたことを冒険者に知らせるその慌て振りなんだけど、本によってその度合いがてんでばらばらだった。


 正伝とされる歌をほぼそのまま書き写した三分冊仕立ての精巧本だと、ウルスラさんは雪で滑って転びながら『魔晶石のかけら』亭に駆け込んでくる。


 一番多く出回っている簡略本なら、雪で滑るところは同じでも、暖炉の手前まで滑っていった。


「まあ、ジネットさんに比べたら……ふふ!」

「らしいですねえ」


 お婆様は『シャルパンティエの物語』の話題になると、いつも微妙な顔をされる。


 なんでも、作者のレオンハルトさんは物語の見せ場を盛っちゃう人らしく、あの『ジネットさん』はわたしじゃないと、ため息をついていらっしゃった。

 

「ありがと、ヘンリエッテ様。お代はいつもみたいに月末の……って、今は試練中だったわね。うちまで来て貰えるかしら」

「お願いします」


 バルドホルトさんやウルスラさんに限らず、なじみのお客様は殆どが売り掛けだからね。


 もちろん今のわたしは『行商人ヘンリエッテ』で、『地竜の瞳』商会の名前を使うと、売り上げがそっちに行ってしまう。


 そんなお間抜けは、帳簿に残せない。


 ウルスラさんから代金を受け取って、お孫さんのエミーリアとしばらく遊んでから、わたしは『魔晶石のかけら』亭に戻った。




「お嬢、鱒の焼き干しを一盛りと、エールの大ジョッキ三杯!」

「はいただいま!」


 ……『魔晶石のかけら』亭に戻れば、何故か大旦那カールさんの一声で、日当一グロッシェンに加えて持ち込んだ煙草の葉と食料品全部(・・)のお買い上げと引き換えに、わたしはまた、給仕仕事で酒場を駆けずり回ることになった。


 カールさんのご一家曰く、煙草は帳場で売ればいいし、食料品やワインは品質と値付けがまともなら、幾ら買い込んでも損をすることがないそうだ。


「まあ、ちょいと上等のワインも、みんなが喜ぶ。だが、それはそれとして……」

「お嬢がうちの給仕を引き受けてくれっと、エールの売り上げがよくなるんだ」

「……はい?」

「珍しいだろ、店以外でお嬢を見るのは。だからつい、からかい半分に一杯二杯と注文を追加する奴が多くなる」

「大昔、ジネットさんやディートリンデさんにも、給仕を頼んでたことがあるな」

「懐かしいわねえ」

「そいつは俺も知らないなあ。親父、お袋、そん時はやっぱり……」

「ああ、年に一度、あるかないかだったが、びっくりするほど皆が皆、飲んだぞ」


 わたしはどうやら、『魔晶石のかけら』亭限定の客寄せになるらしい。


 給仕姿のわたしを見て、大旦那のカールさんと大女将のユーリエさんまでなんだか楽しそうだった。


「お嬢、『闇夜のたいまつ』に食後の茶、三つだ!」

「はい、すぐに!」


 開拓当時のシャルパンティエなんて、想像するしかないけれど。


 お婆様とディートリンデ先生の給仕姿は、ちょっと見てみたかったかな。


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