第四話 輸送船団壊滅
ついに史実では為されなかった輸送船団への攻撃が行われます。
---重巡 鳥海
5隻の重巡の向かう先、そこに赤い光が見えた。
それは昼間の爆撃で第二十五航戦の一式陸攻が体当たりした輸送船ジョージ・F・エリオットだった。その船は今も激しく燃え盛っている。近くには本作戦の目標である敵輸送船団が居るはずである。
敵の西の艦隊は既に殲滅した。なぜか北と東の敵艦隊に動きは無い。もう三川艦隊と輸送船団の間を遮るものは何も無かった。
「ルンガの輸送船団の様子は?」
「動きはありません」
「少し慌てているみたいですーー」
三川の問いに静子と扶美が答える。
導術索敵によれば、現在ガダルカナル島のルンガ泊地には20隻の輸送船団と1隻の巡洋艦が居るはずである。慌てているのは先程行われた戦闘の音と光が届いたからだろう。
「第二部隊は?」
三川は先に分離した第十八戦隊、第二十九駆逐隊の様子を尋ねた。彼らには対岸のツラギ泊地に停泊する輸送船団を襲う役目が与えられている。
「ブエナビスタ島の西方でーー待機中ですーーまだ敵の北方部隊に動きがないのでーー第一部隊の攻撃に合わせてーー南下突入するとのことですーー」
導術通信で確認をとった扶美が三川に答える。
元々の作戦案では、第一部隊で西の艦隊を殲滅後にルンガの輸送船団を攻撃。駆けつけてくる北と東の艦隊へ魚雷を放って牽制しつつ、その隙に第二部隊がツラギの輸送船団を攻撃する段取りだった。
しかし今の所、敵の北方部隊に動きは無く哨戒区域を離れようとしない。これでは旧式軽巡2隻に駆逐艦1隻に過ぎない第二部隊は突入できない。
「わかった。流石にルンガの輸送船団を襲われれば敵にも動きがあるだろう。第二部隊は機を逃さず突入せよと伝えよ」
戦とは相手があるものとはいえ、なかなか思惑通りには進まない。扶美に第二部隊への通信指示を出しつつ三川は思った。
後の事は臨機応変にやるしかない。だが敵が油断しているとしか思えない状況は好機でもある。三川は気持ちを切り替えると目の前の作戦目標にまずは集中する事にした。
---豪州海軍 重巡 オーストラリア
「方位297、距離およそ8000ヤード、艦艇らしきもの複数、接近してきます」
「たぶん南方部隊だろう。先程まで対空戦闘をしていた様子だからな。船団を直援する様にクラッチレー司令から移動指示があったのかもしれん。念のためシカゴに確認を取ってくれ」
レーダー室からの報告に艦長のハロルド・B・ファーンコム大佐は特に警戒心を抱かなかった。
「先程の戦闘からシカゴと連絡が取れないとのことです。キャンベラや他の南方部隊の艦も同様とのことです」
しばらくして通信室から報告があった。色々と試したが全く応答がないらしい。すでに正体不明の艦隊との距離は5000ヤードほどに縮まっていた。
「ふむ……戦闘で損傷したか?では発光信号を試してくれ。貴艦の所属、目的を知らせろとな」
---重巡 鳥海
輸送船団との距離は既に5000m程に縮まっている。敵には相変わらず動きが無い。それどころか敵の重巡からはこちらの所属を問う発光信号が送られてきた。
「いいぞ。敵は我々を味方だと誤認している。導術、水偵第二部隊に連絡。敵輸送船団へ吊光弾を投下させろ!右砲戦用意!」
再び吊光弾が投下され、輸送船団とその外に停泊する1隻の巡洋艦の姿が余すことなく照らし出される。
「目標、右前方の敵輸送船団および巡洋艦!輸送船に徹甲弾は使うな!右砲戦、始め!」
相手は吊光弾で照らし出された静止目標である。艦齢に応じた練度をもつ鳥海と六戦隊の重巡にとっては外しようが無い的である。三川の号令で5隻の重巡の砲が再び火を吹いた。
---豪州海軍 重巡 オーストラリア
ファーンコム大佐の指示で発光信号が送られたが相手からの返答は無い。その代わりに突然周囲が明るくなった。
「左舷上空に照明弾、多数!」
「不明の艦隊より探照灯が照射されています!」
「不明の艦艇に発砲炎を確認!」
オーストラリアの発した発光信号への返答は、徹甲弾の嵐だった。
「馬鹿な!同士討ちだぞ!もう一度信号を送れ!」
この期に及んでもファーンコム大佐は味方から攻撃されていると信じていた。そして反撃する暇もなく徹甲弾に連打されたオーストラリアはファーンコム大佐共々スクラップと化していった。
---ルンガ泊地 旗艦輸送船 マッコーレー
三川艦隊は先の攻撃同様、導術索敵情報に基づき各艦に目標とする輸送船を割り当てていた。鳥海が最初に狙ったのは輸送船団の外に投錨していたオーストラリア型重巡である。
そして続く青葉が狙ったのは1隻だけ目立つ形で停泊していた大型輸送船であった。
それは上陸作戦指揮官のリッチモンド・K・ターナー少将と第62任務部隊指揮官のクラッチレー少将、上陸部隊指揮官のアレクサンダー・ヴァンデグリフト少将が会議を行っている船団旗艦輸送船マッコーレーであった。
「昼も夜も休まず働くとは、まったく日本人というのは随分と勤勉な民族だな」
お蔭でうちの兵士達は未だにまともな装備を受け取れん。従兵の淹れたコーヒーを飲みながらヴァンデグリフト少将が零した。
連日の日本軍の妨害で20隻以上用意した輸送船の物資はほとんど揚陸できていない。その一隻はすぐ近くで未だに燃えている有様である。
「潜水艦か航空機の攻撃だそうだ。南方部隊が対処した。もう戦闘は終わっている」
同じくコーヒーを飲みながら休憩を取るクラッチレー少将が答える。戦闘の音と光はこの輸送船マッコーレーからも観測されたが、それは短時間で収まっていた。きっと小規模な攻撃だったのだろう。そう彼は判断していた。
「この島の大切さは連中も良くわかっている。だから絶対に譲れないのだろうさ。それは我々も同じだ。今は出来る事を精一杯やるだけだ」
ターナー少将が会話をまとめる様に言った。
3人の将官は皆疲れた顔をしている。夜の10時過ぎに始められた会議も先程ようやく終わっていた。会議では空母部隊の後退で喪失したエアカバーと遅延する揚陸作業をどうするかが議論された。
決まったのは空母部隊を出来るだけ早く戻す、揚陸はこのまま夜を徹して行うというものである。何のことは無い、結局は当たり前の事を確認しただけの会議であった。
コーヒーを飲み終えたクラッチレー少将がそろそろ乗艦へ戻ろうかと思った時、外から爆発音が聞こえてきた。次いで一人の下士官が会議室に飛び込んでくる。
「すぐに避難して下さい!敵の攻撃が迫っています!」
その下士官は敬礼も忘れて叫んだ。一体何事かとクラッチレー少将は他の将官らと顔を見合す。
次の瞬間、部屋に居た上陸作戦の指揮官と幕僚達全員が、青葉の放った零式通常弾で粉々に吹き飛ばされた。
---重巡 鳥海
攻撃を受けているにも関わらず輸送船は動きだそうとしない。今頃は慌てて抜錨し機関に火を入れている最中だろうが船はそう簡単に動かせるものではない。静止したままの輸送船に無情にも20.3cm砲弾が面白い様に次々と命中していく。
どの輸送船も上陸した部隊へ届けるための弾薬や物資を満載しているのだろう。被弾した輸送船はいずれも大爆発するか炎上していた。鳥海が狙ったオーストラリア型重巡も穴だらけになって炎上している。
戦果に沸き立つ艦橋の中で、静子は敵の動静を探っていた。
敵輸送船の反応は徐々に小さくなっている。それは人の数が減っている、つまり次々と死んでいる事を意味していた。もちろん静子はそれを感傷的に捉えるほど子供ではない。逆に彼女は他の脅威が無いかと周辺を探っていた。
これ程の戦闘が行われているのに、不思議な事にまだ北と東の艦隊に動きは無い。実は指揮系統の壊滅による混乱でどちらの艦隊も動きが取れなかったのだが、それは静子の知る所ではなかった。
彼女は淡々と敵艦の位置を横に立つ士官に伝え、その情報は逐次海図に反映されていく。
敵艦隊を探り終えた静子は意識を輸送船団に戻した。もう輸送船団のあった場所に反応の塊は無かった。反応は先程より更に薄くなり範囲も広がっている。恐らく船から逃げ出した人が海面を漂っているのだろう。それはつまり全ての輸送船が破壊された事を意味していた。
「砲撃止め!」
三川の号令で砲撃が止む。作戦目的が達せられた事はもう目視でも明らかだった。ルンガ泊地は炎上する輸送船で明るく照らされている。
「導術、敵の動きは?」
「まだ動きが有りません」
三川の問いに静子は答える。その答えに三川は不満そうだった。このままでは第二部隊が遊兵と化してしまう。ツラギに居る輸送船団の残りも撃破できない。かと言って、これだけ敵の反応が鈍いのに反転して離脱するのも少々惜しいのも事実である。
「更に警戒があがりましたーーあ、島の方で沢山の人が怯えてますーー」
三川が悩んでいる所に、扶美が例の緊張感のない声で報告した。
「島の方?怯え?あぁ上陸した敵兵か。今どの辺りに居るか探れるか?」
「はい」
すぐに静子は輸送船団の先を探った。そこにはざっと一万人ほどの気配が感じられた。静子から位置を聞いた士官が素早く海図に記入する。
「大体この辺り、海岸から2㎞ほど入った所ですね。事前の索敵地点からだいぶ内陸に入っています」
海図を指さしながら士官は三川に説明した。
「どのみち陸さんに頼るなら余裕がある内に少しでも叩いておこう。砲術、六戦隊と共同でこの辺りと海岸線に通常弾を撃ち込め。射耗しても構わん。それが済んだら計画どおり撤退する」
ガダルカナル島に対する砲撃はすぐに行われた。綿密な計画もなく軟弱な土壌で不発も多かったため与えた損害も数字上は大したものでは無かった。命じた三川もそれ程効果を期待していない。
だがこの砲撃は実は大きな影響を与えていた。砲撃で死傷した百名程の兵士の中には司令部要員も含まれていたのである。このため上陸部隊は大混乱に陥っていた。
更にわずかに揚陸された数少ない食料も一部が燃やされてしまった。彼らは軽装備しか持たず、その日の食料にも事欠く状態で島に取り残される事になってしまった。
---米海軍 北方部隊 重巡 ヴィンセンス
仮眠中に叩き起こされた北方部隊の指揮官フレデリック・F・リーフコール大佐は不機嫌だった。
「クラッチレー少将とはまだ連絡がつかないのか?作戦司令部の方は?」
断続的な戦闘が行われているのは分かっている。北方部隊からも南の方が赤く染まっているのが見て取れた。しかし状況が全く掴めない。
「申し訳ありません。どちらも応答がありません。唯一、東方部隊とは連絡が取れましたが、向こうも状況が分からないそうです」
当直士官が申し訳なさそうに報告する。リーフコール大佐が艦橋に戻る前に当直士官が機転を利かせて戦闘準備を整えてくれてはいた。しかし状況が分からなければ、どう行動すれば良いか分からない。そもそも命令が無い以上は現在の哨戒任務を離れる事も憚られた。
「近くに行って見るしかないか……」
ここに居ては何も分からない。それに戦闘が行われているのは間違いない。司令部や南方部隊と連絡が取れないのも悪い予感しかしない。リーフコール大佐は東方部隊の指揮官ノーマン・スコット少将に相談した上で、哨戒区域を外れてルンガ泊地へ艦隊を向かわせる事を決断した。
---重巡 鳥海
北方部隊の変化はすぐに導術索敵に捉えられた。
「北側の艦隊が変針増速しました。こちらに向かってきます。東側の艦隊には変化ありません」
「北側の艦隊のーー警戒があがりましたーー」
「ようやく動いてくれたか。まだ攻撃意思は感じられないのだな?」
三川が扶美に確認した。
「はいーーこちらに集中はしていませんーー注意しつつ進んでいる感じですーー」
「ならばまだ我々に気付いて居ない可能性が高いな。よし計画通り反転離脱する。第二部隊にも機を見てツラギへ突入、襲撃後に反転離脱する様伝えろ」
「敵艦隊への攻撃は如何しますか?」
神先任参謀が三川に確認する。当初計画では雷撃で敵の残余を牽制しつつ離脱する予定だった。現況では角度の関係で北の艦隊への命中は難しいが、東の艦隊に対してはかなりの効果が見込めるた。第二部隊離脱の援護にもなるはずである。
「魚雷の再装填は完了しております」
神先任参謀が念押しの様に補足した。魚雷の再装填には1本あたり数分を擁する。水道突入時に西の艦隊へ魚雷を放った右舷発射管は先程ようやく再装填が完了した所だった。左舷発射管はまだ使用されていない。
「もちろん実施する。左右水雷戦用意!まずは北の艦隊へ向けて放て。そして反転しつつ東の艦隊を雷撃する」
その後、三川の率いる重巡5隻は左舷発射管から北側の敵艦隊へ、そして反転しつつ右舷発射管から東側の敵艦隊へ魚雷を撃ちこむと、西側の水道出口へ向けて全速で離脱を開始した。
そして帰りがけの駄賃にと水道入口の2隻の駆逐艦を撃沈し、ツラギから戻って来た第二部隊と合流しラバウルへ無事帰投した。
---米海軍 北方部隊 重巡 ヴィンセンス
「なんてことだ……」
リーフコール艦長は目の前の光景に言葉を失った。
ルンガ泊地は地獄と化していた。見渡す限り全ての輸送船が燃えている。火の手は島の方でも上がっている様だった。
「レーダーに複数の反応があります。方位23、距離およそ8000。西へ向けて高速で遠ざかりつつあります」
「南方部隊でしょうか?」
レーダー室の報告に副長が首を捻る。
「この惨事を起こした敵を追う南方部隊かもしれん。敵自体の可能性もある。いずれにしろ後を追うぞ。針路30、全速!東方部隊へも状況を報告しろ!」
だが彼の命令は実行される事はなかった。
「ウィルソン、被雷!」
「クインシー被雷しました!」
艦隊が針路を変更したその時、三川艦隊の放った魚雷が襲い掛かってきたのである。2隻の被雷数は各1本だったため沈没の危険は無いが艦隊は混乱した。その結果リーフコール艦長は追撃を断念せざるを得なかった。
同じ頃、スコット少将の指揮する東方部隊も4隻のうち3隻が被雷するという大損害を被っていた。特にサンファンは2本の魚雷を受けたため洋上に停止し翌朝に雷撃処分されることとなる。
---ツラギ泊地沖 軽巡 天龍
重巡部隊から分離した第二部隊の天龍、夕張、夕凪の3隻はようやく敵輸送船団を望むツラギ沖合に達していた。
計画では第一部隊の攻撃に吊られて敵が南下した隙に、一気にツラギを襲うはずだった。しかし予想外に敵の動きが鈍かったため、彼らは北のブエナビスタ島の近くでしばらく待機することを余儀なくされていた。
「このまま無駄足になるかと危惧したが……無理言って連れて来てもらって正解だったな」
双眼鏡を覗きながら第十八戦隊司令の松山光治少将が言った。
「まったくです。私も土下座までしてゴネた甲斐がありました」
首席参謀の篠原多磨夫中佐が苦笑まじりで答える。本来ならこの殴り込み作戦は重巡5隻のみで強行されるはずだった。それを三川に縋り付き老朽艦3隻の参加をねじ込んだのが篠原である。
当初は30ノットしか出せない老朽艦では足手まといになるかと思われたが、導術索敵で敵の情勢が明らかになった事から十分な活躍の場を得る事が出来ていた。
「特務通信士、敵艦隊の様子は?」
松山少将は司令部付の導術士に最後の確認を行った。
「北側の艦隊はまっすぐ南下しています……東の艦隊は動きがありません」
少女の落ち着いた声が艦橋に響く。
「よし。左砲戦用意。魚雷到達と同時に攻撃を開始する」
やっかいな敵の艦隊は第一部隊を追ってはるか南方に去っている。もう彼らの攻撃の邪魔をするものは居なかった。
「まもなく魚雷到達……じかーん」
ストップウォッチを見つめていた水雷長が叫ぶ。
しばらくして輸送船団の外側の船に夜目にも鮮やかな白い柱が立つ。
「敵輸送船2隻、敵駆逐艦2隻に命中確認!」
敵船団は4隻の輸送船と4隻の駆逐艦(実は平甲板型駆逐艦を転用した高速輸送船)で編制されていた。すべて投錨し静止している。当然ながら彼らの放った魚雷はほとんどが命中していた。
「水偵部隊に吊光弾を投下させろ!探照灯照射!左砲戦はじめ!一隻も逃すな!」
いくら旧式とはいえ、骨董品の様な平甲板型駆逐艦など軽巡の敵ではない。照らし出された輸送船団に14cm砲弾と12cm砲弾が次々と命中する。ものの5分ほどで敵輸送船団は燃え盛るスクラップと化していた。
「よし。反転離脱する」
こうして輸送船団を殲滅した第二部隊は一切の被害を被る事無くツラギを後にした。
Wikipediaの「第一次ソロモン海戦」では、連合国軍の指揮官会議はツラギで行われたと書かれていますが、旗艦輸送船マッコーレーと重巡オーストラリアはルンガに停泊しています。もしかしたら輸送船マッケーン、重巡アストリアと混同しているのかもしれません。
次話で最終回となります。