二日目①
●二日目 午前五時四十五分
修学旅行二日目の朝。
相澤香楽の朝は、普段は決して早くない。だが、起床時間の六時にセットされた携帯のアラームが鳴るよりも早く、相澤は一人目を覚ましていた。
……暇。
相澤は寝間着のジャージのまま、裸足で部屋のベランダに出ていた。二度寝をしようにも眠気は完全に覚めてしまっていたし、ベッドにいてもまだ寝ている皆を起こしてしまうと思ったからだ。
外はまだ薄暗かった。暦の上では既に秋と呼べる時期だが、沖縄の温暖な気候のためか、半袖で外に出ても寒さを感じることはなかった。
「……あ、人発見」
相澤がベランダの手摺りに寄りかかり、ぼおと景色を眺めていると、暗闇の中走る人影を見つける。一人ではない。ちらほらと数人いるのが見受けられた。
……そういや昨日、陸上部の奴らが、朝走っていいか担任と交渉してたっけ。……うん。朝早くから部活動に取り組む熱意に敬礼。
とにかく、今日は水族館と海水浴だったよねと、相澤は、頭の中で今日の予定を確認する。もちろん、何事も起こらなければいいとは思わない。むしろ、
……何かトラブルが起きればいいのになー。厄介事に巻き込まれたり、誰かが死んだりするのは、さすがに勘弁だけど。
お供にと持ってきていたスマートフォンで時刻を確認するが、先程起きてからまだ五分しか経っていなかった。起床時間まであと十分。他の三人が起きる気配はまだない。
……やばい。まじで暇だ。
***
●二日目 午後一時
沖縄にある某水族館から、次の目的地である海水浴場へと向かうバスの中。昼食をすませたすぐ後だからなのか、それとも寝不足故か。バスに乗る集団は、一部の人間を残し、ほぼ全員が完全に寝入っていた。
「……………………」
そんな中、相澤は腕を組み、後部座席から半目で車内を見渡していた。
……思うに、皆昨日の夜はしゃぎすぎたのよね。
修学旅行で過ごす夜というのは、羽目を外してみたくなるものだ。相澤たち四人も、昨晩は恋バナに花を咲かせた後、某テニス漫画の台詞を叫びながらの枕投げに発展し、それから休憩がてらの怪談話を深夜一時まで行っていた。現に、相澤以外の三人は、今も静かに寝息を立てている。
……どうも私は、こういった状況で寝れない体質っぽいんだよね。
あの時もそうだったと、相澤は、中学生の時に通っていた塾で行われた、夏期合宿の帰りのバスでの出来事を思い出す。三日間勉強詰めの生活だったため、バスに乗っていたほとんどの者が精神的疲労から眠っていた。にもかかわらず、相澤は一つ後ろの座席にいた男子三人と意気投合し、出発から到着まで、四人でずっと話し込んでいたのだ。
……あの頃の私は、若かったよなあ。
なにせテンションが上がりすぎて、新手の宗教が発足したぐらいだ。いや本当に何やってんだと突っ込みたくなるが、あの時の私は若かったとしか言い様がない。
そこまで思い出して、相澤は、自分が懐古に浸っていることに気付く。
……駄目だな。昔を懐かしんでる。
私の「快楽主義者」は、今この場の「快楽」を楽しむものだ。現在を重要視する「快楽主義者」が、過去を振り返るべきではない。ましてそれを懐かしむなど、到底許されることではないのだ。
「…………はあ」
自分がこうなる理由は分かっている。
高校における修学旅行というのは、云わば一つの節目だ。これから本格的に始まる受験戦争のスタートのホイッスルが鳴らされる前の最後の小休止。
気付けば高校二年の半ば。これまで高校で過ごした時間と同じだけの時間が経てば、相澤たちは卒業し、またそれぞれの道を歩むこととなる。相澤が高校生として過ごすことのできる青春の時間は、もうさほど残されてはいないのだ。
高校生活が終わることで、また始まるであろう新たな青春に、相澤は期待をしていない訳ではなかった。しかし、それに対する不安と、今享受している青春が終わってしまうことへの名残惜しさも、彼女は同時に覚えていた。だが、相澤は、自分がそういった思いを抱いているということを認める訳にはいかなかった。
……「快楽主義者」、だからね。そんなことを考える訳にはいかない。
自分自身の限界を感じながらも、相澤は仕方なしに自分に言い聞かせる。
……ま、これも時期の問題かな。
心の中でそう結論付け、相澤は車窓の外へと目を向ける。バスは間もなく、次の目的地である海水浴場に到着しようとしていた。