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二日目②

●二日目 午後九時四十五分


 岡本青空(あお)が、本田樹から不可解なメールを受け取ったのは、就寝時間十五分前の事だった。

 ……「とにかく一階のロビーに来い」って……。

 何がとにかくなのか、さっぱり分からない。

 だが岡本は、本田が口の悪い人間ではあっても、いい加減な事を言うような人間ではないということをよく知っていた。今から約一年前、夏川の告白に成功してから、岡本はある出来事をきっかけに、本田との親交を深めていた。

 ……あの時は、樹とここまで仲良くなるなんて、思いもしなかったよな。

 それが今ではお互い名前呼び。親友と言ってもいいくらいだ。人生って、ホントに何が起こるか分からない。

 とにかく岡本は、寝間着として着ていたジャージのポケットにスマートフォンを突っ込み、急いで部屋を後にする。エレベーターで一階まで下り、指定されたロビーへと向かう。

 そこには、


「樹はともかく…………夏川に、相澤?」


 ロビーには、宿泊客用の談笑スペースとして、小さめの長テーブルを囲むように、一人掛けのソファーが四つ置かれたセットが三つ、並んでいた。その内の一つに、本田、夏川、相澤の三人がソファーに座って集まっていた。

 岡本の到着に気付いた本田が手招きをしたため、岡本はそれに片手を挙げることで応じる。本田のすぐ傍まで近付くと、岡本は本田に疑問を投げかけた。


「急に呼び出したと思ったら……。何なんだよ、この面子は」

「知らないよ。僕だって、相澤に呼び出されただけなんだから。何の用かは相澤に聞け」


 言われた通り、岡本は本田の向かいのソファーに座っている相澤に話を聞こうと目を向ける。だがそこには、


「………………………」


 ソファーに体育座りをした体勢で、膝に突っ伏している相澤がいた。


「……樹、これはどういう状況だ?」

「だから、僕も知らないんだって。僕がここに来た時から、既にこの状態だったんだよ」

「ははーん。もしかしなくてもお前、この状況を何とかさせるつもりで俺を呼んだな?」

「ハハ、何言ってるんだよ青空。――――そんなの当たり前だろ?」


***


 その時、本田と岡本の後ろのソファーに座っていた生徒は、男の友情にヒビが入る音を聞いた気がした。


***


「……で? 樹に何の用だよ、相澤」


 本田との無言の攻防に根負けした岡本は、本田の隣のソファーに腰掛けると、本田をこの場に呼んだ理由を仕方なく相澤に聞く。だが、


「……………………」


 相澤は、先程と同じ体勢で黙りを決め込んでいた。

 岡本は溜息を吐くと、相澤の隣のソファーに座っている夏川へと視線を移す。相澤を指差しながら、相澤の様子を気にしている夏川に話し掛けた。


「夏川、こいつどうしたんだ?」

「あ、うん。その……ちょっと色々あったっていうか……。ていうか岡本君、相澤ちゃんと仲良いの?」

「は? え、何で?」

「だって、こいつ呼びしたから……」


 ……女って、どうしてこう鋭いんだろう。


「……前に相澤に助けてもらったことがあって、ただそれだけだよ。

 ――で、夏川。何があったんだ?」


 夏川に告白した時にアドバイスをもらったなどと正直に言える訳もなく、岡本は適当に誤魔化し、強引に話題を元に戻す。夏川は、岡本の返答にあまり納得出来ていない様子だったが、仕方なく事の経緯を話し始めた。


「んー…。とりあえず結論から言うとね。私のローファーと、相澤ちゃんのお菓子が、ホテルの部屋から消えちゃったの」


***


 は? と、岡本が怪訝そうな顔をするのを横目で見ながら、夏川は苦笑した。

 ……うん、まあ、そうなるよね。

 事情を説明しようにも、当事者である私たちですら、何が起こったのかよく分かっていないのだから。それなのに本田君を呼んだのは、相澤ちゃん曰く、主観的視点の話を第三者に聞いてもらうことで、そこから客観的事実を抽出するとかなんとか。相澤ちゃんがあまりに小難しい言い方をするものだから、彼女が何を言いたいのか、正直私には理解できなかったけど。それでも、ただ一つ分かることがある。それは、

 ……岡本君、戦力外?

 そうかもしれない。岡本君を呼んだのは本田君だけど、本田君もあまり期待はしていなさそうだし…………あれ、そういえば。

 ……何で本田君が、岡本君のメールアドレスを知ってるんだろう?

 本田と仲が良いということを、夏川は、これまで一度も岡本の口から聞いたことがなかった。交際を始めてから、一年が経とうとしているにも関わらずだ。

 ……別に、岡本君の友人関係をとやかく言うつもりはないし、全てを話してくれないことに怒る訳でもない。ただ、

 ――本田樹。私が、以前告白をした人。この人と岡本君が友人だということに、何か裏があるように感じるのは、私の考えすぎだろうか。

 杞憂で済めばいいけどと、本田との関係を岡本に聞くために、夏川が口を開こうとした、その時、


「ぁああああ‼ もお――――‼」


 今まで黙りを決め込んでいた相澤が、大音声の叫びをあげた。


***


 凡そ普通の生活を送っている限り、誰かの叫び声を聞くという出来事に出会うことはないだろう。本田はそう思っていた。故に本田はびびった。心底びびった。

 ――何故って。ソファーで体育座りして暗いオーラ出してた女子が、いきなり立ち上がって叫び声をあげたから。……まあ、相澤なんだけど。女子って怖い。

 岡本と夏川はもちろん、ロビーで談笑していた他の生徒や教師たちも、突然奇行を起こした相澤に怪訝な目を向けていた。

 当の相澤は、立ち上がった後、両手で頭を抱えて俯いたまま微動だにしない。

 そんな中、岡本が恐る恐るといった様子で、相澤に話し掛けにいく。


「お、おい。…………あの、相澤、さん……? いきなり、どうした……?」


 ……吃るくらいなら止めておけばいいものを。

 こちらから話し掛けなければ、僕らと相澤の関係が他に知られることもなく、この場から抜け出せたかもしれないのに。

 本田は、周囲の目が自分たちにも向き始めたことに気付くと、ここから移動した方が良いと、岡本に言うために口を開く。だが、


「…………どーしたもこーしたもないわよ…………」


 その言葉は、相澤によって遮られた。


「じゃ○りこが……」


 ……じゃ○りこ?

 何の脈絡もなく出てきた某有名スナック菓子の名前に、本田が疑問を覚える中、相澤は顔を俯けたまま、しかしはっきりと通る声で叫びを上げた。


「私の、私のマイスイートじゃ○りこが、部屋のどこにも見当たらないのよおおおお!!」


***


●二日目 午後九時五十五分


 ホテルの三階と四階をつなぐ階段の踊り場。そこに、本田は岡本と一緒にいた。一階のロビーから急いで駆け上がってきたため、二人とも息を切らしながら、その場にしゃがみこんでいた。


「青空、ここに来てくれるよう、夏川にメール送ってくれたか?」

「さっき送った。ほら」


 岡本は壁にもたれかかった体勢で息を整えつつ、先程夏川に送信したメールの画面を本田に見せる。

 本田は横目でその画面を確認すると、なら良いと呟き、


「しかし――さっきのはほんと何だったんだ……」


 先程のロビーでの出来事を思い出し、本田は頭を抱え込んだ。


***


 時は遡り、ほんの数分前。

 突然叫びを上げた相澤に、ロビーにいた全員が、驚きから身動きがとれずにいた。本田は、岡本と夏川の二人と同様に、突然の出来事に立ち上がることも出来ず、ソファーの上でのけぞって相澤から距離をとったまま、ただ相澤の様子を見守っていた。

 しばらく気まずい沈黙がその場に流れたが、手のひらで顔を覆った相澤から漏れ聞こえてきた嗚咽に、教師たちも流石に無視出来なくなったのだろう。何事だという顔で、相澤たちに近付いてきた。

 教師たちの動きに気付いた本田は、状況的にまずいと判断し、この場から逃げ出すために、まず隣にいる岡本に目を遣る。だが、

 ……青空は……、駄目だ。状況を理解出来てない。

 岡本は、目の前で泣きだした相澤にどうすればいいのか狼狽えるばかりで、教師たちが近付いてきていることに気が付いていなかった。本田は内心で悪態を吐きつつ、今の状況をどうにか打破出来ないものかと周囲を見回す。すると、相澤の横で、どうしようと目を彷徨わせている夏川と、ふと目が合った。

 好機とばかりに、本田は夏川と目を合わせたまま、教師たちの方を咄嗟に指で指し示す。夏川は、最初本田のその行動の意図を汲み取れず、ただ戸惑いの表情を浮かべていたが、


「――!」


 数秒後、何かに気付いた素振りを見せると、本田に向かってこくこくと頷きを返した。

 そうして夏川は、教師たちの方を向き、片手を突き出すように上げると、


「先生! 相澤ちゃん、今女の子特有のものがきてて調子が悪いみたいなので、私が部屋まで送ります! というか、一緒の部屋なので送らせてください!」


 その時ロビーにいた男勢全員が、それ以上口を出す訳にはいかないことを言い出したのだった。


***


 そうして、教師たちが夏川の発言に固まっている隙をつき、本田は岡本を連れてロビーから逃走。今へと至るのだった。

 本田と岡本が息を整えると同時に、夏川が四階のフロアから顔を見せた。岡本は、踊り場を覗き込む夏川に即座に気が付き、夏川と名前を呼んだ。夏川は、踊り場に岡本の姿を認めると、顔にパッと笑みを浮かべ、踊り場へと歩みを進めてくる。


「岡本くん、さっきは大丈夫だった?」


 夏川の問いに、岡本は立ち上がりながら応じる。


「なんとか。夏川のおかげで逃げ出せた。ありがとな」


 二人で話し込む岡本と夏川を横目に、本田は立ち上がると、夏川に問いを投げかけた。


「夏川、相澤の様子はどうだ?」

「あ、うん。とりあえずベッドに横にさせてきたんだけど、さっきよりは落ち着いた感じだったよ」

「そうか。……さっきは助かった。ありがとう」


 本田の言葉に、夏川は首を横に振る。


「ううん、お礼を言われる程じゃないよ。ごまかす方法が、あれぐらいしか思いつかなくて……」

「それでも助かった。とりあえず、時間がないから用件だけ言う。夏川、今から言うことを相澤にも伝えてくれ。いいか?」

「あ、うん。分かった」


 それでいいかと本田は岡本に目配せし、岡本が頷くのを確認すると、彼は話を切り出した。


「こうなったら乗りかかった舟だ。夏川たちに何があったのか、話だけは聞いてやる。ただしこいつで、だ」


 そう言って、本田は自身のスマートフォンを、岡本と夏川に見せた。


***


 岡本は、本田が見せてきたスマートフォンの画面に見覚えがあった。岡本自身は使ったことはないが、岡本の友人がメールの代わりにと使っていたアプリ。


「これ……無料トークアプリか?」


 岡本が問いかけると、本田はそうだと頷き、さらに言葉を続ける。


「そう。これなら、先生たちから怪しまれずに、布団の中でも話が聞けるだろ?」


 そういうものなのかと岡本が思う隣で、夏川はそっかと声を上げる。


「これなら、グループを作れば皆で会話出来るもんね」


 本田のスマートフォンの画面を見つめながら、夏川が納得したように頷くのを横目に、岡本は内心焦っていた。

 ……なんか、俺だけ話についていけてないような。

 だが、岡本はそう思う一方で、それも仕方ないことかと納得もしていた。

 岡本は、本田が見せてきた無料トークアプリを使ったこともなければ、そもそも自身のスマートフォンにインストールすらしていない。本田と夏川が、アプリの利便性をどれだけ挙げたところで、その話に岡本がついていくことが出来ないのは至極当然のことだった。

 ……今まで、メールがあるから必要ないだろって思ってたけど、俺も使ってみようかな……。

 別に、仲間外れにされているのが寂しいとかではない。ただ流行りに乗るだけだ。うん。

 岡本は自分にそう言い聞かせると、二人で盛り上がっている本田と夏川の様子をこっそりと伺う。

 ……樹は話を聞くって言ったけど、何の話を聞くのかとか、何で俺まで巻き込まれる羽目になってんのかとか、分かんないことだらけなんだよな。

 ――正直、関わりたくはない。でも、

 ……夏川が困ってるなら、力になりたいし。

 岡本としては、その理由さえあれば充分だった。だが、

 ……樹が乗り気なのは、やっぱり意外なんだよな。

 本田樹という人物は、例えどれほど親しい相手からの頼みであっても、自分の利益にならないことには絶対に関わらない人間だった。一年という短い時間ではあるが、本田と交友関係を築いてきた岡本は、本田のその性格を分かっているつもりでいた。

 ……普段なら、他人の面倒事に自分から首を突っ込むなんてこと、樹はしない筈なんだけど。しかもよりによって、相澤絡みの面倒事に。

 夏川への告白以降、相澤とは挨拶を交わす程度の仲にはなったものの、岡本は、相澤と極力関わらないよう距離をとっていた。相澤が岡本に絡んでくる時、それは何かしらの厄介事を持ち込んでくる時と決まっていたからだ。この一年の間に、岡本は、本田と共に何度かその厄介事に巻き込まれてきたため、相澤が嬉々として話しかけてくる時は大概ろくな目に合わないというのが、本田との共通認識になっていた。

 だが、今回本田は、相澤が持ち込んできた厄介事に関わろうとしている。

 ……心変わりがあったのか、それとも何か理由があるのか。

 本田の真意が分からず、岡本は本田の様子をこっそり伺うが、夏川と話し込む彼は、普段と何一つ変わらないようにみえた。

 ……わっかんねえなあ、やっぱ。

 そのまま本田を眺めていると、本田が不意に岡本の方を向き、二人の目が合った。


「青空」

「お、おう。何だ?」


 見ていたことに気付かれたのかと思い、岡本は身構えるが、本田はそのことには触れず、岡本にもう一度スマートフォンの画面をみせてくる。


「もしかしてだけど、青空はこのアプリ使ってないのか?」

「あー…うん。使ってない。そもそもアプリすらスマホに入れてない」


 岡本の返事に、本田は軽く息を吐いた。


「やっぱり。さっきから話に入ってこないと思ったら、そういうことか」


 本田はスマートフォンを少し操作すると、先程とは違う画面を岡本に見せてきた。


「これを使えば、チャットみたいに会話が出来るんだ。布団の中で遣り取りするなら、メールや電話よりこっちの方が断然いい」


 例のアプリなのであろう、画面の両端から吹き出しが表示されているそれは、お互いの発言が一目で分かる仕様となっていた。


「さっきも言ったけど、これ使って相澤から話を聞くから、青空も部屋に戻ったらインストールしといてくれ」


 ……確かに、離れた場所から複数人で話し合うには、メールよりこっちの方が便利かも。

 本田と夏川が話していたことを理解した岡本は、本田の指示に分かったと頷きを返す。


「本当は、今使い方とか説明したいけど……」


 本田がスマートフォンを確認するのを見て、岡本も釣られて自分のスマートフォンのロック画面を確認する。画面に表示される時刻は、既に就寝時間の午後十時を指していた。

 本田は、もう無理だなと吐息すると、夏川へと向き直った。


「夏川、とりあえず、IDだけ交換しとこう」

「あ、そうだね」


 本田と夏川は、お互いのスマートフォンを近付けて画面を何度か操作すると、しばらくして満足したようにスマートフォンを服のポケットにしまう。


「――よし。グループは後で作っておくから、夏川はそこに相澤を招待しといてくれ」

「うん。分かった」


 夏川が頷くのを確認してから、本田はもう一度岡本の方を向くと、岡本に指示を出してくる。


「で、青空。青空は、アプリをインストールしてアカウントの登録が終わったら、一旦僕にメールしてくれ。操作方法とかはメールで教えるから」

「おう」


 岡本が頷くと、本田はよしと呟き、


「じゃ、解散。話を聞くのは十時半からで。行くぞ、青空」


 そうして、本田は手を軽く上げることで夏川への別れの挨拶とし、急ぎ足で階段を下っていく。

 それを見た岡本も、慌てて夏川に別れの挨拶をすませると、手を振る夏川に見送られながら急いで本田の後を追った。階段を下りきったところで待ってくれていた本田と合流し、岡本は自分が宿泊している部屋へと本田と共に移動する。その道中で、


「なあ、樹」


 岡本は、先程の疑問を投げかけた。


「何で、相澤に協力しようと思ったんだ?」


 岡本のその言葉に、本田は足を止め、岡本をじっと見返してくる。


「……何でそんなこと聞くんだよ」

「だって、普段のお前なら、面倒だって言って、協力なんてしねーだろ。何か理由があるのかと思って」


 岡本がそう返すと、本田はあーと呟き、頭を軽くかいた。


「ここで無視して、後で色々言われる方が面倒だからな。形だけでも協力しようと思ったんだよ」


 どこか言い訳がましい本田の言葉に、岡本は内心首をかしげる。

 ……確かに、協力を断れば、後で文句を言われるかもしれない。でも、


「それ、相澤に協力する方が、よっぽど面倒じゃねえか……?」

「だから、言ったろ。協力するのは形だけだ。深いところまで首を突っ込むつもりはないよ」


 それでこの話はおしまいだと、本田は先に進んでいく。

 その場に残された岡本は、先を行く本田の背中をしばらく見ていたが、こらえきれずにハハッ、と小さく笑いをこぼした。

 ……ああ、同じだ。一年前のあの時と。

 岡本が思い出すのは、一年前の告白から数日後、本田の所属する軽音部の先輩からの相談を、本田と二人で解決した時のことだ。

 ……あの時の樹は、最初全然乗り気じゃなかったけど、途中から軽音部の先輩のためにいろいろ頑張ってた。

 人の面倒事に関わるのが面倒だっていうのは、きっと樹の本音だ。――でも樹は、知り合いが本当に困ってたら、文句を言いつつも力を貸してくれるんだ。

 ……そうだった。こいつは――本田樹は、根っこは良い奴なんだ。そしてそんな奴だから、俺は樹と仲良くなりたいと思ったんだ。

 本田と友人になった過去のことを思い返し、岡本は嬉しそうに笑みを浮かべると、本田に駆け寄ってその隣に並ぶ。


「明日は頑張ろうな、樹」


 そう声をかけると、本田は岡本の顔を見て、眉をひそめた。


「青空……なににやけてるんだ? 気持ち悪いぞ、お前」


***


 あまりにも締まりのない顔をしている岡本に向かって、本田は引き気味にそう言い放った。しかし岡本は、気持ち悪いと言われたにも関わらず、そうかあ? と、変わらずへらへらと笑みを浮かべていた。

 ……いや、ほんとに気持ち悪いんだけど。

 先程まで事情が呑み込めずに困惑していた岡本が、今はどうしようもなくにやけた顔を晒している。本田は、岡本のその変わり様を理解出来ずにいた。


「いや、そうかあ? って。お前、さっきと全然様子が違うだろ。急にどうしたんだよ」


 本田の当然の疑問に、岡本は頬をかきながら、あー…、と呟くと、照れくさそうに口を開いた。


「――だって、改めて分かったからな」


 岡本は、その先を言おうとして口を開き、しかし口をつぐんでしまう。


「……分かったって、何が」


 岡本のその様子を見ていた本田が続きを促すと、岡本は迷うようにしばらく口ごもっていたが、にっと笑みを浮かべ、


「俺の友達が、良い奴だってこと‼」


 そう言って、本田の隣から駆け出していく。

 走り去る岡本の後ろ姿を見ながら、本田はますます眉を顰めた。

 ……何言ってんだ、あいつ。

 よりによって、僕のことを「良い奴」呼ばわりするなんて。

 ……まあ、青空がどうしてそういう考えに行きついたのかは、なんとなく想像がつく。大方、普段面倒事を避けまくっている僕が、今回相澤絡みの面倒事に協力しようとしているのをみて、本田樹は、知り合いの困りごとを無視出来ない「良い奴」だと思ったのだろう。

 ――でも、それはとんだ思い違いだ。

 僕は情では動かない。少年漫画の主人公のように、後先考えずにその場の感情で渦中に突っ込むなんて馬鹿な真似はしない。いつだって、僕が第一に考えるのは、自分自身の利益だ。

 今回の件も、協力を申し出たのは、相澤に対して貸しが作れるんじゃないかという下心があったからだ。知り合いだから、困っているから、助けてやりたいなんて思った訳じゃない。


「……僕は、お前が思ってるほど良い奴じゃないよ、青空」


 岡本が彼の部屋に入っていく姿を確認すると、本田はポツリと言葉をこぼす。そうして小さく溜息を吐くと、本田も自分の泊まる部屋へと戻っていった。


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