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円神  作者: 湯納
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プロローグ


 まだ幼い頃、初めてその姿を見た時の事を私は未だ鮮明に覚えている。

 

 それは村の豊作を祈る祭りの日だった。時間も九時を回った頃合、提灯の仄かな明かりと笛の音、賑やかな声に包まれた広場を離れ、祖母に連れられ家へと帰る途中であった。

 まだ遠くから微かに聞こえる太鼓の音頭を名残惜しく耳にしながら山間の道を進んでいると、突然に祖母が足を止め、繋いでいた手を強張らせた。見上げると祖母はじっと何かを見つめたまま、ゆっくりと道沿いの川向こうを指さした。

 恐る恐る目を向けるとそこには人影が一つ、川岸に立っていた。こちらに背を向け、動く様子はない。


「あれが見えるかい。

そうさ、向こう岸に立っている包帯だらけの男だよ。」


 その男は、雲に隠れた月を仰いでいた。

 ボロ切れのような衣服に身を包み、全身に巻きつく薄汚れた包帯には無数の赤黒い染みが広がっている。隙間から覗かせる素肌は黒ずんでいるように見えた。

 私は得体の知れない不安感から、祖母の影に隠れるように身を小さくして服の裾を掴んでいた。対照的に、祖母は驚きや恐怖も見せないようで、じっと男の方を見ていた。


「お前も聞いた事があるだろう?

あれは…あれが"円神"だよ。『神』とも『歩く死体』とも言われる、不死の化物さ」


 ――円神。それはいつか聞いた、村の言い伝えだ。

 その身体はいつ見ても傷だらけで、応急処置でのみ肉体を繋ぎ合わせ、常に癒えない傷跡や粗雑な縫い目を残したまま無理矢理に動かしているそうだ。

 彼、或いは彼らはずっと昔から存在し、時折人の前にも現れるとされている。特に、この村でも噂は絶えず実際に見たという者もいる程だ。大概は老人のために相手にされていないが、もしかしたら本当に目撃したものがいるのかもしれない。噂では、円神の目的は「死に近付く事」とも「神に近付く事」とも言われ、目的を語らぬままに人知れず恐ろしい怪異と殺し合いをしているという。


 それは満月の夜に現れる影「ヒトノナリ」。それは知性持つ黒い獣「オ・カ」。それは名も無き堕ちた神。それは彷徨う幻視の狂気「ココロ」。それは生き果てた「虫」。


 勝率は半分にも満たないが、一度として敗北はない。

 目的もあやふやに、執念だけで最期まで立つその存在を、いつしか人々は円かなる神人と呼んだ。


 不死とは何かと尋ねた私に、祖母は目を細め悲しそうに語った。


「あれは死なないのさ、神の末裔という呪いでね。もっとも、神様なんざいやしないと私は信じているがね。もしいたとしてもロクなやつじゃないさ。

 円神というのは、薄れてしまった神の血だけを受け継いでいてね、ほとんど人と相違ないんだよ。どうにも、神様には見放されたようでね。不死性だけを残した出来損ないなんだ。それが死に損ないながら生きているのさ。

 生まれながらにして、ただ死なない肉体というだけの事なんだがね。

 だけども、その再生力もまた人並でね。いつかの戦いでは身体をバラバラにされてからも5年もかけて繋ぎ合わさったって話さ。痛覚? ……そんなもの、聞かない方がいいだろう」


 私は想像もできずに、体を震わせた。

 そこに立っている男は、神の類でありながら普通の人間と大差ないという。

 ならば、ただ不死であるというだけの身体で何と戦うというのだろう。


「死ぬかって? 奴を殺すのは簡単さ。

 奴自身が死を望めば、肉体はその力を失うんだから。けれどね、それが一番難しいのさ。」


 祖母はクツクツと笑う。

 温厚で穏やかな普段の姿からは想像もできない、愉快そうに口を歪ませて。


「奴はその呪いを強さにしちまったんだからね。

 それが何であれ、あれは"諦めない"。

 守るものを背負って、最後まで立つ。

 だからあれは時間がある限り、負ける事は無いのさ。」


 心底楽しそうに。狂気に満ちる目で、祖母は男を見ていた。

 

「あぁ円神の名前かい?

あれを見てご覧よ。そうさ、まん丸な月が浮かんでいるだろう? 不死の、その無限の命を月の円かさ例えてね。ほら、月の縁を辿れど終わりはないだろう。いつか、どこかの村人が呼び始めたのさ。『円か月の神』とね。そしていつからか、『円神』と呼ばれるようになったのさ」


 祖母は魅入られたように直視したまま、腰の悪さをも気にせず、その場に膝を付いた。

 祖母の言葉と共に熱っぽい吐息が隣に立つ私の耳元を掠める。

 

「この村の、守り神だよ。

 ほら、お前も手を合わせな。」


 祖母は続けた。


「早く死ねるようにと。」


初めての連載モノ。

導入の回想なので短いですが、続きをお読み頂けますと幸いです。

『円神』、宜しくお願いします。

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