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第十五話「湖の村ルラック」

第十五話「湖の村ルラック」


「さあ、到着ですぜ!」

「お疲れさまでした、ザムエルさん!」


 ふゅあ!


「おう、お嬢達も頑張れよ!」

「ありがとうございます!」


 試練二日目、『魔晶石のかけら』亭で一泊したわたしとハルくんは、馬車に揺られてシャルパンティエの街を降りた。


 お昼過ぎに馬車便が停まったのは、同じシャルパンティエ領内にある湖畔の村ルラックだ。




挿絵(By みてみん)




 この村からは三方に道が伸びていて、南にシャルパンティエ、南東に鉄の村フロワサール、北にヴェルニエの街があった。

 半グロッシェン支払って馬車便に乗れば、それぞれの街や村と行き来できる。


 つまりルラックは仕入先と売り先の真ん中で、何かあっても対応しやすい。だから『行商人ヘンリエッテ』の本拠地は、ここに置こうと考えていた。


「わたし、ルラックに来たのって去年の夏以来かも……」

「僕は先月振りかな。取りあえずほら、荷物貸して」

「ありがと、ハルくん」


 そういうハルくんも結構な大荷物で、ロング・ソードと革の鎧を身につけ、背負い袋の他に、金属で補強された樫の木の小盾まで持っている。

 荒事なしの契約だけど、装備をひと月も宿に置いておくのは、どうにも落ち着かないそうだ。


 その気持ちは、少し分かるかな。

 行商で使うかどうかは別にして、わたしもいつも使っている帆布のエプロンは持ってきていた。


「これからどうするの? 先にご挨拶?」

「先にお昼を済ませましょ。貸家の下見とかもあるし」


 中央の広場はシャルパンティエと似たり寄ったりだけど、真ん中に井戸がないので随分と広く感じる。


 ぐるっと見渡せば、集会所を兼ねたヘンリク村長の家、うちの姉妹店になる『地竜の涙』商会、パン屋『ベアルの足跡』亭、魚や麦穂の看板を掲げた共同倉庫に教会、新築のアパルトマンが、広場を取り囲んでいた。


 ルラック村の人口は二百人ほどで、木工職人さんが集まる職人通りは村の南、農家の集落は北、東の小さな漁港の周りには漁師さんが集まっている。


 ヴェルニエとは馬車で半日の距離だし、立地も良くて農業も漁業も林業も出来るから、うちの領内で一番安定が見込める優秀な村なのよと、お婆様が仰ってた。


 シャルパンティエの街とレーヴェンガルト領はダンジョンのお陰で発展したけれど、ダンジョンがなければお爺様は本拠をルラックに置いていたってぐらい、恵まれた環境なのだ。


 恵まれすぎてて、開拓前の湖には肥えた魔物が多かったし、森の外れにまで大きなベアルが沢山うろうろしてたらしいけどね。


「ふう……」


 広場の裏手にある井戸場で手と顔を洗って、木のコップに水を汲む。


「シャルパンティエの方が、少しだけ冷たいかな」

「僕も思った。山手と平地じゃ、かなり違うね」


 そのまま広場に面した馬房と隣り合わせに建っている小さな駅亭――『兎の後ろ足』貸馬車商会の倉庫兼休憩所に向かい、降ろした荷物を足元にほっと一息。


 ハルくんが武具を外してる間に、わたしは背負子に無理矢理くくりつけていた包みを広げた。


「はい、ハルくん。キューレの分はこっちね」


 ふゅあー。


「ありがとう。……いただきます」

「いただきます」


 どちらともなく頷きあって、チーズと晒しタマネギと豚の塩燻を挟んだ黒パンをかじる。


 お昼の軽食は、『魔晶石のかけら』亭に頼んで用意して貰っていた。


 朝ダンジョンに向かった冒険者達も、今頃同じものを食べているはずだ。

 冒険初日のお昼なら、食料の日持ちを考えなくていいので、少しぐらい荷物が増えても美味しいものを選ぶ人が多い。


 残念ながら飲み物も彼らと同じく、ただの井戸水だった。


 お茶の葉と手提げ焜炉も持ってきているけれど、冬場ならともかく、今この駅亭で火の準備と後かたづけをするのは……許可が貰えてもやりたくないかな。


「ふう、ごちそうさま」

「ごちそうさま。……さて、村長さんのところに行ってくるね。ハルくんとキューレはゆっくりしてていいよ。荷物番兼業だけど」

「うん、頼まれた」


 ふぃ!


「ふふ、ありがと!」


 お昼を終えると、重い背負子はハルくんとキューレに預け、わたしは村長さんの家に向かった。『地竜の涙』商会にも挨拶に行く必要があるけれど、先に寝床を確保してしまわないとわたしが落ち着かない。


「こんにちはー!」

「はいはいようこそ。……あらまあ、ヘンリエッテお嬢様! 先日はごちそうさまでした」

「こちらこそ、わざわざお越し下さってありがとうございます、グードルーンさん!」


 グードルーンさんはヘンリク村長の奥さんで、元冒険者にして軽食堂『渡り鳥の羽根休め』亭の初代店主さんでもある。

 このご近所じゃ料理上手と知られていて、シャルパンティエ領の開拓が始まった最初の年の冬越しも経験されていた。もちろん、『シャルパンティエの物語』にもお名前が出てくる。


 ヘンリク村長にもご挨拶をしてお礼を言っておきたかったんだけど、職人通りで話し合いの最中だそうでお留守だった。


「早速なんですがグードルーンさん、貸家って空いてます? アパルトマンでもいいんですが……」

「ごめんなさい、アパルトマンは全室埋まっちゃってるわ。ほら、魔物狩りが終わって、森に入る時期でしょ? 出稼ぎの若い子が沢山来てくれてるの」

「あ、そうでしたね」


 少し前、ハルくん達が夏前の魔物討伐を終わらせていたっけ。


 自分の住んでいるシャルパンティエの街以外のことって、話題にしてるようでいて、あんまり覚えてないかも……。

 これからは、気を付けよう。


「じゃあ、貸家も……」

「そちらは大丈夫ですよ」


 ルラックには、まだ宿屋がなかった。

 商談に来た商人や、数日で終わる依頼に来た冒険者なら、村長さんの家に泊めて貰うことになる。


 けれど、移り住むって程じゃないけれど、麦の収穫や漁の手伝い、オーク樹の大木の伐採など、お仕事によっては結構な長期間、滞在する人もいた。


 それにルラックは、まだまだ発展が見込まれる。

 貸家の建設は村の事業として推奨されていたし、空いていればすぐに貸して貰えるわけだ。


 但し……。


「でも、最短が季節貸しになるけれど、いいのかしら? お嬢様の試練は今月いっぱいでしょう?」

「はい。でも、在庫の片づけとかを考えると、試練が終わってもすぐに引き払えないですから、丁度いいかもと思います」


 季節貸し、つまりは三ヶ月ごとの契約になるものの、これは仕方がない。

 人の入れ替わりが激しい大きな都会なら、月貸しが普通だ。でも、地方の農村じゃ、農業の暦に合わせた人の増減が基本になる。


「じゃあ、ご希望は? 商品を置くのなら、納屋付きの大きい家もありますよ」

「えっと……個室が二部屋あれば、後は贅沢言いません」

「そう、ちょっと待ってて下さいね」


 グードルーンさんが棚から紐綴じの冊子を取り出して、テーブルに広げてくれた。


 でも、丸印と日付で貸し出し具合こそ一目瞭然だけど、肝心の間取りが書いていない。管理用の冊子じゃ、仕方ないけどね。


「小さい家なら、この三件ですよ。お勧めは北の井戸に近いこれかしら」


 聞けば、若夫婦用のそれほど大きくない家は、個室二つに台所兼用の土間がついていて、全部同じ様な作りだった。……家主さんは違うけれど、同じ大工さん達が続けて建てたので、外観も内装もほぼ一緒らしい。


 大家族用のそれに比べて借り賃も安く、三ヶ月分の家賃が三十五グロッシェンになっている。木賃の相部屋なら一人一泊半グロッシェン、わたしとハルくん、二人分の宿賃一ヶ月分よりは少し高くなった。


 実際は、仕入れに出て貰うハルくんに宿泊費を別立てで渡すことになるし、行商に出るとわたしも行った先で泊まるから、もう少し余計に掛かっちゃうけどね。


 でも、仕入れた商品を保管するのに苦労しなくて済むし、ちょっとした作業、例えば大袋で買った商品を小分けする仕事場にもできる。


 わたしは少し考えてからグードルーンさんに断りを入れ、ハルくんを呼びに行った。


「ハルくん、キューレ、お待たせ!」

「お帰り。決まった?」

「まだだよ。どれも変わらないらしいけど、ハルくんも一緒に見て欲しいの。荷物は……一旦、村長さんの家で預かって貰いましょ」

「うん、了解」


 キューレを肩に乗せ、荷物を持って戻れば、グードルーンさんの孫パウラが迎えてくれた。


「こっちだよー!」

「パウラ、はやいって!」


 小さなパウラに手を引かれつつ候補の三軒を実際に見比べてから、本当に似たり寄ったりであることを確かめる。


 シャルパンティエの街の建物と同じく、冬場の雪を考えた造りになっていて壁も厚い。小さな貸家にしては、建て付けもしっかりしていた。


 屋根は板重ねの三角屋根で、鉄錆色の防水塗料が塗られていて、小さな煙突には雪避けの小屋根がついている。


 借りた鍵で扉を開けば、入り口に大きな土間があって備え付けの台所が壁に配置され、その奥に一段高くなった居間兼用の食堂……と言えなくもない仕切りなしの板間があり、食卓と椅子が二脚並んでいた。


 個室二つはその向こうで、広さは『魔晶石のかけら』亭の一番安い個室と同じくらい、つまりは腕をいっぱいに伸ばしてぎりぎり両壁が触れない幅かな。……贅沢は言えないけどね。


「三つとも、ほんとにそっくりだったね」

「グードルーンさんの言うとおり、井戸に近い家でいいかなあ」


 からん、からん! からん、からん!


 ふゅあ!?


「あ、ヨルクおじさんの鐘!」

「ヨルクおじさん?」

「えっとね、市場のおじさんだよ。お野菜と、お魚と、お肉と……」


 わたしはハルくんと、顔を見合わせた。


「今日の晩御飯!」

「急ごう!」


 ルラック村にはまだ、食事を食べさせてくれる店がない。

 行商人を逃すと、夕食がパンだけになってしまう。


 パウラを抱きかかえ、手鐘の音が聞こえた広場へと慌てて駆け戻る。


「今日は黄色ナマズが大漁だ!」

「赤キャベツの酢漬け、食べ頃だよ!」


 村の広場は昼間の静けさが嘘のように、賑やかな光景が広がっていた。


 行商人じゃなくて、村の人がめいめいに籠や大袋を持ち込み、野菜や魚を売っている。


 ……シャルパンティエより賑やかかも?


「ヨルクさん!」

「お久しぶりです!」

「お嬢、ハル坊!」


 人集めに手鐘を振っていたヨルク『おじさん』は想像したような商人ではなく、村の顔役の一人――わたしも良く知っている『英雄の剣』の初代リーダー、ヨルク『お爺ちゃん』だった。


 後で聞いたら、農家のまとめ役をしていた流れで、村の市もいつの間にか任されるようになったそうだ。


 手を振って駆け寄れば、しゃがれた笑い声で怒鳴られた。


「おう、挨拶はいいから、欲しいもんがあるなら先に買ってこい! すぐに売り切れっぞ!」

「は、はい!」

「パウラ、肩車してやっからお前はこっちに来な! ……母ちゃん達に巻き込まれると大変だからな」

「はーい!」


 当然、売り手も買い手も村の奥さん方なんだけど……ものすごい勢いで、銅貨と品物が行き交っている。

 所々では、物々交換も行われているようだった。時間が極短いせいかな、ヴェルニエの露天市場より賑やかだ。


 これは……本気で行かないと!!


「ハルくん、ゼルマおばさんからチーズの中玉買ってきて! これ、お金!」

「わかった!」

「あらまあ、ヘンリエッテ様!?」

「こんにちは、マルタお婆ちゃん! 今日からしばらくは『行商人ヘンリエッテ』です! お婆ちゃん、その焼き干しは一(くし)お幾らですか?」

「大きいのが三ペニヒ、小さいのは……そうね、おまけして二串で四ペニヒ!」

「じゃあ、小さい方全部で!」

「はい、ありがとう!」


 こんな調子で、小早鱒の焼き干しとタマネギの大袋、運良く昨日仕込まれたばかりの太い腸詰めと、生のシエヴァ豆を買い込めば、取りあえず、今夜の晩御飯はなんとかなりそうだった。


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