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第十三話「旅立ちの日」

第十三話「旅立ちの日」


「おはよう、お嬢。結構な大荷物だね」

「おはよう、ハルくん。一ヶ月間、よろしくね。これでも減らしたんだけど……」


 旅立ちの日の朝、改めて挨拶を済ませていると、もうハルくんが迎えに来てくれていた。


 マリウスは早起きして早朝の馬車便に乗り、とっくにシャルパンティエを降りている。


「エーベルハルト君、うちの子が馬鹿なことしようとしたら、首根っこを捕まえてでも止めて頂戴ね」

「危ないことはしないだろうが、身の安全とは関わりのない無茶なら、割とやりそうでね……。頼んだよ」

「はい、もちろんお任せ下さい、領主様、奥様」


 ふゅあ。


「……」


 どうしてそういう評価になるのか、一度皆に聞いて回りたいところである。


 大事な娘がひと月も家を出るという節目のお見送りなのに、何故か楽しそうなうちの家族にハルくん、ゲルトルーデ達だった。




 ▽▽▽




 昨日わたしは、半ば押しつけられるようにして、ハルくんと長期契約を結んだ。


「大奥様が仰ってたでしょ。『無償のお手伝いは駄目』って」

「でも裏を返せば、無償じゃなければいいってことよね」


 ロートラウトはギルドの受付がお仕事だから、その場で契約書類を用意して手続きを済ませ、見届け人になるぐらいは簡単だ。


 ハルくんは真鍮の冒険者で、一日あたり二グロッシェンの雇い賃になった。

 護衛ではなく、わたしの代理で仕入れをするのが主なお仕事になるから荒事なし、食事と宿代は雇い主持ちって契約なら、このあたりが相場になる。


 おまけにギルドを間に立てて正規の契約をしていたから、手数料が一グロッシェン。

 この近辺の宿屋だと、小さい個室で一泊出来るお値段だった。


 もちろん、堂々とした本物の契約で、もしかすると……私が試練を乗り越えた後に役立つ経験なのかなと、お婆様の笑顔を思い浮かべる。


「お嬢は領地から出られない約束で、レーヴェンガルト領の外で商品を仕入れるなら、誰か雇わないといけないよね。でもわたしやリーゼルは、お仕事があるし……」


 これは、ギルド勤めのロートラウト。


「俺はヴェルニエでの長期契約があるから、動けないな」


 マリウスも明日の朝、家を出てしまう。


「じゃあ、私かエーベルハルト君になるんだけど……」

「ヴィリとお嬢の組み合わせだと、行き詰まった時に、似たような知恵しか出てこないだろうなあって考えたの。ほとんど姉妹みたいなものでしょ」

「うん」

「それに、赤銅のヴィリだと雇い賃も高くなるから、ここはもう、エーベルハルトさんしかないなって」

「他の誰かより気安いだろうし、私達も心配が減るわ」


 ヴィリとリーゼルは、さあ契約よと、揃ってわたしに詰め寄ってきた。


「わたしも助かるけれど、肝心のハルくんは、どうなの? ひと月もダンジョンに行けなくなるよ」

「うん、実は……僕の方も割と助かるかな」

「だよなあ」


 ハルくんはマリウスと顔を見合わせ、揃ってため息をついた。


「あの、どうしてハルくんまで助かるの?」

「長期契約の実績が、ギルドに残るからね。僕もマリウスも貴族の出で、なかなか機会がないんだよ」

「赤銅のタグを目指すなら、どうしても欲しいところだよなあ」

「あー……」


 二人とも、小さな部分で苦労がある様子だった。

 マリウスが地味な魔法作業の仕事を受けたのも、そのせいらしい。


 実力だけがものを言う上、急ぎ仕事の多い魔物退治はともかく、日常業務の長期契約となると、これが難しいそうだ。庶民の雇い主から見て、貴族出身の冒険者に毎日来て欲しいかと言えば……うん、継続しての子守りや書類仕事なんかだと、気を遣ってしまうだろう。


 礼法や魔法の家庭教師なら逆に重宝されるらしいけど、名指しの依頼が殆どで募集はほぼない。……って、時々忘れそうになるけど、わたしも一応その貴族だった。


 でもわたしとハルくんに限定するなら、それなりに長い付き合いもあるし、この契約はお互いに安心できる。


「じゃあハルくん、よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」

「ふふ、頼りにしてるよ」


 ヴィリ達には出来ないお話になるけど、ハルくんの実家とうちの家、それぞれの家名が信用の『担保』になり、双方、悪いことが出来ないようになっていた。


 家の名前は重みにもなるけれど、たまには守ってくれることもあるわけだ。


 もちろん、そんな事情があろうとなかろうと、ハルくんに悪いことしようとは思わない。でも、悪意のある噂、なんていう横槍から身を守るのには良かったりするからね。


 二人で苦笑いして、明日から頑張ろうって、握手した。


 ……意外に大きくて、あたたかい手だった。




 ▽▽▽




 じゃあ行ってきますとお辞儀をして、結構な重さになった背負子を担いで手荷物まで抱え、一番最初に向かったのは屋敷のはす向かい、『魔晶石のかけら』亭だ。


「今日はここで一泊ね」

「ああ、情報収集かあ」

「うん。軸になるものがないと、たぶん間違えると思うの」


 人数だけならダンジョンの中の方が多いかもしれないけれど、我が街で一番多くの冒険者がくつろいでいる場所は、この宿屋で間違いない。


 もちろん、実際は『情報収集』なんて堅苦しいものじゃなかった。シャルパンティエから降りずに買い物できると嬉しい品物を、みんなに聞いて回るだけの話だ。


「お邪魔しまーす!」

「はいよ、毎度! おはようお嬢、ハル」

「おはようございます、ルーファスさん」


 帳場の中で注文書を書き付けていた宿の主人ルーファスさんが、ああ、早速旅立ちかと笑顔を向けてくれた。


「ルーファスさん、ちょっと相談があるんですけど、今大丈夫ですか?」

「はいよ、何でも言ってくれ!」


 直接お店の中で商売するわけじゃないけれど、テーブル一つの貸し切りと、冒険者への声掛け――エールを奢ってお話を聞きたい旨を説明する。


 冒険者宿で人も多く集まる『魔晶石のかけら』亭は、お店の中で商売する人も多い。

 例えば、夜の酒場が稼ぎ時の吟遊詩人とか、お菓子を売り歩く『うちの店』の子とかね。


 わたしも見習いの頃、挨拶をして許可の木札を買い、休憩している冒険者の間を回ったものだ。


「商売の邪魔になっても困るし、情報は欲しいしで、お願いできないかなあって考えたんですけど……。あ、もちろん場所代はお支払いします」

「おう、昨日親父とお袋から聞いたぜ。手伝いはいかんが、一人の商人としてなら相手してもいいらしいな」

「はい」


 しばらく考えていたルーファスさんは、ぽんと手を叩いて指を立てた。


 何か思いついたらしい。


「よし、場所代はなしでいい」

「え!?」

「代わりに奢るエールは中ジョッキ、ってのはどうだ? テーブルの予約は、冒険者の中を動いて回るならあまり意味がない。ジョッキの方はうちの儲けが……ってより、小じゃよ、くいっと飲んだらおしまいだ。話も短くなっちまうだろうし、お嬢にもその方がいいんじゃねえか?」

「……なるほど」


 ルーファスさんの提案には見所があるけれど、それぞれで消費しそうな金額を考えてみる。


 テーブルの予約賃は、確か半グロッシェン。

 滅多にないらしいけれど、どうしても混みそうなことが分かっている秋の暮れ、雪で街が閉ざされる直前なんかは、如何に冒険者宿でもテーブル貸し切りの予約が入る。


 普段の相席は、ほとんど誰も気にしない。でも、節目の日ぐらいは仲間内だけで過ごしたいなんて理由があれば、それもそうかと思う。

 ……後は、相席する方が気を遣ってしまう恋人同士とか。


 今日のところは大丈夫そうだけど、半グロッシェンと言えば、木賃の相部屋を借りられる金額でもあった。


 それに対して、エールのジョッキは小が一ペニヒで、中が三ペニヒだ。


 小ジョッキのお値段はシャルパンティエの街の商工組合で決められていて、『駆け出しの冒険者でも飲める値段に』と話し合われた結果だった。

 身の安全に直結する、冒険の必需品や食料品ももちろん価格が低く抑えられてるんだけど、一つぐらいは楽しみがないと、息が詰まってしまうものね。


 一グロッシェンで二十五ペニヒになるから……えーっと、七人以上に話を聞くなら、中ジョッキの方が高くつくのかな。でも全体を考えれば、奮発ってほどお財布に痛いわけじゃない。


 無駄遣いは戒めなきゃいけないけれど、必要なところはけちけちしちゃ駄目だ。


 休憩日組の冒険者全員にご馳走したとして……五十人と多めに見積もっても百五十ペニヒ、グロッシェン銀貨六枚分なら、ここはわたしが『何かやってる』って街で噂になる方がお得かな?


「じゃあ、場所代なしの中ジョッキでお願いします」

「おう、こっちこそよろしく頼むぜ。さて、お嬢の試練はどんな物語に……親父!」

「おはようございます、カールさん!」

「昨日はありがとうございました!」


 奥から出てきたのは、大きな包丁と砥石を手にした大旦那のカールさん。うちのお爺ちゃんほどじゃないけど、背も高くてがっしりしてる。若い頃は並み居る冒険者を差し置いて、シャルパンティエで一番腕相撲が強かったそうだ。


「やあ、二人ともおはようさん。……どうしたんだ? お嬢は今日出発だろうに、のんびりしてていいのかな?」

「親父、お嬢に酒場での『商い』を頼まれたんだがよ、今日は誰かの宴会の予約や吟遊詩人の歌はなかったよな?」

「酒場の予約は特に聞いていないな。お嬢はうちの酒場で何か売りたいのかい?」

「それもあるんですが……」

「うん?」

「カールさんにも『行商人ヘンリエッテ』として、ご挨拶させて貰いたかったんです」


 懐から行商鑑札を取り出し、カールさんに改めて貰う。

 カールさんは商工組合の大旦那――議長さんだ。新しい行商人なら、一言通しておく必要があった。


「ああ、そりゃご苦労さんだ。うん、確かにご挨拶を受け取った。それで、酒場の方は?」

「冒険者の皆さんにお話を聞かせて欲しいんです。それにここでお話を聞いて回れば、後は勝手に噂が広まると思うんで……」


 物じゃないけれど、情報というか、欲しいもの、あると便利なものを聞いて回りたい旨をもう一度説明する。


 カールさんも昨日招待されたうちの一人だし、わたしも横紙破りになるようなお願いをしてるわけじゃない。

 すぐに納得して貰えた。


「あの、話を聞いて回った後、仕入れるものが決まってから、もしかすると、今度は本当に『商い』のお願いに上がるかもしれません」

「ああ、そちらも大歓迎だよ。まあ、今日のところは、うちの連中にたっぷり飲ませてやってくれ。特に、駆け出しにはね」

「はい、分かりました。こちらこそありがとうございます」


 ここ『魔晶石のかけら』亭のお客さんは、もちろん『地竜の瞳』商会のお客さんでもある。


 情報はともかく、『いつもありがとうございます』の一杯でもいいのかもね。


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