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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第十話「巣立ちの季節」

第十話「巣立ちの季節」


 試練中の店主代理を引き受けて下さったのは、初代店主のお婆様だった。


「ええ、これなら在庫の方も問題ないかしら」

「ありがとうございます」


 お婆様は普段でも、居心地がいいからって、お店に立たれることが多い。


 当然、混乱などするはずもなく、最後に『質屋の見台』をお返しして、午後の早い時間には引き継ぎも終わった。


 店主の証ということもないけれど、この魔法の鑑定眼鏡がお店にないと、ダンジョンから持ち込まれる鉱石粒の査定に支障が出るから、これは仕方ない。


「後は……そうね、一つ、格言を授けてあげる」

「はい、お婆様」

「『これ正に正道なり』。ヘンリエッテ、あなたが誰にも恥じることなく、真っ直ぐに人の……商いの道を歩めば、結果はきちんと着いてくるわ」

「お婆様の生国の言葉ですよね」

「ええ、そうよ。……ふふ、試練の成否はもちろんあなたの頑張り次第だけど、本当は、もう決まっているのかもしれないわね」


 立ち向かう前から成功や失敗の決まっている試練って、それは意味があるのかな……?


 ううん、そうじゃない。

 お婆様のことだから、試練の途中でわたしが何を見て何を思うのか、そしてどう行動するのか、そんなところまで見る気でいらっしゃるのだろうと思えてきた。


 それは商売にも関係する、とても大事なことだ。


 品物を売って、はいおしまい……というのは、あまり上手じゃない商人だった。

 売れないよりはいいけれど、次にまたお客さんをお店に向かわせる『何か』がないと、長くは続けられない。


 その『何か』は、挨拶や笑顔だったり、ちょっとした気遣いだったり、何気ない雑談だったりするけれど、一見無駄なように思えても、それがお客さんとお店を繋ぐのよと、わたしは厳しく教えられてきた。


 領地の精霊の試練はひと月だけど、その後のことも考えて動かないとね。じゃなきゃ、試練は乗り越えられても、正式な店主になってから余計に苦労しそうだ。


「じゃあ、準備に取り掛かってらっしゃい」

「はい、いってきます、お婆様」


 かららんと、戸鐘の音と共にお店を出て、一つ気付いたことがある。


「はあ……」

 

 まだ旅立つ前だけど……お婆様の仰ったように、本当はもう、ずっと前から試練が始まってたんじゃないかって。


 何故か、そう思ったわたしだった。




 お屋敷に帰ってから、ああでもないこうでもないと、持っていきたい荷物を並べては、ため息をつく。


 屋敷の蔵から持ち出した古い背負子(しょいこ)の最下段は着替えで、その次が小物、一番上は、雨よけにも露店の敷き布にもなるぐるぐる巻きにした防水布だ。上を重くするのは、その方が大荷物を担いで長距離を歩いた時に疲れにくいから……って、ヴィリが教えてくれた。


 荷物は最低限にしておかなきゃ、重くて困るのは自分なんだけど、足りなくて後から買い足すのも恥ずかしい。……だからって、道中ずっと、背負子に荷運びの魔法を掛け続けるのは流石に無理だった。商品も持ち運ばなきゃいけないものね。


 下着は雨も考えて四組、上は……初夏になるし、腕まくりの出来る長袖と薄い半袖の重ね着で調節かな。流石にお婆様の秘宝、外気に合わせて涼しくも暖かくも出来る『春待姫の外套』は借りられるはずもなかった。


 もちろん、お婆様譲りの計算尺や、お母様からいただいた行商用の――見習いのお菓子売りをしていた時のお財布、小型の天秤ばかりにペンにインク壷に藁紙と、商売道具も忘れちゃいけない。


 金貨と行商鑑札と帳簿はもう用意されていて、明日の朝、手渡される。


 あとは……そうだよ、肝心の商う物がまったく決まってない。


「あーあ……」


 元手は大きいけれど、積み上げなきゃいけない金額も大きくて、ほんと、何を商おうか迷ってしまうよ。


 ラルスホルト大叔父様の工房で上物の魔法剣を買って王都で売れば、金貨の十枚や二十枚はすぐに儲かりそうだけど、代理人を立てても呆れられるだけじゃ済まないだろうなあ……。もちろんのこと、元手が今の十倍は必要だし、これは最初から却下だ。


 でも、うちの領地で仕入れられる特産品って、後はルラックの名物小早鱒(こはやます)の焼き干しか、シャルパンティエの街周辺の山野草ぐらいで、どちらもかっちりと卸す先が決まっていた。


 なので必然的に、お外から商品を仕入れてレーヴェンガルト領内で売るしかないんだけど、これもねえ……。


 かりかりっ。


「ん?」


 この音は、グリュックかな? 扉をひっかく音がする。


 ふぃあ!


「はい、いらっしゃい。どうぞ」


 扉を開ければ、グリュックだけでなく一家が勢揃いしていた。


「あら、みんなお揃い?」


 ふゅあ!


 ちびっこのうちの一匹が、わたしの足元にやってきた。


 どことなく緊張感を漂わせたその姿に、思わず手を握りしめてしまう。


「……どうしたの?」


 ふぃ!

 ふゅあー!


 互いに鳴き声を交わすと、グリュック一家は時々振り返りつつ帰ってしまい、ちびっ子だけがわたしの部屋に残された。


「えーっと……」


 ふぃ。


「……あ」


 ああ、そっか。


 そう言えばそんな季節だなあと、両手で抱き上げて目の高さを合わせる。


 少し前までは小さな毛玉だったちびっこ達も、今じゃ短い襟巻きぐらいには育っていた。


「……あなたも一緒に、一人立ちする?」


 ふぃあ!


 そうだね。


 わたしもたぶん、巣立ちの時期なんだ。


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