脱力感。
会社を辞めて、何にもやる気が起きなくなって家でダラダラしていた。
会社から離職票が送られてきて、再就職支援の手続きにハロワに行くしおりが
入っていた。でも、仕事探すのもなんか、億劫だなぁ。でも食べてかなきゃならないし。
1人暮らしってこんな時面倒だ。実家なら引きこもってられるのかな。
ああ、うちのお母さん、そういうの厳しいから、ニートは無理だ。
そう、ぼんやりと考えているとなんだか外がうるさい。
連打されるチャイムに、のろのろと動いて、ドアスコープを覗く。
歪んだ外の景色に、人影が2つ。
緊迫した表情の母と、ええっと、ここにいる筈のない女性。
テルのお母さんだ。
「ユキ!!いるんなら開けて!!!」
部屋着だけどいいか。鍵を開けると勢いよくドアは空き、母が入ってくる。
「大丈夫!!!ユキ!!!」
私のぼんやりした顔を見て、お母さんの方が倒れそうに青白い。
そのあとから、スーツを着込んだ、テルのお母さんが入ってくる。
「ここで立ち話もなんだから、お邪魔していいかしら?」
テルのお母さんも少し緊張していた。
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ふたりに入ってもらって、お茶を出す。
狭いアパートの中が急に狭苦しくなっている。
小さなテーブルに
ちぐはぐな3つのマグカップ。
「 本当にうちのテルがごめんなさい」
深々と頭を下げるテルのお母さんの頭にはいくすじかの白髪が光っていた。
「 事情は聴きました。どれだけあなたを傷付けたか……」
「まぁ、お母さん頭をあげてください。この子も無事だったんですし」
緊迫した母二人は、お互いに涙ながらに盛り上がっている。私をほったらかして。
どうやら、テルに振られてどうにかなってやしないか心配したらしい。
テルのお母さんは、化粧がぐずぐずになるまで涙を流していた。
いつも朗らかな、明るいお母さんは、私を実の娘のように思ってくれていた。
よくお買い物にも行ったし、お芝居も連れてってくれて孫はいつかな?と
優しく笑ってくれていた。
ああ、孫はすぐ見れそうですよ、と嫌みを言ってやりたくなる。
いかんいかん。
「私は大丈夫です。だいぶ泣いてスッキリしました」
うそつけ。なんで取り繕ってるんだ。
「ごめんなさい。先方さんに子供が出来てしまっては、テルは責任を取らないといけません
でも、裏切ってしまったあなたへの責任も同じく取らなければいけません。ユキちゃんの
気持ちを踏みにじってしまったバカ息子です。ユキちゃんが気のすむ方法を教えてください」
テルのお母さんは、姿勢を正して、私に聞いてくる。
どうしたいかなんて、今言われてもなんも思いつかないよ。
沈黙がこの部屋を覆い、どのくらい時間がたっただろう。
うちのお母さんが沈黙を破るように声を出す。
「まぁ、お母さん、うちの娘はまだ気持ちの整理がついていない状態です。そちらも大変でしょうし
今後のことは時間をおいてくださいませんか」
それで、その日の話は終わった。双方の家とは、もう結婚するっていう空気で、そろそろ婚約を
しとかないとという婚約未満の状態だったけど、相手の一家はすでに婚約者として
考えてくれていたようだ。なんか、テル本人との別れより、テルのお姉ちゃんとか、このお母さんとか
妹ちゃんと別れるのはすごくつらい。
結局その日は二人のお母さんに帰ってもらった。
テルのお母さんが持ってきてくれた菓子折りは、実家に持って帰ってもらった。
そのあと、お母さんがおいていってくれたお弁当には、私の好きな物ばかり詰め込まれていて
不意に一人になった部屋で涙があふれてきた。
お母さんの黄色い卵焼きは、甘い。昔と変わらない優しい味だった。