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第十九話「商人の弟子」

第十九話「商人の弟子」


「ただいま、お嬢!」

「ハルくん、お帰り!」


 試練五日目。

 ハルくんは、予定通りヴェルニエに二泊した次の日のお昼、ルラックへと戻ってきた。


 借りた馬車には商品が山積みになっていて、ハルくんの頑張り具合が伺える。


「って、またもやザムエルさん!?」

「おう! はっはっは、不思議に思ったか?」


 ザムエルさんは、定期便の御者さんだ。……大丈夫なのかと心配になる。


「勝手してごめん。月末まで、借り切る契約をしたんだ」

「え!?」

「ハルから聞いたんだが、お嬢は今月中に五、六回、うちの馬車を仕入れに使ってくれるんだろ?」

「はい、その予定です」

「でだ、うちは一頭立てが御者込みの日貸しで八グロッシェン、駅亭戻りなら二日で十二グロッシェン……ってえのは、お嬢もよく知ってるよな?」

「ええ、もちろん。いつもお世話になってますから」


 当たり前だけど、馬車が目的地に行ったきりだと、貸馬車屋さんは商売にならない。


 そんなわけで駅亭まで戻る往復なら、結構な割引をして貰える。最初から回送分が料金に乗せられているからね。


 うちのお店も、日々の仕入れは『兎の後ろ足』貸馬車商会に頼んでいるから、これはわたしもよく知っていた。

 

「しかしだ、春先や晩秋なら、そこら中の馬車を集めても足りねえぐらい毎日忙しいがよ、今の時期は……ほんとに仕事がねえ」


 秋の暮れの雪が降る少し前と、春の初め雪解けの頃は、毎日十数輌の馬車が連なってシャルパンティエへとやってくる。


 秋は食料に装備品、消耗品、ダンジョンで稼ぎながら冬越しする冒険者達が入ってきて、春は成果と共に冒険者が山を下り、冬の間に使ってしまった食料などを運んできて貰うので、その時期の荷馬車はとても忙しい。


「なんて世間話を道々してたら、ハルが食いついてな。こっちもよ、お嬢達の行き先はヴェルニエ周辺とレーヴェンガルト領内だけと聞いたし、自前の駅亭で馬の世話が出来るなら大した手間じゃねえ。ヴェルニエのニコラウス駅長は、賭け札で大勝ちした時みてえな顔で契約書作ってたぞ」


 定期便の方は、今の暇な時期、新人を慣れさせるのに丁度いいからと、去年入ったアルヌルフさんが頑張るらしい。

 ちなみにアルヌルフさんは引退した元冒険者で、新人だけどもう四十絡みのおじさんだ。うちの常連さんだったから、よく知ってる。


 わたしも専用の荷馬車があれば、料金を気にせず仕入れの回数を増やせそうだ。


 ハルは流石お嬢の弟子だなあ、なんてからかわれながら見せて貰った契約書には、確かにひと月丸々、ザムエルさん込みで馬車を借りられるようになっていた。

 そりゃ、喜んで割引して貰えるなら、わたしだって嬉しいけれど……って、三十グロッシェン!?


「三往復借りるより安いんですが……。あの、大丈夫なんですか?」

「おう! ……夏場は本気で暇だからな、来年も行商を頼みたいぐらいだぜ。馬と馬車と、ついでに俺達御者を遊ばせておくよりは、せめて飼い葉代ぐらい稼ぎてえ、ってところなんだ」


 やれやれ顔のザムエルさんだけど、駅亭で待機ばかりよりはいいらしい。


 手伝って貰いながら、荷物をひとまず家に運び込む。


「【魔力よ集え、浮力と為せ】。……あ、ハルくん、それは床間の右手に置いておいて」

「分かった。香辛料の小壷と一緒でいい?」

「ええ、お願い!」


 ワイン瓶の並んだ木箱や端切れの入った大袋、追加の藁紙の束など、馬車一輌分の仕入れとなれば、流石に量が多い。


 でも早く片付ければ、ワインや小物だけでも午後の市に出せる!


「ありがとうございました、ザムエルさん!」

「いいってことよ! お嬢とハルのお陰で、こっちも大手を振って半休出来っからな! ああ、明日は朝の出でいいんだよな?」

「はい、よろしくお願いします!」


 駅亭の宿直室でお昼を食べたら、あとは昼寝するというザムエルさんにお礼を言って送り出し、ハルくんには……あ!


「ハルくんもお昼まだだよね? ごめんなさい、すぐに支度するから!」

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」


 ハルくんはそう言ってくれるけど、食事は雇い主の義務として契約にも盛り込まれてるし、わたしとしても、お腹を空かせてそうな男の子を放っておくわけに行かない。


 もちろん、準備は馬車が到着する前に済ませている。


 ……ハルくんが仕入れに出ていた間の成果を見て貰いたいって気持ちも、少しはあった。


「【小さき風よ、優しく走れ】」


 竃の熾き火を掘り起こして薪を足し、風を送る。


 煮えすぎないように取り出していたニンジンと鴨肉をスープの鍋に戻し、温まるまでしばらく。


 その間に胡桃入りのパンを薄切りにして、軽く炙る。


「ねえハルくん、ヴェルニエはどうだった?」

「そうだね。なんだか……とても新鮮に見えたよ」

「新鮮?」


 一昨日は運良く市に出ていた鴨の燻製肉を手に入れられたし、昨日は一抱えもあるニンジンと蕪の大袋を、お隣のコリンナさんと二人で買って半分づつにしていた。


 買いすぎ……ってわけでもなくて、これでもひと月分には足りない。


 ふふ、男の子は見かけ以上によく食べるからね。


「初めてだったんだ。商人としての視点で、街を眺めるのは」

「ハルくんは冒険者だもんね」

「もちろん。でも、本当にわくわくしたよ。お嬢に教えて貰った挨拶や約束事、あれはヴェルニエ商人に『レーヴェンガルト領の商人だよ』って、理解(わか)ってもらう為の合図だったんだね」

「へ!?」


 パンを炙っていた手を止め、思わずハルくんの方を振り返る。


 わたしはそんなことまで考えてなかったので、ちょっと驚いた。


 あれは、新参の商人であるハルくんと、ハルくんを通したわたしがこちらで商売をさせて貰いますよ、っていう初手の挨拶だ。


 わたしも見習いから店員になった時、お母様に連れられてヴェルニエの全てのお店を回っていた。


「最初はさ、普通の『お客さん』が来たっていう感じで応対されたんだ」

「うん。……間違いじゃないよね」

「でも、手に入れた行商鑑札を見せて、教わったとおりの挨拶をしてからは、ふふふっ!」

「ハルくん?」

「店裏に連れて行かれて、『香味酒の仕入れならエメリッヒの店だ』とか、『香辛料なら昨日、向かいのヨアヒムのところに南方帰りの隊商が来てた』って、同じ組合の見習いみたいな扱いになったよ!」

「……へ?」


 ハルくんは嬉しそうだけど、それは……どうなんだろう?


 ヴェルニエ商人に限らず、東方辺境は明るく元気で図太い――精神的に逞しい気風だ。


 ハルくんは人好きのする性格だし、気に入られたのなら、そういうこともあるかもしれないけれど……。


「お嬢の挨拶のお陰で、急に距離が縮んだ、って言えばいいのかな。冒険者の先輩と同じでさ、俺が面倒見てやるって感じの商人さんばかりだったよ」

「ああ、そういうことね。でもハルくん、わたし、特別なことなんて何も教えてないよ?」


 初手の挨拶はお母様から教えて貰ったけれど、もちろん、お母様もお婆様に教わってるはずだった。


 特別な挨拶かどうかなんて気にもしていなかったし、そもそもうちの一家は、この近隣じゃ名前も顔もよく知られている。


「挨拶してすぐ、『レーヴェンガルトの大奥様の弟子か?』って聞かれたから、挨拶の文言に合図か何か、含ませてあったんじゃないのかなって思うんだ」

「そうなの、かな……?」


 ま、まあ、悪い事じゃないだろうし、あんまり気にしなくてもいいかな。

 名前を知られないように、こっそりと隠れて商売するなんてこと、今後も絶対にないと思うし。


「お嬢の方はどうだったの? 表に豆が干してあるのは見たけど……」

「ヨルクさんに聞いたら、ヒツジ豆なら売ってくれる農家があるって、すぐに紹介して貰えたの」


 買った豆で煎り豆を作るのは、結構手間だ。

 一晩たっぷりと水を吸わせて、朝から天日干しにしていた。


 慣れるまではお試しだから、そんなに多くは干してないけれど、今日は忙しくなりそうだ。


 ……売れ行きが悪かったり、上手く作れなかったりする可能性も高いので、わたしとハルくんの夕食で食べきれる量しか買っていない。


「あとね、カルステンさんが、夕方でいいから漁師小屋まで来てくれって」

「カルステンさんは、漁師のまとめ役の人だったっけ。何かあるの?」

「グーニラ姐さんも一緒に呼ばれてるから、商売のお話みたいなんだけど……行ってのお楽しみみたい」

「ふうん。……僕も行っていい?」

「もちろん。姐さんがね、お店を閉めて片づけが終わったら、迎えに来てくれることになってるの」


 カルステンさんや、一緒にお話を聞いていたヘンリクさんは楽しそうだったけど、グーニラ姐さんも何があるのか知らないらしい。わたしと二人、顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。


 でも、何だろうなあ。

 わたしと姐さんが呼ばれるなら商売に関係することなんだろうけど、今ひとつ想像つかないや。


 小早鱒の焼き干しやカマスの塩漬けのような加工品、それから、多少は日持ちするお陰でそのまま近隣に売られるナマズや手長海老はもう卸す先が決まってるし、小売りなら漁師の奥さん方の出番だ。


 海際育ちのお婆様なら、ぱぱっと何か思いつくかもしれないけど、生憎わたしは山育ちでちょっと無理かな……。


 うん、言われた通り、お楽しみにしておこう。


「はい、お待たせ。後は……とりあえず、食べてからにしましょ」

「ありがとう。いただきます」


 ハルくんの後ろには大荷物の山。足元には小物。

 わたしの隣も背中も、似たようなものだった。


 お昼を食べたら、仕入れて貰った商品から昼の市に出せそうなものを用意して、値付けも考えなきゃね。


「あ、美味しい」

「ふふっ、ありがと」


 明日はシャルパンティエに行けるかな?

 行けるといいなあ……。


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