奇跡の福音
12月25日、クリスマス。
聖夜と呼ばれるそれは、街を煌びやかに彩るイルミネーションと、それを楽しみに見に来ているカップルで溢れている。
かくいう彼女もその内の一人で、彼と一緒に駅前の大通りを歩いていた。
「いや~すっかり冬だね~」
長いブラウンの髪を、毛先に掛けてウェーブをかけ、寒さのせいもあってか普段より色白く見える彼女は、白い息を吐き出しながらキラキラと光る電飾を見上げていた。
「お前クリスマスになるたんびにそれ言ってるよな~それまで充分寒いだろうが。それとも何か?クリスマスに冬だね~って言わないと死ぬ病気なのか?」
短髪で清潔感のある彼は、彼女を見ては眉根を下げてからかうようにそう言った。
彼とはもう付き合いも長い。何故だか彼女はクリスマスになるたびに冬だね、と言っていた。特に理由は無いのだろうと思う。だけどこの街の電飾を見ていると、冬だと言わなければいけないと言う一種の強迫観念があったのかも知れない。
と、そこで彼女はまたお決まりの文句を口にしていた。
「「このイルミネーションのように、僕の心は君に照らされているのさ」」
わざとらしくそういった彼女は、自分の声とはもう一つ違う声がハモっていたことに驚き、目を見開いていた。
「5回目だ。流石に覚えるわ」
目を細めそっぽを向いてから、恥ずかしいのか寒いのか判断に困るが、分かりやすく顔を赤くしていた彼。やがてこっちを見てはより一層赤くして、軽く彼女の頭にチョップをかましてまたもそっぽを向いてしまった。
彼と付き合ってもう5年。彼は一般企業のサラリーマンで、家族3人実家暮らし。彼女はアパレル商社の販売員で、小さいアパートに一人暮らしだ。
平日は会えないが、連絡は取り合っているし、休日になれば遊びに行くことだってある。楽しかった。ただ彼との日々は幸せに満ちていた。
だけど――だけど、全くの不満が無かったわけではない。彼とは同い年で今年で27歳。そう、27歳なのだ。20代と言えば聞こえはいいかもしれないが、もうあっという間に三十路を迎えてしまう。
つまりはそろそろ身を固めたいと言う思いがあったのだ。だけど彼は一向にそういった話を持ち出さない。だから私は以前言ったことがあったのだ。
「私たち、結婚しない?」
陽光が暖かいカフェのテラスで、カフェラテを飲んでいた彼女は、街を往く子連れの親子を横目に見ながらそう口を零した。
「え?」
彼はと言うと、ガシャンと言う音を立てながら分かりやすく動揺していた。
「ふっ……口、ひげになってるよ」
カプチーノを飲んでいた彼は、まるで漫画のように口の周りにひげを形造っていた。
彼はそれを拭うと、それきり黙って何か考え込んでいるかのように外を眺めては、急な話題転換を図ったのであった。
ほんの少し暗い気持ちになってしまったため、気分を紛らわすために綺麗に飾られたイルミネーションをしきりに眺めていた。
「あ!見てあのツリー!てっぺんの星が綺麗だね~」
彼女は指を差して子供のようにきゃっきゃとはしゃいだ。そして彼とその気持ちを共有しようと振り返ったのだが、彼の姿が無かった。
いや――彼は何故かしゃがんでいたのだ。
「ん?どしたの」
そう疑問を投げかけたのだが、彼はかしづくようにして彼女の左手をそっと握った。そこで彼女は驚いた。27年間生きてきて、今までで一番の衝撃を受けた。
左手の薬指に、小さな指輪が嵌められていたのだ。
「えっ、こ、これって―――――」
あまりにも突然の出来事に、どうしていいのか分からず固まってしまう。
「この日は、初めてであった日でもあり、初めて俺が告白をした場所でもある。俺はこの日を、すべての始まりにしたいと思ってるんだ」
そこで彼は一度、決意を固めるかのように唇を噛みしめてから顔を真っ赤にしながら微笑んだ。
「晴海、俺と結婚して下さい」
彼が紡いだその言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
しかしやがてその言葉と、左手に嵌められた物を見て今の状況を段々と理解していく。
嬉しさのあまり涙が溢れた。かしづき手を握っている彼の笑顔は、その像を揺らしながらもはっきりと輝きを放っていた。
晴海はその気持ちに応えるために、涙ながら精一杯の声を絞り出した。
「はいっ――!!こちらこそよろしくお願いしますっ、雄介!!」
晴海は笑顔で彼の手を握った。周りにいた人達も、彼のプロポーズを見て拍手を送っている。
それは、聖夜に鳴り響く奇跡の福音――――彼と彼女に祝福あれ。