第二十四話「お婆様の返事」
第二十四話「お婆様の返事」
試練六日目。
朝、仕入れに向かうハルくんにいってらっしゃいと口にして、家事を片付け荷造りを済ませていると、もうお昼前になっていた。
今日は馬車便でシャルパンティエに向かうから、お洗濯は朝一番に済ませている。
但し、乾ききらなかったのでやれやれ顔で取り込み、部屋に干していた。
今日もいいお天気だけど、そろそろ夕立や雷が多い季節だし、次にこの貸家に戻るのは明後日の予定だった。
さて……。
背負い子には、半分が注文品になっている本や煙草がくくりつけてある。
それからもちろん、お酒の瓶が詰まった木箱。
「【魔力よ集え、浮力と為せ】」
ふゅあ!
見張りよろしく立ち上がっているキューレごと、ワインの木箱を持ち上げる。
わたしの魔力だと、一度に運ぶ木箱は六つぐらいにしておいた方がいい。
木箱同士はしっかり縛ってあるけれど、もし荷崩れしても、この数なら魔手操作と荷運びの魔法で何とかなる。
でも、これだけの大荷物の場合、馬車賃に荷物料金がかかるし、お客さんが多いと更に減らす必要もあった。
「よう、お嬢!」
「こんにちは、アルヌルフさん。お帰りなさい、『東の果て』さん」
「これまた大荷物だな!」
「なんかよ、行商やってんだって?」
「ヴェルニエでも噂んなってたぞ」
今日の便の御者アルヌルフさんはつい先日引退した冒険者で、うちの常連さんとして子供の頃からよく知っている。
幸い、同乗者も駆け出し冒険者パーティー『東の果て』の三人で、もちろん彼らも『地竜の瞳』商会の上得意様だ。
ヴェルニエの西、ボーメスニルの宿場で宿屋の新築工事の人手募集があり、ひと月ほど前、三人はそちらに向かっていた。
「木箱六つなら、まあ、一人分ってとこか。悪いがお嬢と合計で一グロッシェンだ」
「はーい」
「はいよ、毎度!」
工事のお仕事はきついけど、食事がついてお給金が貰えて、魔物に襲われる心配もない。
もちろん、赤銅や白銀の冒険者なら、ダンジョンで稼いだ方がいいだろう。危険はあるけど、実入りが全然違ってくる。
でも、そこまでの腕がない真鍮や青銅のタグを持つ駆け出し冒険者だと、街仕事の方が安定することも多かったし、マリウスが同じく工事人足のお仕事を受けていたように、ギルドの記録に残ると、昇進試験でも有利になった。
戦いばかりじゃ、緊張感で心が磨り減る。
それを良く知っている先輩冒険者達が新人に注意して、わざわざ合間に街仕事を入れさせるそうだ。これはお爺様の受け売りだけどね。
ギルドに登録したばかりの初心者は錬鉄のタグを持たされ、街仕事に奔走する。もちろん、最初から武器や防具を持っている人は少ないし、報酬が高いと同時に、腕前や信用も重視される荒仕事は回して貰えない。
普通の暮らしをしていても、ナイフや魔法の発動体を身に着けている人は多いし、大概の農具は振り回せば武器にもなるけど、専業となるとやっぱりきちんと装備を整えたほうがいい。他の道具を戦いに使うのは、無駄が多いし命に関わるからね。
初心者は幾つもの仕事を通して冒険者の約束事を学び、最低限の装備が揃ったころから、街の警備や隊商護衛の下働きなどに手を出し始めた。
そうして経験を重ね、駆け出し冒険者と認められるようになる頃には、稼いだお金で装備を買い増しして、ダンジョンの深部や本格的な傭兵稼業に挑む準備に入る。
シャルパンティエの街のダンジョン『シャルパンティエ山の魔窟』なら、一番浅い第一階層は真鍮に成り立ての冒険者でも、油断しなければ何とかなった。
他の冒険者やギルドに雇われ、追加の食料や消耗品を第二階層への降り口にある休憩所に運ぶお仕事なんてのもある。
一人前とか中級といわれる赤銅のタグ持ちなら、第二階層から第三階層が主な稼ぎ場で、小さな悪魔インプから得られる魔晶石を狙う。インプはすばしこいので、慣れないと怪我ばかり負わされて損をするけど、そればかり狩っていると嫌でも慣れてくるそうだ。
赤銅のパーティーなら、夕食時にエールのジョッキを何杯もお代わりしつつ、たまにヴェルニエまで羽を伸ばしに行って、その上でうちのお向かいの『バルドホルト』鍛冶工房に新品の魔法剣を注文できるぐらいには儲かる。
ただ、そこにたどり着くまでの道のりは、長く険しかった。
周囲が心配するほど努力を重ね、赤銅の上の白銀にまで上っていく人もいれば、道半ばに大怪我をして引退する人もいる。……当然、命を喪う人だって、ね。
だからって安全な仕事ばかりでは、初心者から抜け出せないし、稼ぎも少ないままで腕も度胸も鍛えられない。
ついでに冒険心も満たされなければ、肝心な『冒険者の心意気』にも火がつかないと、皆が口にする。
雑貨屋の主人としては……うーん、みんなが頑張って腕を上げ、しっかり稼いでくれれば売り上げも伸びて嬉しいんだけど、いくら儲けが大事だからって、自分を省みないほどの無茶はして欲しくない。
明らかな初心者よりは、シャルパンティエで生まれ育った私の方がダンジョンに詳しいし、時々注意もするけれど。
これがなかなか、上手くいかないんだよね。
最初から素直に聞いてくれた冒険者なんて、ハルくんぐらいだった。
「はいよ、お疲れ様だぜお客様方! 終着のシャルパンティエだ!」
夕方、ほぼお決まりの時間にシャルパンティエの広場に到着したアルヌルフさんの馬車を降りる。
……見慣れた我が家とうちのお店だけど、こんな時間に外から眺めることはほぼなかったから、少し新鮮だ。
「お疲れ様っす、アルヌルフさん!」
「おう!」
「ありがとうございました!」
「お嬢も頑張れよ!」
「はーい! ……【魔力よ集え、浮力と為せ】っと」
今日のところは、『魔晶石のかけら』亭に一泊の予定だ。先にお部屋を借りてしまおう。
「行くよ、キューレ!」
ふゅあ!
木箱を浮かせ、数歩も歩かないうちに、後ろから声がかかる。
「え、ヘンリエッテお嬢様!?」
「あらこんにちは、クリスティーネ」
クリスティーネは孤児院の年長組で、軽食堂『渡り鳥の羽休め』亭の下働きだ。
お手伝い中なのかな、手桶に剥いたタマネギがいっぱい入っていた。
「行商に出ているからしばらく帰ってこないわって、大奥様が仰ってて……」
「ふふ、行商の試練だからお店には帰れないけど、レーヴェンガルト領のどこにでも行くのがお仕事なのよ」
またねと手を振り、今度こそ『魔晶石のかけら』亭に向かう。
「こんにちはー」
「おう、お嬢!」
「この間はご馳走様だ!」
冒険者に挨拶を返しつつ、荷物の量も考えて小さい個室を取り、一グロッシェン先払いしてギルドへ。
ついつい、お店の方に足が向いてしまいそうになるのを押さえつける。
……慣れすぎてるのも、問題だった。
「え、正規の依頼!?」
「うん。試練中だからね」
ギルドの受付で、依頼を出されたロートラウトが困った顔をしている。
依頼内容は配達で、手紙にもなっていない走り書き一枚と、ガルムの瓶が一本。
配達先は広場を挟んだ眼と鼻の先、我が『地竜の瞳』商会シャルパンティエ本店である。
家じゃなくてお店なら訪ねてもいいかな……って、少しだけ考えたけど、お婆様に問い詰められた時、言い訳を押し通せる気がしなかった。
「ああ、お嬢はお屋敷に戻っちゃ駄目って、大奥様が仰ってたっけ」
「そうなのよ……」
シャルパンティエの街の中で完結する配達依頼なんて、距離が近すぎてこれまでは一つもなかったらしい。
受付主任のアデーレさんどころか、マスター・ジギスムントまで出てくる騒ぎになってしまった。
「マスター、普段ならついでの書類と一緒に届ければいいと思うのですが、たぶん問題になると思いまして」
「ふむ、お嬢も悪戯で依頼を出すわけではないし、私も理由は知っているが……どうしたものかな」
大昔、誘拐の身代金を要求しようとして、ギルドの向かいの建物に手紙を出した悪人がいたそうで、あまりにも近場の配達依頼は、地区のギルド支部に報告しなきゃいけないんだって。
ついでにシャルパンティエの街は、他の街に比べてとても狭く、料金設定もなかった。
単なるお使いなら、ギルドに寄って依頼を出す間に配達できてしまうもんね。
取りあえず、マスター・ジギスムントの判断で、品物が一個一ペニヒの合計二ペニヒ、税で一ペニヒ、合わせて三ペニヒで引き受けて貰えることになった。
「本当は一ペニヒでも貰いすぎのような気もするが、これも仕事だからね。申し訳ない」
「いえ、お手数をおかけします。わたしもまさか、シャルパンティエに居ながらお婆様宛に手紙を出すなんて、考えたこともなかったですよ」
「だろうなあ」
すぐ配達に出てくれたロートラウトを見送りつつ、知らないところでギルドにはギルドの苦労があるんだなあと、考えてしまったわたしだった。
▽▽▽
ところが。
「じゃあ、持ち込んだお酒は全部、お譲りしますね! よろしくお願いします!」
「おう!」
「いえいえ、お買い上げありがとうございます! すぐ取って来ます!」
『魔晶石のかけら』亭に戻って部屋を取り、数日離れていたシャルパンティエの様子はどうかなあなんてルーファスさんと雑談していたはずが、ワインも蒸留酒も、注文品以外は全て、『魔晶石のかけら』亭が引き取る流れになってしまった。
宿の主人ルーファスさん曰く、奪い合いで喧嘩になるのを防ぐと同時に、売れ行きを見て、定番のお酒に加えられるかどうか試したいそうだ。
もちろん持ちつ持たれつで、わたしは少し値引きをする代わりに、露店を開く手間と時間を省いていた。
「あ、いたいた! お嬢!」
「ロートラウト!?」
「大奥様から、お返事の配達依頼を頂戴したの!」
ギルドから『魔晶石のかけら』亭に戻ってすぐ。
ルーファスさん相手に商談をまとめていたところ、そのお婆様からの返事がもう届いた。
出したわたしと同じく、一枚きりの走り書きだ。
『試練中は、貴女の思うとおりにおやりなさい』
「……」
流石です、お婆様……。
それはある意味、一番困る返事だった。




