第十一話「使い魔キューレ」
第十一話「使い魔キューレ」
早速、執務室の両親に理由を話して、ちびっこと使い魔契約したいことを伝える。
「それは別に構わないが……」
「そうねえ、うちの子達ならお互い慣れてるし、いいんじゃないかしら」
代々って事もないけれど、お婆様だけでなく、リーゼロッテ叔母様も契約した使い魔はテンだった。
他にも、うちの子は『銀の炎』魔法塾の卒業生に貰われていくことも多いかな。
「ああ、ヘンリエッテ」
「はい、お父様?」
「料金は、家の方につけておきなさい」
「……そうね、まだ試練前だから許しましょう」
「えっと、ありがとうございます!」
ふゅあ!
お婆様に怒られるってこともないだろうけど、お小遣いから契約の儀式代を出さずに済むのは、ほんとに助かる。
「ヘンリエッテ、その子の名前は決めたのかしら?」
「はい。……キューレ、です」
ふぃあ。
冷静沈着とか、賢さを意味するその名前は、もしもわたしが使い魔と契約するならと、ずっと前から用意していた名前だった。
じゃあ早速いってきますと、キューレを肩に乗せてギルドに向かう。
今の時間なら、大丈夫なはずだけど……。
「あらまあ、結局契約することにしたの?」
「うん」
ふぃ。
ロートラウトにグリュックを紹介して、使い魔契約の手続きを頼めば、今日は魔法使いのメーメットさんも待機中なので大丈夫と、すぐに書類が作られた。
「そっか……。ね、キューレ。お嬢のこと、ちゃんと守ってあげてよ? しっかりしてるようで、意外に抜けてるからね」
ふゅあ!
「ちょ、ロートラウト!?」
「あはは、いいお返事だね、キューレ!」
メーメットさんを呼んで貰うと、そういえばそんな季節だなあと、大きく伸びをしながら出てきて下さった。
初夏の少し前、今の時期は動物達の巣立ちの季節で、冒険者の中にも使い魔契約について聞いてくる人がいるそうだ。
「ああ、小さな使い魔なら、契約の儀式につかう魔法陣の材料も用意してあるからね。すぐに準備できるとも」
「よろしくお願いします!」
メーメットさんもロートラウトと同じくシャルパンティエの孤児院出身で、若い頃はうちのお父様と同じパーティ-で活躍していらした人だ。魔法の師匠も当然ディートリンデ先生で、わたしの大先輩でもあった。
じゃあこちらにどうぞと、奥にある仕事場に案内される。
普段は魔晶石の品質や数を確かめるその部屋で、先にわたしの魔力を再計測するそうだ。
「でもメーメットさん、魔力って、急に伸びたりしませんよね? 最近はお仕事ばかりで、練習もあんまり……」
「だが、お嬢は毎日魔法を使ってるだろう? 十分練習代わりになってるんじゃないかよ思うよ」
「……そうでした」
荷運びの魔法なしじゃ、本気で仕事が回らないうちのお店である。
もちろん、お婆様も魔法はお得意なので、それほど心配はしていないけど……。
改めて考えると、うちのお店はやっぱり普通のお店じゃないなあ。
ずるい、ってほどでもないんだけど、魔法が使える人を雇えばお仕事も捗る。
でも同時に、結構なお給金が必要だから、均衡は取れている……のかな。
魔法の使い手は色んな職業で引く手あまただし、他のお店じゃ人を増やして対応するのが普通だった。
それも、試練を与えられてお店を離れたから、気付くことが出来たんじゃないかと思う。
「い、いきます!」
呪文が刻まれた水晶球に手をかざして、待つことしばし。
「緑には届かないけど、黄色の上の方だな」
「わ、ほんとに伸びるんですね!」
赤橙黄緑青藍紫とある魔力の強さ、その真ん中までもう一歩だ。
冒険者にならないかと誘われたこともあるけれど、『魔法が使える』からって『魔物と戦える』わけじゃない。
もしも魔法関係のお仕事をするなら、研究助手とか薬草師、基礎の基礎を教える先生……のお手伝いの方が向いてると自分でも思う。
「じゃあ、次はキューレだ。この籠に乗せて」
「はい。キューレ、魔力を測るだけだから、大人しくね」
ふゅあ。
テーブルに魔法陣の描かれた布が広げられ、小物入れに乗せられたキューレがその上に置かれる。
契約相手の魔力を測るのは、事故を防ぐ為だった。
魔力を持っていない動物が相手なら、普通はしなくていい。
でも、魔獣とまでは言えなくても、うちの子達は普通じゃなかった。
「じゃあ、行くよ。……【二の円環と六の呪言、一の方陣と四の呪言、発現せよ】」
魔方陣に魔力が注がれ、薄い魔力の靄がキューレを包み込んだ。
使い魔の子孫は必ず魔法が得意ってわけでもないんだけど、時に契約する前から魔法の使える子が生まれてくる。
特に、うちの子達は時々……よりはずっと高い確率で、魔力持ちの子が多い。
もっとも、魔力よりもその知恵の方が問題で、これは我が家とギルドだけの絶対の秘密だった。
キューレのご先祖フリーデンは、契約前から魔変――魔獣化しかかっていて、最初からとても賢い子だったそうなので、その影響じゃないかって言われている。
「【魔力よ、その流れを陣に従いて還流せよ】、【魔力よ、光となりて姿を顕せ】」
最初の呪文はキューレの魔力を活性化させる呪文、二つ目はそれが目に見えるようにする呪文だ。
靄がゆっくりと輪になり、キューレの体を取り巻いた。魔力がある証拠だ。
色は、薄い橙……かな。
「【魔力よ、その流れを解け】、【一の方陣と四の呪言、二の円環と六の呪言、解放せよ】。……はい、もういいよ。橙の上の方だね」
「ありがとうございます。ご苦労様、キューレ。橙の上の方だって。すごいね」
ふぃあ!
どことなく誇らしげなキューレを受け取り、目の高さに持ってくる。
ふふ、飼いテンで人に慣れてるとか通り越してるもんね、あなた達の聞き分けの良さは。
「じゃあ、次はこちらだ」
「はい、お願いします」
仕事場から移動した先はギルドの訓練場だ。
「キューレの魔力の分、円環一つと魔法語を追加だね」
ふゅあ。
今度は地面に、魔法の色砂を使った魔方陣が描かれる。
えーっと、基本の契約魔方陣は、『まずは任意の中心点を決めるべし。それを起点に東西南北、各々三歩進んだ方角点に術式に合わせた貴石を配するべし』……だったかな。
ドラゴンのような大きな相手なら三歩じゃたりないので、六歩や九歩になり、貴石の数や魔法陣の円が増えて、料金もお高くなった。
習ったような覚えはあるんだけど、普段使う魔法じゃないから、このぐらいしか覚えてないのは内緒だ。
出来上がったよと手招きされ、魔法陣の中心に立つ。
少し考えて、キューレは一旦肩に乗せた。
「さあ、お嬢」
「はい、お借りします」
メーメットさんから渡された縫い針で、わたしは自分の指先を刺した。小さく血玉が出来る。……うん、痛い。
「キューレも、いい? ……ちょっと痛いけど」
ふぃあ。
キューレも素直に、右の手を差し出してくれた。
……こんなちっちゃい手に針を刺すなんて、契約に必要な手順だと分かってても、かなり嫌な気分になる。
顔をくしゃりと顰めたキューレをそっと左手に乗せ換えれば、準備完了だ。
それぞれの指先と肉球に盛り上がった血玉を確認したメーメットさんが小さく頷いて、儀式が始まった。
「……我、ヘンリエッテ・フォン・レーヴェンガルトは今ここに願う。【魔法陣よ、発現せよ】」
付け加えられた一言だけが魔法語だけど、前口上は口に出すことで術者の意識を整える役目があった。
魔法陣が光り輝き、感じたことのない不思議な圧力がわたしにも与えられる。前に誰かの契約を見せてもらった時とは、全く違った。
「我、ヘンリエッテ・フォン・レーヴェンガルトは今ここに願う。【魔力よ、集いて満ちよ】」
今度は魔力がそのまま圧力となって、魔法陣の中を荒れ狂う。
これ、け、結構きついかも……!?
「我、ヘンリエッテ・フォン・レーヴェンガルトは今ここに願う。【血の誓約よ、我と彼の者を結べ】」
わたしは差し出されたキューレの肉球を、ぺろりと舐めた。
キューレもわたしの指先を、小さな舌先で舐めた。
途端、体の中が熱くなる。
「わっ!?」
ふゅあ!?
本能的と言ってしまっていいのか、吹き荒れていた周囲の魔力流が静まると同時に、わたしの中の魔力がキューレと繋がったことまで理解できてしまった。
「……大丈夫?」
ふぃ。
キューレと顔を見合わせ、お互いに、うんと頷く。
そうだね、気分も繋がってるね。




