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 途中腹が空いていたので近くにある、よく行く居酒屋兼定食屋に立ち寄り、夕食をとることにした。壁に貼ってあるメニューを見ると刺身定食がいつもより大分安い。店主に尋ねると宴会で予約を入れていた客が急にキャンセルして、そのせいで用意していた食材が余ってしまったという。それをどうにか使い切るために今日だけサービス価格にしたとのことだった。

 本当なら手が出ない刺身定食が普段よりも大盛りで、しかも半値に近い。いつもコロッケ定食で我慢している俺は迷わずそれを注文して一気に平らげた。

 上機嫌で工場に出勤し、念のために一階のトイレを見に行くと、今度は普通に使える。

 今日はツイてる。俺は大きく安堵して作業ラインに入った。

 この前と同じ工員達と一緒に黙々と作業を続ける。壁にかけてある大きな時計が十二時を回った時、俺の体調に異変が起きた。

 腹が痛い。

 思い当たるのは先ほどの刺身定食だ。元々俺のような金のない客を相手に安い料理を食わせている店なので、魚なども安い食材を仕入れていたのだろう。腐っていた訳ではないが、鮮度に多少の難があったのかもしれない。俺はそれを大盛りにして食べてしまったのだ。

 俺が苦痛に顔を歪めていると、隣で作業をしていた同僚がその様子を見て声をかけてきた。

「おい、どうしたんだ?」

「腹が痛い……。定食屋で食った刺身がまずかったらしい」

「ああ。寮の近くの店か。お前もあれを食ったんだ」

「え?お前もって?」

「今日夜勤に入っている奴の何人かが、あの店の刺身定食を食ったんだ。そいつらがさっきから何度もトイレに駆け込んでるんだよ。お気の毒様」

 夜勤をやっている工員には、俺のように寮住まいの者が多い。寮に住んでいれば、近所にあるあの定食屋を普通に利用する。俺同様に特別価格の刺身定食に飛びついた奴がいてもおかしくはない。

 腹痛はますますひどくなってきた。今すぐ何とかしなければ。

「早くトイレに行ってこいよ。その間は俺がお前の分もやっておくから。ここで漏らされたら迷惑だ」

 同僚がそう言うので、俺はトイレに行くことにした。

 一階のトイレに入ると、二つある個室は両方とも扉が閉まっていた。俺のように刺身定食にあたった者が先客として使っているのだ。俺はここで自分の誤算に気が付き、愕然とした。

 入り口に近いトイレの扉を叩く。

「おい、まだ終わらないのか?」

 中から苦しげな返事があった。

「刺身にあたっちまって、下痢が止まらないんだ。隣を使えよ」

 隣のトイレからも声がした。

「俺もまだ終わらない。ここは当分使えないぜ」

「そんな、困るよ!」

「何が困るんだよ?二階のトイレを使えよ」

「あそこは、二階は駄目なんだ」

「何が駄目なんだよ。俺はさっき二階のトイレに行ったぜ。普通に使えるよ」

「いや、あそこは……。あそこは……」

 思わず口ごもる。本当のことを言っても信じてはもらえまい。しかしここで待っていても、いつトイレが空くかわからない。使えるはずの二階のトイレを使わずに、ここで漏らしてしまっては、俺の立場が悪くなるのは目に見えていた。

「とにかくここは一杯だ。二階のトイレに行ってくれ。早くしないとあそこまで他の奴らに使われちまうぞ」

 二つのトイレの使用者達は、口を揃えてそう言った。

 これ以上は腹痛に耐えられそうもない。俺はやむなく二階に向かうことにした。ライン長から行くなと忠告された二階のトイレへ……。


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