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第七話 ツラギ奪還

通信と索敵以外にも導術運用が広がります。

---ツラギ泊地沖 重巡鳥海 艦橋


「海軍さんは面白いやり方をしますね。実に興味深い」


 作業が一段落ついた所で陸軍部隊指揮官の一木清直大佐が感心した様子で言った。


 彼は作戦打合せのために輸送船から鳥海に移動していた。そして今後の作戦への理解が深まるだろうという三川の配慮により索敵作業を見学させてもらっていた。


海軍(うち)もこの様なやり方をするのは今回が初めてです。まだ試行錯誤の段階ですし(おか)の事は門外漢ですからね。何か気付く事があれば遠慮なくご指摘ください」


 一木への対応と説明を任されている大西参謀長が笑顔で答える。


 海図台に広げられた地図には多数の記号と数字が書き込まれていた。すべて導術索敵によって判明したツラギ島、ガブツ島 タナンボゴ島、フロリダ島に上陸した敵地上部隊の詳細な兵力配置である。


挿絵(By みてみん)


 米軍はこれらの島に合計4個大隊7500名もの海兵師団を投入していた。このため1100名程しか居ない上に戦闘要員はその半分にも満たなかった日本軍守備隊は、わずかな捕虜を除いて全滅している。


「今の所、私からは何も言う事は有りません。むしろ感心する事しきりです。しかし彼女らは凄いですね……斥候要らずだ。正直、陸軍(うち)にも欲しい所です」


 そう言って一木は壁際に用意された椅子に座って休んでいる静子と扶美を見た。それに気付いた二人がぺこりと頭を下げる。


「その昔、陸軍さんも一度検討して諦めたはずですよ。なにしろ軍隊は男ばかりですからね。戸締りの出来る艦内ですら彼女らの貞操を守るのに苦労してるのですから、仕切りのないおかだと何が起こるか分かりませんよ」


「もちろん事情は私も知っています。だから正直、海軍さんが羨ましい」


 大西が一木の冗談を混ぜ返す。それに一木も笑う。


「しかし、この情報だけでも我々は十分以上に助かるのですが……」


 一木は表情を真面目なものに戻すと海図台上の地図を見た。そして大西に視線を戻すと話題を変えた。


「最初の話だと、これからが本番という訳ですね」


「えぇ、陸軍さん以外に海軍(うち)の陸戦隊も居ますからね。今回は可能な限り上陸前に敵を叩こうと思っています」


 一木の視線を受け止めた大西は自信ありげな笑みとともに大きく頷いた。




---タナンボゴ島 第一海兵師団 第一空挺大隊


 日本軍が建設した構造物で唯一破壊を免れていた小屋で就寝していたガブツ・タナンボゴ島攻略部隊の指揮官ロバート・H・ウィリアムズ少佐は、雷鳴のような音と激しい揺れで叩き起こされた。


 ガブツ島と細い砂洲で繋がれたタナンボゴ島はツラギ上陸作戦で最も激しい戦闘が行われた場所である。寡兵にも関わらず日本兵は鉄棒と火炎瓶(モロトフカクテル)という原始的な武器で戦車に立ち向かい、肉薄攻撃で1両のM3A1戦車を破壊している。最後は標高50mもない山に立て籠もり艦砲射撃で潰されるまで抵抗を止めなかった。


 そして現在、ツラギ泊地の各島は完全に米軍の支配下にあった。本来ならば翌日にもガダルカナル島へ移動する予定だったが、先日の戦闘で輸送船を沈められたため島に足止めを喰らっていた。輸送船上にあった司令部も一緒に沈んだためツラギ上陸部隊全体の指揮もウィリアムズが執る羽目になっている。



 彼は寝台から飛び起きるとすぐに小屋の外へと飛び出した。装備を解かずに寝ていたので身支度を整える必要も無い。洗顔とうがいの一つでもしたかったが今は時間が惜しい。


 寝起きで粘つく口内が気持ち悪いが無視する。ガダルカナル島と違って揚陸作業がほとんど完了していたため幸い物資に困窮してはいないが、水も徐々に貴重品となりつつある。


「何があった!報告しろ!」


 近くに居た歩哨を捕まえ彼は怒鳴った。しかしその答えを聞くまでもなかった。海上に多数の発砲炎が見えたからである。驚くほど海岸に近い。


 発砲の度に赤黒い炎で敵艦の影が浮かび上がる。そして一瞬遅れて島内に大きな爆発が起こる。白い珊瑚質の砂に交じってモノや人が吹き飛ばされている。


「少佐!敵の艦砲射撃です!」


 ようやく彼を見つけた先任士官が走り寄ってきた。爆発音に負けない様にと大声で怒鳴る。


「見れば分かる!各中隊は現位置で耐えさせろ。下手に立ち上がって逃げれば余計に損害が増えるだけだ。夜間砲撃など滅多な事では当たらん!」


「反撃させますか!」


 司令部の横に居る戦車を指差し副官が尋ねる。今回の作戦では砲兵(less)欠いて(battery)いるが上陸戦闘で生き残った3両のM3A1軽戦車が手元に有った。


「敵は戦艦だぞ!豆鉄砲の37mmが何の役に立つ!それより各島の部隊へ戦艦の砲撃を受けていると知らせろ!それとヌーメアには救援を要請しろ!」


 撃ち込まれているのは20cm砲弾に過ぎないが陸軍では重砲にあたる。敵艦の姿も夜のためか巨大に見えた。このためウィリアムズは戦艦に砲撃されているものと信じ込んでいた。


「それより我々もさっさと塹壕へ入るぞ。あとは嵐が過ぎるまで頭を抑えているだけだ」


 めくら撃ちの夜間砲撃など嵐の様なものだ。通信兵が報告するの確認しながらウィリアムズは彼の常識からそう判断した。


 じっと頭を下げていればすぐに嵐は過ぎ去る。闇夜では弾着観測も効果判定も禄に出来ない。見た目が派手なだけで効果は薄い。そのはずだった。


 だが彼のその常識は、しばらく後に覆される事となる。




---ツラギ南方 タナンボゴ島沖 重巡鳥海 艦橋


 タナンボゴ島の稜線を目印に艦の定位と島内の導術索敵を行うと、沖合をゆっくりと進みながら三川艦隊は敵兵の居る場所を集中的に砲撃しはじめた。夜間のため弾着修正は困難だが、座礁の危険を顧みず大胆に艦を島に寄せたお蔭で大きく外れる事はない。


 着弾の度に闇に沈んだ島影に赤い閃光が煌めく。当然ながらその光の下で何が起こっているかを常人は伺い知る事など出来ない。だが導術士である静子と扶美は砲撃が敵に与える影響を静かに観察していた。


「A3地点、西半分の反応消失。残り反応、凡そ80」


 着弾の瞬間、島の南端にあった反応の塊がごっそりと消えてなくなった。それに等しい数の人間がたった今死んだという事実を静子は頭の隅に追いやり、情報のみを報告する事に集中する。無意識のうちに静子は手をぎゅっと握りしめていた。


「苗頭修正、右二」


 静子の情報を元に砲術長が弾着修正の指示を出す。そしてタナンボゴ島の上に煌めく爆発の閃光が先程までよりわずかに北にずれる。そして再び反応が消失する。


「効果大なるを確認。残り8。反応薄い」


「五人はとっても苦しんでますーー。三人は意識が無いです……あ、一人消えましたーー」


「砲撃やめ。目標をA4地点に変更」


 静子と扶美の情報から敵の拠点の一つを完全に潰したと判断した砲術長は、次の敵拠点に目標を変更した。


 索敵作業に一瞬間があいた所で、静子は隣にいる扶美の事が気になった。


 反応の位置と数のみに集中している自分はまだいい。だが気配より感情を探る事が得意な扶美は敵の状態を確認する任務を与えられている。つまりは敵兵の苦しみも彼女は感じていると言う事だ。


 ミッドウェーの時に自分は酷く苦しんだ。それよりもっと大勢の死に様を同時に感じながら扶美はどうして平気なのだろう。そう思った静子は、ほんの少しだけ扶美の気配に触ってみた。そして扶美も自分と同じく必死に耐えている事を知った。


 普段に彼女が見せる妙に明るい振舞いは、この苦しみを隠すためなのかもしれない。静子は少しだけ扶美の事を理解できた気がした。



「こりゃあ、うちらの仕事は無さそうだな……」


 特務通信士たちの苦悩を知らず、ただただ唖然として砲撃の様子を眺めていた一木の口から思わず独り言が漏れる。


「元よりそのつもりですよ」


 それを耳にした大西が微笑んだ。


 三川は、陸戦隊と一木支隊が上陸する前に敵兵を一人残らず倒してしまうつもりだった。そしてそれは機械的な正確さで達成されようとしていた。




---タナンボゴ島 第一海兵師団 第一空挺大隊


 敵の砲撃は信じられない程に正確で、かつ恐ろしい程に執拗だった。


「第3中隊、応答ありません!」


「第2中隊、応答なし!」


「奴らはこちらの居場所が分かっていると言うのか……」


 次々と寄せられる報告にウィリアムズは唖然としていた。


 どういう訳か砲撃はこちらの部隊が展開している場所に絞って行われていた。しかも目標とされた部隊が全滅するまで砲撃が続けられている節がある。闇夜にも関わらず敵にはこちらの状況が見えているとしか思えなかった。


 司令部に救援を求めたが助けは来ないとの事だった。ガダルカナルに居た艦隊はつい先程に大損害をうけ撤退してしまっている。彼が出来た事は隊員全員を塹壕に籠らせる事だけだった。その塹壕も珊瑚礁地質のため浅く脆い。防御効果は限定的だった。


 そして、とうとう砲撃はウィリアムズの居る第1中隊に襲い掛かってきた。


「全員、頭を上げるな!すぐに砲撃は終わる!耳をやられたくなければ口を開けて耳を抑えていろ!」


 そう叫んでウィリアムズも日本軍が掘った塹壕の底に蹲った。


 まるで大地が大きな手で鷲掴みされているかの様に間断なく揺れ続ける。珊瑚の白い砂が雪の様に背中やヘルメットに降り注ぐ。


 どうか早く終わります様に……恐怖に抗うため無意識に大声で叫びながらウィリアムズは必死で神に祈った。その願いは速やかに叶えられることとなる。彼と彼の部下達の命を代価にして。


 ガブツ島、タナンボゴ島の敵を一掃した三川艦隊は、続いてツラギ島、フロリダ島を同様な地獄に変えていった。




---重巡鳥海 艦橋


 陸戦隊と一木支隊を無事上陸させた後、艦隊はラバウルへの帰途についていた。


「連れて来られた意味が無かったと一木大佐は愚痴を言ってましたね」


 若い参謀が言った。もちろんそれは冗談である。一木は損害が無くて助かったと三川に大層感謝していた。それにフロリダ島内に見つかった敵の小集団の掃討作戦も行う予定である。


「砲撃にどれくらい効果があるか確信が持てなかったからな。実際ガダルカナルに砲撃した時は大して損害を与えていない。上陸戦力は保険だよ」


 作戦が上首尾に終わった事で軽口を叩く彼を別の参謀が諌める。上陸にあたって敵の抵抗は全くなかった。それも当然である。敵の生存者は数名だけ、それも重症者ばかりであった。敵は文字通り全滅していた。


「しかし、せっかく敵を全滅させたのにツラギもタナンボゴもガブツも放棄とはもったいない話ですね」


「今回は早期奪還の名目を得るのが目的だ。いずれ敵の空母部隊も戻ってくるだろう。そうなれば逃げ場の無い小さな島ではまた潰されるだけだ」


 三川は海軍陸戦隊と陸軍一木支隊をかつて横浜海軍航空隊の水戦基地があったフロリダ島にのみ上陸させていた。他の島は現時点では防衛が困難なため一時放棄が決定されている。


「陸軍の協力が得られればガダルカナル奪還作戦が行われるだろう。そうなればまたツラギに大艇部隊も進出できる」


 参謀達の会話に大西が割り込んだ。今日は報道班員が特務通信士たちの慰問活動に同行しているため艦橋に居ない。お蔭でこういった気楽な作戦話もする事ができた。


「導術索敵がある今となっては大艇の偵察にどのくらい価値があるか疑問ですがね」


 神も会話に加わる。今回の艦砲射撃の成果もあって、神はすっかり導術運用の虜になっていた。


「いや、導術で探れるのは人の気配だけだ。それを忘れてはいけない。敵情の目視確認はこれからも重要だ。それに電探もこれから重要となるだろう」


 導術の有効性は認めるものの、それに頼り切る事の危うさも感じた大西はそれを窘めた。


「陸軍の協力が得られれば、早ければ今月中にも作戦はあるだろう。だが今度は敵も空母や戦艦を繰り出してくるはずだ。だから主役は第三艦隊になるな。やっと我々は休めそうだ」


 議論になりそうな気配を感じた三川が話を逸らした。せっかく良い雰囲気の司令部の空気を壊したくはない。導術運用についての議論は皆が冷静な時に改めてやった方が良い。


 それに三川の言う通り、新編された第三艦隊は往時の第一艦隊程ではないがそれなりに有力である。さすがに次の作戦では第八艦隊の出る幕は無いだろう。


 この所の連戦で第八艦隊は艦も乗員も休息が必要だった。特に特務通信士の少女達は一度戦場から離す必要がある。気丈に振る舞ってはいるが彼女達はかなり無理をしている。新戦術考案にあたり三川は導術士について色々と調べていたせいか、その事に三川だけは気付いていた。


 彼女たちにも漸く休暇を与えられるか……。休暇の話題で明るくなった司令部の様子を眺めながら、今頃は慰問活動で別の苦労しているであろう少女たちの事を三川は想った。




---ガダルカナル島南西 重巡ヴィンセンス 艦橋


 スコット少将は残された艦で生存者を可能な限り救出すると慌ただしくルンガ泊地を離れた。


 結局、救出作業の間に敵艦隊が姿を現す事は無かった。代わりに齎されたのはツラギが攻撃を受けているという情報だった。敵は戦艦まで含む艦隊らしい。とてもではないが救援に向かう事など出来る相談ではなかった。


 翌朝になると艦隊の様子が見えてきた。ヌーメアを出た時には12隻を数えた艦隊も今はわずか4隻しか居ない。どの艦も甲板上に多くの人を乗せている。艦橋から見えるヴィンセンスの前甲板にも多くの水兵が毛布に包まりそこかしこで横になっていた。どの顔も疲れ果てた表情をしている。


「司令、損害集計があがりました」


 前甲板をぼんやりと眺めていたスコットは背後から声を掛けられた。参謀長が疲れた顔で夜通しでまとめられた報告書を差し出す。スコットも似たような表情でそれを受け取った。


「アストリアの状態は?」


「沈没の危険はありません。浸水も今は止まっています。ただし缶が一つ潰れたので20ノットが精々とのことです」


 とりあえずこれ以上は艦を失う事は無い様だった。だが艦隊を構成するのは船だけではない。


「どれくらい救助できた?」


「各艦からの報告を集計した結果、救助できたのは698名でした。つまり……」


 参謀長が言い淀む。


「……あぁ分かっている。900名程が喪われた事になるか」


「はい、誠に残念ながら。救助した中には重症者も多数いますので死者は今後も増える可能性があります。それにアストリアでも45名の戦死者が出ています」


 艦だけでなく喪われた人員も多い。夜間で敵の攻撃を恐れながらという事もあり十分な救出作業を出来なかったのが痛かった。


 8隻の艦艇と1000近い命。それだけの対価を払って得られた成果は、ガダルカナルの海岸に新たな漁礁を増やしただけだった。


 海岸にあれ程の沈船があるのだ。ジャップが逆上陸をする時は、さぞや面倒な事になるだろう。いい気味だ……。スコットは自嘲気味に口元を歪める。そして現実逃避しかけた思考を無理やり現実にもどした。今はそんな贅沢は許されない。


「物資はどれくらい揚陸できた?」


「ほとんど出来ていないと思われます。何しろLPCL第一陣の最中に攻撃を受けましたので……その第一陣も揚陸を中止して救助作業を優先したため物資の全てが海岸に辿り着けた訳ではありません」


「つまり揚陸できたのは、せいぜい20tほどか……」


「はい、多くてもその程度かと」


 スコットは島に残されたままの海兵隊の事を思い溜息をついた。


 20t程度の物資では節約しても1万人の兵士の食料の二日分にも満たない。作戦の失敗で彼らの食料が数日以内に完全に尽きる事は確定的となった。いくらかは海岸に漂着する物資もあるだろうし、空中投下作戦も行われるだろうが焼け石に水である。


 あと数日で空母部隊は復帰するはずだ。物資もヌーメアに集積されている。しかし手持ちの攻撃輸送船(APA/AKA)と高速輸送船(APD)を全て失った現状では、本土から新たな輸送船を回航するか民間輸送船を徴発しない限り大規模な補給は行えない。


 今回の結果を見れば、たとえ空母の護衛があったとしても再度の隠密揚陸は危険が大き過ぎる。


 ガダルカナル島の海兵隊は酷い飢餓に襲われるだろう。沈んだ艦の乗員もいくらかは海岸に泳ぎ着いているかもしれないが、状況を考えると運が良かったとは言えないかもしれない。彼らの悲惨な未来を予想したスコットは心が痛んだ。


「それと司令部ヌーメアからの情報では、昨晩攻撃を受けたツラギは現地部隊との連絡がとれない状況との事です。司令部ではツラギに敵が再上陸した可能性を考えています」


「まさか全滅したとは思えんが……もしかしたら奴らの目的はツラギだったのかもしれんな。我々は運悪く敵の攻略部隊と鉢合わせしただけかもしれん」


「はい。私もその可能性が高いと思います」


 もし敵の目的がツラギだったのならば、キャラハンが危惧した様にこちらの作戦が漏れているという事は無いだろう。スコットは負け戦の中で一つだけ良い情報があった事に少しだけ胸をなで下ろした。


 しかし敵が哨戒網をどうやって潜り抜けたのかは相変わらず謎であった。やはり情報が漏れている可能性も否定はできない。


 今回はレーダーの反応も無かった。敵の電波が一切傍受されていない。レーダーも無しにどうやってこちらを見つけたのか。通信も無しにどうやって各艦の連携をとっているのか。


 闇夜に忽然と現れ音も無く襲い掛かってくる船。それはまるで……


「幽霊船か……」


「?……司令?」


 スコットの呟きを耳にした参謀長が怪訝な顔をした。


「いや、なんでもない」


 スコットは何かを振り払う様に首を振った。そして気を取り直すと、後に連合国側で『タサファロング沖海戦』と呼ばれることとなる戦闘の損害報告書に目を通し始めた。


 この時のスコットの呟きは艦橋要員も耳にしていた。その言葉は恐怖とともに静かに米海軍の中に拡がっていくこととなる。



---ハワイ 米海軍 太平洋艦隊司令部


「病み上がりに呼び出して済まない。もう身体の方は大丈夫かね?」


「問題ありません。病院は随分と退屈でしたから早々に呼んで頂いて感謝しております。ほら、この通りばっちりですよ」


 1942年(昭和十七年)8月16日、つい10日程前に退院したばかりのウィリアム・ハルゼー・ジュニア中将は、急に呼び出されたかと思えばそのまま輸送機に押し込められ、そのままハワイの太平洋艦隊司令部に連れて来られていた。


 申し訳なさそうに彼の体調を気遣う太平洋戦域(CINCPAC)最高司令のチェスター・ニミッツ大将の前で、ハルゼーは体操をする様にぐいぐいと身体を動かし復活をアピールする。


「わかったわかった、安心したから止めたまえ。それで状況は聞いているな?」


「ここに来るまでの長旅中に散々レクチャーされましたからね。俺の皮膚病より酷い状況だって事はわかってます」


大人しく座ったハルゼーが嫌味を交えて答える。


「ならいい。南太平洋方面軍司令官(COMSOPAC)のゴームレーの更迭が決まった。君にはその後任としてヌーメアに行ってもらう。現地指揮官から彼の戦意が不足しているとの声があってな。君なら戦意に不足は無いだろう」


 ニミッツの言葉にハルゼーはフンと不敵に笑う。


「私からの命令は一つ。勝つ事だ。期待している」


「お任せください。ご命令通りジャップを殺して殺して殺しまくってみせますよ」


 ハルゼーはすっと立ち上がると、カツンと踵を揃え敬礼した。

 人相手なら導術でも多少の弾着観測が出来るかもしれません。ソロモンが史実より酷い状態なので、ゴームレーの更迭とハルゼーの司令官就任は2ヵ月ほど早まりました。


 タナンボゴ島の戦いについて、「フロリダ諸島の戦い」のWikiではLVT2両が肉薄攻撃で破壊されたとなっていますが、これはM3軽戦車1両の間違いだと思います。この戦いでLVTは戦闘に使用されていません。

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