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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第十六話「貸家」

第十六話「貸家」


「あらお嬢、久しぶり! 試練だって? 大変ねえ」

「グーニラ姐さん!」


 挨拶が後回しになってしまったヨルクお爺ちゃんや、同じく買い物に出てきた『地竜の涙』商会の店主グーニラ姐さんとひとしきり話し込む。


 姐さんがうちの店で見習いをしていた頃、わたしはまだ小さくて、お店のお手伝いをはじめたばかりだった。

 なんでも出来る姐さんがとてもすごい人に思えたのを、よく覚えている。


「そうだ姐さん、ちょっと相談とお願いが……」

「なんだい? 試練のこと?」


 ご挨拶ついでに、グーニラ姐さんにも話を通しておく。仕入れる予定の主な商品について、品被りがないか確かめたかった。


 姐さんの『地竜の涙』商会は、ルラックで唯一のお店だからね。

 わざとじゃなくても、品被りが発生すると、『余所のお店を荒らすような商い』になってしまう。


 一声掛けて防げるなら、それに越したことはない。


「嗜好品や奢侈品(しゃしひん)の類ね。注文が来たら受けるけどさ、流石に手が回らないのよ。商ってくれたら、むしろあたしが喜ぶ!」

「ありがと、姐さん!」

「ああ、酒は俺達も嬉しいな」


 一通りの了解を貰えたので、奥さん方にも挨拶をして買った物を抱え、パウラと手を繋ぎながらハルくんと並んで村長さんの家に戻る。


「ハルくん、荷物持ちばっかりで大変でしょ。疲れたなら魔法使うから、言ってね」

「このぐらいは平気だよ。ダンジョンに潜るときの半分もないくらいだし」


 グーニラ姐さんからは、『いつの間に子供を作ったんだい?』なんてからかわれたけれど、ハルくんの表情は変わらなかった。


 ……なんか、くやしい。


 貸家は結局、最初に勧められた家を借りることにした。

 ほんとに井戸や広場との距離ぐらいしか、差がなったものね。


 三十五グロッシェン、きっちり先払いをして、金属札のついた鍵を二つ受け取る。


「はい、ご契約ありがとうございます」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「それから……あなた!」

「ああ、今行く!」


 わたしが下見と買い物をしている間に、ヘンリク村長が戻っていた。


 この人も元『英雄の剣』の一員で、今も村長兼業の治癒術士として、ルラックの人々から頼りにされている。お爺様やお婆様によれば、とても苦労性の人らしい。


「お邪魔してます、ヘンリクさん」

「やあ、いらっしゃい」


 毛布とシーツを抱えてらっしゃるけど……って、あ!


「ほらお嬢、ハル。その荷物じゃ、生活用品も冒険支度と変わらないんだろう? これは長逗留の冒険者にも貸し出してるやつだから、遠慮しなくていい」

「ありがとうございます! お借りします!」


 宿屋と違って、貸家には備え付けの寝具なんて、ない。


 うっかりというか、落ち度というか……でも、実家まで取りに行けるわけもなく、ついでに手鍋とお玉と、その他諸々も借りることになってしまった。




 ▽▽▽




「僕はいつも借りていたから、そのつもりだったんだけど……そうだね、気を遣って貰って当たり前っていうのは、恥ずかしいことだって、僕も気がついた」

「うん……」


 貸家までの僅かな道のりを、二人して落ち込んで歩き……立ち止まる。


 これはちょっと、自分でも情けない。

 きちんと反省して、気分を切り替えよう。


「でもさ、気づいたなら、次は気をつければいいんだ。失敗は失敗だったけど、挽回は、まだできるよ」

「うん。わたしも、気をつける。ハルくん、色々教えてね」

「もちろん。……ふふ、僕が教えて貰うことの方が、多いかもしれないけど」

「そこはお互い様って事で」

 

 ふゅあ!


「うん。もう大丈夫よ。ありがと、キューレ」


 本当に、落ち込んでる暇はない。

 今日もあれこれと、やりたいことがあるものね。




 ハルくんが荷物運びを引き受けてくれたので、日のあるうちに寝床や台所を使えるようにしていく。


 収納庫で箒や雑巾が見つかって、とても助かった。

 大事に使わせて貰おう。


 キューレは早速、ネズミを狩りに天井裏へと走っていった。ふふ、頼りにしてるよ。


「さあて!」


 わたしもいつものエプロンをつけ、腕まくりをした。


 板囲いの中に麦藁がぎゅうぎゅうに詰められたベッドは、試しにシーツを掛けて寝ころんでみたところ、埋まりすぎもせず硬すぎもせず、よさげな寝心地だった。グードルーンさんからは、中の藁は時々入れ換えた方がいいけど、ひと月なら気にしなくてもいいわと教えて貰っている。


 台所も土間の片隅だけど、うちのお店より広くて、案外使いやすそうだった。

 オーブンは流石についてないけれど、竃の口は二口で、これならスープを温めながら主菜を作ることが出来る。


「お嬢、たらいや手桶はどこに置けばいい?」

「えっと……台所の水瓶の隣で!」

「はいよ」


 ハルくんがヘンリク村長の家まで往復するたびに、生活雑貨が次々と届く。


 わたしも竃にくべる(まき)とどうしても必要な塩、それから今日の分のパンなんかを買いに『地竜の涙』商会と『ベアルの足跡』亭へと行った以外は、貸家の中を行ったり来たりで過ごした。


 それこそ、帳簿とお財布を開いて残金を確認したり、ハルくんに渡す注文書を書いたりする暇なんて、どこにもなかったよ。


「ごめんね、簡単なものしか出せなくて」

「この短時間で、これだけきちんと用意できるお嬢にむしろ驚いてるんだけど……」


 夕食には、チーズをのせて竃で炙った黒パンと、厚めに切った腸詰めを手鍋でじっくりと焼いて油を出し、その油で薄切りにしたタマネギを炒めて盛りつけた主菜、それから小早鱒の焼き干しを一度煮戻してから骨を抜いてほぐし、タマネギと鱒のスープを作った。


 ふっふっふ、スープはお婆様直伝で、パンを入れて煮とかし、ほぐした鱒も食べやすいようにとろみをつけてある。流石は海に面したアルールのお生まれ、魚料理の小技は沢山ご存じなのだ。


 それから……。


「え、ワインもあるの!?」

「木のコップだけどね」


 実は一本だけ、ワインを持ってきていたりして。


 試練を言い渡される少し前、ヴィリと飲むつもりで買ったんだけど、結局機会がなかったので、旅立ちの門出にちょうどいいやって荷物の中に紛れ込ませていた。


 銘のない並品だけど、この一杯には、謙虚さを忘れないように戒めを込めている。……なんて理由を被せておこうと思う。


「キューレは駄目よ。……これはお酒だから」


 ふゅあ。


 お互いに注ぎあって、小さくコップを掲げる。

 ハルくんが貸してくれた手持ちランプ越しに、半透明の瓶を通した影が、一緒に揺れた。


「試練の成功と、安全を祈って」

「お嬢の幸運と、聖神の加護を願って」

「じゃあ、乾杯」

「乾杯」


 ふゅあ!


 昼間は大忙しで、実は二人ともくたくただ。


 さあ食べてとお勧めして、わたしもスープに口をつける。


 味見はもちろんしたけれど、ハルくんの好みまではわからないから、少しだけ心配だった。


「えっと……味、どうかな?」

「うん、おいしいよ! お嬢の手作りは、お菓子しかご馳走になったことが無かったからね、実は楽しみにしてたんだ」

「ありがと。そう言って貰えると、作り甲斐があるわ」


 うん、よかった。


 でもね、ハルくんは嬉しそうに食べてくれているけれど、今日は時間もなかったし、お野菜がタマネギしか買えなかったので、ちょっと申し訳ない。


 次はもっと手の込んだものを作って、喜んで貰いたいと思う。




 食後はのんびりしていたかったけれど、そうもいかず、ハルくんに渡す注文の書き付けを……って、そうだ。


「お嬢、家の仕事なら僕がするよ。それ、今夜中に作るんだよね?」

「ありがと」


 お言葉に甘えて、手桶に井戸水を汲んできて貰う。


「【魔力よ集え、熱と為せ】。ハルくん、先に使ってね」

「えっ!? いや、魔力がもったいないって!」

「大丈夫、このぐらいなら、家でもいつものことだもの。……お風呂はもっと大きいし、魔法の鍛錬も兼ねてるのよ」


 お湯を沸かす薪がもったいない、ってわけじゃなくて、食後のお茶のすぐ後、竃の薪に灰を被せて火を止めちゃったせいもある。


 たらいと一緒に手桶に沸かしたお湯を押しつけてハルくんを個室に追いやり、わたしは再び紙束と向き合った。


 どんなに疲れていても、今夜中に思いつく限りの要望を書き出して整理しないと、明日ハルくんに仕入れを頼む事が出来なくなってしまう。


「南方風の味付けをした煎り豆……っと、これはレシピも聞いたし、豆と調味料と香辛料だけ仕入れてわたしが作ってもいいかな。マサーラは『切り株の腰掛け』薬品商会で扱ってるはずだし、他もヴェルニエなら手に入る、っと」


 今夜は半分徹夜になるけれど、ハルくんをヴェルニエに送り出して何を仕入れて貰うか決めるのは、試練の一番最初の難関だった。


香味酒(こうみしゅ)の類は、酒屋さんに頼まないと駄目ね。味が全然変わるもの」


 もちろん、絶対に手抜きは出来ないし、後悔もしたくない。


 試練が合格になるか不合格になるかはともかく、悩んで悩んで悩み抜いて、持てる力の全て出しきらないと……わたしは恥ずかしい思いを抱いて、これからを過ごす羽目になる。


「賭札のカードの絵柄違いは、すぐには厳しいかなあ。在庫があればいいんだけど……」


 それに。

 わたしの試練に付き合って頑張ってくれているハルくんに、情けないところは見せられなかった。


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