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第一話「店主見習いと駆け出し冒険者」

第一話「店主見習いと駆け出し冒険者」


「よっこいしょ、っと」


 昨日引き取った中古のランプを拭きつつ、小さなため息をつく。


 わたしも四代目店主『見習い』としてお店を任されているけれど、やっぱり、まだまだだなあと感じることも多い。

 例えば……冬場、雪で道が閉ざされるシャルパンティエの街じゃ、晩秋の大口仕入れは必須なんだけど、去年はまだ任せて貰えなかった。


 帳簿付けには少し慣れてきたけれど、時間も掛かれば間違いもある。常連さんの『アレをくれ!』のアレが何かは分かっても、お婆様やお母様のように先を見越して仕入れたりするのは無理だ。


 ……一応、これでもわたしは男爵家のご令嬢なんだけど、王都からは遠いこの東方辺境じゃ、働くおぼっちゃま、お嬢様は珍しくなかった。


 もちろん、中央貴族のご子息ご令嬢方にも、働いている人は沢山いる。


 男性なら騎士や軍人、王政府の官吏が定番で、他にも地方領の代官や役人、聖職関係のお仕事に携わることが多い。

 女性だと、侍女や女官勤めをするのが普通かな。他にも、お屋敷の差配や慈善事業の主催、家庭教師などがよくある『お仕事』だ。


 でも辺境ではもっと直接的に、畑仕事や家事、馬追い、糸紡ぎなどの手仕事、あるいは冒険者として、文字通りに働く人が多かった。


 隣町ヴェルニエの代官アウデンリート男爵のご令嬢で、王都生まれの王都育ちだというエーデルガルトさんでさえ、辺境の空気に飲まれたのかこれは負けていられないと奮起、小さな楽団を率いて舞踏教室を催されている。


 まあね、東方辺境よりもずっと東に位置する新辺境じゃ、開拓と魔物狩りに手を取られて舞踏会なんて二年に一度がせいぜい、余裕のあるそっちが羨ましいと従妹の手紙に書いてあったけど、幾度か行った王都に比べれば、田舎具合は大して変わりない。


 ふふ、うちの街だってダンジョンを抱えてるから、狩られた魔物の素材が毎日のようにお店へと持ち込まれるし、領内の畑だって年々増えていた。ほんと、変わらないよねえ。


 たまに本物の『お嬢様』にならなくちゃいけない時の方が気疲れするぐらいだ。ダンスは楽しいけど、礼儀作法はまだまだ苦手だった。


 わたしには今ぐらいの暮らしが気楽でいいかな。


「さて……っと?」


 かららん。


 夕方、仕入れた商品を積んだ荷馬車が到着して忙しくなる前に、店表の掃除だけでも済まそうかと雑巾を手にしたら、戸鐘が鳴った。


「いらっしゃいませ! あ、ハルくん、おかえり!」

「ただいま、お嬢」


 あっとっと、気を抜いちゃだめ。


 今入ってきた金髪のハルくん――エーベルハルト・フォン・エルレバッハくんは、駆け出しの冒険者だ。

 お爺様やお婆様のお友達だという男爵家の四男坊で、シャルパンティエにはその縁でやってきたという。


 わたしの一つ年下だけど、家を出る前に仕込まれたという剣の腕だけは一人前で、うちの弟マリウスとも仲がいい。

 大英雄フランツにあやかって、この街を冒険の最初の一歩に選んだと聞いている。


「僕だけじゃないけどね」


 ふゅあー!


「ふふ、はい、いらっしゃい」


 ハルくんの首の後ろから、我が家の飼いテンが顔を出した。

 まだ子供なので名前は付けてないけど、うちのお店は彼ら一家の縄張りで、毎日ネズミの見回りに来てくれる。


「今日もよろしくね」

「頑張れよ」


 ふぃー!


 ハルくんから降りた短い襟巻きは、わたしの匂いをかいでから、てってってと奥に走っていった。


「ハルくん、その顔は無事に依頼達成ってところ?」

「もちろん。日割りの依頼料の他に、討伐報酬もいい感じになったかな」

「おおー」


 ちょっと待っててねと、台所に向かって竃の()きを掘り起こし、お茶の支度を整える。


「最近、ほんとに『いい感じ』じゃないの?」

「まだまだ、かなあ」


 我がレーヴェンガルト家と同じ男爵家とは言うものの、ハルくんの実家は中央貴族だ。わざわざ冒険者にならなくても……とは思うけど、お婆様曰く、武者修行にもいいし腕があれば稼ぎもいいから、冒険者になる貴族は結構多いそうだ。


 お爺様の親友でいらっしゃる先代ゼールバッハ侯爵も、王都に本邸を構える伯爵家のご出身なのに、現役の頃は『銀の剣士』と呼ばれていた超一流の冒険者だったとお伺いしているし、それほど驚くことじゃないのかもしれない。


 そもそもうちのお父様だって、男爵家の跡継ぎなのに若い頃は冒険者暮らしをしていた。……お爺様も元冒険者だけど、剣の腕だけで男爵にまで成り上がってしまった人なので、ちょっと別かな?


「はい、お待たせ」

「ありがとう。いただくよ」


 茶杯を優雅に持つ仕草などは、安物の器が高級品に見えたりして、ハルくんは流石王都の出身だなあ、なんて、その指先を見つめる。

 冒険者にしては綺麗な手をしてるけれど、剣も扱う大事な手だからね。怪我なんてしたら大変だ。


「でも、珍しく早い時間のお戻りね?」

「今日はルラックから帰ってくるだけだったからね。別便の馬車に、運良く乗せて貰ったんだ」

「あ、うちの……家の方の注文かな」

「多分ね。タマネギの大袋とか塩漬け肉の樽が山積みになってたよ」


 ハルくんは先週から、湖のそばにある隣村ルラックで、周辺の魔物を狩る依頼を他のパーティーと一緒に受けていた。


 もちろん、うちの領内で冒険者の稼ぎ場と言えば、一番はここシャルパンティエの街にあるダンジョンだけど、それだけじゃ街が回らないし、初心者には厳しすぎる。


 領主家の出す春先と晩秋の熊狩りや冬場の雪下ろし、薬草採取の護衛や領道の整備、たまに急ぎの配達もあるし……最近は、街の人からの依頼も少しづつ増えてきたかなあ。


「ハルくん、一緒にルラックまで行ったパーティーは? 戻ってないの?」

「『平坦な道』は久しぶりに羽根を伸ばして来るって、そのままヴェルニエに降りたよ。『希望の翼』は用水路の修理に人手が欲しいからって、ヘンリク村長が引き留めて依頼を出してた」

「一緒に受けなかったの?」

「明日、『月夜の風』が戻ってくる予定なんだ。荷物持ちでいいならって、第二階層に連れて行って貰う約束をしていてね。依頼は少し惜しかったけど、戻ってきたんだよ」

「ああ、なるほど」


 ハルくんは、誰かとパーティーを組んでいない。

 うちの弟もそうだけど、同じぐらいの駆け出し冒険者じゃ、貴族との付き合いなんてよく分からず、ちょっとしたすれ違いが不和の種になることだってあった。逆もまたしかり。

 でも、そういう心得のある中堅から手練れのパーティーだと、今度は実力差が邪魔をする。


 ところが、その間を取り持つような人達も、中には居た。『月夜の風』はハルくんのお父様とも親しい鍛錬中の騎士様が率いる中堅パーティーで、マリウス共々、彼らから時々冒険の手ほどきを受けている。……その『月夜の風』も、大昔にはうちのお爺様から直々に鍛えられていたそうで、持ちつ持たれつ、ということらしい。


「そうだお嬢、マリウスはダンジョン?」

「食糧運びの依頼を受けてたよ。行き帰りは第二階層の点検に行くギルドのパーティーと一緒だから、大丈夫なんじゃないかな。お爺様も一緒に行っちゃったし」


 ハルくんとうちの弟マリウスは親友兼競争相手で、どちらが早く一人前の証――赤銅色の冒険者タグを手に入れられるか、競っている。

 ほぼ同時に冒険者になったこの二人、一番下の錬鉄を返上して青銅のタグを得たのはハルくんの方が早かったけれど、先に駆け出しと認められて真鍮のタグを許されたのは、マリウスだった。


 ふふ、男の子だよねえ。


「そっか……。じゃあ僕は『魔晶石のかけら』亭に戻るね。お茶、ご馳走様」

「あら、お買い物は?」

「『月夜の風』と打ち合わせしてからじゃないと二度手間になるから、明日買いに来るよ。またね、お嬢!」

「はあい、ごゆっくりー!」


 さあて、長話になっちゃったけど、わたしももう一頑張りしよう。


 夕方になれば馬車便も到着するし、山仕事に出ていた冒険者達も帰ってくる。

 うちのお店が一番忙しくなる時間なのだ。


 でも、まずは掃除かな。


 今はまだ見習い店主だけど、自分のお店だと思えば、張り合いも出る。


 ……いつもは朝のうちに済ませるんだけど、ギルドから届いた売り掛け書の検算と帳簿付けで、午前中が丸々潰れちゃったからね。


 わたしは今度こそ雑巾を片手に、窓へと向き直った。


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