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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第九話「一つの試練、三つの道具」

第九話「一つの試練、三つの道具」


 しんと静まり返った大食堂に、お爺様の力強い声が響く。


「面倒、というほどでもないが、店を任せている我が孫ヘンリエッテに、試練を受けさせることとなってな」


 お爺様は当主の座まで譲ったわけじゃないから、身内の話――今日ならわたしの試練が本題のはずで、ある意味レーヴェンガルト家の私事(わたくしごと)だから、正しくもあるのかな。


「そこで皆に協力を頼みたいのだが……ジネット」

「はい、旦那様」


 小さく会釈したお婆様が後を引き取り、書き付けを取り出された。


「ヘンリエッテ、立ちなさい」

「はいっ!」

「あなたに与える試練は、『領地の精霊』ね」


 注目が集まる中、わたしはお婆様の表情を伺いつつ、考え込んだ。


 試練には、『運命の女神』とか『狩人の見習い』とか、中身に合わせてそれらしい名前が付けられる。これがまた、後から大人達の酒の肴としてからかいの種になるんだけど……『領地の精霊』という試練は、聞いたことがなかった。


 似たような名前の『家の精霊』は、家から一歩も出ないで過ごす試練だったかな。

 食べて遊んで寝ていたらもちろん失敗で、炊事に洗濯に掃除にと、忙しく働かなければ試練をやり遂げたと認めて貰えない。


「ヘンリエッテ、あなたには、試練を乗り越える三つの道具――金貨十枚と行商鑑札、それに新しい帳簿を授けるわ。来月いっぱい……そうね、マリー様がいらっしゃる日までに、この金貨を倍に増やしなさい」

「は、はいっ!」


 三つの道具、かあ……。


 金貨十枚――十ターレルは、グロッシェン銀貨だと四百枚、ペニヒ銅貨なら一万枚。

 実家暮らしのわたしのお小遣い、もといお給金なら、八百日分にもなる大金だ。


 行商鑑札は、もちろん行商の許可証なんだけど、露天市場のような許可されている市場以外でも商いをしてよろしいという、領主様のお墨付きである。


 最後の帳簿は……これ、きっちりと書き記して、後で試練の間の収支を見せなさいってことだろうなあ。


 おまけに、マリーが来る日は聖神降誕祭の直前だ。


 そっちの準備は……いいや、一旦忘れて考えないようにしよう。


「もちろん、約束事もあるわ。『質屋の見台』はお店で預かるし、他の商人の領分を荒らすような商売は認められないわ。それから、帳簿は当然、後で見せて貰うわね。そうそう、家のことで呼び戻すこともあるから、領地の外に出るのは一切禁止よ」

「はい、お婆様」


 わたしは店主見習いであると同時に、男爵家のお嬢様だった。


 試練を優先して家の顔を潰すなんて無茶は、流石に最初から慮外とされているようで、呼び出された場合は試練も一旦休止、その分は後ほど考慮して貰えるらしい。


 その他にも、身の安全とか色々あるだろうけど……店主見習いだって商人の端くれ、お婆様の一言に気付いたこともある。


 領地の外に出ないでこの試練を乗り越えようとするなら、外からの仕入れを諦めるか、代理人を立てなきゃいけなかった。


「そこで、お集まりの皆さんへのお願いなのだけど、この子のことは、一人の商人として扱ってあげて欲しいのよ」


 無料で泊めては駄目、良い商品なら買ってあげていいけど情けを掛けて買い物するのは駄目と、お婆様の説明は続いた。


 でもこれは、当たり前と言えば当たり前だった。領主の娘だからと甘い扱いをしては、何のための試練か分からなくなる。


「特にあなた達は気を付けなさいね。少しくらい知恵を貸すのはいいけれど、無償のお手伝いはしないように」

「は、はい、大奥様!」

「……あなたもね、ユリウス」

「う、うむ……」


 幼なじみ達とマリウス、ハルくん、ついでにお爺様にも釘が刺される。


「そうそう、ヘンリエッテ。理由がない限り、我が家には立入禁止ね」

「え……?」

「預けた十ターレルから、自分の生活費も出しなさい」


 やっぱり店主として、商人として、一人立ちを求められているのかな。


 与えられた条件は、一見緩いようで、実に厳しかった。




 ▽▽▽




 その後、難しい話はこれぐらいにしようとお爺様が乾杯の音頭をとられ、後は大宴会になった。


「子や孫の成長など嬉しいに決まっているが、親しき顔馴染み達と酒を酌み交わす口実にも丁度いいのだ」


 なんて笑ってらっしゃるけど、わたしはもちろん、目の前の試練のことで頭がいっぱいだ。


「ほらお嬢、悩んでないで、食べよ?」

「このニシン、美味しいよ」

「そうだよ、姉さん。お腹が減ると、知恵と幸運が真っ先に逃げるって」

「……うん」


 でも、マリウス達の言うとおりだ。

 食べてるうちに元気が出て、いい知恵が浮かぶかもしれない。


「そうだ、お嬢」

「はい、ヴィリ?」

「いい機会だし、使い魔契約、してみない?」

「使い魔かあ……」


 使い魔はよく懐いてとてもかわいいし、いると便利なのも間違いないけれど、魔法使いにとって必須の存在じゃなかった。

 ついでに、商人にも必要かと言えば、微妙だ。


「お嬢は魔力も結構ある方だし、種類によっては護衛にもなるから、契約してくれると私も安心なのだけど……」


 試練中なら、荷物番ぐらいはお願いできる……のかな?


 それに少しだけ、憧れもある。

 名前だって、用意してるけど……。


「でもヴィリ、契約していると魔力を与えなきゃいけないし、お世話だって必要になるでしょ? ……それにさ、試練の為に契約する、っていうのもちょっとどうかなって思うの」

「それもそうね……」

 

 試練が終わった後、お店に一生懸命で使い魔をほったらかしの商人とか、それはちょっと情けない。


 でも……もしも選ぶとしたら、うちの子かな。


 うちの飼いテン達はみな、お婆様の使い魔フリーデンの子孫だったし、その活躍も聞いている。

 今も街の大きさの割にネズミが少ないのは、彼らが日々、厨房や倉庫を見回ってくれているからだ。


 おまけに、かわいくて撫で心地も最高だし、わたしを見つけると、近くに寄ってきてくれた。

 ブラシで毛を()かれるのが好きで、グリュックはよくおねだりしてくる。


 あれ?


 ……契約してもしなくても、あんまり変わらないかもしれない。


 だったら、使い魔のいる方がいいのかなあ。


「それよりもどうさ、お嬢?」

「試練、上手くいきそう?」

「ちょっと難題、かな……。明日一日、どんな手があるのか考えてみるつもりだけど」


 行商鑑札の剣を掲げ、帳簿の盾で身を守り、金貨十枚を倍に増やす試練に立ち向かう勇者ヘンリエッテ……なんて、冗談にしていられるうちが花だよね。


 最初から行商鑑札は与えられているけど、明日はお店の引き継ぎで明後日が試練のはじまりと、準備が何一つ出来ていない。


 商いの方も、売り上げから仕入れ値を引いた利益はそのまま手元に残らず、生活費を考慮すると、単に倍稼いでも間に合わなかった。


 しかも期限はマリーのやって来る日――朝露月の一日から二十八日までの約一ヶ月と、限られている。


 ……この試練、ほんとに難題かもしれない。


「明日はまだ、試練前だよね?」

「もう一度集まろうか」

「お手伝いは駄目でも、知恵なら貸していいんだし!」

「うん、みんな、ありがと!」


 そうだね。

 試練なんて、恐くない。


 勇気と知恵と友情と勢いで、乗り切ってしまおう!


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