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第三話 ガダルカナル突入

いよいよ第一次ソロモン海戦が始まります。

---サボ島北西 重巡 鳥海


 三川の率いる艦隊は導術索敵で見つけた敵の哨戒機や潜水艦を巧妙に避けながら進んでいた。通信もすべて導術のみで行っているため一切の電波を発していない。その努力の甲斐もあり、ここに来るまで艦隊は敵に見つかっていなかった。


「間もなく突入開始点です」


 時計を確認した大西参謀長が三川に告げた。


「敵艦隊に変化は?」


「2100頃に巡洋艦らしき反応が1隻、西側の艦隊からルンガの輸送船団付近へ移った以外は変化ありません」


「よし。では計画通り進めよう。水偵を出せ」


 頷いた三川は命令を発した。各重巡が水偵を次々と射出していく。そして予想される激戦に備えて残余の航空燃料や爆雷が海中に投棄される。


 発艦した零式三座水偵は3つの部隊に分かれ事前の計画に従い各々の目的地に向かって行く。各部隊には一名の特務通信士が搭乗し艦隊と常に連絡が取れる様になっている。


 合戦準備が整った事を確認すると、三川は大きく息を吸い込み命令した。


「第一部隊、進路180。最大戦速!」


 これまで16ノットで進んでいた鳥海と第六戦隊の重巡5隻が南に舵を切り36ノットに増速する。


「第二部隊、分離します」


 後続する第十八戦隊、第二十九駆逐隊で構成された第二部隊も30ノットに増速し別の方角へ変針する。彼らは置いて行かれた訳ではない。事前の索敵情報を元に別の任務が割り振られている。


『帝国海軍ノ伝統タル夜戦ニオイテ必勝ヲ期シ突入セントス。各員冷静沈着ヨクソノ全力ヲツクスベシ』


 三川は作戦前に発して訓辞をふたたび全艦に向けて発信させた。


 そして鳥海に率いられた5隻の重巡は一本の矢となってガダルカナル島に向けて突入していった。


挿絵(By みてみん)


---サボ島西方 駆逐艦ブルー


「おっと……」


 レーダー操作員の上等水兵はカクンと俯いた頭を無理やり起こした。現在彼は暗い部屋で強敵と戦っていた。その相手とは日本軍ではない。激しい睡魔である。


 同じ敵と戦っていたのは彼だけではない。ブルーを含む第62任務部隊の兵士らは皆疲弊していた。原因は連日続く日本軍の散発的な航空攻撃である。


 受けた損害は大したものでは無い。輸送船と駆逐艦を1隻ずつ失っただけである。だがその一連の攻撃は米軍の物資揚陸を大幅に遅滞させ、支援部隊に36時間以上におよぶ戦闘配置を強いていた。


 さらに搭載機や燃料の消耗と空母の損傷を恐れた機動部隊司令官フランク・J・フレッチャー少将は空母部隊を南方に後退させていた。


 陸攻23機を含む36機もの航空機を失った事と引き換えに、日本は揚陸の遅延と敵航空戦力の空白という大きな戦果を得ていた。



「はぁ……くそっ!」


 少しでも眠気を吹き飛ばそうと上等水兵は深呼吸し、両手で頬を叩く。そして再び目の前のSCレーダーのディスプレイを睨んだ。


 しかし彼の努力は報われる事は無かった。


 1942年当時、米海軍とは言えどもレーダーの性能はさして高くない。それでも駆逐艦を含むほぼ全艦にレーダーを装備している事実は流石に米国といった所である。


 駆逐艦ブルーに装備されたSCレーダーはカタログスペックでは10kmで重巡程度の水上目標を捉えられる事となっていた。


 だが所詮は最初期の対空索敵レーダーに過ぎない。シークラッターやグランドクラッタ―を満足に除去できないSCレーダーでは、余程至近か大目標でもない限り、島が多く波の多い海域で水上目標を捉える事は困難だった。


 事実、上等水兵がいくら見つめた所で、多数の縦線が踊りまわるAスコープからは何の情報も読み取る事はできなかった。


 米軍はより高性能なSGレーダーの配備も始めている。もしここでブルーがそれを装備していたならば、これから先の展開もまた変わった可能性もあった。


 だがこの時、上陸支援艦隊でSGレーダーを装備していたのは軽巡洋艦サン・ファンのみであった。そしてサン・ファンはサボ島の南東海域、三川の艦隊から最も遠い場所に位置していた。


 新月に近い月も3時間前に沈み周囲は漆黒の闇に包まれている。ブルーの見張員も星明りだけでは数キロ先まで見通すことなど不可能である。



 以上の様な不運、日本にとっては幸運の積み重ねにより、この日サボ島西の水道に突入する5隻の重巡に気づく者は誰も居なかった。




---サボ島南西 重巡 鳥海


「まもなく変針地点です」


 航海長が海図と時計を確認して言った。現在、三川の率いる重巡部隊は南側に大きく回り込みガダルカナル島沿いを東に進んでいた。


「導術、敵の様子は?」


 照明を完全に落とした艦橋で三川が確認した。


「んーーこちらに気付いていない様子ですーー」


「敵艦の針路、速度に変わりありません」


 水道西側の哨戒駆逐艦を躱したと思ったら、別の駆逐艦が一隻フラフラと水道出口に向かってきた。気付かれたかと焦ったがどうやら杞憂だったらしい。それは日中の航空攻撃で大破し後退中の駆逐艦ジャービスであった。三川の艦隊に気付くことなくサボ島沿いを西に進んでいる。


 三川の問いに少女達が答える。決戦本番では最も導術能力が高い静子と扶美が艦橋配置についていた。扶美は敵の感情を、静子は位置を中心に探っている。


「うまく門番は躱せましたな」


 大西参謀長がホッとした様子で言った。


「ちょうどスコールが隠れ蓑になります。敵からは見えませんが、こっちは導術で敵が丸見えです。いけます!」


 神先任参謀は奇襲成功を前に興奮を隠せない様子である。


 艦隊は南側の哨戒駆逐艦が北上したタイミングに合わせて更に南側をすり抜け、気付かれる事無くガダルカナル島へ接近する事に成功していた。更に折よく水道入口付近にはスコールが降っていた。


「エスぺランス岬を抜ければすぐに敵艦隊と会敵する。これを速やかに殲滅してルンガ泊地に突入する。我々の第一目標は敵輸送船団だ。それを忘れるな」


 三川は改めて幕僚達に作戦目的を徹底した。


 既に右魚雷戦用意は発令されている。5隻の重巡はエスぺランス岬を回りむと同時にスコールの中から合計20線の魚雷を発射した。


 敵艦隊との距離はおよそ8千m。鳥海の放った90式魚雷4本が白い航跡を引きながら42ノットの速度で進む。少し遅れて第六戦隊の放った16本の93式酸素魚雷が49ノットの速度で静かに敵艦隊に向かって行く。


 導術により精密測的を行い、綿密な射法計画を立てた上での雷撃である。この距離でも何本かは命中が期待できるはずである。


「魚雷命中までおよそ5分。六戦隊の酸素魚雷と同着となる様に調整してあります」


 水雷長が敵艦隊の速度を加味した命中予測時間を三川に伝える。


「右砲戦用意。全軍突撃せよ!」


 三川の命令一下、5隻の重巡は魚雷を追う形で敵艦隊への襲撃行動に移った。


挿絵(By みてみん)


---サボ島南西 米海軍 重巡 シカゴ


「司令官との連絡はまだつかないのか?」


 シカゴ艦長のハワード・D・ボード大佐が苛立だしげに確認する。


「まだ会議中との事です」


 通信室に確認させた副長が申し訳なさそうに報告した。


 水路の西を守っていたのは第62任務部隊の南方部隊、重巡2隻、駆逐艦2隻で構成された艦隊だった。


 本来ならばもう一隻、この第62任務部隊の旗艦である重巡オーストラリアがここに居るはずだったが、現在は司令官のビクター・A・C・クラッチレー少将と共に出払っている。


 クラッチレー少将はルンガに停泊する旗艦輸送船マッコーレー上行われる司令官会議に出席中であり、彼の座乗するオーストラリアは一時的にルンガ泊地の輸送船団の横に停泊していた。


 一時的に南方部隊の指揮はボード艦長が執っていた。だが彼には任務部隊全体の指揮権まで与えられていない。


「まったく……上にはジャップの偵察機が舞っているんだぞ。間違いなく奴らは来るというのに……」


 シカゴをはじめ各艦のレーダーには少し前から複数の敵機が捉えられていた。見張からも複数の単発機の音が聞こえるという報告もあがっている。敵の夜間攻撃が近い事を感じたボード艦長はクラッチレー少将に指示を仰ごうとしたが中々捕まらず業を煮やしていた。


 ここ数日、哨戒機や潜水艦から敵艦隊が接近しているという報告は無い。つまり頭上の航空機は恐らく敵の水上偵察機だろうとボード艦長は考えていた。ならば警戒すべきは敵潜水艦の襲撃か航空攻撃である。


「敵の夜間爆撃か敵潜水艦襲撃の可能性がある。警戒しろ」


 この水道は深い所で水深500m以上ある。幅は狭いが危険を冒して敵潜水艦が入り込む可能性はあった。とりあえず自分の部隊に警戒を強める指示を出した所でボード艦長は迷った。


 他の部隊への指示はどうするか。クラッチレー少将から明確に指揮権を委譲されていない彼は自分にどこまで権限があるのか彼は計りかねていた。


 だがその悩みもすぐに意味のないものとなる。


「バッグレイより報告。水道西側に複数のレーダー反応ありとの事です」


「どうせスコールか哨戒ルートから外れたブルーだろう。定位置に戻れと伝え……」


 エスぺランス岬の周辺には激しいスコールが降っていた。それに付近に敵水上艦艇は居ないはずである。そう思い込んでいたボード艦長は味方駆逐艦からの報告を誤報だと判断した。


 そして指示を出そうとした瞬間、艦長席に座った彼の身体は轟音と共に激しく揺さぶられた。


損害報告ダメージリポート!」


 シカゴが雷撃を受けたのは間違いない。やはり敵潜水艦が水道へ侵入していたらしい。くそっ、もう少し早く指示しておけば……素早く被害状況を確認しながらボード艦長は悔やんだ。




---重巡 鳥海


「魚雷命中!オーストラリア型らしき甲巡に2!」


「魚雷命中!シカゴ型らしき甲巡に1!」


「魚雷命中!敵駆逐艦に1!更にもう一隻の駆逐艦にも命中1!」


「あ、敵の警戒が上がりましたぁーー」


 見張りからの魚雷命中に報告に沸き立つ艦橋内に扶美が緊張感の欠けた場違いな声がこだまする。


「20本放って5本命中か……もう少しいけるかと思いましたが……」


「何本かは過早爆発か不発だったかもしれんな……」


 神先任参謀が悔しそうに零す。皆が浮かれている中、大西参謀長だけは一人冷静に魚雷の欠陥について考え込んでいた。


「5本も当たれば上出来だ。それに敵は幸い潜水艦の攻撃だと誤認してくれているらしい」


 探照灯で周囲の海面を照らし始めた敵艦隊を眺めながら三川はほくそ笑んだ。


「導術、水偵第一部隊に連絡。吊光弾投下させろ。これで流石に敵は我々に気付くはずだ。残りの敵艦隊の動きに注意しろ」




---米海軍 重巡 シカゴ


「左舷前部に2本、中央に1本被雷しました。幸い艦中央の奴は不発でしたが艦前部の浸水が激しいです。速度を落とさないと艦を保てません」


 副長が被害報告にボード艦長は更に顔を顰めた。幸いなことに主砲弾薬庫の誘爆は無かったが艦首の大破孔から激しい浸水が続いている。こうしている間にも艦首への傾斜は刻々と増していた。


「後進一杯。応急急げ!」


 艦を救うためボード艦長は艦の停止を命じた。


「全艦隊に潜水艦警報を出せ!以後の指揮はキャンベラのゲッティング大佐に移譲する!」


 シカゴの戦闘力が失われたと判断したボード艦長は指揮権の移譲を命じた。しかしその判断もすぐに無駄になる。


「キャンベラ被雷!」


「パターソン、バッグレイ、被雷しました!」


 シカゴの被雷から間を置かず、指揮を移そうとしていた重巡キャンベラに加え駆逐艦2隻も被雷したという報告が相次いで入った。


「近くに潜水艦が居るはずだ!探せ!」


 ボード艦長が出した潜水艦警報、そして雷撃を受けた事で南方部隊の各艦は探照灯を点け付近に潜むはずの潜水艦を探そうとした。


 だがその必要は無かった。


「艦隊上空に照明弾が投下されました!」


 南方部隊は上空から投下された吊光弾によりガダルカナル島を背景に明々と照らしだされていた。


「海空同時攻撃とはジャップも手の込んだ事を!全艦隊に警報!航空攻撃の恐れあり!」


 近くに敵艦隊は居ないはず。ならば自分達を照らし出すのは航空攻撃の的にするためだ。白く光りながらゆっくりと落ちてくる照明弾を見上げながらボード艦長は考える。


 彼の推論は正しい。だが与えられた条件が間違っていれば導き出される結果もまた間違いとなる。


「2時方向に発砲炎多数!」


「なにっ!?」


 見張の報告にボード艦長は思わずその方向を見た。同時にボード艦長の意識は艦橋に飛び込んできた20.3cm砲弾によって永遠に刈り取られた。その最後の瞬間までボード艦長は間近に迫る敵艦隊の存在を認識していなかった。




---重巡 鳥海


 敵艦隊の上空に待機していた零式三座水偵から吊光弾が投下された。ガダルカナル島を背景に敵艦隊の姿が明々と照らしだされる。


「右砲戦はじめ!」


 三川の号令一下、重巡5隻は各々がもつ全ての火砲の火蓋を切った。


 既に彼我の距離は5千mほどに縮まっている。夜戦に慣れた日本海軍にとっては指呼の距離である。探照灯を点け更に吊光弾で照らし出された的を外すはずが無い。


 各艦は事前に決められた目標に対して次々と命中弾を送り込んでいった。主砲だけでなく高角砲や機銃まで放たれ瞬く間に敵艦隊はスクラップへと化していく。


「砲撃止め!」


 戦闘は5分足らずで終了した。敵艦隊から反撃らしい反撃は無かった。駆逐艦の1隻とケント型甲巡は既に波間に半ば没している。残りの敵艦も洋上に停止して赤々と燃えていた。艦上構造物は原型を留めない程に滅茶苦茶に破壊されている。


 逆に三川の艦隊に損害は無い。まさに鎧袖一触であった。


「敵全部隊の警戒上がりましたぁー」


「南東、北東の敵艦隊、および輸送船団に動きありません」


 扶美と静子の導術報告に三川は頷く。当然ながら敵は攻撃に気付いた。だが不思議な事に残りの艦隊に動きは無いらしい。


 実はこの時、他の部隊からもこの戦闘の音と光は観測できた。事前にシカゴから警報もあった事から南方部隊が航空攻撃か潜水艦の襲撃を受けているもの判断している。しかし指揮権が明確でないままシカゴが沈黙してしまったため新たな行動に移る事ができなかった。


「各艦に魚雷の再装填を急がせろ!目標、敵輸送船団!」


 最悪の場合、南北から挟撃される事を覚悟していた三川は自分達にまだツキが有ることを喜んだ。そして作戦本来の目標に向けて艦隊を進めていった。

史実と違い天龍・夕張・夕凪は別行動を取っています。

敵の配置や動きが分かっているため三川艦隊は迷いなく輸送船団にまっすぐ向かう事になります。

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