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一日目

 一日目。


「この度、入隊することになりました! 網屋希です! よろしくお願いします!」


 トライバル・ダガー社の訓練用敷地で、黒髪の青年は声を張り上げた。背後に控えるゴトウ大尉、他隊員達の視線が突き刺さる。品定めされているのだと、その鋭さから否応なしに悟る。


「短期間ではありますが、精一杯努めさせて頂きます!」


 特に新兵達の視線が痛い。自分達より後から入ってきたのだから、自分達より下のはずだ。そんな声が聞こえてくるようだ。苦笑いが漏れそうになったが堪える。まあ、気持ちは分からんでもないから。


 短期間の雇用契約、有り体に言ってしまえばアルバイト。そんな形で網屋はここTD社にいる。流石PMCの中でも名を馳せる会社だ、敷地は広いわ社員は多いわ、ただひたすらに圧倒される。実働部隊の社員達もほぼ軍隊。限りなく軍隊。

 しかし、正規軍と違ってここは民間の会社だ。金銭の授受が発生する『仕事』としての軍事を請け負うだけに、内容は多岐に渡る。軍隊が行うような内容から警察に任せるようなもの、果てはスパイ活動まで、とにかく何でもできなければならないのだ。それぞれの部署で得意分野があり、適性を見た後に割り振られる……なんて面接の時に聞いてはいたが、残念ながら自分が割り振られた部署はなにがしかに特化した部門ではなさそうだった。果たして、何をどこまでやらされるのやら。


「とりあえず網屋は、そこのヒヨッコ連中と一緒のメニューを消化してもらう。習うより慣れろだ、いいな?」

「了解です」


 果たしてお前にできるかな、って声もあちらこちらから聞こえてくるようだ。いや、実際に口に出している奴もいる。確かに、佐嶋に散々しごかれたのは何年も前だが、まだそれなりにできるつもりではいる。笑顔を保ちつつ、網屋は内心で「見てろよテメェら」と呟いた。





「おぉ、今回入った新人くん、結構いい動きしてるじゃないのよー」


 秘書課の窓際からオペラグラスを構えて訓練場を眺める一人の女性。秘書課の他の社員達はその様子を放置している。何故なら、いつもの光景だからだ。仕事に支障が出なければ良い。いや、仕事をこなすという点において彼女は非常に優秀であった。まさにこの社に勤務するための才能とでも言おうか。で、あるので。まあ度を過ぎなければよろしいと生暖かくスルーを推奨。


「うーん、もうちょっと筋肉にボリュームあると良かったんだけどなぁ……フル装備状態じゃよく分からん……これは確かめてみないとダメかなー」


 不穏当な発言に、一番近くのデスクに座っている男性社員がビクリと身をすくめる。が、小声で「可哀想になぁ」とぼやいて仕事に戻る。


「あのシゴキについていってるのよね、新人くん。これはアレか、稀有な才能ってやつかぁ?!」


 しばらく見つめていたかと思うと、おもむろに立ち上がり壁際のファイル棚を漁り始める。目的のものはすぐに見つかり、いそいそとデスクに戻ると猛烈な勢いでページをめくり始めた。


「お、あったあった……我がトライバル・ダガー社に中途入社を果たした超新星、網屋希クンとな。……え、うそ、短期? 勿体無いなぁー就職してくれりゃいいのに。最近の新人共は根性が足りない奴が多いから。特にアンヘル! あの野郎! ……ふむぅ、ニューヨーク市警の民間委託業務、逃亡被害回復捜査官資格所有……え、あれよね、賞金稼ぎってやつよねそれ。知ってるぅーテレビか何かで見た覚えがあるー……なんかスゴイ渋いやつ、確か。ええと、他は何か……中・高と陸上部。陸上部ねぇ……長距離、って体格じゃないよねあれは。短距離? もしかして短距離? そしたら結構あるんじゃないの筋肉がぁ?」


 ばしり、と分厚いファイルを閉じるのと、時計が昼の十二時を指すのと、彼女がニヤリと口元を歪めて笑うのはほぼ同時。


「ならば、行きますか。貴様の真価、直に見せてもらおう……!」





 ゲロ吐きそう、とか、何も食いたくねぇ、なんて言葉が聞こえてくる。

 ほうほうの体でぼろぼろになった体を引きずり、かろうじてシャワーを浴びて社員食堂に向かう新兵達の中に網屋がいた。周囲の期待に応えることはなく、残念ながら網屋はケロリとしたままだ。


「お前さ、よく平気な顔してられるね……」

「前の職場で散々やらされたから」

「マジかよ」


 初っ端からこの調子なら、武装込み完全フル装備山岳マラソンもやらされるのかな。そんな事を網屋は考える。持参して良い私物の体積が決められていて、それがすこぶる小さいアレ。アレはいい思い出がないんだよな。確か三回目は小さなレモン果汁のボトルを持って行って、ちびちびと舐めれば水分補給の一助になるかと思ったが、結局は耐え切れず一気飲みしてしまったのだった。ザインが「兎でも鳥でも捕まえりゃ食料と水分確保できる」なんて簡単に言っていたが、お前みたいにアウトドアサバイバルに特化したような奴は黙っとれ。

 いや、この辺の訓練ラインナップ自体、いい思い出などというものは存在しないではないか。あれが好きだという奴がいたらそれは多分タダのマゾヒストだ。ここの訓練だって前に似たようなことを経験済みだから何とかなっているだけであって、好き好んでやってるわけじゃない。ゴトウ大尉の指導はそれはそれは手厳しく、自分の体が持つのか正直心配だ。

 と、そこへ。


「ほら、さっさとメシ食いに行け! カロリー摂取も仕事のうちだ!」


 例のゴトウ大尉が新兵達の背中を叩く。ヒィヒィ言いながらも小走りにかけてゆく新兵達。最後に網屋の背中を叩いて、ニカッと笑ってみせた。


「網屋、お前なかなかやるな。どこかの軍かPMCにでもいたか?」

「いやいや、ごくごく小さな民間ですよ。お世話になった人が傭兵を長年やってまして、その人に散々しごかれたものですから」

「そうか……なら、次からは新兵扱いしなくてもいいかな」

「ゲッ、言わなきゃ良かった」


 はは、とにこやかに笑うゴトウ大尉。その笑顔がまた、なかなかのイケメンぶりを発揮している。あー、こりゃあアレですよ、物凄くモテるタイプのアレですよ。女子とか取り巻いちゃうやつですよ。

 などと妬みつつ昼食を確保、手招きされるままゴトウ大尉の隣に座る。ご結構なボリュームの定食であるのはやはり、ここの方向性が脳筋寄りであるからか。習慣であるので手を合わせて「いただきます」と呟いた、その時だ。


 物凄い視線を、感じた。


 全速力で振り向く。目が合う。こちらをじっと見つめている女性が一人。小柄で、日系と思われる顔立ち。社員証には秘書課と書いてある。定食のトレーを手に掲げたまま、網屋を、いや、網屋の体を舐め回すように見つめているのだ。


「やっぱり、結構あるじゃない。うん、イイヨイイヨー……長袖だと分かんないもんね、やっぱ半袖とかにならないとね……」

「……へ?」


 少しづつにじり寄ってくる女性。思わず身を引く網屋。


「さすが期待の超新人、完成されてるじゃあないですか。こうなると、やっぱ気になるのは足とかよねー。足とか尻とか」

「……し、尻?」


 どうすれば良いのかさっぱり分からない、ただひとつ分かるのは、どうやら自分はこの女性にとって獲物でしかないということ。一体全体どうすればいいのかと、隣のゴトウ大尉に縋る視線をぶつけようとした、が。


「ぅおい、この貧相ボディ……うちの新人に速攻でセクハラ仕掛けてんじゃねぇよ」


 女性の背後、容赦なく彼女の頭を鷲掴みにしてギリギリと締め上げているのはゴトウ大尉の側近、アンヘル氏。ゴトウ大尉の隣でそれはもう冷徹そのものみたいな顔付きで指示を飛ばしていたのだが、今の彼は何かこう、熱気が篭った怒りに満ち満ちている。


「貧相とは失敬な!」

「ならプアオッパイ」

「おんなじじゃあこのビッチめええええ!」


 手にしていた定食のトレーを丁寧にテーブルへ置くと、女性はアンヘルの胸倉を掴んでガクガク揺らし始めた。アンヘルは再び脳天から鷲掴み。


「毎度毎度変態丸出しの視線ぶつけてきやがってこのエグレ胸!」

「やっかましいわ! つうかお前なんぞに熱視線送ってないから! 私が興味あるのは鍛え上げられた肉体であって、アンヘルみたいなヒョロッヒョロの体じゃないから!」

「うるせえお前よりか遥かにマシじゃあ! つうか下手すりゃ俺の方がお前よりあるんじゃねぇの、トップバスト」

「なんだとおおおおおお?!」


 訳が分からないまま目の前で始まってしまった抗争。今度こそゴトウ大尉に助けを求めようと横を見たが、既に彼は移動済みであった。


「……おいアンヘル……人の嫁さんに向かってそれはないだろう……?」

「ヒッ」


 アンヘルのさらに背後へ回りこみ、肩に手を置くゴトウ。その手にはかなりの力がこもっていて、もうあそこまで行くと肩の肉がもげるんじゃなかろうかと思うほどだ。


「あと、ユリ」

「はい!」

「うちの隊員にセクハラ禁止」

「えぇー」


 口を尖らせて不平不満を訴えるも、ゴトウは放置したまま席に戻った。網屋は戸惑いつつ尋ねる。


「ええと、申し訳ありません、状況説明をお願いします」

「ああ、すまんな。こっちは俺の嫁さんのユリだ。ここの秘書課に勤めてる」

「新妻ですっ! えへへ、よろしくぅー」


 にこやかに笑いながら決めた敬礼がやたらと綺麗だ。網屋は頭を下げ、席を立とうとした。


「奥さんですか。なら、俺、移動しますね」

「えー、別にいいのに」

「いや、ご夫婦で一緒に食事したいでしょう」

「いいっていいって! 私こっち座るから」


 と、網屋の隣の椅子を確保するユリ。完全に席を立つタイミングを逸してしまった網屋。何より怖ろしいのは、自分の真横から突き刺さる殺意に満ちたゴトウの視線だ。いや、もうここはタイミングなんぞ無視して向かいの席にでも移動しようかと思ったのだが、その場所はアンヘルが占めてしまった。社食は満員、もう移動のしようがない。それにしてもゴトウの纏う負のオーラが怖い。なにこれこわいめっちゃこわい。


 昼食自体は和やかに終わったものの、午後の訓練は「新兵扱いしない」という昼の宣言を受けて午前の倍、いや、それ以上のトレーニングメニューを課せられたような気がする。ゴトウ大尉の目が笑ってないどころか殺意に満ち満ちていたような気がする。こわい。ほんとこここわい。


 こんな感じで、トライバル・ダガー社勤務第一日目は終了したのであった。





「もしもし……網屋です。定時報告です。無事、潜入できました。今のところ、怪しまれている様子はありません。あと、対象の近くに配属されました。ラッキーって言やあラッキーなんですけど、勘付かれる可能性も高くなりますね……塩野先生もいてくれりゃ楽なんですけど、そうもいかないか。……ええ、はい。調査自体は明日から始めようと思っています。はい、了解です。まあ、俺がドジ踏んだら、その時は放置して下さい。ハハ、そうならないように頑張りますよ。では、また明日」

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