第五話 帰還
最終話となります。少し短めです。
---ヌーメア 南太平洋地区司令部
「これでまた振り出しです。むしろ友軍が島に取り残されてしまった分マイナスかもしれません」
報告を終えた参謀長のダニエル・J・キャラハン少将が最後に大きく溜息をついた。ほとんど寝ていないのだろう。彼の眼の下にははっきりとした隈が見て取れる。その手には今朝方ようやくまとまった報告書があった。それは一昨日行われたサボ島沖海戦(連合国側呼称)の第一報であった。
あの夜の一連の戦いで連合国軍は3隻の重巡、1隻の軽巡、7隻の駆逐艦、それと守るはずだった23隻全ての輸送船を失っていた。沈没は免れたものの大きな損傷を受けた艦も多い。乗員の損失だけでも2000名以上にのぼる。
「それにターナー少将とヴァンデグリフト少将については残念な事でした」
それより痛手だったのが攻略部隊の指揮官をまとめて喪った事である。特に経験豊富なターナーとヴァンデグリフトの戦死は米軍にとって大きな損失だった。
直接の敗因は空母部隊の後退による索敵能力の低下とされた。だが空母部隊を下げたフレッチャーは責任を問われていない。後退を認めたターナーに責任があるとされたが彼は現地で戦死している。責任問題はこのまま有耶無耶になりそうだった。
実はこの分析にキャラハンは少し疑問を持っていた。空母部隊が居なくてもソロモン諸島沿いには十分な数の潜水艦と哨戒機が配されていたはずである。
被った被害から考えて10隻以上は居たであろうと思われる敵艦隊が、どうやってその哨戒網をすり抜け上陸作戦部隊を奇襲できたのかキャラハンには不思議でならなかった。日本軍がこちらの哨戒体制を知っていなければこんな芸当は出来ない。それはつまり連合国軍の情報が日本側に漏れている可能性を示している。
報告を聞いても黙って俯いたままの上官を見つめながらキャラハンはそんな事を考えていた。
「……やはり島の維持は難しいか。撤退を検討すべきかもしれん……」
ようやく南太平洋地区司令官ロバート・L・ゴームレー中将が口を開いた。その声は弱々しく覇気が感じられない。そして出た言葉は悲観論だった。
(どうして最初から撤退を考える!あんたがそんな弱気だから日本軍に勝てないんだ!)
「司令、退くにしても踏み留まるにしても、まずは友軍への補給を何とかしないといけません」
ゴームレーの後ろ向きな言葉に爆発しそうになる気持ちを何とか抑えて、キャラハンは喫緊の問題について話をした。それはガダルカナルとツラギに残された陸上部隊をどうするかの問題であった。
「特にガダルカナルは一万を超える兵士が装備も食料も無い状態で取り残されています。司令部要員も失い今は中佐が指揮を執っているそうです。日に一食に食事を切り詰めても二週間保つかどうかの危険な状況です」
「……参謀長、どうすれば良い?」
「とにかく今は早急な補給が必要です。水上砲戦部隊と空母部隊の補給と再編が済むまでは大きな補給はできません。当面は小規模な隠密輸送で凌ぐしかありません」
「APDを使うのかね?」
ゴームレーの言うAPDとは、米国が大量に保有する平甲板型駆逐艦を改装した高速輸送船の事である。1隻でおよそ1個中隊150名程の兵士か約15t程の物資を運ぶことができる。その量は本職の輸送船の数百分の一にも満たないが、敵勢力圏下への隠密輸送には最適の艦であった。
「それが使うのが一番なのですが……」
キャラハンの声が弱くなる。確かにAPDが今回の目的の最も合致している。問題は6隻あったAPDのうち4隻を先日の戦闘で失ってしまった事だった。先日の敗北は様々な所へも皺寄せが来ていた。
「残念ながら手持ちのAPDは2隻だけです。足りない分は艦隊駆逐艦で代用します。物資だけならAPDと同程度は積めるはずです。ただ先日は駆逐艦も随分とやられたのでフレッチャーの部隊からも工面する必要があるでしょう。しかし……」
「しかし?空母部隊は補給中だろう?駆逐艦を出すだけなら問題ないと思うが」
「はい。問題は普通の駆逐艦ではLPCを使えない事です。つまり揚陸にとても時間がかかります。当然ですが揚陸作業中の部隊は極めて脆弱になります」
APDは4隻の大型上陸舟艇を搭載できるため迅速な揚陸作業が可能だった。だが普通の駆逐艦ではそうはいかない。物資を一つ一つ小舟に降ろして運ぶしか手は無い。当然ながら揚陸に要する時間はとても長くなる。
「敵の勢力圏内に長時間留まる必要があります。大変危険な任務となるでしょう。戻って来たところで大変だと思いますがスコット少将に任せようと思います」
先の海戦で東方部隊を指揮し唯一生還した将官であるスコット少将はキャラハンの同期であった。彼ならば自分の無理な願いも聞いてくれるかもしれない。
「分かった。参謀長が良いと思う様に計画してくれたまえ。それでキング閣下に相談してみよう……」
(また上にお伺いか!あんたは司令官なんだぞ!なぜ自分で決められない!)
「……明日、計画案を提出します」
再びぶり返した怒りをなんとか押し留めキャラハンは司令官室を後にした。
今日も徹夜か。しかしいくら良い作戦でも司令官があの調子では勝てる戦にも勝てない。やはりワシントンの伝手に頼るか……キャラハンはゴームレーの件を真剣に直訴する事を考え始めていた。
---柱島泊地 戦艦大和 連合艦隊長官室
「三川君は上手くやった様だねぇ」
パチパチという音が室内に響く。ガダルカナルの輸送船団撃滅の第一報を聞いた連合艦隊司令長官の山本五十六大将は手を叩いて喜んでいた。
「はい。三川中将の考案した導術索敵は非常に有効だった様です。敵の下手糞な指揮にも助けられた様ですが」
主席参謀の黒島亀人大佐が追従する。
「やっぱり僕が命令した事にした方が良かったかな」
「いや、流石にそれは……」
参謀長の宇垣纏少将が顔を引き攣らせて窘める。
「冗談だよ。僕も人の手柄を横取りする程に腐った人間じゃない。しかし最初に相談された時は驚いたよ。三川君がとうとう少女趣味に走ったのかと耳を疑ったね」
これももちろん冗談だがね。そう言って山本は再び笑った。そして急に真顔になる。
「しかしせっかく三川君が報せたのに南雲の阿呆はその情報を生かせなかった」
山本はミッドウェーの事を言っていた。
「あれは状況的に仕方が無い事だったと長官もご納得されたはずです」
南雲を庇う様な宇垣の言葉に山本は眉を少し顰める。
「ミッドウェーの時に導術索敵が有れば勝利は間違いなかったでしょう。まことに残念です。だがあれが非常に有効な事は今回の作戦で分かりました。きっと次に生かせます」
山本が機嫌を害した事を敏感に察した黒島が話を戻す。まぁ済んだ事は仕方が無いね、と気持ち切り替えた山本は黒島に笑顔を向けた。
「いずれにしろガダルカナル、ツラギ奪還の好機だ。敵兵力が多いから陸戦隊だけじゃちょっと厳しいね。陸軍の協力も必要だろう。そちらと軍令部の方はまた僕が何とかするから、三川君の方策を使って作戦を考えてくれないかな」
「はい。戦史に残るような作戦案を作ってみせます!」
それを受けた黒島は高揚した顔で頷いた。
---ラバウル港 重巡 鳥海
「なんとか無事に帰って来れたな……」
全艦が港内に投錨完了した所でようやく三川は肩の力を抜いた。花吹山の煙を眺めながら思わず安堵の気持が口に出る。
艦隊は全艦が無事にラバウルへと帰り着いていた。少女達も誰欠けることなく連れ帰ることが出来た。
帰り道ではラバウル近海に敵潜水艦らしき反応もあった。ガダルカナル突入前に爆雷を全て投棄してしまっていたため艦隊に攻撃手段はない。艦隊は敵潜水艦を大きく迂回する航路を取り危険を避けていた。
今回の作戦ではほとんど損害らしい損害も無かった。まさに日本海海戦以来のワンサイドゲームと言うべき結果である。もし導術索敵が無ければ港の間近で雷撃を受けていたかもしれない。そうなれば、せっかくの勝利にも味噌がついていたことだろう。
「これも君達特務通信士のお蔭だ。感謝する」
三川は静子に向き直ると頭を下げた。
「そ、そんな。私達は言われた事をやっていたに過ぎません。作戦成功は私たちの力を上手く使って頂いた司令と艦隊の皆さんのお蔭です。感謝するのは私たちの方です」
いきなり雲の上の上官に頭を下げられ静子は慌てた。一方、その横で扶美は単純に喜んでニコニコしている。
「しかし今回は勝利はもちろんですが、得られたものも大きいですな」
「はい。もっと導術を生かした戦術が考えられそうです。運用もまだまだ改善の余地があります」
神先任参謀と大西参謀長も、この新しい戦術をまた使いたくてうずうずしている様だった。
「今後は更に君達に頼る事になるだろう。宜しく頼む」
「はい。微力ながら精一杯務めさせて頂きます!」
三川の言葉に静子と扶美は背筋を伸ばし敬礼で応えた。
こうして第一次ソロモン海戦(連合国側呼称:サボ島沖海戦)は日本側の一方的な勝利で幕を閉じた。
この後、連合国軍はガダルカナル・ツラギに孤立した兵士を救うため大規模な輸送作戦を計画し、対する日本は島奪還のため師団規模の上陸作戦を企図する事となる。それは近い将来に大規模な衝突が再び発生する事を意味していた。
そして少女達は更なる激しい戦いに巻き込まれていくのであった。
連合国軍の対応がまるで出来の悪い小説の登場人物の様に間抜けなのですが、史実でもこんな感じです。日本軍の空襲で余程疲労困憊していたんだろうと思います
これにて『魔女たちの艦隊』は完結です。もし好評ならば……続きを考えるかもしれません。