いかめしいおじいさんのイカめし2
しばらく、世間話をしていると玄関から声がする。
「ユキちゃん、悪いけど受け取ってきて」
と、エミさんから財布を預かる。すると、ロクさんが手でそれを止める。
「ああ、いいよ。一緒に行くわ」と、私の後をロクさんが付いてくる。
玄関に出てみると、背の高いほっそりしているのに貧弱じゃなく、適度に
筋肉もついている色黒の男の人が立っている。手に持っているレジ袋の白さが
その日焼け具合を引き立ててる。
「おお、早かったな、マサキ」
ああ、マサキさんだ。結構イケメンで近所のおばちゃんたちのアイドル状態だ。
「こんにちわ、ユキさん。ええっと親父、これでいいか」
レジ袋を差し出すマサキさん。その中には小ぶりのイカがたくさん入っている。
「今が旬なんだよ、この若イカってやつは」
ほくほくとしわを深めて笑顔を見せる。
そして、レジ袋を持ってロクさんがさっさと台所に戻っていく。
「親父が子供みたいな顔する時は、エミさんのおいしいものを待ち構えるって相場が決まってる」
そういうとなんか、大人びた感じで笑った。
「じゃ、そろそろ店に戻るわ。ユキちゃん、エミさんによろしくね」
「はい。じゃぁまた」
マサキさんが帰っていき、そして私はまた台所に戻る。
すると、エミさんがさっそくいかめしづくりを始めていた。
「いいイカだね、大きさがちょうどいいわ。ユキちゃんも覚える?さばき方」
ご機嫌でエミさんは若イカをさばいていく。
私も手を洗って参加するけど、イカって初めてさばくからちょっと緊張する。
エミさんに言われた通りイカの胴体と足をつないでいる部分を指を突っ込んで外す。
うわっ。ぶつぶつと音がする。指を鳴らしたときみたいな音だ。
げそと内臓を引き出す。
うううおおお。結構グロイデス。
「美味しいもん食べようと思ったら我慢我慢」
エミさんに笑われてしまった。
胴体とゲソを外して胴体に残った軟骨を引っ張り出す。
すごい薄い骨だなぁ。なんか羽みたいな形だけど海で泳いでいるイカの映像って
空を飛んでいるみたいだからこんな形だけど納得。
そうしている間にもエミさんは、ゲソと内臓を切り分け始めた。
これはまた別の料理に使うらしい。
げそに残った中央の黒いくちばしをぐっと押し出して取ること20回。
まな板にあら塩をまぶしてゲソをゴリゴリと転がすと、小さな吸盤から丸い固いものが取れる。
イカを食べるのってこんなに手間がかかるんだね。と感心した。
塩まみれになったゲソを酒で洗い流して別に置く。これとわた(内臓)を使って酒のあてを
作るようだ。む、無駄がない。
「じゃぁ、ユキちゃん、胴体にモチ米詰めといて」とスプーンとイカの胴体を渡された。
モチ米はすでに洗ってあった。エミさん手際がいいわ。
「結構な量の米だなぁ」とびっくりしていると、
「詰め過ぎないようにね。1合で4個目安でね。たくさん詰め過ぎると出来上がりが破裂するから」
そういいつつ、エミさんは、イカの内臓からイカの墨袋を除去手術に取り掛かっていた。
手際がいいわ。
この作業で一番面白いコメを詰める作業に私は取り掛かった。
最後は爪楊枝でふさぎ、完成。
黙々と作業しているうちにいいにおいがしてきた。
どうやらエミさんがイカのゲソとワタを細かく刻んだものにねぎを混ぜて器型に加工したアルミホイルに
包んで焼き始めていた。磯の香りが台所中に拡がる。
作業がひと段落したエミさんは、こっちに再び合流。大きなお鍋を用意した。
私が詰めた米が詰まったイカを丁寧に並べてかぶる程度の水を入れる。
あとは、強火で火にかけ、沸騰してきたところで弱火にして味付けをし始めた。
砂糖を入れるけど、普通のサラサラじゃなくて粒が大きいザラメを使っていた。
「こっちの方が料理するのにはコクが出ておいしいのよ」と、目分量で入れる。
少ししてから、酒少々と昆布茶を投入。昆布茶?!顆粒だしじゃないんだ!!
「せっかくイカから良いダシ出るのに魚のダシやら使ったら喧嘩になるでしょう?」
そのあと、塩、醤油、を入れてあとはほっとくだけ、とのこと。
途中、何度もゆすって表裏ひっくり返していたけど、お腹がすいてきた。
「20分くらいはかかるから、ゲソのわた焼きを食べようか」
と、エミさんの言葉に、ロクさん待ってました!とばかりに輝く笑顔になる。
ゲソのわた焼きはこってりとしていて、結構味が濃い。ビールに合うけど
まだ昼だもんなぁと思っていると、エミさんが今日は特別だよって、ビールを出してきた。
「ぷはーー。五臓六腑に染み渡るわ~~~」
ゲソを食べながら、いろんな昔の話を聞いた。
エミさんが実はガキ大将のようなお転婆だったことや、お姉ちゃん(おばあちゃんの事)は
お淑やかだったとか。
無事に仕上がったいかめしは、約束通り12杯は大きなタッパに入れてロクさんが持って帰った。
出来立てのいかめしは、もうちょっと食べたかったなぁと思うくらい美味しかった。